YU@Kの不定期村

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「男向け」「女向け」にみる区別アレルギー ~ダサピンク現象のズルさと危険性

2015-01-05 18:25:56 | 提言
こんにちは、YU@K(@slinky_dog_s11)です。
ここ半年ほど「頭の中でモヤモヤ考える事はブログに書いてしまえば少しスッキリする」という謎の解決策が身についているのですが、2015年新年早々、扱いを間違えれば大火傷しそうな記事を書いています。
内容はタイトル通り、「男向け」と「女向け」、そして「ダサピンク現象」について。





■なぜこの記事を書こうと思ったのか

昨年末に書いた映画「ベイマックス」の宣伝に関する記事が、おかげさまでかなりのアクセス数を記録しました。
その結果、該当記事を取り上げて下さった上で、Twitterやブログに持論を展開されている方がいらっしゃり、書いた本人としても“嬉し恥ずかし”な顔をしながらネットを眺めていました。
すると、下記のブログにこう書かれていたんですね。(この方からはTwitterでも直接リプライでご意見をいただきました)


この記事書いた人も、日本の宣伝をした人も典型的なダサピンク現象と思う。
むしろ私は日本の宣伝の仕方だったら見に行かなかった。 ~「アスパラガスのアスペルガー日記」


「ダサピンク」とは一体なんだろうか。
言葉としては知っていたがすぐに意味が出てくるほど咀嚼していなかったので、改めてネットで検索。
つまりは以下の意味らしいです。


「ダサピンク現象」とは、決して「ピンク=ダサイ」という意味ではなくて、「女性ってピンクが好きなんでしょ?」「女性ってかわいいのが好きなんでしょ?」「女性って恋愛要素入ってるのが好きなんでしょ?」という認識で作られたものの出来が残念な結果になる現象のことを言います。
残念な女性向け商品が作られてしまう「ダサピンク現象」について ~「yuhka-unoの日記」


要するに、ダサピンク現象というのは“「女性ってピンクでかわいいものが好きなんでしょ?」という認識”そのものを問題視する考え方であり、先の記事で私が「ベイマックスはヒーローもので言うなれば男児向けの色が濃い作品」と形容した事を指して、「この人はダサピンク現象だ」という指摘を受けている、という事かと思われます。
つまりは、「ヒーローものは男児向け」という認識(ダサピンク現象的に言うのであれば“決めつけ”)が、性差別的ではないのか、と。





また、2013年にカルト的ヒットを記録した「パシフィック・リム」という映画がありましたが、それに関するイベントでのこういった一幕がファンの間で少しだけ物議を醸しました。


【ジェンダー速報】樋口真嗣「パシフィック・リムは女たちのものではない!」→フェミニスト激怒


これが飛躍してしまった事もあり、例えば「パシフィック・リムは男向け」と表現すると「女性ファンを排除するのか!」「女性もロボットや怪獣にときめくんだ!」という反論が巻き起こり殺伐とする、というやりとりを主にTwitterで何度も目にしました。
同じ界隈で言うと、竹熊健太郎氏の発言が炎上したこともありました。


女性が見る特撮は、私にとっては特撮とは呼べないのですよ。若手イケメン俳優が出る特撮は、その時点でイケメンドラマであって、「似て非なる何か」なのです。特撮ドラマの「主役」はあくまでミニチュアであり着ぐるみであり、光線やメカ、破壊と爆発でなければならんのです。漢の世界なのです。
【炎上】有名オタク業界人「女性が見る特撮は特撮ではない。イケメンが特撮に出ると特撮魂が曇る」 → 女性特撮ファン達「は?」 ~「オレ的ゲーム速報@刃」


問題提起としてこれらの事案を羅列しましたが、今ここまで読んで下さった方は既に色んな思いをお持ちの事と思います。
先にも書いたように、この記事で扱うのはともすれば大火傷を招く「ジェンダー論」であるため、多角的な視点から、ひとつずつ丁寧に紐解いて持論を述べていきたいと思います。


■「ダサピンク現象」のズルさと危険性

「女子はピンクが好き」という決めつけが残念なものを生み出すという“ダサピンク現象”は、果たして本当に存在するのだろうか。
先に結論から述べると、YESかNOの二択であれば、私はYESだと考える。
哀しい事に、そういった決めつけを持っている男性はいると思うし、それが実商品に反映され世に出回る事もままあると思われる。





