ロングドライブ

「VW PASSAT VARIANT」と「PEUGEOT 3008」でのロングドライブ記録です。(2019/09/11)

年末の買出し

2019年12月24日 | ドライブ

2019年12月18-20日

毎年恒例のようになっている、年末の「関西買出し」に今年も行って来た。大阪在住13年で培った年末年始の食べ物・・・だけではないが、関西(特に大阪、京都)に行ったら食べたい物も買って来ようとなった訳である。但し、嫁様のリクエストが大半となったのは言うまでもない。

12月18日(水) 

今回の出動はVW PASSATにした。
往きのこの日、大阪までのルートを検討したが、結局、東名高速(新東名ではない)-名神高速で行くことにした。出発時間も朝9:00にし、現地到着を16:00頃と計算した。
本来なら中央道-名神高速のルートの方が慣れているし、家から近いので迷わず選択している所だが、今回は路面の凍結や降雪などのリスクも考えられたため、南の東海ルートを選択したのだった。


写真は久々に見た燃費の数字で、思わず撮影したものである。
考えて見ると、リコール修理を行った7月以降愛車PASSATの燃費が良くなったような感じがしている。今回は久々に東名高速を走った訳だが、過去PASSATで写真のような燃費表示を見たことがない。
最終的なこの日の走行データは以下の通りとなった。

走行距離: 513.1km
給油量: 28.5L
燃費: 18.0km/L(満タン法)

12月19日(木)

この日は朝から大阪 鶴橋(つるはし)で「キムチ」を購入することにした。鶴橋の商店街付近には駐車場が少なく、車を止めるのに苦労するので、平日ではあったが店のオープン時間に間に合わせて鶴橋に着くようにした。
鶴橋のコインパーキングに着いて見ると、駐車している車はなく、好きな所に止めることができた。車を後にして商店街の中のキムチ販売店を目指すと、駐車場からは歩いて数分の距離だった。


商店街の大半はまだオープン時間前で、店のシャッターが下りたままだったが目指す店は既に開店していた。
このキムチ販売店を利用し出したのは、大阪に住み出した平成3年(1991年)頃からなので28年ほどになる。平成17年(2004年)に東京に帰っても大阪に行く機会は結構あるため、このキムチ店の利用はずっと続いているのである。
私の好きな、チャンジャと白菜を購入すると直ぐに駐車場に戻った。

この日の最大の目的はキムチ購入で終わったが、時間はまだ十分あったため少し観光をすることにした。
始めに向かったのは大阪府茨木市にある「継体(けいたい)天皇(第26代) 三嶋愛野陵(みしまのあいののみささぎ;太田茶臼山古墳)」である。

写真はGoogle Mapより拝借したものだが、写真からも分かるように「」は典型的な前方後円墳となっている。前方後円墳で有名なのは「仁徳天皇陵」だが、大きさは異なるものの似た形状をしていることが分かる。
残念ながらこの形状を実際に見て確認するには、写真のように上空から見るか、高層ビルの展望スペースから見るかしないと確認できない。ドローンでも使えば良いのかも知れないが、それも私はもっていないので無理。と言うことで、現状の私にできたのは、下の写真位である。


宮内庁の管理で「継体天皇陵」とされている。
写真のように後ろの小高い山(丘?)が天皇陵だが、この角度からでは前方後円墳かどうかは分からない。


天皇陵の脇に「継体天皇陵 陪塚(ばいちょう)」というが公園の中に保存されている。石柱の下方に「宮内庁」の文字が見え、ここも宮内庁の管理地であることが分かる。被葬者が誰なのか分かっていないようだ。一般的に同種のものには天皇の家族或いは家臣が埋葬されていると言われるが、このがそうなのか不明のようだ。

次は大阪府枚方市の「百済寺(くだらじ)跡公園」及び「百済王(くだらおう)神社」に移動した。

天皇陵から百済寺跡公園まではおよそ30分の距離だった。公園の駐車場に車を置くとまず公園に入った。遺跡と言うことは分かるが、公園にはチョットかけ離れているように見えた。公園の整備中だったのか、再調査をしていたのか、とにかく至る所が工事中のようになっていた。

次は公園隣にある百済王神社に行った。
当社境内にある解説板(枚方市教育委員会)によれば、延宝九年(1681年)には既に当社が存在していたようであるが、創建時期ははっきりしないようである。祭神は百済国王及び牛頭天王(ごずてんのう)とされ、百済国王の末裔(まつえい)、百済王(くだらのこにきし)が祖霊を祀っていたとしている。つまり、この付近には百済からの渡来人(とらいじん)が住んでいたと言うことになる。

走行距離: 114.3km
給油量: 9.0L
燃費: 12.7km/L(満タン法)

12月20日(金)

関西買出し最終日のこの日は、朝から買出しに出かけた。この日の買い物は、漬物、餅(関西の丸餅)、京野菜、和菓子である。先ずはベタだが京都の「錦市場(にしきいちば)」に向かった。錦市場では漬物を購入し、直ぐに次の大原に向かった。「里の駅 大原」で京野菜、餅を購入した。最後に和菓子を購入するため「鶴屋吉信 本店(つるやよしのぶ ほんてん)」に移動した。この3か所での買い物は、量的には大したことはないが、財布にはかなり響くことになった。

昼少し前に京都東ICから名神高速に入った。帰路のコースは、名神高速-中央道で帰ることにした。この日は天気も良く長野などの気温の低い地域でも雪や凍結と言ったリスクが低そうなので中央道を走ることができると思われたのである。想像通り中央道は問題なく走ることができ、19:00頃無事帰宅することができた。

走行距離: 537.2km
給油量: 26.0L
燃費: 20.7km/L(満タン法)

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飛騨高山から滑川へ(岐阜県・富山県)

2019年11月11日 | ドライブ

2019年11月7-8日

週間天気予報で晴が続くとされていたため「お出かけの虫」がウズウズと動き出し、あまり・・・正確には全く無計画で家を飛び出したのだった。
とは言え、全く目的がなかったら放浪状態になってしまうので、1つだけ目的を作ることにした。それが飛騨国一之宮に行くことだった。

11月7日(木)

家を出たのは朝5時だった。高山までは高速+下道(R158安房トンネル経由)で約4時間半、高速(中央道+東海環状道+東海北陸道)で約5時間半。と言うことで、R158(安房トンネル)経由では路面凍結が少々心配されたこともあり、中央道+R19+R361というルートで行くことに決めた。

日の出前ではあるが、晴天を感じさせる空だった。(甲府付近)

中央道の諏訪湖SAでは車の外気温はマイナス1度Cを示していた。諏訪湖SAの先岡谷JCTから中央道を離れ、長野道に入ると岡谷ICから下道に降り、R20からR19に入った。R19を走るのは何年ぶりだろうか。20年ぶりのような気がした。R19(旧 中山道(きゅう なかせんどう)の一部の木曽街道)は山間の木曽川沿いを走る。このため朝の陽射しが届くのは大分遅くなり、日が昇っていてもまだまだ朝の寒さは続いていた。


木曽大橋の交差点をR361に入り、高山に向かうとやがて朝陽が当たるようになり、山の色付きが綺麗に見えるようになった。


第1の目的地は飛騨国一之宮 水無神社(ひだのくにいちのみや みなしじんじゃ)で、朝9:30前に到着した。神社脇の駐車場に車を置くと、早速境内に向かった。
当社の祭神は御年大神(みとしのおおかみ)とされていて、この神は須佐之男命(すさのおのみこと)の孫に当たる。
流石に一之宮だけあって境内は綺麗に整備され、その境内の大きさもそこそこの大きさだった。
年末に向けてなのか、七五三用なのか、はたまた単に汚れたためなのか、本殿周辺に掛けられた垂れ幕の交換がなされている所だった。

さて、水無神社だけで終わるのは勿体ないので、次の目的地を考えることにした。
その結果、白川郷五箇山を訪問してみることにした。白川郷は数年前に行ったことがあるので、おおよその雰囲気は覚えていたが、もう一度しっかり見て見ようと思ったのだ。
白川郷まではGoogle Mapによれば約1時間とのことだった。高山の街を抜けて飛騨清見ICから東海北陸道に入り白川郷ICで降りると目的地は直ぐだった。市営駐車場に駐車しようと標識に従って進んで行くと、かなり広い駐車場が見えて来たが、その多くのスペースに車が止められていて、非常に多くの人が来ているのが分かった。流石は世界遺産と感心したものだが、正直このお祭り騒ぎのような人出には少々閉口したのも事実だった。


駐車場の脇を流れる庄川と周りに見える色付いた山々の景色は非常に美しかった。


集落の中に行くと合掌造りの家々を見て回った。
しかし、人の多さに閉口し、できればここで昼食を取ろうなどと考えてもいたが、直ぐに退散することにした。

折角の合掌造りだが白川郷では欲求不満に終わってしまったこともあり、もう1ヶ所、五箇山(ごかやま)に行って見ることにした。
五箇山とは相倉(あいのくら)地区菅沼(すがぬま)地区を合わせて「五箇山」と言うらしい。世界遺産としては白川郷(岐阜県)と五箇山(富山県)のセットで登録になっていると言う。
五箇山相倉にナビをセットして白川郷を後にすると、R156を北上することにした。およそ30分ほどで相倉の第2駐車場に着いた。ここは第2駐車場とは言うが、実際にはここが集落に一番近い駐車場で、私にはここしか見つからなかった。
駐車場に車を置くと集落の中に歩いて行った。

