夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

年金は「後で高く」頂くより、「先に長く」頂く方がお得感がある、年金生活14年生の私は学び、やがて微苦笑を重ねて・・。

2018-06-06 15:18:11 | ささやかな古稀からの思い

先程、愛読しているネットの【現代ビジネス 】を見ている中で、
【 年金は「後で高く」より「先に長く」もらう、が正解だった  】と見出しを見たりした・・。

私は東京の調布市に住む年金生活のまもなく73歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
そして雑木の多い小庭の中で、古ぼけた一軒屋に住み、ささやかに過ごして、年金生活は早や14年生になっている。

私は民間会社の中小業のある会社に35年近く勤めて、2004年(平成16年)の秋に定年退職した身であるが、
この間、幾たびのリストラの中、何とか障害レースを乗り越えたりしたが、
最後の5年半はリストラ烈風が加速され、あえなく出向となった。

そして、私は出向身分であったので、リストラ烈風の中、
会社の首脳部が社員を自主退職させる希望退職優遇制度などの免れたのも事実であり、
定年前にやむなく退社された同僚、後輩に少し後ろめたく、退職後の年金生活に入った理由のひとつとなった。

しかしながら根底の実情は、この当時は大企業も盛んにリストラが実施されている中、
たとえ私が定年後に新たな職場を探しても、これといった突出した技術もなく、
何よりも遠い勤務先の出向先で、私なりに奮闘して体力も気力も使い果たしてしまった。

このような拙(つたな)いサラリーマン航路である上、           
そして定年退職するまで半生期は、何かと卑屈と劣等感にさいなまれながら、つたない言動も多く、
ときおり敗残者のように感じることも多く、悪戦苦闘の多かった歩みだったので、
せめて残された人生は、多少なりとも自在に過ごしたと思ったりした・・。

私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、2人だけで第二人生の歳月を過ごすので、
結果としては定年後の長い人生は、お互いの趣味を尊重して、堅実な生活を過ごせば、
年金生活でも何とかなると、定年後に年金生活を始めたりした・・。

         

私は定年退職後に年金生活を始めたが、
1944年〈昭和19年)9月生まれであるので、満62歳にならないと年金は満額を頂けないので、
この間の2年間は満額の6割弱の片翼飛行のような、年金生活を過ごすことになった。

程々の貯金を崩しながら、つつましく退職後の生活を過ごす予定で、
私は秘かに退職時に、未知の年金生活に向い、自身を励ます意味合いも含めて人生信条を掲げた。

そして年金生活は、何かと身過ぎ世過ぎの日々の生活実態と思われ、
『清く貧しく美しく』とした。

この根源は、敬愛している亡き松山善三さんの脚本・監督された『名もなく貧しく美しく』(1961年=昭和36年)、
そして宝塚歌劇団の『清く正しく美しく』から、言葉を重ね合わせ、
何かしら慎(つつ)ましい年金生活に相応しいと確信した。

やがて私は満62歳となり、年金は満額となり、これ以降は水平飛行のように安定して、
何かしら定年までは悪戦苦闘が多かった為か、予測した以上に年金生活を安楽に過ごして、
今日に至っている。

こうした深情を秘めてきた私は、悩ましい年金の受領時期にやはり関心があるので、
遅ればせながら学びたく、精読してしまった。
         
この記事の原文は、『週刊現代』の2018年4月7日号に掲載された記事のひとつであり、
関連ネットの【現代ビジネス 】に2018年6月6日
の配信された記事であり、
無断ながら記事を転載させて頂く。

              

 《・・年金は「後で高く」より「先に長く」もらう、が正解だった

☆285万円も得する

2月中旬、政府が年金の受給開始年齢を70歳以降も、繰り下げられるようにする方針を決定した。

現状でも、受給年齢を70歳まで繰り下げれば、通常の65歳からの受給に比べ、
月の基礎年金額が42%もアップする。

これが、同じ割合で75歳まで遅らせられるようになれば、受給額が10年間で84%も増えるのだ。

低金利で、銀行に100万円を10年預けても、利息が1000円にもならないこのご時世、
「繰り下げ受給」は、非常にお得に見えるかもしれない。


長生きリスクという言葉もある。
働けるうちは働いて、年金暮らしの期間を少しでも短くしようと考えるのもわかる。

だが、その常識をちょっと疑ってみてはどうか。

果たして、75歳になったとき、そんなにおカネが必要だろうか――。

総務省の家計調査によれば、世帯主が60~69歳で二人以上の世帯の1ヵ月の生活費は約29万円。
さらに、75歳以上の世帯に限れば、支出は21万5151円まで減少する。
歳をとるほど、おカネはいらなくなるのだ。