しかし私は常々思うのです。「それは本当にダサピンク現象なのか?」、と。
つまりこのダサピンク現象という考え方は、“「女性ってピンクでかわいいものが好きなんでしょ?」という認識”を持つ一部の男性を批判するものであり、その認識の存在有無や濃度について確固たる背景は何一つ無いのである。
本当に嫌味な言い方をしてしまえば「それは一部の女性の被害妄想では?」とも一蹴してしまえる、そんな危うく脆い考え方とも言える。

なぜ私がそう思うかというと、だって、ピンクが好きな女性は多いからである。
例えば最も身近なところでうちの嫁さんを例にとるが、彼女はピンクのコートをよく着るし、化粧道具はピンク色のアイテムが多い。
そういえば常用している鏡も、裏面は真っピンクだったかな。
また、私が以前住んでいた福岡天神のパルコに「スイーツパラダイス」という文字通りスイーツが食べ放題のお店があるが、これがまた女性に大人気であり時期によっては長蛇の列。そしてこのお店の内装は、目がくらむ程のピンクである。


 


実際に調べてみると「色カラー」というサイトの調査において2014年の7月から11月にかけて最も女性に好まれた色は、ピンク色である。(回答者数:女性/755人)
同時に嫌いな色にもピンクがある事が面白いデータともとれるが。





つまり何が言いたいかというと、疑いようもなく「女性はピンク色が好き」という事実は確かにあり、企業側が「女性にウケるためにピンクを用いよう」と考える事は至極当然ではないか、という事である。(無論、全ての女性が必ずピンクを好む訳ではない)
要するに、「企業がマーケティングの結果として売りたい層(女性)に向けてピンクを用いる」という至極当然の背景と、「女性はピンクが好きだろうという決めつけでピンクを用いる」というダサピンク論法の、この2つの線引きはとても難しいのである。
これを見境なく一緒にして「ダサピンク現象だ!男の決めつけだ!」と叫んでしまう事は非常に危険な事であると同時に、腫物を触るような話題である性差を絡め男性側の反論を先んじて封殺してしまうような“ズルさ”を、私は感じてしまうのである。

最近話題になったものでいうと、「文庫女子フェア」というものがある。
例えばこのエントリーでは、以下のように書かれている。





ピンクだらけの画面に、ふにゃふにゃしたフォント、ハートマーク。
並んでいるのは殆どが恋愛本ばかり。
まさに、ダサピンク現象現る!って感じである。
これ見て、今まで本買わなかった人が買いたいと思うなんて本気で思ってんのかよ!!

「文庫女子」フェアが色々ひどすぎた ~「田舎で底辺暮らし」


私は、この「女子文庫フェア」が本当にダサピンク現象の産物かというと、疑問を感じてしまう。
つまりは、このフェアの発案者や実行チームが、「女性はピンクが好きだろうからピンクで!」とダサピンク思考でこれを作ったのか、はたまた「マーケティングの結果これが世の女性にウケる!」という当たり前の企業マン思考でこれを作ったのか、その真相は分からないからである。
私は自分のセンスに自信がないのでこの企画(ポスターや選書)そのものがダサいか否かについて言及はしないが、仮にダサかったとして、それは「ダサピンク現象」でも「性差」も「ジェンダー」も関係なく、ただ単に担当者のセンスが残念だったに過ぎないのだ。
勿論、これが出来た背景に本当にダサピンク思考の持ち主がいた事も考えられる。もっとイケてる企画やポスターが案としてあったが、決裁権を持つダサピンクな部長が「そんなんで女子にウケると思ってるのか!女にはピンクだ!ピンクに変えろ!文字ももっとゆるふわにしろ!」と現場を叱り飛ばした可能性も否定はできない。
しかしそれは同時に「ダサピンクなんて無かった」という可能性の裏返しをも意味し、どっちが本当なのかは悪魔の証明であり水掛け論でしかない。

