陽気ゆさん見たいゆえから

 










          中山みき様を  たずねて

かんろうだいの  一条のこと

2018-03-21 21:11:00 | 宗教
おふでさき十七号です。

  このみちハどふゆう事にをもうかな かんろふたいのいちじよの事 十七 2
   この道はどういう事に思うかな かんろうだいの一条のこと
 「かんろ、甘露」 ― 古代インドでは苦悩を除き、長寿を保ち、死者をも復活させるという。蜜のように甘く、飲むと不老不死になる。また仏教の教法にもたとえる。
 「かんろうだい」 ― 浄土宗では、無限の時間の流れを「無量寿」、無限の空間の広がりを「無量光」と言っているから、「無量寿・無量光」とは「無限の時空」、すなわち「宇宙」のこと。しかも、その無限の宇宙こそが、「生命」そのものであり、それを具象化したのが阿弥陀仏である「この台をどういう事に思うかな、これはにほんのをやであるぞや」と説いている。


  「この度はこの元なるを真実に、どうぞ世界へみな教えたい」
  このもとハいさなきいゝといざなみの みのうちよりのほんまんなかや 十七 6
   この元はイザナギとイザナミの 身の内よりのほん真ん中や
  「その所で世界中の人間は、皆そのぢばで創めかけたで」
  にんけんをはじめかけたるしよこふに かんろふたいをすゑてをくぞや 十七 9
   人間を創めかけたる証拠に かんろうだいを据えておくぞや
 『老子』第六章、谷神不死。是謂玄牝。玄牝之門 ― 大河の源流にある谷神は、とめどなく生命を生み出しながらも絶えることはない。谷神同様、女性(器)もまた、万物を生み出す源であり、その働きは尽きることがない。地上、海中、空中に数百万を越える生命形態が存在し、さらに個々の種は、数百万回と生殖を繰り返している。

  このたいがみなそろいさいしたならば どんな事をがかなハんでなし 十七 10
   この台がみな揃いさえしたならば どんな事をが叶わんで無し
 人体の細胞は約60兆あり、それぞれ生命を持っている。それはまた原子の構造と同じであるという。人間は人体である細胞とそれを動かしているエネルギー、意識、心を持っていて、ちょうど宇宙の構成とまったく同様につくられているという。
 ただし、大宇宙が、法則のままに動いているのに対して、人間は、その大宇宙を、地上を、よりよく調和させるために神仏と同様「神の子、つとめ人衆として」その意思と自由が与えられて、物を創り出す能力も付加されている。
 そのために、神仏の心となって地上での生活を送るならば、地上の調和はもちろんのこと、意思と創造と自由の展開は、無限の広がりをもち、人間としての喜び、仏教でいう法悦の境地を享受、「陽気ゆさん」することができるのである。

 「かんろうだいの一条のこと」 ―  釈尊は今も西方極楽世界にあって、その聖なる名「いちれつ澄ましてかんろうだい」を称えるすべての人びとを救い続ける阿弥陀仏を、無限の光明と永遠の寿命を有する仏、として説き明かしている。この無限の光明とは、阿弥陀仏の救いの手があらゆる世界の隅々に至るまで届くことを明かし、また永遠の寿命病「まず死なずに弱りなき」とは、阿弥陀仏、「転輪王」の救いが未来永劫にわたって間違いなく存在し続けることを明かしている。



     君が知る神を手放さない限り 神を知ることはない……
     君が知る宇宙を手放さない限り 宇宙を知ることはない
     いつまでも 神と出会えないのは?
     どこまでも 宇宙に果てがないのは?
     きっと…… そういうことなんだ
                         k-zerostyl



                   中山みき様を尋ねて  陽気ゆさん磐田講