ささやんの天邪鬼 座右の迷言

世にはばかる名言をまな板にのせて、迷言を吐くエッセイ風のブログです。

最近の読売新聞は

2019-01-12 12:20:10 | 日記
私事になるが、我が家ではこの正月を境に、朝日新聞から読売新聞へと購読紙を切り替えた。朝日と読売を年単位で交互に購読するようになってから、ずいぶん時が経った。なぜこんなことになったのかというと、妻が新聞販売店の景品攻勢に負けて、朝日と読売とに二重契約してしまったのが、事の発端である。

二重契約の問題は、朝日と読売それぞれの販売店の計らいで解消し、「1年交代で」ということになったが、問題はそれからである。次にはこの「1年交代で」の条件が、それぞれの販売店の既得権のようなものになり、我が家は購読をやめることができなくなってしまったのである。

「やめたい」と言っても、景品を振る舞った強みからか、ヤクザまがいの高圧的な姿勢で威嚇し、どうしてもやめさせてくれない。「新聞販売店はヤ■▲だ」という巷の噂はウソではなかった。こういう輩(やから)と結託して生計をたてる新聞記者の諸君は、さしずめ「インテリヤ■▲」といったところだろうか。

それはともかく、1年ぶりに読売新聞を目にした私の印象は、「ずいぶん変わったなあ・・・」というものだった。今までは「読売はすぐ読み終えてしまって、物足りない。それに比べて、朝日はずいぶん読みでがある」という印象が強かった。この印象は、もちろん(読み手である)私の関心にも関係している。朝日の記事は私の関心に合致し、読ませるものが多かった。

ところが久しぶりに目にした読売は、「読ませる」記事がずいぶんと増え、これがなかなか面白いのである。私の関心の在り処が変わったということもあるだろう。しかしそれだけでもなさそうだ。

例えるなら、素っ気ないNHKの「7時のニュース」が、「報道ステーション」のような民放のニュース・ショーに衣替えしたようなものである。武田真一アナの顔が古舘伊知郎の芸人顔に変わったとでも言おうか。

たしかに(看板の)「社説」を読む限りでは、この新聞の従来の右寄りの性格、自民党広報誌のような性格は変わっていない。だがこの新聞は、そういう主義主張の側面を極力削ぎ落として、タブロイド紙の性格を全面に押し出そうとしているようにみえる。「ゴシップ紙」と言うと語弊があるが、週刊誌に一歩近づいたとは言えるかも知れない。有名人ではなく、平凡な一般国民の間に散在する、数々の「小さな物語」。そういう「小さな物語」を、シリーズ化して掘り起こそうとしていると言ったほうが良いだろう。

まあ、この新聞も一時期、安倍政権のヨイショが過ぎて不評を買ったから、その後はサバイバルのためにいろいろと試行錯誤を重ねているのだろうね、きっと。
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