要するに、ただ単にこのポスターや企画を見て「ダサピンク現象現る!」と断言してしまうのは非常に早計であり、まさにここに「ダサピンク現象」という概念のズルさと危険性が埋まっているのである。
つまり、「ピンクで(その人にとって)ダサいもの」を目にすればそれを「でた!ダサピンク現象だ!」と安易に“言えてしまう”事こそが問題であり、むしろそっち方面での決めつけによる誤用が、今この瞬間にも一人歩きしてしまっているのではないだろうか。
というのも、前述のこの現象の名付け親を自称されているyuhka-unoさんも同エントリー『その層(ピンクが好きな人)を狙い撃ちすることを意識して作られたものと、漫然と「女性ってピンクでかわいいものが好きなんでしょ?」という認識で作られたものは、やはり違うと思う』と書かれており、私が上で指摘したような“意図したマーケティング”との違いについては言及されている。
ただしこれは出来たての言葉にはよくある事で、非常に誤解されやすく、すぐ一人歩きをしてしまう。
今や一部の人にとって「ダサピンク現象」とは、「女は“こう”と決めてかかっているであろう男性やその産物を批判する概念」として、非常に“便利に”出回ってしまっている。
その用途において、本当にその差別意識なるものがあったか否かは問題ではなく、そう感じた女性が「これはダサピンクだ!」と叫べば、“そういうもの”として広まってしまうのだ。
これは、非常に恐ろしい事態である。





実態として、「文庫女子フェア」をダサピンク現象とぶった切った先のエントリーを読んだ人は、「これこそがダサピンク現象の好例」だの「ついに本屋にまでダサピンクが…」だのという感想をSNSで漏らしており、そこに「これは本当にダサピンク現象なの?」と疑問を投げかける人は殆ど見当たらない。
名付け親の方には悪いが、ここまで兆候がはっきり見えているので、おそらく「ダサピンク現象」はこの“使い勝手の良い男性批判”の意として定着していくことだろう。
そこに、単純なマーケティングなのか、ただの担当者のセンスの欠如なのか、そこを精査する意図は最初から含まれず存在しない。
ただ単に気に入らない物を簡単に性差と絡めて批判できてしまうのである。
男性の“決めつけ”を批判する単語が、使用者の“決めつけ”の上で用いられる。なんと皮肉な事か。

もっと言うと、「文庫女子フェア」はもしかしたら女性を中心としたチームが企画した可能性も、ゼロではないというのに…。


※この項について説明不足だったので、続編記事を書きました。→「それならとことん「ダサピンク現象」を紐解いてみよう ~本来の定義と二次的な側面との混在が原因


■「男の子向け」は排他的な表現なのか?

「ダサピンク現象」という概念の危うさを指摘したが、次に異を唱えたいのは「男の子向け」の曲解である。
最初に挙げた私の「ベイマックスは男児向けの色が濃かった」に対する反論への反論となってしまうのですが、なぜ、「男児向け」と言ってしまう事がこの方にとってダメだったのか。
それはこの方が、「男児向け」という表現に「女は見るな」を読み取ったからに他ならない。
私にそのような意図は全くないのに、である。





例えば、「仮面ライダー」と「スーパー戦隊」。
これらは作り手の東映やバンダイにより明確に対象性別と対象年齢が定められており、メインのお客様は言うまでもなく「男の子」であろう。
ドラマ展開を作る上で“男の子が理解できるか”という視点は絶対にひとつあるだろうし、変身ベルトや武器をデザインする人は日夜どういったものが男の子にウケるのか研究している事だろう。
そうして、「男児向け」として番組を放送し、玩具を売っている。
それがこの日本でのメインストリートであり、だからこそ「ヒーローが活躍する何か」はもはやたとえそれが仮面ライダーやスーパー戦隊でなくとも「男児向け」とカテゴライズされる。(そういった無意識な区別が文化として根付いている)
東映やバンダイの担当者の誰一人として、おそらく「男の子向けに作ったものだから女の子は買うな!」なんて思ってないだろうし、むしろ女性にもウケたのであれば儲けものである。

だからこそ私は、「ベイマックスはヒーローが活躍するから男児向けの色が濃い」と書いたのである。
実際に仮面ライダーやらは男児から好評を博し何十年も続いているのだから、その“マーケティング”は間違っていないのだろう。

