ビデオ見ましょうどうしましょう

ビデオ見ましょうどうしましょう。

愛護

2006-02-18 16:13:44 | Weblog
六条判官は、尚恨が霽れぬ上、相手が初瀬寺に参籠して、何か密事を祈願して居ると言ふ事を聞いて、家来竹田の太郎及びよしながと共に、桂川に邀へ撃たうとする。二条家には、荒木左衛門といふ家来がある。主人夫婦に従うて、初瀬寺からの帰り途、桂川で現れた伏せ勢と争うて居る処へ、南都のとつかう(東光か)坊が通りかゝつて、仲裁する(二段目)。
北の方は玉の様な愛護(アイゴ)ノ若(ワカ)を生む。誓約の三年は過ぎて、若十三歳になる。約束の期は夙に過ぎた。命を召されぬ事を思ふと、神仏にも偽りがある。だから、人間たるおまへも其心して、嘘をつくべき時には、つく必要があるといふやうな事を訓へる。初瀬観音聞しめして、怒つて御台所の命をとる為に、やまふのみさきの綱を切つて遣はされたので、若はとう/\、母を失ふことゝなつた。
左衛門並びに親類の者が、蔵人の独身を憂へて、八条殿の姫宮雲井ノ前を後添ひとした。愛護は、父の再婚の由を聞いて、持仏堂に籠つて、母の霊を慰めてゐる。あまり気が鬱するので、庭の花園山に登つて、手飼の猿、手白(てじろ)を相手に慰んでゐる姿を隙見した継母は、自分の子とも知らず、恋に陥る。侍女月小夜(ツキサヨ)を語らうて、一日に七度迄も、懸想文を送る。若は果は困じて、簾中に隠れてしまふ。

趙の手

2006-02-18 16:12:40 | Weblog
 歌の声は消えるように輟(や)んだ。趙は夢の覚めたようにして愛卿の側へ往った。
「おいで、お前にはいろいろ礼も言いたい、よくきてくれた」
 趙の手と愛卿の手はもう絡みあった。二人は室の中へ入った。
「お前はお母さんのお世話をしてくれたうえに、わしのために節を守ってくれて、なんともお礼の言いようがない、わしは、今、更(あらた)めて礼を言うよ」
「賤(いや)しい身分の者を、御面倒を見ていただきました、お母様は私がお見送りいたしましたが、思うことの万分の一もできないで、申しわけがありません、賊に迫られて自殺したのは幾分の御恩報じだと思いましたからであります、お礼をおっしゃられては恥かしゅうございます」
「いや、お礼を言う、それにしても、お前を賊に死なしたのは、残念で残念でたまらない、今、お前は冥界(めいかい)におるから、お母さんのことも判ってるだろうが、お母さんは、今、どうしていらっしゃる」

沁園春

2006-02-18 16:11:37 | Weblog
 改葬が終ったところで、趙は墓へ向って言った。
「お前は聡明な女であった、凡人ではなかった、わしの心が判っているなら、もとの姿を一度見せておくれ」
 趙は家へ帰っても銀杏の下へ往って、これと同じようなことを言ったが、これはその日ばかりでなしに、翌日もその翌日も、毎日のように白苧村の墓と銀杏の下へ往ってそれを言った。
 十日近くにもなった頃であった。その晩は家のまわりに暗い闇が垂れさがって、四辺(あたり)がひっそりしていた。趙は一人中堂にいたが、退屈でしようがないので、いっそ寝ようかと思ったが、どうも寝就(ねつ)かれそうもないので、そのまましかたなしにじっとしていた。と、どこからか泣声のような物声が聞えてきた。趙は不思議に思うてその方へ耳をやった。それは確かに咽(むせ)び泣く泣声であった。
 泣声はすぐ近くに聞えた。趙は何者の泣声だろうと思って、起って声のした方へ眼をやったが何も見えなかった。趙はこの時ふと思いだしたことがあった。
「だれ、愛愛じゃないのか、愛愛なら何故すぐきてくれない、愛愛じゃないのか」
 趙はこう言ってまた透して見た。
「愛愛でございます、あなたのお言葉に従いましてまいりました」
 それは耳の底にこびりついている愛卿の声であった。趙はその方へ眼をやった。人の歩いてくるような気配がして物の影がひらひらとしたが、やがて五足か六足かの前へ白い服を著た人の姿がぼんやりと浮んだ。面長な白い顔も見えた。それは生前そのままの愛卿の姿であったが、ただ首のまわりに黒い巾(きれ)を巻いているだけが違っていた。
 愛卿の霊は趙の方を見て拝(おじぎ)をしたが、それが終ると悲しそうな声を出して歌いだした。それは沁園春(しんえんしゅん)の調にならってこしらえた自作の歌であった。

