ゆみちゃんの365日

日々の出来事を綴っています。

あなたは幸せですか?

2006-10-17 16:48:47 | うんちく・小ネタ

いきなり女房が「貴方って幸せね~」と言う。年代により幸せの基準は変わってくる。20代であれば車があればそれ以上のことは望まなかったし、30代であれば持ち家を手に入れたら幸せと感じ50代であれば子供が親の手から独立してくれと願い物欲のなくなった60代の今は何が幸せであろうか。
男側から見れば
1.自分自身が健康である。
2.家族が健康である。
3.自由な時間がある(行きたい所にいく事ができる)。
4.お金を使うことに対し、制約がない。
5.もめごとがない。
6.夫婦円満である。(男は円満と思っているが女の方は思っていないかも知れないが)
7.借金がない。
今日現在は、これらを一応クリアーしているので幸せの部類に入れなければバチが当たる。プールで泳ぎながら色々なことが脳裏をかけめぐる。波の立たない平凡な日々も幸せと思うが、ああこんな平凡な生活はいやだと言う人のいるだろうし他人が不幸だなと思っても本人は思わないかもしれないし結局、人それぞれ幸せの基準が異なり誰にも他人の幸せは分らないと言う結論に達した。幸せの点数が1~100あれば現在は80点くらいの幸せであろうか。残りの人生はそんなにある訳ではない。できるときに夢を一つづつ実現し幸せをつかむしかない。
これからやりたいことは車で全国一周がある。女房にこのことを告げれば「行けば~」だった。しかし爺さんが生きている間は気がひける。老後の楽しみにおいて置くことにしよう。

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お日待ちさん

2006-10-13 13:01:02 | 日記・エッセイ・コラム

2006_10120001 2006_10120002 昨日は「日待ち」であった。これは1月、5月、10月と年に3回行われ2006_10120003 る。20年くらい前までは当番の家に集まり、飲み食いをしてカラオケが定番であったが現在は簡素化され外で食事をしている。どこで何するかは当番が決め一泊旅行でもかまわない。
今回は隣組の7軒の男性が13時40分に当番の家に集まった。まず掛け軸のかかった祭壇に向かい拝まなければならない。その後、御神酒で乾杯して送迎バスに乗り25キロ離れた「わかさぎ温泉 笠置いこいの館」へ行った。平日であったので館内はがら空きでゆっくり入浴することができた。ここは洗面用具すべてが準備されているので手ぶらでいけるのが嬉しい。館内には3つ露天に一つの風呂があり湯温はそんなに熱くない。
風呂から上がった後はタダのマッサージ機でモミモミしてもらいとても気持ちが良かった。15時過ぎから宴会が始まった。料理はいつもより少なめで5,000円とのことであったが平均年齢70歳を超えるメンバーでは丁度だ。最高年齢81歳で私が62歳で一番のヤングであった。
いつもは休みの日に実施することが多く、その時は40代が2人くらいいるのだが今回は平日のため高齢者ばかりとなった。参加できなかった2軒は共働きとか勤務の都合など事情があったのだが費用は返却されない。
酒はどなたも弱くなって一人2本程度とおとなしい。カラオケが準備されていたが誰も歌う人はいなかった。世間話や世の中の出来事など思い思いのことをしゃべり18時に御開きとなった。
隣組みの方と話す機会はそんなに多くないので親睦のためには必要かも知れない。
全部の家が代が変われば果たして続いているかどうかは疑問付が付く。
●日待信仰
 日待信仰は日待塔などがある太陽信仰の一種であると考えてよさそうです。日を待つと言うのですから朝日を待つと考えてしまいそうですが、そうでもないようです。
 昔から「待」は「祭」の事だと言う説が強いらしいのですが、異論もあるようです。ね~ね~これではさっぱり分からないでしょ。
 例えば正月に富士山などの霊峰とされる山頂で初日の出を拝むなどでしたら、何らかの信仰と想像できますが、日待信仰の場合は一晩中起きているのがわけわからんのです。現存している所ではただのカラオケ大会になっているそうです。

「岡山の場合」
太陽を神格化して大日天子として拝み、大自然の恵みに感謝し豊作を祈るのが目的で、年3回、正月、5月、9月に行われ、前日は夜かんき(看経)、次の日は、日の出を拝むため早朝よりおかんきをした。
 昔は質素な生活のため、この日は精進ながら ご馳走を当屋(当番)がもてなした。
 最近は、年1~2回で、夜かんきとなり、振る舞いも料理を取ったり、お供え餅もパンに変わったりし、しだいに継続するのが難しい時代となった。
 おかんきの次の日、お札をその講中(集落)の端に立てるのが風習として残っている。
「別府の場合」
日待ち(オヒマチ)の風習があって、近所隣りはみんな顔見知りだった。この「お日待ち」とは、日暮れから会合し、次の日の「お天道様」が顔を出すまでの待ち時間、つまり夜通し飲んだり食べたりして過ごす。お正月、お盆、お祭りの時期に行われる。

