阿部自由帳
主に日記なブログ。
2013年~2018年までサイト共々放置してました。




12日から13日に日付が変わる頃、生まれてからずっと家で一緒に暮らしてきた父方の祖父が亡くなりました。
2年間で3人も家族が減るなんて…


父方の祖父はワタクシの糖尿病が発覚する1月前に肺炎にかかって入院しました。
20~60歳まで吸ってた煙草が今でも爺ちゃんの体を蝕み、肺が半分死んでしまってたそうです。かろうじて残った部分が炎症を起こしたもんですから、呼吸による酸素確保がほとんど出来ない状態。
万が一の時に人工呼吸器を着けるか否か、そこだけ決めておいてと言われたのでその時点である程度は覚悟しました。

でも爺ちゃん頑張りました。
みるみる回復して酸素マスク外して歩けるようになり、ワタクシの退院の前日に退院。
一緒に寿司食いに行きました
が、1週間かそこらで再度入院。
お盆前には退院予定の筈が、体調の回復と悪化が何度も繰り返され「元気な状態で退院出来る可能性は極めて低い」と医者に言われた数週間後、息を引き取りました。


ちなみに人工呼吸器は親達(=爺ちゃんの子供達4人)が話し合って着けない事にしました。
それで良かったと思います。爺ちゃん生ききったって感じがするから。

婆ちゃんが毎日お見舞いに行ってたのですが、調子が良ければ話も出来たし、最期の日も婆ちゃんが帰る時に手をギュッとしたそうです。(毎日必ずやってたらしい)


もっと爺ちゃんにアレしたかったコレすりゃ良かった、という気持ちが無い訳ではありませんが、あまり欲張ったら爺ちゃんが気にしちゃうと思うのでそういう後悔はしない事にします。

自分が逆の立場なら嫌だからです。遺した人の中に悔いを残す事が。
自分だったら「居なくなって寂しい」と涙流されるより「この人とあんな事したな~楽しかったな~」って思い出して笑って欲しい。そっちのが嬉しい。
…と思うのですが、どうでしょう皆様←



誰かの死に触れた時が一番命の大切さについて考えさせられる。
惜しむ気持ちの分、自分の人生を大事に生きようと思うこの頃。


最期の時は「楽しかった!ありがとう!」と笑って逝きたいものです。
健康的に長生きした後に。

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