有志舎の日々

社長の永滝稔が、 日々の仕事や出版・学問などに関して思ったことを好き勝手に 書いていきます。

金原左門先生(中央大学名誉教授)が亡くなられました

2018-02-11 18:23:34 | 学問
1月31日に金原左門先生(中央大学名誉教授)が亡くなられました。86歳でした。
金原先生は大正デモクラシー期政治史の研究者として名高いわけですが、始めてお目に掛かったのは、私がまだ吉川弘文館の駆け出し編集者だった頃、人生最初のシリーズ企画である「近代日本の軌跡」シリーズ第3巻『大正デモクラシー』の編者としてでした。
当時、高尾にある中央大学にお勤めだったので、ご自宅の神奈川県二宮からは余りに遠いため、ウィークディは西荻窪のアパートにお住まいでした。
それで夜がヒマだったのか、よく電話が会社にかかってきて(その頃はメールも携帯もなかった)、「永滝君、ちょっと打ち合わせたいので夕方から空いてる?」とよく誘いだされ、西荻窪の赤提灯で痛飲するということがしばしばでした。
でも、絶対に私には勘定を払わせなかったのです。曰く、「若い頃に小学館や岩波書店の編集者にさんざん奢ってもらったので、それを今度は若い編集者に返すんだ」とのこと。会社が違う若手編集者に返しても仕方無いわけですが、要は安月給の私に払わせるわけにはいかないという事だったのでしょう。そういう優しい方でした。
そのあとも、単著『福沢諭吉と福住正兄』を書いていただいたときは、小田原でおいしい魚料理のお店に何度も連れていっていただきました。

仕事では、大正政治史関係の知識を得るには何を読んだらよいかといったレクチャーを何度もいただき、さらに若手研究者の方々を何人もご紹介してくれました。そういった方々が、私にとって次の世代の執筆者・著者になっていきました(成田龍一さんを最初に教えてくれたのも金原先生でした)。
有志舎を起ち上げたあとも変わらずお付き合いいただき、2015年には先生にとって最後の著書となった『遠野のいまと昔-もうひとつの『遠野物語』を歩いて-』を出版させていただきました。
先生の原稿は最後まで手書きで、しかもとても読みにくいので慣れた編集者にしか読みこなせません。今でも私の自慢は、そういう「金原文字」をきちんと読める数少ない編集者の一人だということです(笑)。
それから2年、しばらくご無沙汰してしまっていましたが、2月2日に訃報を聞きました。
若い頃から私を育てていただいた最後の研究者の方が旅立たれました。
でも、あちらの世界ではきっと、田中彰・中村政則・由井正臣先生といった、仲良しだった歴史家の皆さんと再会し、一杯やっているに違いありません。
私はずっと、あのいつも明るくて笑顔の金原先生を忘れることはないでしょう。
先生、本当に有り難うございました。
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