ここの集落は白川郷ほど大きくはなく、合掌造りと瓦屋根の日本家屋が混在しているような景色だった。地元の人の話では、合掌造りの家屋に住んでいる家は、現在では大分少なくなっているとか。話をしてくれた人も、既に瓦屋根の家に住み替えてしまったとのことだった。

時間的にはここから東京の自宅に戻ることも可能だったが、折角明日も天気が持ちそうだったこともあり、このまま宿を取った滑川(なめりかわ;富山県)に向かうことにした。それにしてももう1軒寄り道ができそうだったことから滑川市立博物館に寄ることにした。
滑川までは下道を選択。R472で約2時間の道程だった。博物館に着いたのは15:30頃だった。


博物館は左程大きなものではなく、3階建ての建物で、公民館のような感じさえあった。中に入ると1階に第1常設展示室があり、早速のぞいて見た。次に3階に移動し、第2常設展示室を見て見るとそこでは期間限定の「滑川の縄文展」が行われていた。その他市内小学生の作品展(絵)や写真展などが行われていた。

博物館を出てこの日泊まるスカイホテル滑川に着いたのは16:30を廻っていた。このホテルは滑川唯一のホテルとのことだった。どこかホテルの近隣の店で夕飯を取りたいと思っていたが、周りは住宅街で殆ど店らしい店もないようだったため、ホテルのレストランで済ませることにした。

走行距離: 466km
給油量: 40.0L(給油時走行距離:670.4km)
燃費: 16.8km/L
※今回は、出発直前の給油ができなかったため、ドライブ前の走行(約200km)が加算されている。


11月8日(金)

ホテルの朝食はam7:00からと言うことで、朝食を取ったら直ぐに出発できるように先に車に荷物を載せてから朝食会場に向かった。夕食を食べた場所が朝食会場でもあった。席には既に多くの人が座り朝食を食べていた。その殆どが作業着(ユニフォーム)を着ているように見えた。明らかに県内、県外は分からないが出張で当地に来ている人々と思われた。

この日は帰宅するだけの予定だったので、特に目的地はなかった。そのため、帰りのコース選択で色々考えた末、滑川ICで北陸道に入る高速道ひた走りコースは止めて、長野道の塩尻IC辺りまで下道を行く方が面白そうという結論に達したのだった。
このような途中までを下道にし、その後高速道に乗ると言ったルートの設定方法をPASSATのナビはおろか、Google Mapなどでも私は知らなかった。そこで、最初は全行程を下道に設定し、高速道に乗る所に近付いた時点で設定を高速道利用にやり直すと言うアナログな方法を取ることにしたのだった。

朝食を終えてチェックアウトすると、ナビをセットしてホテルを後にした。朝8:00前の出発となった。平日の朝、丁度この時間帯は多くの車が通勤で急いでいる時間だ。渋滞もあるに違いない。しかし、東京など大都市の通勤ラッシュとは違い、渋滞の仕方は緩やかだろうと勝手な想像をしながらR8(入善黒部バイパス)を糸魚川(いといがわ;新潟県)方向に進んだ。バイパスは非常にスムーズに走ることができたが、魚津(うおづ;富山県)辺りから雨が降り始め、この雨は長野県の栂池(つがいけ)辺りまで続いたのだった。


写真上:正面に見える湖は木崎湖


糸魚川でR8からR148に入り、スキーで有名な(?)栂池、白馬を通り、信濃大町(しなのおおまち)から県道306号-R19と走り、塩尻北ICで長野道に入った。岡谷JCTから中央道と進み、我家には15:00過ぎに着くことができた。

僅か1泊2日の、いつも通りの「走る」がメインの旅だったが、気晴らしには最高のドライブだった。

走行距離: 348km
給油: 現時点で未給油(11月11日現在)

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デンマーク旅行記 −5

2019年10月20日 | ドライブ

2019年10月7-8日

10月7日(月)

デンマーク5日目。
いよいよ最終日になった。この日、昼過ぎにはコペンハーゲン空港にレンタカーを返却しなくてはならない。とは言え、空港まで高速道路を行けば1時間半ほどで着いてしまう。そこで先ず、コペンハーゲンまでのコースを基本的に一般道にして、更に、コペンハーゲン郊外ロスキレ市にある世界遺産ロスキレ大聖堂に立寄りながら行くことにした。

今回PCでもスマホでも非常にお世話になったGoogle様(Google Map;それ以外にGoogle翻訳も非常にお世話になった(感謝))の計算ではロスキレ大聖堂迄でも2時間強ということなので、まずまずの時間と思われた。

朝食をホテルのバイキング(と言っても非常に質素だが・・・)で取り、ホテルを後にした。

写真は昨日泊まったベストウェスタン ホテル クヌーセンス

Odenseの街を抜けるとCarPlayGoogle Mapの指示に従った。

本当に今回はスマホ・ナビ様様だった。とにかく一般道は高速道以上に道が分からない。そこを走るのだからナビがなかったらどうにもならない。

街を抜けて郊外に出ると、どこも写真のような風景である。

所で、時々見かけた風景だが、このように畑などの農地にカモメがいっぱい降りていた。 確かに海に近いと言えば近いのだが、こんなにカモメが農地に降り立っているのは見たことのない光景だった。(写真には3羽しか映っていないが、実際にはもっと多くのカモメがいた。)一体何を食べていたのか???

Odenseのあるフュン島からコペンハーゲンのあるシェラン島に渡るのはE20の橋しかない。E20は高速道路だが、基本的にデンマークの高速道は無料なのでこういう形が取られているのかも知れない。しかし、この橋「グレートベルト・リンク(と言うらしい)」は数少ない有料の橋だった。

シェラン島に入ってまた一般道をロスキレ大聖堂目指して走った。この島に入っても相変わらず景色は似たようなものだが、それでもこの広さが何とも言えず気持ち良かった。チョット思ったのだが、この雰囲気は北海道に通じるものがあると思われた。

ロスキレ大聖堂に着くと駐車場を探し、何とか1台空いた所に止めることができた。

大聖堂に向かって歩くとやがて姿が見えて来た。その壁に這った蔦が綺麗に色付いていた。

大聖堂の周りを一回りしてから中に入って見ることにした。

大聖堂はデンマークの代々の君主が葬られて来たと言うことで、寺院の彼方此方に棺が置かれていた。

ロスキレ大聖堂を後にすると、コペンハーゲン空港に向かうことにした。
空港までは下道(一般道)を行くとコペンハーゲン市街を抜けなければならず、時間的にもかなりかかると同時に精神的ストレスもあることから高速道を行くことにした。およそ40分の道程だった。
空港で車を返却したが、当地ではレンタカーの返却に際してガソリンの「満タン返し」は必要なかった。このため、全行程でどの位のガソリン(正確には軽油)を使用したか、また総走行距離などのデータは記録していなかった(走り出し時点でトリップメーターをゼロにし忘れた)ため、燃費に関してはよく分からない。ただ、あくまで印象として「ディーゼルは燃費が良い」と通常言われるが、PASSAT(1.4Lガソリン車:1.4TSI)を初めてレンタルした時(2016年10月8-13日;北欧スウェーデンとデンマークの旅(その3))のような燃費の良さを、その後レンタルしたディーゼル車(VOLVO XC60、同 XC90、PASSAT TDI)で感じたことはない。

15:45(現地時間) コペンハーゲン発のSAS機で成田に向かった。

10月8日(火)

日本時間の朝9:25(予定9:35)無事成田空港に到着した。約11時間のフライトだった。

第1ターミナルのP1駐車場に置いていた愛車PASSATに荷物を積み込むと、早速帰路に着いた。帰りは圏央道を真っすぐ帰って来るつもりだったが、空港から高速道に乗って間もなくの分岐で間違えて東京方面に向かってしまったことから、帰りは首都高経由を走ることになってしまった。
チョット不安だった、右側、左側の通行帯の違いは問題なく(ごく自然に)運転することができたのには我ながら感心した。(笑)
12:00過ぎに自宅に無事到着し、今回のデンマーク旅行が終了したのだった。

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デンマーク旅行記 −4

2019年10月18日 | ドライブ

2019年10月6日

デンマーク4日目。

この日はVejle(ヴァイレ)郊外のB&B Elisesminde HotelからOdense(オーデンセ)のBest Western Hotel Knudsens Gaardに移動した。

VejleからOdenseまではGoogle様によるとおよそ1時間の距離だ。そこでOdenseの南にあるイーエスコウ(Egeskov)に寄ることにした。

VejleからEgeskov Slot(イーエスコウ城)までは1時間15分ほどで、E45からE20を走ることになる。

うちの嫁様も運転を満喫中。

左(追い越し車線)はプジョー。

前車はシトロエン。C1は日本未発売?

追い越し車線の前2台はプジョー。

これもプジョー。

こんな感じで頻繁にフランス車を見かけた。

イーエスコウ城(公園?)の入口。

何故かこういう鳥も放し飼いにされていた。さしずめ日本ではニワトリと同じ感覚?

