夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

私の昨夜の夢は、碩学の方から叱咤され・・♪

2009-01-30 09:52:26 | 定年後の思い
私の住む東京郊外の調布市は、小雨の降る朝となっている。

今朝方、地元の天気情報を見ていたら、
朝の6時過ぎは6度、日中は10度前後となり、
夜の6時過ぎは9度前後、と予測されて、
明日の深夜まで降り続く、報じられていた。

私は久々の2日間の雨と知り、何かしら暖かな雨と感じ、
早春の雨、と思いながら微笑んだりした。

このような思いで、主庭のテラスの隅で、
煙草を喫いながら、小雨の降りしきる中の白梅の3分咲きの花、
純白の花の白玉椿、そして日本水仙の膨らんだ莟(つぼみ)を眺めたりしていた。

この時、どうしたわけか解からないが、昨夜の夢が思いだされたのである。


何かしら80代の細身の男性から、
『君ねぇ・・お前さん、最近、生意気なことを書いたんだって・・』
と私は云われたのである。

『・・』
私は思いあたることがなかったので、返事のしようがなかったのである。

ご高齢の方は、国文の上代文学専攻した大学教授を長年されて、
隠居された碩学であり、私の近くに住まわれている人である。

『お前さん・・何か奈良の名所めぐりについて・・
《少なくとも市内を中心に50日以上は宿泊し、各地の名所を訪ねる旅路となるのである。》
と書いたと友人から連絡があったよ・・』
と云われて、私はやっと思い当たったのである。


私はブログ系のサイトに、
【 私の夢のかけらの奈良大和路の旅は・・♪ 】
と題して、昨日に投稿していたのである。

【・・
過日、家内が、一度は奈良の『若草山 山焼き』を観たいわ、
と要望したので、私としては50年ぶりに、
家内と共に奈良に1泊2日のある旅行会社の企画された団体観光ツアーで訪れたのである。

わずか『西大寺』、『若草山 山焼き』、『長谷寺』、『室生寺』と観た限りであり、
こうした私の思いは、このサイトに、
【 冬の大和路、短かな旅は夢幻と現(うつつ)のなか。 【2009.1.24. ~ 1.25】 】と題して、
6回に及び、投稿している。

私は日中のひととき、ぼんやりと奈良大和路を思い馳せると、
やはり奈良大和路は、一日に一ヶ所の名所を訪れるのが、理想と思ったりした・・。
私は歴史と文化が好きであり、日本の場合は奈良時代から現世までは、
魅了させられている。


奈良市内の近くの名所であれば、必ず徒歩で訪ねて、鑑賞する。
過ぎ去った歴史のかなたの人々の営みが、視(み)えなくなるからである。
そして、『東大寺』、『興福寺』、『薬師寺』、『唐招提寺』、『秋篠寺』などを観て、
ひたすら歩くのである。

郊外であれば、やむえず自転車に乗り、大和路の道を走ったり、止まったりしながら、
『法隆寺』、『慈光院』、『長谷寺』、『室生寺』などを鑑賞し、古人に思いを馳せる・・。

このような思いになると、少なくとも市内を中心に50日以上は宿泊し、
各地の名所を訪ねる旅路となるのである。

・・】

このようなことを投稿していたのである。



私は大学時代より国文学を専攻され、上代文学の飛鳥・奈良時代にお詳しい人の前では、
返す言葉がなくて、
『・・あのように大和をめぐれたら・・夢の話ですよ・・』
と私は云うのが、精一杯であった。

私はこの碩学者が、かって1週間ぐらい日程、
たびたび御独りでとか、学生を引率して大和路をめぐっていた、
と近所の方たちの風の噂で聞いたりしていた。

そして私はこうした方に、しばらくの間、うなだれたのである。



このような夢のひとときであった。

私は東京の郊外で農家の子として生を受け、
何の確固たる根拠もなく、自己格闘しながら、
拙(つたな)い感性と感覚を頼りに、のような随筆らしき散文を綴っているので、
小雨降る中の樹木を眺め、苦笑している。



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