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タイガース片岡選手サヨウナラ

2006-10-13 00:37:59 | スポーツ

Oot0610120504ns Oot0610120503 片岡選手は今夜の甲子園でのラストゲーム、ドラゴンズとの試合が引退試合となった。
彼の実家は私の家から車で20分くらいの久御山町なのでご近所である。
最近は代打で出ることも少なくなり今年で終わりかなと思っていた。
10日のドラゴンズ対ジャイアンツの試合でドラゴンズが負けていればドラゴンズの優勝はまだ決まっていなく片岡選手が今夜の試合に1回から9回まで出ることはまず無かったと推測する。出るとすればドラゴンズが優勝を決めた後の他球場での試合しかなかったであろう。彼にとっては甲子園で野球選手の最後を飾れたことが何より嬉しかったに違いない。PL学園のとき甲子園で優勝し、しかも同じ仲間であった立浪選手がいるドラゴンズが相手と言うのがいいではないか。
試合は5対1で勝ち、しかも2安打を打ち花を添えることができて見ている私も涙の出るくらい感動した。日ハムで10年、フリーエージェントでタイガースに移籍して5年。それまでビリけつが代名詞のタイガースで5年間で優勝2回はラッキー以外何ものでもない。
日ハムは今夜25年ぶりのリーグ優勝を決め、日ハムの元タイガースの新庄選手は今年で引退を表明し複雑な気持ちである。
球場には両親、妻子が見にきており小さい子供二人から花束をもらいまた、両軍の選手からも花束をもらい幸せな選手だ。
47,000人の観衆の中、マウンドで感謝の挨拶をし、それを聞いていたら自然と涙が出てきた。場内を1周し最後は両軍の選手に胴上げ5回で彼の幕は下りた。
第二の人生に幸多かれと祈っている。17年間ご苦労様。

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知らない土地へ行くのもいいものだ(その3)

2006-10-12 09:11:13 | 旅行記

10月11日(水)
朝6時に目が覚めた。連続睡眠時間5時間は良く寝た方だ。昨夜あれだけビールを飲めば普通3時頃には1回起きるはずだが・・・・。よほど疲れていたのであろう。
朝食時間にはまだ時間があるので自動販売機でビールを買って飲むことにした。
中日優勝のテレビをうらめしげに見ていたら眠くなり知らないうちに寝ていた。気がつけば9時である。ホテルの朝食は4種類ほどあったがガツガツ食べる元気はないのでザルウドンにした(650円)。
10時過ぎにホテルを出たら雨がパラパラと降っている。夜中から降っていたようだ。
500円の傘を買い駅に向かった。駅に着いたが高崎はどこも見ていないので、このまま帰るにはもったいない気がする。せめてあの遠くに見える高崎観音だけはと思いタクシーで行くことにした。運転手に1時間貸切りはいくらかと聞けば5,400円でメーターと比べ安い方にしますとの返事を得た。
市内には小型バスの「くるりん号」が走っていてどこでも一律200円と格安であるが時間がかかるのが難点である。貸切のタクシーの良い所はあれは浅間山、右に見えるのが赤2006_10110040 Photo_16 城山と説明してくれる。15分ほどで観音さんに到着した。足元まで行くには少し歩かなければならなく時間もないので近くでガマンをした。
高さ41メートル大きな観音様であるがそんなに大きく感じない。その後、少林山達磨寺へ案内してもらった。なんと言っても高崎はダルマの生産では日本一だ。
帰りに時間的にカニさんの家に顔を出せそうなので寄ってもらうことにした。本当に挨拶だけであった。
2006_10110052 駅の近くに市役所があったがしゃれた高層ビルで最上階はレストランだそうな。あれだけ高ければさぞかし見晴らしは素晴らしいことであろう。11時30分過ぎに駅に着いた。貸切の時間は5分は過ぎていたがサービスしますとのこと。メーターであれば7、000円は越えている。
キップを買うためにみどりの窓口に並んで待っていると後ろから女性が声をかけてくれて外の自動券売機で購入出来ると案内してくれた。私はしゃべるだけでその女性がすべて画面にタッチして購入することができた。家まで新幹線ばかり利用して17,500円であった。11時59分の乗車時間にはあと少しあるのでみやげに売店で250円のダルマさん2個とあべかわ餅を買った。名古屋にさしかかったとき携帯に女房から鳥取の母がまた倒れ入院したとメールが入った。これが最後で携帯の電池が切れてしまった。なんと言うことだ。
16時30分に家に帰ることが出来た。新幹線は高いだけありやはり早い。
関東には沢山の知人がいるので会って帰りたかったのだが12日の昼から隣組の日待ち(親睦の宴会)があるので泣く泣く東京に下りることなく素通りしてしまった。
5年ぶりの東京だというのに・・・・・。