「繰り下げを選択すれば、確かに受給額は増えます。
しかし、繰り下げた期間に大病をしたり、寝たきりになってしまえば、元も子もない。
自由に動けないときに、おカネが増えても、無用の長物になるだけです。

いっぽう、60歳からの繰り上げ受給を選択すると、
65歳からの受給に比べて、1ヵ月の受け取り額は7割ほどに下がりますが、
かわりに、元気なうちから、年金を使うことができます。

私自身も夫婦そろって繰り上げを選択し、旅行などの趣味の費用にあてています。
家庭の状況に応じて、受給方法を決めれば良いでしょう」
(社会保険労務士の田中章二氏)

いわば、受給を繰り下げるのは、
「自分の時間」を削って働き、対価として、後でおカネを高くもらうことと同義だ。
寿命が伸び続けているとはいえ、心身ともに健康に過ごせる時間は限られている。

その貴重な時間に、繰り上げ受給で受け取れる年金を活用し、
仕事と生活のバランスをとりながら長生きをしたほうが、
結果的に幸せなのではないか、というわけだ。

             

実際、国民年金保険料を40年間支払った人が、
男性の平均寿命に近い81歳で亡くなるケースを考えてみよう。

仮に、この人が75歳まで受け取りを繰り下げた場合、
1年間にもらえる金額は、143万3912円と非常に大きい。

だが、81歳で亡くなるまでの受給期間はわずか6年間となり、
合計の受給金額は860万3472円にとどまる。


これに対し、繰り上げ受給を選択し60歳から年金を受給していた場合はどうなるか。

年額は54万5510円と大きく下回るが、81歳になるまでの21年間でもらえる総額は、
1145万5710円にもなる。

60歳から受給していたほうが、285万円以上も多くの金額を手に入れることができるのだ。

なにより、一番損なのは75歳の繰り下げ受給を申請しながら、
受け取り開始前に死亡した場合だ。

そうなれば遺族は、死亡一時金しかもらえない。
その金額は、高くてもわずか32万円。

コツコツと膨大な保険料を納めてきても、
死んでしまえば、支払われるのは、たったこれだけだ。

年金受け取り前にしろ、後にしろ、自分がいつ死ぬかは、誰にもわからない。
一見、大きく得できるように思える「受給の繰り下げ」には、大きなリスクが潜んでいる。


             

☆「60歳と5ヵ月」がベスト

こうして見ると、「後で高く」もらう繰り下げ受給より、
「先に長く」もらう繰り上げ受給のほうが、
いかに安心して年金を受け取れるかがわかるだろう。

では、実際に60歳からの繰り上げ受給を開始する場合、どのように手続きすればよいのか。
用意するのは以下の3つの書類だ。

・年金請求書

まだ60歳になっていない人には、60歳の誕生日を迎える約3ヵ月前に
日本年金機構から自宅に送付されてくる。

・繰上げ請求書

最寄りの年金事務所で受け取り、必要事項を記入しよう。

・住民票等の生年月日が確認できるもの

あとは、年金手帳と、年金の受け取り先となる金融機関の通帳類、印鑑を持って、年金窓口で申請すればいい。
申請者の雇用状況などによっては、一部追加書類が必要な場合もあるが、窓口で丁寧に説明してもらえる。

              

ただし、繰り上げの手続きをしてから、実際の受給にいたるまでには、時間がかかる。
「一般的に、申し込みから受給までは、3ヵ月半くらいかかります。
手続きをした翌月に振り込まれるわけではないので、誕生日が来たら早めに手続きをしましょう」
(社会保険労務士の北村庄吾氏)

さらに、定年直後の60歳から年金を受給しつつ、
あわせてなにか新しい仕事を検討する場合に、北村氏が勧める裏技がある。
それが、「60歳と5ヵ月」からの繰り上げ受給だ。

「60歳で定年を迎えたときに、一旦ゆっくりと今後の仕事をどうするか考える時間を持つとよいでしょう。
ハローワークに行って求職の申し込みをすれば、
4週間に一回の失業の認定日が設定され、約5ヵ月間(最大150日)の失業給付を受けられます。