イーエスコウ城はその庭園に加え、クラシックカーの展示館やクラシックバイクの展示館、子供用の遊園地などが同じ敷地内にあり、小規模なテーマパークのようになっていた。向うの城としてはチョット違和感があることはあるが、こういう形での維持の仕方もあるのかも知れないと思われた。

こんなクラシックカーが数十台。

時代はもう少し新しくなるが、名車の誉れ高いクルマ達がぞろぞろ。

そしてこんな迷路も。

出口には各国語で書かれていた。こんな所で日本語を見るとは。。。

イーエスコウ城を後にすると、一旦ホテルにチェックインした後、去年空ぶったアンデルセン博物館に行くことにした。アンデルセン博物館ハンス・クリスチャン・アンデルセン(日本ではアンデルセン童話で有名)所縁のものを展示しているとのこと。ホテルからは10分ほどで行くことができた。前回は駐車場が分らず、車を止めることができなかったことから博物館も諦めざるを得なかったのだが、今回は何とか駐車場を見つけることができ、アンデルセン博物館にも行くことができた。所が、この博物館とは縁がないのかも知れない。博物館の入口で、時間だから入場できないと断られてしまったのである。

仕方なく撮ったのが写真である。

また博物館の直ぐ傍にアンデルセンの生家もあり、ここへも行って見たが、生家は博物館で入場券を購入しなければならないとのことでここも入場を断られてしまった。

この地域は当時の街並みを残していると言うことらしく、デンマーク版京都の街並みと言った所だろうか。

ことごとくアンデルセンに嫌われたため、ホテルに戻ることにした。

ホテルで夕飯を取ることにし、夕飯まで部屋で休憩をしている時に何気なく撮った写真だが、写真の中の車が全て前向きで駐車していることに気付いた。そう言えば、ここデンマークでは駐車場に止める際、皆同じように前向きに止めることが多い。これはどうもデンマークの地域性のように思われた。

夕飯は18:00からで予約をしておき、ホテルのレストランに行った。

ここで出してもらったビールは少しだけフルーティで美味しかった。

料理には私はラム肉の料理を、嫁様は白身魚の料理を頼んだ。デンマークで初めて地元料理を食べた気分だった。

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デンマーク旅行記 −3

2019年10月17日 | ドライブ

2019年10月5日

デンマーク3日目。

早朝ホテルを出ると、再びGrenenに行って見た。前日は天気ももう一つの状況だったが、この日は快晴と言える良い天気となった。Grenenの駐車場に着くと早速浜辺に向かって歩いた。

小高い丘の上に上ると丁度東の水平線から日の出が始まる所だった。
この日のGrenenの気温は正確には分からなかったが、ダウンジャケットを着込んでいても少し寒さを感じる位だったので、恐らく10度Cを下回っていたのではないかと思われるが、快晴の朝の空気は非常に清々しく気持ち良かった。

間もなく朝陽が水平線から上り始め、正に1日の始まりとなった。ここでふと思ったのだが、私は水平線からの日の出と言うものを見たことがなかった。そのタイミングで待っていても、大体水平線に雲があり、朝日が見えた時はしっかり陽が上った状態と言うことが多かったのである。デンマークで初めてのご来光(?)を見ることができたのには本当に感動した。

駐車場に戻り、Skagenの町に戻ることにした。

駐車場から1~2分の所に、写真のような奇妙な構造物を発見した。形は古代ローマ時代の投石器のようにも見えるが、ネット検索をしてみると17世紀に造られたもので、灯台としての機能を果たしたそうだ。この灯台をデンマーク語では「Vippefyret」と言うらしい。

この部分に石炭を入れて燃やし、灯台の火にしたらしい。

ホテルに戻るとホテルで出された朝食を食べ、再びSkagenの街の散策に出かけた。

この町はGrenenも含めて同じような配色の家や建築物でほぼ統一されているようだった。

この日(10月5日(土))は町のイベント日だったようで、商店街ではホコ天のような設備や屋台のようなものなどの準備が始められていた。また、港近くに設置されたテント村のような所には、野外ライブの準備や、マラソン大会の出場選手らしき人々、その運営スタッフらしき人々などの姿も見られた。
街中を歩いて、所々交通規制が行われているのを見て、この後行こうとしていたスカーゲン美術館までの道路は至る所で規制されていてとてもではないがナビで示されるであろうルートは通れないと分かった。街中を迂回して通るルートを探さなければならない。

取り敢えずホテルに戻り、チェックアウトを済ませると車を出してスカーゲン美術館目指して迂回路を進むことにした。迂回路を行っても、最後は街中を走らなければならず、何とか美術館の前のスペースに止めることができた。
スカーゲン美術館は町の外れにあり、美術館の裏側は住宅街のようだった。この美術館には何人かの画家の作品が展示されていて、その数は結構あった。絵画には色々な種類があり、中には抽象的なものもあるものだが、ここに展示されている絵は写実的なものが殆どだった。私は写実的なものの方が好きなので、この美術館の絵は好みだった。

この日のスケジュールは、Skagenからユトランド半島南部の町Vejle(ヴァイレ)の郊外にあるB&B Elisesminde Hotelまでの移動だ。Google様によればおよそ3時間(286km)の距離だった。

高速道路のE45を南下すると、途中入ったPA(パーキングエリア)では少し紅葉し始めてていた。ここ2日位で始まったようだった。
E45
59 Homstrup IC(インターチェンジ)で一般道に出た。ホテルには割と近く10分ほどでホテルに着くことができた。

直ぐにチェックインし、部屋に荷物を下ろした。

部屋にはキッチンの設備があり、ベットもダブルサイズが2つあるなど充実した設備だった。

ホテルにレストランなどの施設はなかったため、周辺の様子を聞いた所、ピザハウスはあるとのことだったがピザの気分ではなかったので、近隣のスーパーマーケットで買い物をすることにした。

Google様で調べて出て来た所が写真の「REMA1000」という所だった。ここは地元のスーパーと言う感じで、正直、品揃えはそれほど多くはなかったが、夕飯の買い物には十分だった。

ホテルに戻って部屋から撮った写真である。

所で、今回当国デンマークに来て感じたことがある。それは仏車が想像以上に多いことだった。あくまでイメージだが、台数としてプジョー>シトロエン>DS>ルノーの感じで、勿論日本では見られない車種もあった。国全体ではVWグループ>日本車(スズキ>トヨタ>ニッサン>マツダ>ミツビシ>スバル)>PEUGEOTグループ>韓国車(KIA>Hyundai)>MB>BMW>VOLVO>他と言った感じだが、コペンハーゲンSkagenほか半島部では好みが若干異なるのか、半島部では仏車が明らかに多かった。デンマーク全体では普通車でのディーゼル車の割合が多く、EVはあまり見かけなかった。尚、VWの新車種「T-ROC」だが、高速道を走行中に見かけることができた。しかし、追い越し車線をカッ飛んで行ったので、後ろ姿のみ見て写真は撮れなかった。(残念)
総合的に見ると、今回のデンマークでは去年までの状況より新車の割合が増えているように思われた。車だけではなく、街の状況(新しい建物が増え、何となく活気が感じられた)も向上しているように感じられた。

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デンマーク旅行記 −2

2019年10月16日 | ドライブ

2019年10月4日

デンマーク2日目。

前日の就寝時間が早かったせいか、時差ボケのせいか可成り早い時間から目が覚めてしまった。(年寄りは朝が早い・・・訳ではない。)興味本位でホテルの外に出てみると、まだ夜明け前で街は暗闇の世界だったが、既に仕事を始めた人や、これから仕事場に向かう(と思われる)人がホテルの前を通っていた。後で分かったことだが、デンマークではこの時期まだ夏時間だったために、人々の活動開始が早かったものと思われた。

さて、この日の予定は早朝にコペンハーゲンを出発し、ユトランド半島北端の町Skagenに移動する。Google Mapでは約5時間となっていたが、距離で見ると東京-神戸ぐらいの距離(525km)である。休憩、食事などの時間を考えれば6~7時間は見た方が無難そうだ。因みに、日本の高速道路は承知の通り最高100km/hだが、デンマークでは130km/h(市街地:50km/h、郊外地:80km/h)となっている。約5時間という時間では東京-京都ぐらいの話になるが、こちらでは違うのである。
(上のMapで選択されているルート(青線)はフェリーを使用するため、実際には下の陸路を選択した。)
朝6:30からのホテルの朝食はバイキングだったが、こちらデンマークの?はたまたコペンハーゲンの?一般的な朝食なのだろうか、料理の種類はあまり多くなかった。

食事を済ませ、ホテルをチェックアウトすると2ブロック程先の地下駐車場に向かった。流石に早朝の駐車場は車の台数が少ない。
荷物をトランクに載せると、早速駐車場を後にして高速道E20を目指した。
今回レンタルした車は前回「デンマーク旅行記 −1」でチョット触れたようにVWのGolf Touran(ゴルフ トゥーラン)だったが、この車、Discover Pro(各種インフォメーションのディスプレイ) は付いていたがナビが付いていなかった。

そこでこの後終始お世話になるiPhoneCarPlayでのGoogle Mapを使うことにした。今までの経験(海外旅行;ヨーロッパ)では、レンタカーに付いていたナビは我々日本人には非常に使い辛く、しかも道の指示が英語でされる(日本語が選べないので、英語を選ばざるを得ない)ため、時々「?」状態になることがあった。所が今回は日本のCarPlay、日本のGoogle Mapのため、指示は全部日本語で行われ、目的地もケースバイケースだが日本語で設定できることがあった。(目的地は基本がデンマーク語なので、英語が適さない場合も多々あった。)
今回の旅行にはノートPCも持参していて、前もってGoogle Mapで目的地を検索しておくことでiPhone上でも目的地を簡単に選択できた。本当に海外旅行が楽にできる時代になったものである。

高速道のPA。

一般道のPAエリアにて。

E20からE45と進み、SkagenSkagen Harbour Hotelに着いたのは14:30頃だった。

チェックインを済ませると直ぐにGrenenという更に北端の場所を目指すことにした。Skagenの町から車で10分位の距離だった。

駐車場に車を置くと浜に行って見ることにした。浜の手前にはコンクリートの建造物の姿が見えた。良くは分からないが、どうも第2次大戦の遺物のようだった。(写真左手の建造物)

更に先に進むと広い白浜が見えて来た。

実はここに来たのにはある目的があった。それは、北海とバルト海の海水がぶつかり合い、その情景を見ることができると言うことだった。浜辺を10分ほど歩いて海水のぶつかり合う所まで行ったが、風が強く、気温は恐らく10度C前後のため、少し歩いていると耳が冷たくなり痛みを感じたりした。現場に着くと、何となく現象が見えるような感じもしたが、はっきりこれと言うものではなかった。どうも満潮、干潮の関係があるようで、タイミングが合わなかったようだった。(残念)
(写真の水平線辺りに白波が見えている。多分その辺り???)