[余禄]
新幹線東京駅のホームの下を業務用の自転車が走っていました。
今まで気がつきませんでした。誰かそのことを知っていましたか?2006_10110053

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知らない土地に行くのもいいものだ(その2)

2006-10-12 06:27:52 | 旅行記

今回のもう一つの楽しみはネット仲間のHN:カニさんに初めて会うことである。
彼の住んでいる群馬県は私が足を踏み入れていない県の一つでここに行けば残りは秋田、長野県だけになる。死ぬまでに全県制覇といきたいものである。
甲府から高崎まで早く行こうと思えば特急を利用すれば2時間43分(6,260円)で行く事ができるが何も急ぐ必要もないので鈍行で行くことにした。
高崎まで3,260円で途中の乗り換え回数は4回とかなり多い。時間は約4時間半もかか2006_10110034 る。甲府は武田信玄で有名なので駅の男性トイレの入り口は武将のイラストであった。
8時35分の電車に乗り一路高崎を目指した。車窓からの眺めはどちらも見てもアルプスの山々だ。11月になれば紅葉でさぞかし綺麗であろう。
電車の中で高砂市に住んでいるHN:ちえりんさんにカニさんに会いに行くとメールをしたら即反応があり高崎に着くまで数回やりとりしていたら4時間半はあっという間に過ぎた。
2006_10110039 高崎駅に13時10分に到着した。今夜の宿泊ホテルは駅から100メートルのセントラルホテル高崎だがチェックインの時間は15時なのでフロントに荷物を預けてタクシーでカニさんの所へ行った。1,600円かかったので歩くような距離ではない。
カニさんはヘアーサロンを奥さんと二人でやっている。入り口のトビラを開ければそこにはニコニコ顔のカニさんの顔があった。
Photo_15 2006_10110049you 奥さんは用事で留守であったが挨拶もそこそこに早速に散髪をしてもらうこにした。
彼の店は予約専門なのだが飛び込みは予約が入っていなければOKと言っていた。
いつも安い散髪屋に行っているので少々面食らう。椅子2006_10110036 2006_10110038 に座るなり後ろ向きでまず洗髪。カットが済めばスチームで毛穴を広げて髭剃りをやり目、鼻、口を切り抜いたパックが待っていた。自分の姿が余りにもおかしいので記念にと写真を撮ってもらった。
棺おけに入りお別れのピースサインのようにも見えるかもしれない。耳掃除に肩もみと至福の時間が過ぎ去っていく。
そのうち奥さんがお帰りになった。松田聖子さんに似てとてもスレンダーである。
カニさんには中学生の子供が二人いて学校が2学期制で今は休み中なので家にいた。
次々と顔を出して挨拶をしてくれた。二人ともスマートで細い部類に入るようだ。1年生の女の子はソフトテニス、3年生の男の子はバレーとスポーツ一家である。
これもカニさんが高校のとき陸上競技の110メートルハードルの国体選手であったことが影響しているに違いない。
次の予約客は19時なのでそれまで店で談笑した。今夜は二人で飲むので家族の夕食は外食にしてくれとカニさんは奥さんに言っている。
それもそのはず結婚してから三度の食事はカニさんが作っているそうだ。そのことはネットで書いていたがやはり現実を見なければ実感が湧いてこない。料理が出来れば奥さんに先立たれようが離婚しようが生きていく上には何も心配することはない。
うらやましいが、さて自分が同じようにとはそれは望みもしないしできない。
8時前に予約のお客さんの車に乗せてもらい近所の居酒屋「HOOK」へ行った。
料理のアンキモがとても美味しくまだ口の中にその味が残っている。男同士しか話せないような話から子供の話と話題はつきない。
シンデレラタイムの24時が過ぎカニさんはかなり酔ってきている。ビールをジョッキで7杯飲んでいるが私はよほど体調がいいのかまだまだいけそうだ。
彼には明日仕事があるのでボチボチ切り上げることにして家まで送って行き別れた。

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