重ね重ね言うが、そこに女性を排除する意図はどこにもない。
男の子の大多数が、ドッカンバッタン殴りあって火薬が爆発するアクションものが好きなだけで、そこにあるのはただただその事実のみである。
そしてその嗜好を持つ女性も当然いて、だがしかし、それを好む女性は男性より少ないという真実だけが存在しているのだ。
これはもう好みの問題、もっというと生物学的な話なので、差別だなんて議論のテーブルには本来上がりっこないのである。





私の大学の後輩でプリキュアが好きでたまらなくてフィギュアを集めている男性がいる。
知り合いには、劇場版アイカツの公開日0時に映画館に駆け付ける男性もいる。
彼らは(メインとして)「女児向け」として発信されているコンテンツを楽しんでいるにすぎない。
そして同時に、「“女児向け”と表記する事はプリキュアを楽しんでる我々男性に向けた差別だ!」などと素っ頓狂な叫び声を上げたりもしないのだ。

例として挙げた「パシフィック・リム」もそうだ。
恐れず言うが、この作品は「男向け」だと私は考える。
日本の文化史における“男が好きなもの”が詰まっているからである。
しかしそこに「女は見るな」という意図は無く、この作品の女性ファンに対しどうこう言う気も微塵も無い。
「多数の男と少数の女が好む作品」も「多数の女と少数の男が好む作品」も、当然両方あって、それはゼロサムで語るべきものではない。





なぜ「男の子向け」「女の子向け」という表記に差別を感じてしまう人がいるのだろうか。
この区別を躍起になって修正しようとするのだろうか。
だって、男と女は違うから。区別がむしろ普通だと、私は思うのである。

(補足として、だからといって「パシフィック・リムの楽しさは女には分からん」などと自ら排他的に異性を叩くような発言は、その人がおかしいだけで言語道断である。)


■男と女を区別する事は当然では?

決めつけによる「ダサピンク現象」の誤用も、「男の子向け」批判も、要は“女はこう”“男はこう”という区別に過度に反発しているに過ぎない。
私はこれを「区別アレルギー」と呼んでいる。
区別される事を極端に嫌い、少しでもどちらかを向いている物や人に突撃して平等に向き直らせようとする人の事である。





男と女は違う生き物だ。
身体の構造は違うし、DNAに刻まれてきた社会的役割も違う、脳だって違うと昨今はよく言われる。
それを区別して扱う事の何が問題なのだろうか。
違うものを違うと言っては、いけないのだろうか。
私が言っているのは「区別」であり、決して「差別」ではない。
「差別」は縦軸で、行えば優劣の視点が発生してしまうもの。
「区別」は横軸で、横並び前提で言い換えれば“適材適所”。

その「区別」すら絶対に許さないというアレルギー持ちの人が増えすぎてはいないだろうか。

私は小学校の頃から吹奏楽をやっていた典型的な文化系男子だったが、高校の持久走では10キロを走らされた。
女子は5キロだったのに。
私より足が速く体力もある、例えば陸上部の女子でさえも、5キロだ。
ヘトヘトになりながら10キロを完走した苦い記憶を今でも覚えている。
なぜ男子は10キロで女子は5キロなのか。
それは、男女の体の構造が違うからに他ならない。
なにも私は「全国の学校は男女で距離差を無くせ!」と叫びたい訳ではなく、これは当たり前の「区別」であると言いたいのだ。





男女は違うから面白いのであり、社会が回っているのである。
「区別」すら無くしていくとすると、突き詰めていくと「なぜAKBに男は入れないのか!」や「なぜジャニーズに女性メンバーがいないのか!」という訳のわからない理論にまで行き着いてしまう。
そしてそれは性差だけでなく、年齢や生まれた土地による価値観の違いも同義である。

AKBは女だけだから面白いのであり、ジャニーズは男だけだから魅力的なのだ。
スイーツパラダイスはピンクな内装が女性に好評であり、仮面ライダークウガは赤くてかっこいいから男の子にウケたのだ。
ヒーローに向かって「ダサレッド現象だ!」と叫んで、そこに何が生まれるのか。





なぜそうも“過剰”なのか。
なぜすぐに顔を真っ赤にし、肉親を殺された敵を討ちに行くかのように「区別」を批判するのだろうか。


■矢を放つ前に考えよう

勿論、良い「区別」と悪い「区別」はある。
悪い「区別」とは、それこそが「差別」である。
でも、ただ違うだけで(区別されているだけで)、他の判断無く噛み付くのは如何なものだろうか。
それは正統なものか、批判されるべきものか、噛み付く前に考えてみようじゃないですか。