Grenenを後にしてSkagenのホテルに戻ると、一休みすることにした。

夕食をとるためにホテルを出ると、港沿いにGrenen方向に歩いて見た。5分ほど歩いた所に海鮮料理の店が有ったためそこに入って見ることにした。

金曜の夜と言うこともあったのか、店に入ると予約客でいっぱいだと言われたが、1時間半で良ければと言うことで席に案内してもらうことができた。どういう客が予約しているのかよくは分からなかったが、この店は結構有名な店だったようである。

食前に頼んだビールは非常に美味しく感じた。

海鮮スープ。

オーダーした料理は、先ず海鮮スープ、それから小エビと白身魚の料理だったが、最初のスープがかなりボリュームがあり、その後のディッシュは半分も食べることができなかった。全般に美味しい海鮮料理で、人が集まるのもうなずけた。

夕食を済ませるとホテルに戻ったが、この日も直ぐにベットで眠りに就いてしまった。

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デンマーク旅行記 −1

2019年10月07日 | ドライブ

2019年10月3〜8日

今年は家庭の事情で、旅行をするのが難しい状況になっていたが、何とか嫁様と2人でデンマークに旅立つことができた。
今回の旅行先はデンマーク1国に絞り、首都コペンハーゲンよりもその他の地域を重点的に廻る計画にした。

10月3日(木)

例年、少しでも安い航空機(カタール航空トルコ航空などはドーハスタンブールなどで乗換えが発生する)でヨーロッパ(特に北欧)に飛んでいたが、今回は直通便のSAS(スカンジナビア航空)で成田からコペンハーゲンまで飛ぶことにした。

約11時間のフライトの末、コペンハーゲン空港に着くと、予めWEB予約していたHertz(ハーツ)でレンタカーを借り出した。今回の車種はVWのGolf Touran(ゴルフ トゥーラン)だった。但し、そのグレードは日本仕様にはまだない「IQ.DRIVE」というもので、少しだけ操作に戸惑うケースもあった。不便を感じた最たるものは前後左右のセンサーはあるもののバックカメラがないことで、駐車スペース等からバックする時に後方の視界を確認できないことだった。装備等Golf Touranの詳細については、別ブログで報告することにする。

1日目はコペンハーゲン市内のホテルに泊まることにしていたため、空港から直接グランドホテル・コペンハーゲンに向かった。同ホテルはコペンハーゲン中央駅のすぐ側にあった。ということは、コペンハーゲン市街の中央付近にあるホテルということだ。ホテルに着くと、車をパーキングに置くことになるが、ホテル専用のパーキングはなく、教えられたパーキングに行こうとすると3ブロックほど戻ってホテルの契約パーキングに入れなければならなかった。
何とか駐車することができ、ホテルにチェックインすると、一休みして夕飯を食べに出ることにした。

夕飯はホテル周辺の歩いて行ける範囲にするつもりだったが、結局嫁様の希望で中央駅前のフードコートに行ってみることにした。ここは3年前に初めてコペンハーゲンに来た時には建設中だった所だ。中に入って見ると色々な店が立ち並び、多くの人がビールを飲みながら食事をしている光景が目に入って来た。

一通り各店を見て回ってから1軒の店のテーブル席に着いてオーダーしたのが写真である。
コペンハーゲンの気温は最高20度Cほどで、明け方の最低気温は5度C前後といったところだった。夕飯を済ませてホテルに引き返す頃は、まだそれほど冷え込んではいなかったが、日本の冬用ジャケットを着込んでいて丁度良い感じだった。

11時間のフライトは、還暦を過ぎた身には少々きつかったのだろう、ホテルに戻ると何もしないままベットに潜り込んでしまった。

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紀伊半島1周

2019年09月28日 | ドライブ

2019年9月25-27日

三重県、和歌山県を廻る紀伊半島1周ドライブを敢行。三重県では、主に伊勢国、志摩国の一之宮4ヶ所を目指し、更に南下して熊野(三重県)、新宮(和歌山県)では徐福(じょふく)関係の場所に行くことにした。

今回は久々にPASSATの出動とした。


9月25日(水)

いつもよりかなり遅い午前9:00頃、自宅を出発して中央道に入った。平日のこの時間帯は通勤ラッシュはピークを過ぎていたものの、お急ぎの車は多いように思われた。特に急ぎの旅(?)ではない私は、走行車線をACC(アダプティブクルーズコントロール)をセットして走ることにした。

私の自宅から大阪の息子宅までは、およそ休憩タイム込みで6時間と言う所で計算上15:00頃には息子宅についてしまう。少々早過ぎると言うこともあり、途中で下道を走ることにした。中央道を岡谷JCTから長野道に入ると塩尻ICで一般道に出て、R153を名古屋方向に進んだ。実は昔からこのR153に興味があったのだが、なかなかチャンスがなく実現できずにいた。

R153は、基本的には対面2車線の道路で、長野県の農村部を走る形を取っていたが、実際走って見ると想像よりも交通量が多く、地域の主要幹線と言う感じの道路だった。山間の道を進む形になるこの道路だが、比較的アップダウンが少なく、60km/L定置走行になっているようで高速道を降りてからも燃費は殆ど変わらなかった。

この日の天気は秋晴れを思わすような気持ちの良い天気で、山々の緑も綺麗に映えて見えた。

当初は岐阜県の中津川IC辺りまで下道で行き、残りをまた中央道、名神道で行くつもりだったが、思ったよりR153は時間がかかり中津川ICまで進むと、大阪に着くのが22:00を回りそうなので、手前の園原ICで中央道に戻ることにした。中央道、名神道と進み、大阪の息子宅には19:00頃到着することができた。

走行距離:511.4km
給油量:27.5L
燃費:18.6km/L


9月26日(木)

今回の目的は上述の通り1.三重県の一之宮4ヶ所を廻る。2.三重県、和歌山県の徐福ゆかりの地を廻る。だったが、折角なので、紀伊半島を1周して来ることにした。

朝6:00に大阪の息子宅を出発すると、一路名神道を目指した。名神道から新名神道に入り、亀山JCTから東名阪道に入り鈴鹿ICで下道に降りた。本当は亀山西JCTから新しくできた新名神道を行き、鈴鹿PAのスマートICを出るつもりだったのだが、PASSATのナビは新しい新名神道の地図更新ができていない(地図更新期間終了のため)ため、亀山西JCTを誤って従来のルートに進んでしまったのだった。
目指した第1の目的地は、伊勢国一之宮椿大神社である。伊勢国(いせのくに)と言えば伊勢神宮のお膝元であることは直ぐに思いつくところである。私も最初は伊勢の一之宮と言えば伊勢神宮だろうと思ったのだが、2つある伊勢の一之宮は何れも別にあった。

朝7:45頃椿大神社の駐車場に着くと、早速神社に向かった。鳥居を潜って本殿に向かって進むと直ぐの所に、神社の解説板があり、椿大神社の読みを「つばきおおかみやしろ」とふってあった。そういえば、出雲大社も「いずもおおやしろ」と言うのが正式な読みと言うのをTVでやっていたのを思い出した。
主祭神は猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)とされていて相殿には瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)、栲幡千千姫命(たくはたちちひめのみこと)とされていた。当社は全国の猿田彦を祀る2,000余社の本宮なのだそうである。

続いては第2の目的地、伊勢国一之宮都波岐神社・奈加等神社(つばきじんじゃ・なかとじんじゃ)である。椿大神社から約30分の距離だった。PASSATの純正ナビの指示に従って走ったが、結構マニアックな道を走らされた。
当社は名前からも分かる通り2つの神社が合併して今の地に祀られている。Wikiによれば、明治時代に合併されたとしている。
神社は平地にあり、境内もさほど広い感じではなかった。拝殿はモルタル造りのようで新しいものと思われた。

次は志摩国一之宮2ヶ所に移った。
志摩国の第1は皇大神宮別宮伊雑宮(こうだいじんぐうべつぐういざわのみや)で、都波岐神社・奈加等神社からは伊勢道を使っておよそ1時間半の距離だった。

伊雑宮はその名の通り皇大神宮(こうだいじんぐう)、つまり伊勢神宮の別宮であることを謳っているため、一之宮であることは境内にも由緒書にも触れていない。

境内に入ると伊勢神宮の縮小版のような光景が見えて来た。写真のように伊雑宮本殿(?)の手前に遷宮の跡地(?)と思われる空き地が目に入った。本殿は無垢の木造で伊勢神宮(の縮小版)と同じ感じだった。
伊勢神宮の別宮なので、当たり前ではあるが祭神は天照大神(あまてらすおおみかみ)だそうである。

当宮は第11代垂仁天皇(すいにんてんのう)の第4皇女倭姫命(やまとひめのみこと)が伊勢神宮斎宮(さいぐう)になったことから非常に関係が深く、当宮の傍には「倭姫命𦾔蹟地(やまとひめのみこときゅうせきち)」と言う所もあった。

