夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

ときには『おひとりさま』の生活、愚図の私は奮闘しても、あえなく敗退・・。

2014-05-29 15:00:13 | 定年後の思い
私は東京郊外の調布市に住む年金生活の高齢者の69歳の身であり、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我家は家内とたった2人だけの家庭であり、
そして雑木の多い小庭に築後36年の古ぼけた一軒屋に住んでいる。

こうした中で、家内は実家に過ぎし25日から6月4日まで、10泊11日で行っている。
こうしたことは年に4回前後あるので、私は『おひとりさま』となっている。

私たち夫婦のお互いの両親は、無念ながら家内の母だけとなり、
家内の母は我が家から電車・バスなどを乗り継いて2時間ばかりの千葉県の八千代市で、
一戸建ての独り住まいの生活をされている。

私より14歳ばかり齢上の高齢者である家内の母は、
私が民間会社のサラリーマンの定年退職日の2004年〈平成16年〉の秋の直前に、
入退院を繰り返していた家内の父が亡くなり、
独り住まいの生活をされて、早や9年が過ぎている・・。
          
               
そして独り住まいとなった家内の母と私たち夫婦は、年に数回は国内旅行に行っていた。
やがて、家内の母の『母の日』には、やはり温泉ね、と要望され温泉滞在旅行が多かった。

独り住まいの家内の母は、私より14歳の齢上で後期高齢者の身であり、
平素は女友達のグループで小旅行をしたり、街歩きをしたり、
或いは実家の上越市に訪れたりすることが多い。

しかしながら、自身の身の周りは出来ても、
大掃除、季節ごとの室内のカーテン、暖冷房器具、衣服などは、おぼつかなくなり、
長女の家内は季節の変わるたびに、7泊8日前後で滞在し、庭の手入れを含めて、孤軍奮闘を重ねている。

こうした中、家内の母は2年前に膝(ひざ)を悪化して、
市の福祉サービスより『要支援の2』と認定をされている。

そして私たち夫婦は、やむなく温泉滞在旅行の代わりと思いながら、
お醤油、ソースなどの調味料、洗剤、雑貨品などの重い品物と感じられる品の数々を、
積極的に宅配便を活用して送付したりしている。

そして家内は、家内の母が独り住まいとなった当時から、
安否を含めて、殆ど毎晩30分前後ぐらい電話連絡をしたりしている。
          

今回、家内は家内の母の宅で孤軍奮闘しているが、
この間は私は『おひとりさま』の独りぼっちの生活となっている。

そして万一、私を残して家内に先立たれた場合、
私は『おひとりさま』となる特別演習かしら、と思いながら過ごしたりしている。
               
こうした中、私は家事の全般の料理、掃除、洗濯などは、家内にお願いしていたので、
恥ずかしながら初心者の若葉マークのような身であり、何かと愚図の身ながら戸惑ったりして行っている。
                  
   
私が家事の朝一番に行うことは、台所にある市から配布されたカレンダーを見て、
『燃えるゴミ』、『燃やせないゴミ』、『ペットボトル』、『古紙』、『ビン』の日を確認して、
これに対応して、指定された道路に面した門扉に置いたりしてきたのが昨年まてであった。

今回は台所から食材の利用後のゴミ以外は、少しぐらい溜まっても我が家として大勢に影響はない、
とサボって指定日に出さないことも多い。
          

朝食の準備として、最優先として一合ばかりのお米を洗い、
五穀米を加えて電気炊飯器に10分後にセットするのが通例であった。

そして炊き上がったご飯は一合だと私は多くなってきたので、
半分ぐらいラップに包み、冷蔵庫に保管することに変貌した・・。
そしてラップに包まれたのを、翌日の朝食に電子レンジで温めて、煎茶を飲みながら頂いたりした。

朝食は幼年期に農家の児として育ったので、齢ばかり重ねた今でも、
真実一路のようにご飯と汁、おかずと香の物で成り立っていた庶民の代表とされる『一汁三菜』としている。

私は単細胞のひとりなので、五穀米の入った白米のご飯、インスタントのワカメの味噌汁、
そしてコブの佃煮、ラッキョ、福神漬け、シャケの瓶づめ、或いは鯖(サバ)の味噌煮の缶詰を、
電車の線路のように固守して食べたりしてきた。
          

昼食は肥満児予備軍の私は回避致したく、フランスパンを三分の一、
そしてバナナを2本としている。

                    
夕食はスーパーで買い物をし、野菜コーナー、お惣菜コーナーの売り場で、適度に選定し、
煎茶を飲みながら食べたりしてきたが、
なぜかしら独りだと寂しいので、缶ビール500mlを2本だけ呑んだり、
或いはウィスキーをオンザロックして数杯を呑みながら、テレビのニュースを視聴したりした。

そして平素は家内はテレビとかCDラジカセを大音量は険悪しているので、
家内が留守のが幸いに、映画棚から観たい作品を取りだして、テレビを通して大音量で鑑賞してきた。
たとえば 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』セルジオ・レオーネ監督(1984年)
『ディア・ハンター』マイケル・チミノ監督(1979年)
そして『ゴットファーザー(三部作)』フランシス・F・コツポラ監督(1972・1974・1990年)などであった。

或いは音楽棚からCDを選定して聞いたりしてきた。
伊藤久男、中島みゆき、X JAPAN、小柳ゆき、セリーヌ・ディオン、パヴァロッティなどを聴いたりしてきた。
                
        
洗濯に関しては、乾燥の機能がある洗濯機をオール自動セットに頼ってきたが、
昨年までは日々貫徹の精神で実行してきたが、これも変貌した。

三日に一回となり、下着、パジャマ、タオルなど3日分、洗濯機に入れて、
あとはお願い・・任せるからねぇ、と心の中で呟(つぶや)きながらスイッチを入れてきた。

掃除に関しては、日中のひととき、従来もきまぐれに手抜きの部屋の掃除をしてきたが、
これも3日毎となってしまった。
こうした根底には、埃が多少あっても生死に影響はない、とサボり果てた。

台所で皿洗いに関して、これも日々貫徹の精神で実行してきたが、
煎茶の茶碗、コーヒー用のマグカップ以外は、2日毎に、
台所が西陽の射(さ)す暖かい中、家内から借りたエプロンを着て、台所で皿洗いをしたりした。

こうした時は、なぜかしら古き良き時代の歌謡曲をかぼそい声で幾度も唄いながら、
皿洗いをしたりした。
          
         
このような今回は『おひとりさま』の生活を過ごしてきたが、
料理に関しては素材から焼いたり、煮たりすることは無く、
洗濯、掃除、皿洗いも前回以上にサボり果てて、
もとより家内のいる平素日常生活から遥かに遠い世界となってしまった。

そして作家の曽野綾子さんの『夫族の中で、生活者として無能な人・・』と銘言に、
私は叱咤激励されながら奮闘する時もあったりしたが、
小・中学生の時は劣等生であった私は、やはり年金生活の『おひとりさま』の劣等生かしら、
と独り苦笑をしている。
          

こうした中で改めて実感したことは、主婦は家事の全般の料理、掃除、洗濯など、
大変な知恵と体力で日々の責務を果たしている、
と思い微苦笑したりしている。

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コメント (2)
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