安易に「ダサピンクだ!」と叫ぶ前に、それが本当にそうなのか、今一度考えようではないですか。
「“男の子向け”だなんて女は見るなって事か!」と批判する前に、その送り手が考える対象やマーケティングをもう一度考えてみては如何でしょうか。
何事もアレルギーのようにカッと反応して噛み付いても、それは“決めつけ”による墓穴にしかならないのですよ。





昔OLをしていた母は今でもよく「お茶汲み万歳」と私に言います。
母によると、「お茶を淹れるのは台所経験が多い女性の方が上手いのだから、女性がやるのはある意味当たり前だ」、と。
しかし同時に、「女が淹れて当たり前という男性には淹れたくない」「ありがとう、と一声かけてくれる男性にはまたお茶を淹れようと思える」とも言っていた。
つまりはこういう事で、「区別」の差は無理やり条件を同列にして埋めるのではなく、互いの「理解」と「尊厳」によって埋めるものではないだろうか

当たり前の「区別」を、「理解」や「尊厳」を欠かして批判的に語る男性がいるから、女性が怒る。
必然である「区別」なのに、「理解」と「尊厳」を無視して揶揄する女性がいるから、男性はムカつく。





結局は「私と小鳥と鈴と」のような結論になってしまう訳だけど、違う事・区別する事を全肯定するのではなく、ただ盲目に違う事に噛み付く「区別アレルギー」は捨てていきましょうと、私はそう提言したいのである。
それと、「ダサピンク現象」という単語は、正しく用いましょうね。


<追記:1月6日>
色んな意味で反響が大きく、また、かなり誤解を招いている可能性もあるので、「反論への反論」という形になってしまい恐縮ですが、補足的なものを何点か。
・「これを書いている人はピンクを一色だと思っているのでは」という批判を受けましたが、そういった内容は全く書いていませんし、そうも思っていません。ピンクにも多種多様なピンクがある事は知っています。
・どのピンクを選ぶかは単純なる送り手のセンスの問題もあるので、一概に「“女性は〇〇が好きだから~”という認識があるんだろ!」と批判できないのでは、と言いたいのです。例えば、担当者がそういった認識など無く真剣に真摯に作った何かが、受け手にとって「ダサいから」という理由だけで「ダサピンク現象だ!」と言えてしまう、それは危うくないだろうか、という話です。
・「“女性は~”という認識なく真摯に作られたもの」と「そういった認識の下で生まれてしまったもの」の区別は、消費者が自己判断で決めて良いものではないのでは?、という事です。
・私はこの記事で、「ベイマックスの宣伝はダサピンク現象だ」とも「プリキュアはピンクだから女性にピンクが好かれているのだ」とも、一言も言っていません。よく読んでください。
・というよりも、この記事で言いたいのは「ピンク色に関するあれこれ」ではないのです。
・終盤のお茶汲みのくだりですが、私自身は「女性がお茶汲みに向いているから女性がしろ」とは思っていませんし、あくまで母の一意見を書いたに過ぎません。「要は互いに思いやりを持つ精神が大事だよね」という事を言いたかったのですが、例が極端でした。申し訳ありません。
・「生物学的に」という表現についても批判がありますが、ここは私の言葉が足りていませんでした。「生物学的に男性はドッカンバッタン殴りあって火薬が爆発するアクションものが好き」という事ではなく、「男女が云々以前の問題として、“好み”というのは理屈で語れる事じゃなく、感性の違いの話なので、本来こういったテーマとそぐわないのでは?」というニュアンスで書きました。読み返すと前文の流れからかなり誤解を招くようになっていました。申し訳ありません。
・誤解を招くような本文中の内容は、あえて修正をかけるつもりはありません。修正してしまうと沢山の方からの反論や指摘が宙に浮いてしまうので。私がこの記事の序盤で言いたかった「“ダサピンク現象”の誤用?」については、言葉が流行り始めたこのタイミングで徹底的に議論されるべきものだと思っているので、批判はむしろ望ましいと感じています。が、あまりにも曲解されている方がいらっしゃったので、本補足を書きました。
・ご意見ご感想等、当記事のコメント欄にいただいたものについては、お返事します。



