ささやんの天邪鬼 座右の迷言

世にはばかる名言をまな板にのせて、迷言を吐くエッセイ風のブログです。

洪水の記憶

2024-06-10 13:47:51 | 日記
去年7月、記録的な大雨による土石流で3人が亡くなるなど大きな被害を受けた佐賀県唐津市のある地区では、大雨に備えて住民たちが取るべき防災行動を時系列でまとめた「タイムライン」が完成し、これをもとに8日、住民たちが避難のタイミングなどを確認したという。
私に関係があるのは、さしずめ「ステージ3」だろうか。

『ステージ3』は、大雨警報や線状降水帯の半日前の予測、高齢者等避難の情報のいずれかが発表された場合で、災害時に支援が必要な障害者や高齢者などの『要支援者』は避難を始めるほか、それ以外の人たちも避難の準備を始めます。
(NHK NEWS WEB 6月9日配信)

いや、そんなことはどうでもいい。私の住まいは水害などとはおよそ無縁の高台の平地にある。
NHKの「ニュース7」で流されたこの話を、私は夕餉の食卓に座り、ご飯を口に運びながら漫然と聞き流していた。

ふと我に返ったのは、鬼怒川水害の映像が流されたときである。何年か前のある日、鬼怒川の堤防が決壊し、付近にある常総市の住宅街が水浸しになった。
鬼怒川は私が住むT市からは30キロ以上も離れているから、関係がないと言えば言えるが、その記憶は鮮明に私の記憶に残っている。茨城県のどこかがこれほどひどい水害に遭うことなど、めったにないことだった。

「あれは何年前のことだったかな。ーーそうか、2015年のことだったか。あれからもう9年がたつのか・・・」

その9年の間に、私の記憶に残っていることといえば、何もない。楽しかったことも、苦しかったことも、ホントに何も残っていないのだ。真っ白な記憶。その9年の間、私は死んでいたも同然だったことになる。

この先、私はあと何年生きられるか知らないが、これから先も同様の「生きているか死んでいるか分からない状態」が続くとすれば、私の老後の人生は何と侘しく、虚しいことか。
思いがけなく、人生の意味を突きつけられた夜だった。

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