ささやんの天邪鬼 座右の迷言

世にはばかる名言をまな板にのせて、迷言を吐くエッセイ風のブログです。

出来ないことと出来ること

2018-05-15 15:13:16 | 日記
心に残ることばがある。ふだんは何気なく通り過ぎても、人により、あるい
は(同じ人でも)時と場合により、妙に心に突き刺さることばがあるものだ。
きょうの新聞に、こんなことばが載っていた。

「見えなくなって、出来ないことを数えるより、出来ることを増やしていけば
楽しくなるよ」

20歳でほとんど視力を失ったパラリンピックの女子ゴールボール・金メダリ
ストが、障がい福祉センターで生活訓練を受け始めたとき、そこのリハビリ指
導員に言われたことばだという。

このことばはなぜ私の心に残ったのか。きのうは週に一度の「出勤」の日だっ
た。私は買ったばかりのスマート・ブレスレットを腕につけて、近所のリハビ
リ施設にでかけた。このブレスレットもどきのデジタル機器で、血圧、脈拍、
歩数、歩いた距離、消費カロリーなどが分かる。リハビリの訓練を終えて帰宅
してから、歩数を確かめたら、きょう歩いた歩数は2300歩だった。ふだん家に
いるときは、自主トレをみっちりやった日でも、せいぜい300歩止まりであ
る。やったぜ!こんなふうにして出来ることを増やしていけば、私の生活も昔
の(脳出血を発症する前の)それに近づいていくのではないか。そう思った。
「昔みたいに歩けなくなったなあ」と嘆くより、「歩く距離を増やせた」と思
うほうが、前向きな気持ちになれ、ずっと楽しくなる。

この2300歩は、杖をつき、恐れと緊張に全身をこわばらせながら歩くぎこちな
い一歩一歩であり、たしかに病気の前と同じものでは〈ない〉。だが、そうい
う〈ない〉にはこだわらずに、病気の前と同じ部分を見つけ、それを増やそう
と考えるほうが励みになるし、元気が出る。

でもこのことばは、なにも病人や障害者だけに向けられたことばではないと思
う。健常者も必ず歳をとり、老化を免れない。老いとは、「出来ないこと」が
徐々に増え、「出来ること」が減って、限りなくゼロに近づいていく、一つの
変化の過程である。歳をとって、出来なくなったことを数えるより、まだ出来
ることを見つけるほうがずっと有意義だ、ーー件(くだん)のことばは、私に
向かってそう言おうとしているように、私には思えたのである。

出来なくなったことに拘泥しないほうがずっと楽しく、元気がでることは間違
いない。ポジティブシンキングとは、そういうことなのだろうか。
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