「偏向左翼教師」という人々がいるようです。僕は人生でそういう人種に会ったことがありません。「君が代」や「天皇」に、教師はほとんど、いやまったく言及しませんでした。社会科の教師は憲法九条に無論言及しました。教科書に載っているからです。でも他の知識と同じように淡々と教えていました。
偏向「左翼」ならぬ偏向「右翼」教師なら2名ほど思い出せます。ひとりは小学校の音楽専門の教師で、小学生相手に君が代の歌詞の講義を延々とやってのけました。彼は音楽の楽しみは全く教えてくれませんでしたが、そういうことには異常に熱心でした。学校放送で流行歌をかけることも禁止してました。まったく迷惑なじいさんだ、ぐらいに僕は思ってました。
もう一人は中学の社会科の教師で、共産主義がいかに恐ろしいかを何かと話題にしました。「共産国家は職業を国家が決めるから、医者が次の年には掃除夫にされたり、その次の年にはコックにされたりする」とか言ってました。このおっさんは「気骨がある」ということでPTAには人気があったようです。僕は社会科が大好きでしたが、どうもこのおっさんは「うさんくさい」ので、距離をとっていました。正解だったと思っています。
子供は教師のいうことを全て信じたりしません。少なくとも、僕は全然信じていませんでした。なぜって僕が子供の頃は「うさんくさい」おっさんが大勢いたからです。「大人はうさんくさい」が常識でした。教師も大人ですから、僕にとっては「うさんくさい」のです。
たとえば小学校の前で「ピンクのひよこ」を売っているおっさん。安いオスのひよこをピンクに着色しているのですが、「これは特別なひよこで、にわとりにはならない。ピンクのひよこのままだからかわいいよ」とうそをいって売っていました。友人はだまされた買った。あっという間に「立派な白いにわとり」になってコケッコーと鳴いていました。
こういうインチキおやじが沢山いました。だから僕は教師といえども大人である。したがって、インチキ的な部分を沢山持っているに違いない。そう思っていました。
先の中学社会科教師であるが、あるとき「日本で一番正確な日本語を使うのは天皇陛下だ」と言いました。昭和天皇です。僕は天皇の言葉遣いを意識したことはありませんでしたが「なんか変だな」と思いました。その後TVで天皇の言葉を聞くと「妙にかんだかい」のです。「あっ、そう」というリアクションも変でした。後に理解したのですが、「かんだかい」のは専制君主が共通してもつ特徴らしいのです。彼らは対人的な配慮をほとんどしないでよい環境に育つので基本的に声の抑揚がなくなる傾向が強いのですね。僕らのように相手に気遣いをしながら声に抑揚をつける、ということをしない。だから「かんだかい」ことが多いのです。昭和天皇は40歳まで専制君主でしたから、見事に声が「かんだかい」という特徴を備えていました。発声面からみても、どう聞いても「一番正確な日本語」ではありませんでした。ちなみにカコさんなんかは、若い子に特有の「少しばかりゆるい発音」をします。皇族なんだからもう少しはっきり発音してほしいなーとか思っていると、TVのコメンテイターが「実にしっかりした発音であられる」とか言います。冗談もいい加減にしろよ、と思ってます。
話戻して、僕は「天皇の日本語問題」で、この社会科教師が「インチキおやじ」であることを正確に認識しました。
もっともそれでこの教師を嫌いになったりはしませんでしたし、社会科は熱心に勉強しました。「ピンクのひよこ」のおっさん達「インチキおやじ」と散々接してきた僕にはこういう「インチキおやじ」に対する「免疫」ができていたからです。むしろ彼らのうさんくささと嘘に一種の哀愁のようなものを感じていました。「何か心に傷があるのだろう」、当時は心の傷という言葉はないも同然だったから正確にそう感じたわけではありませんが、彼の嘘になにか「あわれみ」を感じました。
偏向左翼教師はいなかったが、うさんくさい偏向右翼教師はいた。というお話です。
偏向「左翼」ならぬ偏向「右翼」教師なら2名ほど思い出せます。ひとりは小学校の音楽専門の教師で、小学生相手に君が代の歌詞の講義を延々とやってのけました。彼は音楽の楽しみは全く教えてくれませんでしたが、そういうことには異常に熱心でした。学校放送で流行歌をかけることも禁止してました。まったく迷惑なじいさんだ、ぐらいに僕は思ってました。
もう一人は中学の社会科の教師で、共産主義がいかに恐ろしいかを何かと話題にしました。「共産国家は職業を国家が決めるから、医者が次の年には掃除夫にされたり、その次の年にはコックにされたりする」とか言ってました。このおっさんは「気骨がある」ということでPTAには人気があったようです。僕は社会科が大好きでしたが、どうもこのおっさんは「うさんくさい」ので、距離をとっていました。正解だったと思っています。
子供は教師のいうことを全て信じたりしません。少なくとも、僕は全然信じていませんでした。なぜって僕が子供の頃は「うさんくさい」おっさんが大勢いたからです。「大人はうさんくさい」が常識でした。教師も大人ですから、僕にとっては「うさんくさい」のです。
たとえば小学校の前で「ピンクのひよこ」を売っているおっさん。安いオスのひよこをピンクに着色しているのですが、「これは特別なひよこで、にわとりにはならない。ピンクのひよこのままだからかわいいよ」とうそをいって売っていました。友人はだまされた買った。あっという間に「立派な白いにわとり」になってコケッコーと鳴いていました。
こういうインチキおやじが沢山いました。だから僕は教師といえども大人である。したがって、インチキ的な部分を沢山持っているに違いない。そう思っていました。
先の中学社会科教師であるが、あるとき「日本で一番正確な日本語を使うのは天皇陛下だ」と言いました。昭和天皇です。僕は天皇の言葉遣いを意識したことはありませんでしたが「なんか変だな」と思いました。その後TVで天皇の言葉を聞くと「妙にかんだかい」のです。「あっ、そう」というリアクションも変でした。後に理解したのですが、「かんだかい」のは専制君主が共通してもつ特徴らしいのです。彼らは対人的な配慮をほとんどしないでよい環境に育つので基本的に声の抑揚がなくなる傾向が強いのですね。僕らのように相手に気遣いをしながら声に抑揚をつける、ということをしない。だから「かんだかい」ことが多いのです。昭和天皇は40歳まで専制君主でしたから、見事に声が「かんだかい」という特徴を備えていました。発声面からみても、どう聞いても「一番正確な日本語」ではありませんでした。ちなみにカコさんなんかは、若い子に特有の「少しばかりゆるい発音」をします。皇族なんだからもう少しはっきり発音してほしいなーとか思っていると、TVのコメンテイターが「実にしっかりした発音であられる」とか言います。冗談もいい加減にしろよ、と思ってます。
話戻して、僕は「天皇の日本語問題」で、この社会科教師が「インチキおやじ」であることを正確に認識しました。
もっともそれでこの教師を嫌いになったりはしませんでしたし、社会科は熱心に勉強しました。「ピンクのひよこ」のおっさん達「インチキおやじ」と散々接してきた僕にはこういう「インチキおやじ」に対する「免疫」ができていたからです。むしろ彼らのうさんくささと嘘に一種の哀愁のようなものを感じていました。「何か心に傷があるのだろう」、当時は心の傷という言葉はないも同然だったから正確にそう感じたわけではありませんが、彼の嘘になにか「あわれみ」を感じました。
偏向左翼教師はいなかったが、うさんくさい偏向右翼教師はいた。というお話です。