志摩国の第2は志摩国一之宮伊射波神社(いざわじんじゃ)に移動した。
ナビに設定し、指示に従って伊射波神社を目指したのだが残念ながら辿り着くことができなかった。後で分かったことだが、神社までの道は人も通るのに苦労するような山道で、片道20分ほどかかるということだった。この神社、全国の一之宮でも一、二を争う辺ぴな所にあるらしい。
取り敢えず今回はパスさせて頂き、またの機会にリベンジすることにした。

次に向かったのは三重県熊野市の波田須(はだす)にある徐福の宮徐福の墓徐福の杜である。徐福についての解説はリンクに譲る。
伊射波神社(の付近)から波田須の徐福の宮まではおよそ2時間の距離だった。熊野尾鷲道の熊野新鹿ICからR311で南に向かい、崖の上のような所から細い側道に入るナビの指示だったが、愛車PASSATでは無理と判断し、別の道から入ることにした。しかしこの道もギリギリの状態で、対向車が来たら全くお手上げになる道だった。ナビの案内が終了した所に駐車場らしき場所があったため、直ぐに停めさせて頂いた。

そこから数mほど村の道のような急勾配の坂道を登ると、徐福の宮(小さい神社のような所)が出現した。その祠(ほこら)の横には徐福の墓と称する石碑があった。

参拝を済ますと元のR311に戻り、徐福茶屋に行って見ることにした。かなり冷や汗をかきながら何とかR311に戻ると、尾鷲方向に戻った。徐福茶屋は先ほど最初に入ろうとした側道の入口にあった。

ここは徐福の名にちなんだ喫茶店のようだった。冷や汗をかいた後でもあったので、コーヒーを貰うことにした。マスターと徐福について話を始めると、色々な情報を貰うことができた。

当地区の名前「波田須」も「秦氏(はたしorはだうじ)が住んだ所」から来ているとのこと。

波田須を後にすると、次は和歌山県の新宮に移動した。
R42を新宮まで行くが時間はおよそ40~50分かかる。ほぼ海岸縁を走ることになるが、車の数は少な目で走り易かった。これで天気が良ければ最高だったが、この日の熊野-新宮は雲が空をしっかり覆っていて雨が降らないだけましと言う感じだった。

JR新宮駅脇の市営駐車場に車を置くと、先ず向かったのは徐福公園である。

ここにも徐福の墓があるのだが、これは不思議に思う必要はないと思われた。なぜなら、徐福の墓は全国彼方此方にあるからである。

徐福公園を後にすると世界遺産阿須賀神社(あすかじんじゃ)に移動した。ここにも徐福の宮があった。神社自体は左程大きな所ではなかったが、流石に世界遺産だけあり、きちっと整備されていた。徐福の宮は境内の隅の方にあったが、小さな祠であった。

新宮を後にすると帰路に着いたのだが、ナビの指示では元来たルートを戻るように示していた。しかし、折角紀伊半島を南端近くまで来たので、私としてはこのまま和歌山を縦断して大阪の息子宅に戻ることにしたかった。そこでR42を和歌山方向に進むことにした。とは言いながらR42を大阪まで走っては今日中に着くかどうかという不安もあり、途中の有料自動車道を積極的に利用することにした。
結局、大阪の息子宅には20:00頃着くことができた。

走行距離:674.7km
給油量:37.9L
燃費:17.8km/L


9月27日(金)

帰宅の日。嫁様の厳命により、帰宅前に京都の錦市場(にしきいちば)で買い物をして帰路に着くことにした。
帰りは下道の選択はせず、素直に京都東ICから名神高速-中央道のルートを取った。
東京の自宅には16:30頃着くことができたが、今回チョット驚くことが起こった。それは燃費である。下に燃費関係を記載する。

27日
走行距離:492.2km
給油量:25.0L
燃費:19.7km/L

<25-27日3日間の合計>
走行距離:1,678.3km
給油量:90.4L
燃費:18.6km/L

27日の燃費は19.7km/L(満タン法)と3日で最高の燃費となったが、途中、中央道走行中にはDiscover Pro上で20km/Lをオーバーしていることもあった。
過去、東京-大阪の燃費では往き(東京から大阪)の燃費の方が良い場合が多かったのだが、今回は過去最高燃費で帰路が良かった。
3日間の燃費も相当良い値を示していて、この高燃費(燃費の良さ)の原因は何に起因しているのか分っていない。

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利尻島旅行(北海道)

2019年09月11日 | ドライブ

2019年9月5~6日

9月5日は私の誕生日と言うこともあり、嫁様がチョット贅沢な旅行を企画してくれた。それが今回の利尻島(りしりとう)旅行である。正直、観光資源としてはそれほど多くは無いように思われるが、今回の旅行の目玉は何と言っても「ウニ三昧」なので、この点が満たされれば満足だった。

9月5日

自宅を出発したのは朝3:30だった。嫁様のPEUGEOTに乗って、目指したのは成田空港である。ルート的には圏央道を行く方法と首都高を抜ける方法とがあるが、圏央道ルートではGoogle様によれば、およそ4時間かかるとのこと。これは圏央道の工事通行止による下道への迂回による時間が含まれている。首都高ルートではおよそ2時間とのことで、夜中であることも考えると首都高ルートの方を選択することにした。成田空港に着いたのは朝5:30頃だった。

朝7:50のPeachLCC)で北海道の新千歳空港に向かった。

写真は新千歳空港。

2時間弱で新千歳に着くと乗り換えてANA利尻島へ向かう。乗換えに2時間以上時間があったため、昼食を空港内で取ることにした。一応北海道なので「ラーメン」を選ぶことにし、ラーメン屋が軒を連ねる(軒はなかったが)ラーメン道場に入った。

その中の1軒で食べたのが写真で、私が「バターコーン醤油味」(写真上)、嫁様が「野菜ラーメン塩」(写真下)を選んだ。

12:55発のANAは50分で利尻島に飛ぶ。利尻島着陸直前に、強風で機体がガタガタ震えたが無事着陸した。

写真は利尻島到着直後の搭乗機。バックに雲のかかった利尻山(利尻富士)が見える。

空港のレンタカー(ニッポンレンタカー)窓口に行くとフェリー乗場の営業所まで専用車で移動し、手続き後HONDAFIT(フィット)を借りることになった。
この車の年式やグレードの確認は忘れたが、ACCアダプティブクルーズコントロール)が付いていた。オートライト、オートワイパーはなく、シートもマニュアルだった。ナビはHONDA純正(あるのか否か分からないが)ではなく、Carrozzeria(カロッツェリア)の楽ナビが付いていた。基本的に北海道本土(?)を走る、つまり長距離を走る訳ではないためナビは欲しいが、その他の装備は「あれば便利」程度と思われた。

フェリー乗場の営業所を後にすると、先ず向かったのは「甘露泉水」と言う利尻山麓に湧いている湧水地だった。

利尻北麓野営場(キャンプ場)の駐車場に駐車して山道を500mほど登ると甘露泉水があった。

写真のような感じで湧水が出ており、飲んでみたが美味しかった。

キャンプ場を出て麓まで向かうと利尻山神社があった。北海道の神社は周知の通り古い所でも明治以降の創建と思われる。そういう意味ではあまり古い神社ではないが、島内のものの中では古い神社だった。祭神は大山祇神(おおやまつみのかみ)、大綿津見神(おおわたつみのかみ)、豊受姫神(とようけひめのかみ)となっている。

神社を後にすると、島1周ドライブに出発した。

ネット情報によれば1周約1時間と言うことだったので、ホテルに入るまで丁度いい時間だった。

海岸線を走る道道108号で1周する予定だったが、途中小さな半島(仙法志地区)の所で道道を外れて半島の方に入った。涼しい風に吹かれて綺麗な景色に思わず撮ったのが写真である。

夕方5:00頃ホテルに入り、夕飯までの間に撮った夕日の写真。

 

夕方の利尻山(利尻富士)。

日没直後。

この日宿泊を予約した「ホテル雲丹御殿」。ウニの時期のみ営業するホテルとか。

夕飯で出たメニューは、勿論ウニがメインでメチャメチャ美味しく濃い味だった。他にもホタテ、サケなど地元産海の幸が非常に美味しく、食後のデザートは食べることができないほどだった。

9月6日

早朝5:00からホテルの風呂に入ることができるため、朝風呂を楽しむことにした。残念ながら露天風呂はなかったが、チョット変わった趣向が凝らされていた。

湯船の写真を見て戴けばわかると思うが、湯船に何やら沈んでいる。これは利尻名産のコンブである。出汁(だし)の効いた湯に浸かるというのであろうか?(笑)

朝7:00からはホテルの朝食だった。朝食は部分バイキング(?)だったが、これがまた美味しく、ついつい食べ過ぎてしまう程だった。

写真は朝食後に撮った朝の海の風景。

ホテルをam9:00にチェックアウトすると、まず姫沼に向かった。ホテルから5分ほどの距離だった。

駐車場に車を止めると、早速沼へ。

次は利尻島郷土資料館に行って見た。ここは旧鬼脇村役場庁舎を利用した利尻島の歴史を展示している。昔アイヌ人が住んでいた形跡などはないようで、アイヌ人に関する展示は見つからなかった。

郷土資料館を後にすると、前日も行った仙法志御崎公園(せんぽうしみさきこうえん)に向かった。ここにはアザラシに餌をやることができる施設があると言うことで、嫁様の希望もあり立寄ることにした。

海辺に造られた池須に1頭のゴマフアザラシがいて、手前の売店で売っている餌をやることができた。非常に人間に慣れている様子だったが、流石にイヌ、ネコのように直に手から餌をやることはできず(噛まれる可能性もあるとのこと)フェンスの外から餌を投げてやる形となった。このエサやりが結構楽しく、ついついお代わりをして気が付くと600円(@100円)もやってしまったのだった。

