ささやんの天邪鬼 座右の迷言

世にはばかる名言をまな板にのせて、迷言を吐くエッセイ風のブログです。

井上洋治 事始め

2018-03-09 18:52:03 | 日記
本が届いた。アマゾンで注文した古本がやっと届いた。井上洋治著『人はな
ぜ生きるか』(1985年、講談社)である。本体価格が123円の代物だった
が、状態はすこぶる良好で、書き込みなどはまったくない。寄贈本だったら
しく、「佐藤**様/佐藤**様/恵存/井上洋治」と署名があり、押印も
ある。井上神父ファンにとっては垂涎の品だろう。ラッキーこの上ない。

さっそくページを繰って読み始めた。案の定、並みの人生論などとは違って、
内容的にも申し分ない。私は記憶に留めるため、重要と思う箇所に鉛筆で傍
線を引きながら読み進める習慣があるのだが、傍線を引いた箇所が思いのほ
か多くなり、傍線を引く意味が無くなるほどだった。

これから本ブログでは、井上氏の思想に関して、私が「いいね!」と思った
文章を、折にふれて紹介していこうと思う。その場合、問題になるのは、文
字データの入力をどうするかである。キーボードで入力するのでは、あまり
にも時間がかかりすぎ、これだけで精力が削がれてしまう。

ならば音声入力はどうだろう、と考え、いくつかのアプリで試してみた。今
回は慣れない作業で試行錯誤の連続となったが、それでもキーボードで入力
するよりは、はるかに楽ちんである。きょう音声入力した文章を、以下に紹
介することにしよう。

「私たちは健康にしろ、財産にしろ、友情にしろ、家庭にしろ、たくさんそ
ういう大切なものを持って、またそういった大切なものに支えられて、生き
ているわけですけれども、いざそういうものを失ってしまったときに、価値
のある大切なものを失って色あせてしまったときに、その色あせ挫折してし
まった自分を受け入れることができる心というもの、それが考えてみれば人
生で一番大切なことではないかと思ったのです。もちろん健康はじめ、大切
なものはたくさんありますが、そういうものの奥に、そういう大切なものを
失ったときの自分ですね、その自分を受け入れることができるということ、
これがもっとも大切なことであり、人生の幸せということと一番深いところ
でつながっているのではないか、そう思ったのです。」(9−10頁)

井上氏の本をある程度読みすすめ、その言葉の重さに息苦しくなって、テレ
ビのスイッチを入れてみた。近畿財務局の職員が死亡した、自殺らしい、と
の報道。こちらも気が重くなるような話だ。おそらくこの職員は、森友文書
の改ざんに関わっていたのだろう。公文書の改ざんは上司から命じられたこ
とだろうが、これは明らかな犯罪である。事が明るみに出れば、自分は地位
も名誉も、大切なものをすべて失ってしまうと考え、すべてを失った自分の、
その絶望を背負いきれずに、彼は自ら命を絶ったのだろう。大切なものを失っ
たときの自分を、彼は受け入れることができなかったのだ。

では、人はどうすれば、大切なものを失ったときの自分を、受け入れること
ができるようになるのか。「視点のコペルニクス的転換によって」と井上氏
は答えている。その部分の音声入力は、まだ行っていない。できれば、次回
にはその箇所を紹介したいと思う。その箇所にはおそらく、井上氏の思想の
根本と核心が現れているはずだ。乞うご期待。
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ヤバいぞ、緊急事態条項

2018-03-09 11:31:28 | 日記
う〜ん、難しい。なかなかの難問である。「緊急事態条項」をどうすべきな
のかーー。こんな記事を読んだ。

自民党憲法改正推進本部は7日午前、党本部で役員会を開き、大規模災害な
どに対応する緊急事態条項の条文案について協議した。国会議員の任期延長
に加え、政府への権限集中や国民の権利を制限する規定を設けることで一
致。同日夕の全体会合で、本部長一任を取り付ける方針だ。
                       (毎日新聞 3月7日)

大規模な災害に見舞われたときーー東日本大震災のような災害に見舞われた
とき、通行の自由や所有権といった私権をある程度制限し、国家による統制
を強化する必要があるのではないか。そうしないと、災害の現場は混乱をき
わめ、人命の救助すら困難になるのではないか。

たとえば、現場付近の住民が自家用車で大津波から逃れようとし、幹線道路
に殺到すれば、道路は渋滞で身動きができなくなる。こうなれば、逃げるこ
とができなくなって、元も子もない。
また、これは東日本大震災のときに実際にあった例だが、津波で破壊された
家屋の所有者が、行方不明者の捜索を拒んだため、思い通りに捜索できず、
市の職員が対応に苦慮したという。

それだけではない。自然災害によるほかに、ミサイルやテロによる攻撃で、
現場が大混乱におちいる場合もある。

こうしたことを考えれば、緊急事態条項によって、私権の制限や国家による
統制の強化を定めておく必要があるのではないか、ーー自民党の大勢と同じ
く、私もこれまではそう考えてきた。迷うことも疑うこともなく、そう考え
てきた。

だが、それも昨日までのことである。以下の記事が私の考えをぐらつかせ
た。この記事を読んで、私はう〜ん、と頭をかかえてしまったのである。

「緊急事態」が宣言されれば、首相の意向が法律と同等の効果を持つ。国民
は首相の言うことに従順に従わなくてはならない。「デモ」なんて“もっての
ほか”になる。ナチスドイツが1933年に制定した全権委任法も同じ趣旨。
ヒトラーは「大統領緊急措置権」を乱用して独裁への道を開いた。改憲の中
でも極めてタチの悪いシロモノだ。
(日刊ゲンダイDIGITAL 3月8日配信《改憲緊急条項に私権制限 自民党がシ
レッと方針転換の理由》)

数年前だったら、これを読んでも、私は「なーに、そんなのは考え過ぎさ」
と、一笑に付したことだろう。しかし、ここ数年で、我がアベ内閣は恐ろしい
ほど独裁色を強めている。この勢いなら、我が首相もヒトラーと同じ道を歩
むのではないか・・・。こんな危惧の念が杞憂にとどまらず、俄に現実味を増し
てきた昨今である。日刊ゲンダイの指摘は、今の私に大きな現実味をもって
迫ってきた。それで私は、う〜ん、と頭をかかえてしまったのである。

痛し痒し。あちらを立てればこちらが立たず。難問の答えを求めて、私はネッ
トの森をさまよった。やっと見つけたのが、毎日新聞の2月2日付の記事
《本当に必要? 「緊急事態条項」》である。それによれば、自然災害やテロ
や戦争といった非常事態への対処は、既存の「災害対策基本法」を駆使すれば、
充分に可能なのだという。

こうしたことは、アベ首相も内閣法制局も、先刻ご承知のことだろう。知って
いながら、改憲案に緊急事態条項を盛り込もうとしているのだから、これはま
すますもって怪しい!やはり我が首相は第二のヒトラーを目指しているのでは
ないか。そう勘ぐりたくもなる。あれやこれやで、森友文書どころではない天
邪鬼爺のこの頃である。
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