【続編記事】
それならとことん「ダサピンク現象」を紐解いてみよう ~本来の定義と二次的な側面との混在が原因



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48 コメント

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DNA? (kume)
2015-01-06 15:48:13
「DNAに刻まれてきた社会的役割も違う」
幼稚園から出直してこい。
知性のかけらも無い言葉。
生物学的役割だのDNAだの、そういう言葉を用いて語った気になるな。全く的外れ。
コメント返信 (YU@K)
2015-01-06 16:27:31
>kume様
幼稚園から出直す事は不可能ですが、知性のかけらも無いというのは貴方がそう感じられたのであればそれに異論はありません。
あと、私は「生物学的役割」という単語は用いていません。

…という揚げ足取りは置いておいて、私が「DNAに刻まれてきた社会的役割も違う」と書いたのは、「男性はマンモスを狩りに行ってて女性は水を汲んでいた」からスタートするニュアンスで、しかしそれが“今も尚その役割分担であるべき”だとは思っていません。
多少大げさな表現で誤解を招いてしまった事については自覚しています。申し訳ありません。
それを踏まえた上で「その認識が間違ってる」と仰るのであれば、そのご意見はありがたく頂戴します。
とてもスッキリしました。 (FS)
2015-01-06 19:30:17
「区別アレルギー」という捉え方にとてもスッキリしました。
時代に合わせ男女の役割も見直されていくものと思いますが、その根底がアレルギー的なものであっては無理矢理な力技になってしまいますし、ジェンダー論へのスッキリしない感や見直しへの阻害も正にアレルギーが原因であると思います。

また記事全体としても分かりやすく、とても考えさせるものでした。
それだけに(反論自体は見ていませんが)補足部分を読む限り、この文章を理解できない=それだけアレルギー反応がある、若しくは伝えたいものを理解せず一部だけ取り上げて噛み付いている事実に驚かされました。

批判に比べ肯定や応援の声はなかなか直接届きにくいものですが、今回の記事がスッと入り考えるきっかけになった人達、ジェンダー論のモヤモヤ解消に繋がった人達はとても多いと思います。元記事(ベイマックスの宣伝についてのもの)も読みやすく為になりました。今後の記事も楽しみにしております。
なぜ男女は別の生き物だと思うのですか? (出前姫)
2015-01-06 19:47:56
私たちは同じ生き物の中のオスとメスです。中には性的マイノリティの方たちもいます。
あなたは男女の性差の実例として体力の差のみを挙げていますが、なぜ体力なのでしょう?男が勝っているからですか?それは生物学的に立証されていますか?
体力の中には性差の明らかなものもありますが、それは色彩の好みや娯楽の好みと関係がありますか?
「区別アレルギー」とおっしゃいますが個々の能力以外で区別されることを好む人はいますか?
私が男か女かというのは大事なことですか?
もしあなたが「女性は体力の劣った生物」だと区別するなら私は区別されたくありません。
Unknown (Unknown)
2015-01-06 20:13:30
仕事でも給与でも日本では下のほうに差別されやすい女性がネットという発言の場所を経て「型にはめられる差別」への反発が可視化した結果が、ダサピンク現象や炎上案件に繋がるんじゃないでしょうかね。
区別アレルギーではなく、区別されて役割を押し付けられることに対する反発がやっと「目に見えるようになった」ということなのだと思います。
Unknown (Unknown)
2015-01-06 21:37:17
納得の記事です。

この記事の大意が理解できない人は、じゃ風呂もトイレも何もかも男女分けないほうがいいんですか、って話ですね。
区別しなければいいならそうなりますよ。
分けなければ遊んでいる空間が減って効率的になりますからね。

恣意的に細かい点だけ取り上げて批判している人は、背の高低、体の大小を区別するなと言って同じサイズの服しか売らなかったらどうなるか想像できない発想の貧弱な人です。

要するに「区別しないことを押し付けるな」ってことです。
差別とは違いますから、他者の認識を尊重しましょう。
そうそう! (げん)
2015-01-06 23:49:41
私もどこかで似たようなこと書きました。
男女平等といっても、向き不向きがありますよね。