餌やり場の周辺の様子が写真である。

この御崎公園から10分ほどの所に、龍神の岩寝熊の岩人面岩と言われる奇岩が並んでいる海岸がある。

見方によるようだが、言われてみれば確かにそのようにも見えるものだった。

帰りの飛行機(ANA)は14:20発だったためレンタカー返却を13:30までとされていたが、昼食をフェリー乗場付近で取ることにし、返却は12:30頃にしてしまった。

14:20分、時間通り利尻-新千歳の飛行機に搭乗し、約1時間のフライトで新千歳に着くと、18:00発のPeachに乗換えて19:45頃成田空港に戻って来た。

成田空港に置いていたPEUGEOTに乗込むと、帰りは圏央道経由で帰宅するつもりだったが、圏央道の工事による通行止めが解消されていなかったため、東関道-京葉道-首都高-中央道のコースを取っての帰宅となった。

北海道・利尻1泊2日の旅だったが、時間的な忙しなさもなく、また美味しさの満足感は自然の風景の美しさと共に十分に満たされた旅となった。

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津軽半島ひとり旅

2019年08月10日 | ドライブ

2019年7月30日〜8月1日

2019年初めてのロングドライブに行って来た。
目的地は青森県の「津軽半島」。今回は限られた日数の中での移動なので、残念ながら高速道主体になってしまうのは致し方がないと思っている。
今回の出場は、愛車「VW PASSAT」であった。
今回の予定は以下の通り。

7月30日: 用事を済ませてからの出発となるため、移動のみとなるが、無理をせずに岩手県の一関(いちのせき)に宿泊。
7月31日: 津軽半島の4ヶ所をメインの目的として廻り、再び一関に宿泊。
8月1日 : 帰宅。

と言うことで、2009年4月の東北ドライブ以来、10年ぶりの津軽半島となった。

7月30日(火)

母の用事を済ませ、実家のある東京・調布市を出発したのは13:30を過ぎた頃だった。首都高・高井戸ICから首都高に入り、西新宿JCT-C2(首都高速中央環状線)-板橋JCT-東北道と進んだ。平日の午後は相変わらず首都低速道路で、特に西新宿JCT手前は超低速(渋滞)だった。いつも思うのだが、C2はかなり深い地下を走っている。このような所で火災を伴う事故が発生したら逃げるのは不可能ではないだろうか?(勿論その対策はされている・・・と思うのだが、それでもやっぱり私は好きではない。)

東北道に入ると、流れは非常にスムーズで、速度制限の100km/hを殆ど維持して走ることができた。勿論ACC(アダプティブ・クルーズ・コントロール)をセットしたのは言うまでもない。

途中、突然の降雨に合ったりしたが概ねスムーズに走ることができ、

宮城県大崎市にある「長者原SA」で夕飯を取ることにした。

SAのレストラン「牛タン専門レストラン 冠舌屋(かんたんや)」と言う所に入って見た。

牛タンと言えば仙台だが、同じ宮城県と言うことでOKにしてしまったのである。(笑) オーダーしたのは「霜降り牛タンしお定食」と言うメニューだったが、牛タンの味もさることながら1切1切の厚みも有り満足感十分だった。

更にJAF会員証を提示するとコーヒーが1杯無料になった。

SAを後にすると、この日宿泊予定のホテルを目指して先に進んだ。岩手県の一関ICから4kmほどでホテルに着くことができた。

走行距離:464.4km
給油量:28.0L
燃費:16.6km/L

7月31日(水)

宿泊したホテルは「@ビジネスホテル一関 三関店」と言い、一関には2店舗を展開しているビジネスホテルのようだった。
宿泊地を一関にした理由は、大きく3点ある。1.目的地に比較的近い土地。2.駐車場が比較的広く無料で泊められる。3.宿泊代が安め。である。近くには仙台(宮城県)と言う大都市があり、当然ながらホテルも沢山あるが、駐車場の広さが限られ、しかも有料の所が多い。目的地までの距離も約5時間(Google Mapによる)とまだ時間がかかる。一関からだと約4時間と言うことなので、朝7:00に出発したとして11:00には目的地に着くことができる。
と言うことで、朝6:30からのホテルの朝食を済ませると、飛び出すようにホテルを後にした。

一関ICから東北道を北上し、花巻南IC~盛岡南ICの120km/h区間(2019年3月から始まった120km/h走行は、国内では初めての経験だった)を通過。この辺に来ると通行量も少なくなり、非常に走り易かった。安代JCTを過ぎて青森方向に進むと、80km/h規制となる。

安代JCTを過ぎて最初の田山PAで休憩。

高速道を走ると、昼間でも虫が凄い。

山の中をクネクネと進むような感じで、所によって降雨にも見舞われた。

浪岡ICで東北道を降りR101-県道156と進み、十三湖畔からR339で更に北上して最初の目的地「徐福の里」を目指した。

十三湖津軽半島の日本海側にあり、汽水湖となっている。当地は歴史的にも非常に興味深い所(私にとって)だが、今回の目的地にはしなかったので、湖畔の駐車場で小休止をしたのみだった。この日は天気は良かったものの風が強く、体が揺れて写真が撮り辛かった。

徐福の里Google Mapで探すと佐賀県の老人施設がヒットしてしまい、目指す津軽半島の場所が出て来ない。そこで色々調べた結果「徐福の里物産品直売所」を目的地に設定すれば良いことが分かった。

写真は十三湖から徐福の里への途中。

最初の目的地徐福の里にはほぼ予定通りのam11:00に到着した。本当はこの後徐福を祀る尾崎神社に行かなければならない所だったが、徒歩で山道を行かなければならず、時間的にも体力的にも余裕がなく断念した。

徐福の里を後にすると次に源義経が立寄ったとする義経寺(ぎけいじ)に向かった。

義経寺の下、海岸縁には厩石(まやいし)と言う奇岩もあり、双方を廻る予定をしていたが、特に義経寺に立寄ることが今回の2番目の目的と言って良い。徐福の里から義経寺まではおよそ1時間の距離だった。
PASSATのナビでは厩石に行き、そこから階段を上って義経寺に行けとなるため、初経験となるGoogle Mapによるナビを使って見ることにした。これは、先に報告の通り「Android Auto」によりスマホと車を繋いでセンターディスプレイにGoogle Mapを表示させる方法である。義経寺まで後1km前後まで近付いた所でスマホの電池が切れかかっていることに気が付き、急遽PASSATのナビに切り替えた所、やはり厩石まで行き、徒歩で寺まで上ることを指示して来た。

何度か違う方法はないかとやって見たが方法が見つからず、止む無く厩石まで行き、寺は下から覗くだけにした。

3番目の目的地は国内有数の古代遺跡「三内丸山遺跡(さんないまるやまいせき)」である。厩石から三内丸山遺跡はやはりおよそ1時間の距離だった。
昨年(2018年)6月の九州旅行で行った「吉野ヶ里遺跡(よしのがりいせき)」と当地三内丸山遺跡は是非行って見たい所だった。国内大規模遺跡として有名な所であり、両者の違いも直に見て見たかったのである。
吉野ヶ里遺跡は大雑把に弥生時代のものだが三内丸山遺跡は縄文時代のもので三内丸山遺跡の方が時代的に古い。とは言え、素人目には違いは良く分からなかった。どちらも公園として遺跡(復元した建物もある)を保存している。また、三内丸山遺跡の展示室では発掘された土器や土偶などが展示されている他、特別展として「あおもり土偶展」が行われていた。
私としては吉野ヶ里遺跡もそうだったが、全てをゆっくり見ることができた訳ではなかったので、もっと時間をかけて見学をしたかった。

4番目はこの日最後の目的地「津軽国(つがるのくに)一之宮岩木山神社(いわきやまじんじゃ)」だった。三内丸山遺跡からは東北道を経由して約1時間の距離だった。
駐車場に車を置き、神社の鳥居を潜ると神殿まで緩やかな登りの参道が続いていた。平日の夕方に近い時間だったからか、境内に人の姿は殆どなかった。
祭神は顕国魂神(うつしくにたまのかみ;大国主神)、多都比姫神(たつびひめのかみ)、宇賀能売神(うかのめのかみ)、大山祇神(おおやまつみのかみ)、坂上刈田麿命(さかのうえのかりたまろのみこと)の5柱となっている。
当社を新一之宮に含む分類もあるが、当社の由緒書には「一之宮」の文字は出て来ない。

写真は一関に戻る途中のSAにて。綺麗な夕焼けの空に思わず1枚。

今回の目的地4つを一回りし帰途に着くことにしたが、この足で東京の自宅を目指すのは少々きついため再び一関(岩手県)のホテルに宿を取ることにした。この日取った宿は「ホテルルートイン一関インター」だった。前日一関ICを降りて直ぐの所にこのホテルがあるのを見ていたので、今回はこのホテルを選んだのである。

走行距離:701.3km
給油量:42.0L
燃費:16.7km/L

8月1日(木)