1日あたりの金額は、定年前の半年の給料の金額で決まりますが、
だいたい6000円前後、これが30日で約18万円になります」

人によっては、年金を60歳ちょうどから繰り上げて、
月々受け取る場合よりも多い金額を、失業給付で手に入れることができるのだ。

「年金と失業給付は、同時には受け取れないので、
失業給付を受ける5ヵ月が過ぎてから、繰り上げ受給を開始すればよいのです。
こうすれば、60歳ピッタリから受給した場合に比べて、5ヵ月分の減額率を抑えることもできる」
(前出・北村氏)

10年以上後の割り増しの数字に騙されるのではなく、
元気なうちから長く年金を受け取り、趣味や家族との付き合いなどに、充実した時間を費やすことが、
60歳以降の「最善の選択」だろう。・・》

注)記事の原文に、あえて改行を多くした。
              

私は2004年(平成16年)の秋に定年退職を迎える半年前の頃、
定年退職後の失業保険に関して、当初は申請して、5ヶ月分の失業手当を頂こうと思ったりしていた。、

この当時の7月頃になると、家内の父が腎臓癌で入退院を繰り返してきたが、
更に悪化状況になり、家内の母と家内は一日交代で、ある大学病院の個室で夜通し看護する身となった。
この間、家内は40代の初めからテニスに熱中していたが、これ以降断念したりした。

家内は我が家から2時間以上の電車に乗り、入院している病院に通ったりし、
帰宅後は疲労困憊の日々となった。

やがて家内の父は10月初旬に死去し、仮通夜、通夜、本葬、告別式、初七日と日々を過ごした後、

私の定年退職時の10月20日の正式日に迎え、退職後の書類、退職金などで銀行廻りをしたり、
関係先、知人に退職の挨拶した御礼の葉書を郵送したりし、慌ただしい日々を過ごしたりした。

こうした中、この当時は数年前の頃から、大企業もリストラ烈風で失業された人達も多く、
私は勤める意志なく、求職される方たちの真摯な様子をホームページ、新聞、テレビのニュースなどで、
知ったりしてきたので、
失礼と思ったりした。

その上も、家内の父が死去された後の失墜感も加わったりし、失業保険の申請書を破棄したりした。


こうした心情の中、定年退職記念旅行は延期、失業保険は断念した予定外のことであったが、
この人生は予定通り進まないことも多くあるので、私なりに後悔はしなかった。

そして11月下旬に亡くなった家内の父の四十九日の法要、納骨を終えた後、
私たち夫婦は、独り住まいとなってしまった家内の母を誘い、
お寺の付近の最寄駅の延長にある亀山湖の観光ホテルに3泊4日で滞在した。

              

ここ10年、雑木の多い小庭の中で、古ぼけた一軒屋に住み、
私たち夫婦はお互いに厚生年金、そしてわずかながらの企業年金を頂だいた上、
程ほどの貯金を取り崩して、ささやかな年金生活を過ごして、早や14年目となっている。

ここ数年は会社時代の少し先輩、或いは後輩の68歳が、いずれも大病で入退院を繰り返した後、この世を去ったり、
ご近所の私と同世代の知人が、突然に脳梗塞で死去されて、数か月の先は誰しも解らない、冷厳なこの世の実態に、
私は震撼させられたりしてきた・・。
                      
もとより健康でなければ、自身の日頃のささやかな願いも叶わないので、
歩くことが何より健康体の源(みなもと)と思い、そして適度な熟睡する睡眠、或いは程ほどの食事が、
セカンドライフ健康体の三種の神器として思い、やがて信愛を重ねて過ごしている。


私たち夫婦は、幸運にも大病に遭遇せず、今日を迎えている。

           

ときおり家内から、働かなくても・・何とか私たちの生活できるのだから、ありがたいわ、
と言われたりするたびに、
私は拙(つた)ない自分の半生のひとこまが、走馬灯のように甦(よみがえ)ったりして、微苦笑する時もある。

今回の記事の『年金は「後で高く」より「先に長く」もらう、が正解だった』は、
早めに年金を頂く方がお得感がある論説であったが、
もとより年金受領時は、それぞれの御夫婦のセカンドライフの話し合いに決定されるよなぁ・・
と私は微苦笑したりしている。

コメント (4)
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