今ある趣味趣向・職業や家庭での役割など、全部男女入れ替えたら大変なことになるのはわかりきっています。

都合の良いことだけ”男”や”女”を気取って、気に食わないことは差別だというのは、自分が差別していることに気付いてないからなんですよね。
1エントリに詰め込みすぎたのでは (ふくろ)
2015-01-07 00:49:13
こんばんは。TLで見かけたので拝読しました。
YU@Kさんは関連があると思われたからこれらの事項をひとつのエントリにまとめて書かれたのでしょうが、
・ダサピンクという言葉の濫用についての懸念 
・ベイマックスを男児向けと述べたことについて「ダサピンク」だと批判されたことへの反論 
・区別と差別の違い など
複数の独立した事柄なので、ひとつずつ別なエントリにした方がすっきりして論点が明確になったのではないかと思います。

ところで本筋ではないところへのコメントで申し訳ないのですが、
また、追記で書かれているのでしつこいかもしれませんが、お茶くみの部分は論点がずれていると思います。私にとっては、「お茶を淹れるのは台所経験が多い女性の方が上手いのだから、女性がやるのはある意味当たり前だ」という意見は、区別ではなく明白に差別です。
女性の方が台所経験が多いとしたら、それは「家事は女がやること」という性差別に基づく押しつけが社会に浸透しているから(あまりにも浸透しているので女性の中にもこのように自ら女性差別をする人がいるのもふつうにみられます)ですし、当然ですが女性すべてが台所仕事やお茶入れが得意なわけではありません。

YU@Kさんはお茶くみについて
「区別」の差は無理やり条件を同列にして埋めるのではなく、互いの「理解」と「尊厳」によって埋めるものではないだろうか
と書かれていますが、「お茶くみは女性に限る」という差別は、例えば「新入社員には男女関係なく『おいしいお茶の入れ方』を研修で教える」という「同列にして埋める」行為で解決できます。

それと、持久走で男子は10キロ、女子は5キロというのは男女の「区別」である、というくだりについても、そんなふうに思わなくてもいいのになと思います。
「全国の学校は男女で距離差を無くせ!」と叫びたいわけではない、と書かれていますが、同じ距離に統一するのではなくても、例えば男女とも各自の体力にあわせて5キロか10キロどちらか選択できる自由があるというのはどうでしょうか。
もちろんその場合に、「男のくせに5キロ選ぶとかなさけねー」とか、「女子なのに10キロとかすげーw」といった、周囲からの揶揄や圧力がなく、誰でも自分の体力にあった距離をストレスなく気軽に選べることが前提です。
人間は性差より個体差の方が大きいと思うのです。
それこそが「みんなちがってみんないい」ということではないでしょうか?
お茶を入れるのがうまい男性、戦隊ものが好きな女の子、プリキュアになりたい男の子、10キロ走るのはつらい男の子。
自分だけの世界がある人、大多数に属さない少数派の人たちが、単純に性別だけで合わないものを強制されたり、嗜好を矯正されたりするのが現状なので、抑圧の種類が多い女性は特にうんざりしているんだと思います。
Unknown (Unknown)
2015-01-07 01:59:45
横から申し訳ないが「DNAに刻まれてきた社会的役割」とは一体何のことですかね。
DNAに社会的役割が刻まれているというのは初耳です。
そこは「生物的役割」の間違いでは?
まさか本気で家事育児やお茶汲みが女性のDNAに刻まれているとは言われますまい。

いや、本文を読むかぎり案外本気でそう思ってるのだろうか。
Unknown (Unknown)
2015-01-07 04:14:25
>DNAに刻まれてきた社会的役割も違う、脳だって違うと昨今はよく言われる。
>それを区別して扱う事の何が問題なのだろうか。
>違うものを違うと言っては、いけないのだろうか。

そこまで言い切るなら是非ともDNAに刻まれた社会的役割について、単独記事として是非書いて下さい。

どのようにDNAに刻まれており、どの部分が男女で違うのか。具体的にお願いします。

違うものは違うといってはいけないのだろうかと言い切るくらいですから、明確な違いをご存じのようですね。

ダサピンクについてより、こちらの方が批判が多かったように思いますよ。

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