愛卿

2006-02-18 16:10:28 | Weblog
 家は依然として立っていたが、入口の扉はとれて生え茂った雑草の中に横たわっており、調度のこわれなどが一面に散らかって、それに埃(ほこり)がうず高くつもっていた。脚下(あしもと)で黒い小さなものがちょろちょろと動くので、よく見るとそれは鼠であった。
 荒廃した家の内からは、返事をする者もなければ、出てくる者もいなかった。趙は驚いて家の中を駈け廻ったが、母親の影も愛卿の影も、その他にも人の影という影は見えなかった。
 趙は茫然として中堂の中に立っていた。庭の方で鳥の声がした。それは夕陽の射した庭の樹に一羽の(ふくろう)がきて啼いているところであった。
 淋しい夕暮がきた。趙は母親と愛卿は、楊参政の麾下の掠奪に逢って、どこかへ避難しているだろうと思いだした。彼は翌日知人を訪うて精(くわ)しい容子を聞くことにして、そのあたりを掃除して一夜をそこで明かした。
 朝になって趙は、嘉興の東門となった春波門を出て往った。そこには紅橋があった。趙はその側へ往ったところで見覚えのある老人に往き逢った。
「おい、爺じゃないか」
 それはもと使っていた僕(げなん)であった。
「だ、旦那様じゃございませんか」
 老人は飛びかかってきそうな容(ふう)をして言った。
「ああ、俺だよ」
 趙は一刻も早く母親と愛卿のことが聞きたかった。
「爺や、お前に聞きたいが、家のお母さんと家内は、どこにいるだろう、お前は知らないのか」
「旦那様は、まだ御存じがないのですか」
「知らない、どうした、お母さんと家内は、どうしたというのだ」
 趙はせき込んで言った。
「旦那様、えらいことが出来ております」
 老人の眼に涙が湧いて見えた。
「どうした、早く言ってくれ」
「旦那様、びっくりなされちゃいけません、大奥様は御病気でお亡くなりになりますし、若奥様は苗軍(びょうぐん)の盗人(ぬすびと)のために、迫られて亡くなられました、なんとも申しあげようがございません」
 趙は青い顔をして立ったままで何も言えなかった。
「旦那様、しっかりなすってくださいませ、大奥様が御病気になりますと、若奥様が夜も睡らないで御介抱なさいました、お亡くなりになってからも、若奥様がほとんどお一人で、お墓までおこしらえになりましたが、苗軍がやってきて、劉万戸という盗人が、若奥様を見染めて、迫りましたので、若奥様は閤(こざしき)へ入ってお亡くなりなさいました」
「そうか、俺が旅に出たばかりに、こんなことになった、俺が悪い、爺や俺は馬鹿者だ」

軍師楊完

2006-02-18 16:08:44 | Weblog
 胡元(こげん)の社稷(しゃしょく)が傾きかけて、これから明が勃興しようとしている頃のことであった。嘉興(かこう)に羅愛愛(らあいあい)という娼婦があったが、容貌も美しければ、歌舞音曲の芸能も優れ、詩詞はもっとも得意とするところで、その佳篇麗什(かへんれいじゅう)は、四方に伝播せられたので、皆から愛し敬(うやま)われて愛卿と呼ばれていた。それは芙蓉(ふよう)の花のように美しい中にも、清楚な趣のあった女のように思われる。風流の士は愛卿のことを聞いて、我も我もと身のまわりを飾って狎(な)れなずもうとしたが、学無識(ぼうがくむしき)の徒は、とても自分達の相手になってくれる女でないと思って、今更ながら己れの愚しさを悟るという有様であった。

障子

2006-02-18 16:07:41 | Weblog
甲府へ降りた。たすかった。変なせきが出なくなった。甲府のまちはずれの下宿屋、日当りのいい一部屋かりて、机にむかって坐ってみて、よかったと思った。また、少しずつ仕事をすすめた。
 おひるごろから、ひとりでぼそぼそ仕事をしていると、わかい女の合唱が聞えて来る。私はペンを休めて、耳傾ける。下宿と小路ひとつ距(へだ)て製糸工場が在るのだ。そこの女工さんたちが、作業しながら、唄うのだ。なかにひとつ、際立っていい声が在って、そいつがリイドして唄うのだ。鶏群の一鶴(いっかく)、そんな感じだ。いい声だな、と思う。お礼を言いたいとさえ思った。工場の塀(へい)をよじのぼって、その声の主を、ひとめ見たいとさえ思った。
 ここにひとり、わびしい男がいて、毎日毎日あなたの唄で、どんなに救われているかわからない、あなたは、それをご存じない、あなたは私を、私の仕事を、どんなに、けなげに、はげまして呉(く)れたか、私は、しんからお礼を言いたい。そんなことを書き散らして、工場の窓から、投文(なげぶみ)しようかとも思った。
 けれども、そんなことして、あの女工さん、おどろき、おそれてふっと声を失ったら、これは困る。無心の唄を、私のお礼が、かえって濁らせるようなことがあっては、罪悪である。私は、ひとりでやきもきしていた。
 恋、かも知れなかった。二月、寒いしずかな夜である。工場の小路で、酔漢の荒い言葉が、突然起った。私は、耳をすました。
 ――ば、ばかにするなよ。何がおかしいんだ。たまに酒を呑んだからって、おらあ笑われるような覚えは無(ね)え。I can speak English. おれは、夜学へ行ってんだよ。姉さん知ってるかい? 知らねえだろう。おふくろにも内緒で、こっそり夜学へかよっているんだ。偉くならなければ、いけないからな。姉さん、何がおかしいんだ。何を、そんなに笑うんだ。こう、姉さん。おらあな、いまに出征するんだ。そのときは、おどろくなよ。のんだくれの弟だって、人なみの働きはできるさ。嘘だよ、まだ出征とは、きまってねえのだ。だけども、さ、I can speak English. Can you speak English? Yes, I can. いいなあ、英語って奴は。姉さん、はっきり言って呉れ、おらあ、いい子だな、な、いい子だろう? おふくろなんて、なんにも判りゃしないのだ。……
 私は、障子を少しあけて、小路を見おろす。はじめ、白梅かと思った。ちがった。その弟の白いレンコオトだった。