てんもく日記

夫と妻と大学生の息子と娘。【ヒゲ親父】は変なことばかり投稿しますが、最近は地元の町歩きにめざめちゃっております。

ブラオイラ#360(鉄道、港、ノスタルジア敦賀編)

2020年02月24日 21時50分00秒 | 【ヒゲ親父】ブラオイラ
敦賀は通過するだけの町・・・。


高速道路でも、鉄道でも、この地で降りることなく名古屋や京都、大阪に行く際に一瞬で通過するだけの町でした。
なんとなく歴史があって魅力的な町であることはわかっていたので、一度じっくり町を歩いてみたかった。
今回はじめて敦賀の町を歩き回ったが、予想以上の素晴らしい町だったのです。

昨晩グーグルマップを睨みながら、あらあらと予定を立てた。


三連休最終日の今日はナイス天気
カミさんと出かけました。

まずは、金ケ崎へ


NHK大河ドラマ「麒麟がくる」、
明智光秀のゆかりの地です。


金崎宮や金ケ崎古戦場、金ケ崎城跡があります。





空堀の跡かな。


戦国の1570年、尾張の織田信長にとって最大のピンチが起きる。
越前朝倉軍と近江浅井軍に挟まれる形で絶体絶命、この金ケ崎退き口の攻防がここで行われた。

明智光秀に羽柴秀吉、前田利家まで、ピンチの織田信長を逃がすために身を挺して奮戦したのです。

頂上まで来たぞ


おぉ~眺め抜群だ!

敦賀湾です。

金崎宮でお参りをします。


そして御朱印をゲッツ



ふもとまで下りてきて、そこに廃線がありました。


この線路、実はすごかったのです。敢えて言うならここはヨーロッパへの玄関口だったのです。

明治45年(1912年)に東京新橋からこの福井の敦賀金ケ崎間に、
1・2等寝台列車を連結した欧亜国際連絡列車と呼ばれる超豪華な列車が運転されます。
この敦賀港とウラジオストックとの定期航路を介しシベリア鉄道を経由してベルリンやパリとつながっていたのです。

そんな話、初めて聞いたよ。
敦賀ってそれほど凄い町だったのか!

ランプ小屋なるものが現存していた。

国内における最古の鉄道建築物のひとつで蒸気機関車用のランプを保管している建屋でした。

当時の写真でも、


その存在が確認できます。



すぐ近くにある赤レンガ倉庫へ

先ほどの古い写真でも写ってましたね。

入ると飲食店の奥にジオラマ館がありました。


これはすごい!


明治から昭和初期にかけての敦賀の町を再現しているのです。


ボンネットバスも走っている。

気比神宮前ではお祭りの山車が動いています。

丘の上に建っているのは、


まさかのソビエト領事館です。

どんだけ国際都市!

港にあるユダヤ人上陸地点ってのも気になるが、あとで説明します。

かっての敦賀駅には転車台がありました。


ジオラマは写真撮影OKで、しかもツイッターに投稿すると粗品のボールペンがもらえます。


外にはなぜか松本零士作品が、出身地でもないのに・・・?

敦賀は駅と港の町、駅は列車で銀河鉄道999、港は船で宇宙戦艦ヤマトということらしいです。



旧敦賀港驛舎。


列車ファン必見の場所でした。


さきほどのソビエト領事館が気になって仕方がなかったので、
その場所と思わしき丘へ登ってみましたが・・・、

まったく痕跡はありませんでした・・・。

でも位置的にはこのあたりのはずです。

見晴らしのいい高台より敦賀港の様子を見ていたのでしょうか。


まだまだ行くぞ、
敦賀には見所がいっぱいあるんだから

気比神宮に来ました。


北陸道総鎮守で神宮と名乗るだけあって品格があります。


そしてここでも、ゲッツ


次いで、日本三大松原の一つの気比の松原へ。


波は穏やかでした。



洲崎の高灯籠。

1802年に立てられたもので現存する日本海側最古の石積み灯台です。


昔の雰囲気が残る路地を歩くと、


敦賀市立博物館です。

時間が無いので入りませんでしたが、建物は凄い。

しばらくすると清明神社がありました。

中におられた方としばし会話、安倍晴明さんこの地にも来ているんだって、

ここでも当然、ゲッツ


さらに進むと、

紙わらべ資料館。

こりゃいいね。


和紙で作られているんですよ。


おっ魚釣りだ。


挑戦してみる

面白い!



大谷吉継ゆかりの来迎寺に


幕末の尊王攘夷志士の武田耕雲斎のお墓。


天狗党の乱の悲しい話がありました。


いや~いろいろ周った。


そして最後に向かわねばならない場所があります。

人道の港 敦賀ムゼウム

ちなみにムゼウムとはポーランド語で資料館という意味だそうです。

敦賀港だからこそ伝えられる「命」と「平和」


日本のシンドラーと呼ばれた杉原千畝、
彼の英断により多くのビザを発給、その命のビザで約6000人のユダヤ人がこの敦賀港に上陸したのです。


迫害から逃れたユダヤ人にとって、この敦賀は天国だったと言います。


興味深い話がいっぱい紹介されていました。

敦賀の人々が、ユダヤ人とどう接したかなど、

カミさん15分の録画番組を見て少し泣いちゃいまいました。

たしかにこの番組、ふつうに感動します。

この時計にも物語が・・・

現物も展示されています。

あらためて、この方は偉大な人ということがわかりました。

今度映画見てみよう。

ワオ!もうこんな時間、帰りましょう。


金ケ崎城跡に金崎宮、赤レンガ倉庫のジオラマに、旧駅舎、気比神宮から気比の松原、洲崎の高灯籠から清明神社と紙わらべ資料館、来迎寺と武田耕雲斎墓で最後に敦賀ムゼウム。
いろいろ周って疲れたけど、

いい小旅行でした。

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2 コメント

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ヒゲ親父さん、おはようございます (さざんか)
2020-02-25 10:32:35
初めてコメントさせて頂きます。
この投稿は力作ですね。
とても感動しました。
敦賀が歴史的にこんなに重要な場所だったことを、全く知りませんでした。
杉原千畝が発行したビザで、ユダヤ人たちが上陸したのはここだったのですか。
まさに「人道の港」ですね。
とても勉強になりました。
どうも有難うございました。
さざんかさんへ (ヒゲ親父)
2020-02-25 20:18:38
お褒め頂きありがとうございます。
むしろ投稿記事が長すぎて申し訳ないです。
読んでて疲れませんでしたか?

敦賀の重要さ、オイラも驚きました。
敦賀が欧州への玄関口だったということ、
あの杉原さんが救ったユダヤ人が上陸したこと。
すごいことです。

今回は予想以上にオイラも勉強になりました。

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