この日は東京に戻るだけなので、高速道を走れば約6~7時間(休憩含む)見れば着くはずである。am8:00に出発したとしてもpm2:00~3:00には帰宅できることになる。せっかく久々のロングドライブに出たのに、帰りも高速道だけと言うのは少々面白くない。どうせなら途中まで下道を行き、途中から高速道に乗ろうという計画を立てた。
PASSATのナビでルートを設定すると「ETC回避」ルート(一般道ルート)でもR4を通ろうとしてしまう。R4は周知の通り東北地方の大動脈であり交通量も非常に多い。できるだけ高速道、メイン街道は避けたいと思い、今回再度「Android Auto」でGoogle Mapのナビ機能を使って非常にマニアック(?)な広域農道や県道などを進むことにした。それにしても、一般道を走る分時間もかかることから、ホテル出発はam7:00少し前になった。
「グーグル様」の示す道は非常にマニアックな道で、広域農道や村道など普段滅多に走ることのない道を案内してくれた。しかし、やがて仙台市内を走るようになり、市街地を抜けるとR4に入った。(この時点では既にナビはDiscover Proに切り替えていた。)R4を走るつもりはなかったため、諦めて一番近い東北道のICから東北道に入ることにした。白石ICに向かうICの進入路に入った途端「火災のため通行止め」の道路情報が入った。ICのゲート前から渋滞になっていて、料金所ゲート直前で係員に「東京方面は通行止めです」と言われゲートを潜ることなくUターンを余儀なくされた。
R4に戻って上り車線に入ると大渋滞の仲間入りになってしまった。この調子では東北道に入るのに何時間かかるか分からないと、数km進んだ所でナビの拡大率を下げて回り道を探した所、R113-県道46号で国見ICに出ることが分かり、即座にR113にハンドルを切った。幸いにもこのルートで迂回を図る車は殆どいないように見えた。少々カーブやアップダウンの多い道となったが、そんなに走り難い道ではなかった。迂回して約30分で何とか国見ICに出て、料金所に入る時にはかなりスムーズに入ることができた。
東北道に入ると徐々に交通量が増えたが、渋滞に合うこともなく圏央道に入り、pm4:30頃無事に帰宅することができたのだった。

帰りの日は、ただ帰るのみの予定だったが、ハプニングに遭遇したり、思わぬ迂回路選択で成功したり、それなりに楽しい帰路だった。

走行距離:517.2km
給油量:33.0L
燃費:15.67km/L

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北欧ノルウェー・デンマーク旅行 5

2019年02月15日 | ドライブ

2018年10月4日

デンマーク最終日。
ホテルの朝食は朝8:30からだった。

朝食はバイキング形式になっていたが、朝食だけにそれほどヘビーなメニューではなかった。食事に来たのは我々夫婦と白人男性の2組3人だけだった。
食後にホテルの本館(?)の中を見せてもらうことにした。

このホテルには本館のような建物があり、当初この建物は美術館のような感じで建てられているのかと思ったが、中に入って見るとここも宿泊可能な建物であることが分かった。
本館見学後にホテルの近隣を見て回ることにした。

外に出るとホテルの周囲は写真のような景色が広がっていた。

先ず直ぐ近くにある教会に行って見た。教会は出入り自由のようで、中は写真のような感じだった。さしずめ日本で言う所の村の鎮守様的な所であると同時に、村の集会所的役目も持っていたのではないかと勝手に想像した。何にしてもこの教会は現在も使用されているようで、中は綺麗に掃除され、置かれていたチラシや本類は新しものばかりだった。

教会から更に先に進むと小川があり、その先には景色にはそぐわない新興住宅街があった。日本でも時々思うのだが、このような田舎の住宅に住んで、仕事はどんな仕事をしているのだろうと思ってしまう。

am10:00にチェックアウトするとコペンハーゲン目指して高速道E20に乗った。

途中、PAに寄り昼食をとったが、このPAは海の直ぐ傍にあり良い雰囲気だった。

コペンハーゲン空港に着くと、早速レンタカーを返却すべくレンタカーコーナーに向かった。2年前にこの空港でレンタカーを借りた時の場所に行くとレンタカーのモータープールがなくなっていた。少々焦ったが、空港入口の方に戻ると「Hertz(ハーツ)」の看板が見え、何とか無事にHertzのオフィースに着くことができた。

この日の夜、コペンハーゲン空港から再びカタールドーハ空港へ飛び立ち、ドーハ空港から5日夜10:30頃羽田空港に無事到着したのだった。

今回の旅行で1つ分かったことがある。ノルウェーの現在の風習として、基本的に「食事は家でする。外食店に入ってもアルコールは飲むがツマミや食事は頼まない。」と言う風になっているらしいと言うことである。
オスロに泊まった時、夕食を食べに街に出たが、どの外食店を見てもビールなどは飲んでてもツマミなどを取っている風景が見られなかった。何故?と思ったのだが、考えて見るとノルウェーの消費税は25パーセントと半端ない高さだ。ビールジョッキ1杯が800円もするとなると、ツマミなど勿体なくてとても頼めない。ツマミなど店で調理した食事は25パーセント着くが、家庭で調理する食事の材料(野菜、肉、魚など)は低い税率と言う。これでは「食事は家でしろ!!」と言っているようなものである。
日本でも消費税引き上げが迫っている昨今、25パーセントなどは論外としても安易に消費税を上げてもらいたくないと思う。

 

拙い旅行記に最後までお付き合い下さいまして有難うございます。「北欧ノルウェー・デンマーク旅行」は今回で終了です。
旅行は今年もまだまだ続けますので、今後ともご愛読戴ければ幸せです。どうぞ宜しくお願いします。

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北欧ノルウェー・デンマーク旅行 4

2019年02月14日 | ドライブ

2018年10月3日

朝、目が覚めて船室の窓から外を見ると、まだ夜明け前だったが綺麗な星空が見えた。しかし、少しすると天気は見る見る怪しくなり「今日のデンマークも雨?」と思わせるような雲行きになって来た。

そうこうしている内に窓から見る水平線に薄っすらと陸地の影が見え始めた。方角から推測してスウェーデンのどこかと思われた。(写真参照)

朝食を昨夜のバイキング会場でとり、到着を待つことにした。

コペンハーゲンの有るシェラン島の北部海岸縁に世界遺産のクロンボー城があり、乗船したフェリーの航路上にあった。残念ながら船上からでは世界遺産をゆっくり鑑賞はできなかったが、ヨーロッパの古城であるのは確認できた。

城とは反対側に突如現れたのが写真である。

コペンハーゲン(デンマーク)には朝9:30頃到着した。
早速コペンハーゲン市街にあるレンタカー屋(Hertz;ハーツ)に向かい、やはり日本で予約しておいた車を借りることにした。

予約しておいた車はトヨタオーリスないしは相当の車種と言うことだったが、出て来た車は「VOLVO XC90」というかなり大きなSUVだった。日本のVOLVOのHPによれば、全長・全幅・全高は4,950・1,960(1,930)・1,760(1,770)mmとなっていて、特に全幅が約2mと言うのが私には少々ストレスに感じられた。今まで経験したことのない車幅なので、左ハンドル、右側通行という環境の中では、正直「おっかなびっくり」状態だったのである。

それでも何とか街に乗り出し、向かったのはGording(正しくは「o」に「/」がかかった文字)という町だった。

2年前にスウェーデンに行った時、コペンハーゲンの街は歩いて回っていたため、今回はデンマークの半島の方に行って見ようということになったのである。余談だが、デンマークの首都コペンハーゲンシェラン島の東端にあり、今回向かったGordingユトランド半島(ここは南のドイツと国境を接している)の中央部にある。

コペンハーゲンから高速道E20に乗り、

バイレと言う所で一般道に降り、デンマーク発祥の地とされる「イェリング墳墓群」に立寄った。

イェリング墳墓群」と言う名称に、日本の古墳(前方後円墳など)を思い浮かべてしまったが、実際は古い教会の所に、石碑があっただけだった。

イェリング墳墓群からGordingまでは、およそ1時間の距離だった。VOLVOに搭載のナビさまの指示に従ってホテルまで向かったが、巨体のXC90で走る田舎道はかなり神経を使うことになった。特に対向車が来た時はヒヤヒヤだった。
ホテルに着いたのは夕方5:00頃になっていた。

この日の宿泊は「Gordinglund HERREGARD B&B」というB&Bのホテルだった。写真を参照戴きたいが、静かな田舎町のホテルだが、非常に雰囲気が良く、この日が平日と言うこともあったのではないかと思われるが、泊り客は我々夫婦の他に1人のヨーロッパ系男性だけだった。

我々の泊まる部屋の中は写真のような感じで、夫婦2人にはかなり広いものだった。

序でながら、シャワーと洗面所とトイレは同じ部屋にあった。ユニットバスの何倍もの物のようだが、トイレに入ると少々広過ぎて落ち着かない。

夕飯は近くの飲食店で済ますつもりだった。ホテルの従業員?(もしかするとオーナーかも知れない)に聞いた所、車で30分ほどの所に1軒あるとのことだったので、教わった道を行くと5分ほどの所にスーパーマーケットがあった。教わった飲食店に行くと往復で1時間かかる。予定を変更してスーパーで夕飯の買い物をして済ますことにした。

我々夫婦にとってこのホテルは最高のホテルに思われ、「また来たい」と夫婦で言い合ったものである。それにしても、1人での宿泊は、チョット寂しい感じもしたし、食事処が少々離れているのは難点と思われた。
因みに、どうもこのホテルの泊り客としては日本人は我々が初めてだったようある。

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北欧ノルウェー・デンマーク旅行 3

2019年02月13日 | ドライブ

2018年10月2日

オスロ(ノルウェー)最後の日のこの日、天気は朝から雨模様だった。
レンタカーは前日(10/1)に返却してしまったので、この日はオスロ市内観光&買い物を徒歩でして、夕方16:30にコペンハーゲン(デンマーク)に向けてフェリー(DFDS)に乗る予定である。

そこで、先ずホテルの朝食(バイキング)を取ると、降ったり止んだりの天気の中、街に繰り出した。

オスロ中央駅に向かいながら街を見て廻った。

オスロはノルウェーの首都だけあって、街の至る所に充電施設があった。

このVW Golf、私は初めて見る「e-Golf」だった。

写真はオスロ中央駅とその周りである。

オスロ中央駅の直ぐ近くにオスロ大聖堂があった。ここは前日のクリスチャンサン大聖堂とは違い、ヨーロッパ各地に見られるような造りの大聖堂のように思われた。何にしてもこういう場所に来ると、キリスト教徒ではない私でも厳かな気分にさせられる。

昼食は結局ホテルの近所にあったイタ飯屋でとることにした。情けないけど、イタ飯や中華などが一番食べ易い料理になってしまった。(汗)

昼食を食べ終わると、少し早いとは思われたが、フェリー乗り場に向かうことにした。

写真は今回宿泊したアンカーホテルである。

ホテルからDFDSのフェリー乗り場までは、車でおよそ10分ほどだったため、小雨模様の天気もありホテル前のタクシー乗り場からタクシーに乗ることにした。
オスロのタクシーは小型はHVのプリウス・アルファ(トヨタ)が多く、中型はベンツEクラス(ディーゼル)が多かった。タクシー業界は、まだ本格的に電動化が進んでいる訳ではないのかも知れないと思われた。

写真はフェリー乗り場と付近の景色。乗船直後に船上から映したものである。

今回のメインの目的ともいえるオスロ(ノルウェー)-コペンハーゲン(デンマーク)のフェリーDFDSは、日本のフェリーとはかなり異なり、一種豪華客船のような造りになっている。

船上に設けられたプール。
この時の外気温は何度か分からなかったが、とにかく日本で用意した真冬用のジャケットを着込んで丁度良かった。プールは特等室乗客用で、それ以外の人間は入ることができない。その為、プールの水温もどの程度のものかは確認できなかったが、温水であったことは間違いないだろう。

写真は船内各所である。
船の外観を撮りたかったが、チャンスがなく撮れなかった。4枚目の写真は船内のショップだが、TAX FREE(免税)店となっているため、大変な賑わいだった。このTAX FREE(免税)店でのショッピングを目的に、わざわざ同船に乗る乗客もいるほどだそうだ。

レストランもバイキング、肉料理専門などがあり、我々夫婦はバイキングで夕食をとることにした。夕食はPM7:00から開始だったが、バイキング会場は大盛況だったこともあり、ブッフェでゆっくり品定めなどできる状況ではなく、早々に引き上げざるを得なかった。

部屋に1度引返すと小休止してから、今度は夜のドリンクタイムと言うことでアルコールの飲めるバーラウンジに行って見た。

ラウンジ入口で私はビールを、嫁様はカクテルをオーダーして席に着いた。

中央のステージではライブ演奏がされていた。よく分からなかったが、嫁様の言うには「船のスタッフが演奏している」とのこと。「スタッフが演奏」なのか「バンドメンバーが船のスタッフも兼ねている」のか定かではないが、確かに効率は良いように思われた。

夜の海は面白くない。当たり前のことだが、光がないので水面はおろか周りも何も見えない。光の点いている船の周りと船自身しか見えないのである。

とは言いながら、暇に任せてデッキに出て見たのが写真である。

基本的にはあまり船は得意な方ではない私だが、DFDSが走るスカゲラク海峡は大きな湾内とも言える環境のため、比較的海は穏やかだった。しかし、今回の同海峡は天気が目まぐるしく変わり、綺麗な月や星が見えたかと思うと結構キツイ雨が降ったりした。また、夜半からはうねりも出て来て、船酔いするほどではなかったがベットで寝ているとそのうねりがよく分かった。

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北欧ノルウェー・デンマーク旅行 2

2019年02月12日 | ドライブ

2018年10月1日

この日は早朝からオスロ近郊の町クリスチャンサンと言う所に行った。

当初、ノルウェーの西海岸(?)の都市ベルゲンと言う所に移動し、「フィヨルド」を見て来ようと計画したが、Googleさんによれば、オスロから車で約7時間かかるとされ、時間的に厳しいことから急遽オスロに近い所に変更することにした。それがクリスチャンサンと言う町である。
クリスチャンサンオスロから2時間強の距離(これもGoogleさんによる)だったので、日帰りには丁度良い距離と思われた。

朝5:00にホテルを出ると、一路高速道E18を南西に向かった。
ノルウェーデンマークスウェーデンドイツ同様高速道は基本的に無料だが、制限速度は100km/hが最高速とされている。しかし、実際にはそれ以上で走る車も多く見かけられ、ある意味日本に似た印象を持った。
ノルウェーに着いて気付いたのは、日本車でも日産の「リーフ」をよく見かけたことである。他にHYBRIDのトヨタ「プリウス」、日産「エクストレイル(HYBRID)」、三菱「アウトランダー」、VWでは「パサートGTE」「ゴルフGTE」などEVPHEVHVなどが非常に多く見られ、「リーフ」は日本より多い印象だった。更に驚いたのはアメリカの「テスラ」が非常に多く、ある意味「リーフ」より多い印象を受けた。
ネットで調べてみると、ノルウェーはEV先進国で、EVの中でもテスラは50パーセント以上を占める状況とのこと。売れ過ぎなので「テスラ税」を設けて売りを抑える(1社が突出しないように)ことを検討していると言う。どうりでEVHVをよく見かける訳である。
EVPHEVが多いということは、当然ながら充電装置が多くなければならない訳で、高速道のPA、SAには必ず充電装置が設置されていた。

写真のように、10台ほど充電できるPAなどもあった。

高速道E18のSA(サービスエリア)に立寄った所、日本のようなSAはなく、一般道を少し走らされたその先にドライブインのような所があった。最近になって日本もSAを道の駅と共有する所が出て来たが、高速道が無料の国ではこういう形が比較的多いようだ。

クリスチャンサンと言う町は海辺の町で、ヨットハーバーなどがあり、漁港と言うイメージはなかった。フェリーも着くようだがフェリー乗り場までは確認している暇がなかった。

街はこんな感じである。

街の中にある聖堂を見学したが、他では見たことのない木造の造りが北欧を感じさせるイイ感じの聖堂だった。

この日は17:00までにレンタカーを返すことになっていたので、クリスチャンサンの町を早目に引き上げると、またE18を戻ることにした。

オスロの街に戻ると、写真のように簡単な充電設備が街のそこかしこにあるという証拠。

ノルウェーはスカンジナビア半島の一部ではあるが、今回走った南部は大陸のような感じで、北欧風の建物がなければ北海道のようなイメージにも繋がるものだった。

 
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北欧ノルウェー・デンマーク旅行 1

2019年02月12日 | ドライブ

2018年9月29日-10月5日

今回は北欧ノルウェー(正式名:ノルウェー王国)、デンマーク(正式名:デンマーク王国)を3泊6日(機中泊2日)で行って来た。

ノルウェーでは有名なフィヨルドを見たいと思っていたが、フィヨルドで有名なノルウェー西部のソグネ・フィヨルドを見に行きたいとGoogle Mapなどで確認した所、2泊3日のノルウェー滞在では時間が足りないと分かった。今回のもう1つの目的はオスロ(ノルウェーの首都)からコペンハーゲン(デンマークの首都)までのフェリーDFDS)乗船だが、これをするにはソグネ・フィヨルドはどうしても無理なため、フェリーを優先させることにした。

9月29日(正確には30日午前0:00)

ノルウェーに向けて東京国際空港(羽田)を出発した。搭乗の飛行機はカタール航空機だった。
南回りで、途中、中東カタール

ドーハ空港で乗換え、ノルウェーオスロ空港へ。

 

9月30日(日)

ノルウェーの首都オスロオスロ空港(正式名:ガーデモエン空港(Gardermoen Airport))には13:30頃到着した。

日本で予約しておいたレンタカーを空港で借りることにしたが、最初に出された起亜自動車(韓国)の車は酷く汚れていて嫁様の逆鱗に触れ、更には標準装備のカーナビの使い方が分らず、スタッフも説明できず、この車は没。(車自体に難があるのではなく、レンタカー会社の扱いに問題があった。)

代替にVWパサートのディーゼル(TDI)が出され、現在所有のマイカーとほぼ同じ車に安堵した(ハンドルの右、左の違いはあるが、操作関係はほぼ同様のため)。空港からオスロ市街までは高速道路を走ったが、その間数台のニッサン・リーフを見かけ、ノルウェーにリーフが多いことにチョット吃驚た。
ノルウェーの高速道も基本的に無料なため、どこからどこまでが高速道で、どこからが一般道か分らないまま気が付いた時にはオスロの街に入っていた。ただひたすらナビ頼りで何とかこの日宿泊するオスロ市内のアンカーホテルに着くことができた。

ホテルの駐車場では丁度VWパサートの横が空いていたため、並んで駐車をさせてもらった。よく見ると先に止まっていたパサートGTEと言うプラグインハイブリッド車だった。

この時期のオスロの日没は午後7:30頃。気温は、日中晴天で15度前後、夜間は1~2度と言った具合で、持って来た冬用の厚手のジャケットを気持ちよく着ることができた。

写真はホテルの部屋から撮ったオスロの風景である。
日本とノルウェーの時差は7時間で、家族への連絡も気を付けなければいけない。(実は、計算を間違えていて、息子にショートメールで嫁様が連絡をしたら、息子から「俺は既に業務中だ!!」と怒りのレスが入ってしまったのである。(笑))

30日の夜は、ホテルの近所で食事をしようと思って近隣を散歩がてら歩いたが、日曜日のオスロは店の終了が早いようで、17:00から18:00位には終わっていることが多く、わずかに営業していたスーパーで買い物をして、ホテルの部屋で夕飯を取ることになった。

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