先ほどまでの和やかな雰囲気から一変、店内は妙な緊張感で張り詰めていた。
雪の父親は淳を向かいの席に座らせ、あたかも面接官のように彼に質問する。
「‥それで‥君は雪の大学の先輩だって?」
雪の父は固い表情で彼の向かいに座っていた。まるで圧迫面接のようである。
しかしそんな雪の父を前にしても、淳は怯むこと無く安定の受け答えを見せる。
「はい。四年ですが、今はインターンに通っております」
尚も圧迫面接は続く。得も言われぬプレッシャーオーラが、父の背後から立ち込めるようだ。
「それじゃあ就活生なんだね?」 「はい」
「しかしこの時間にここまで来て‥どこに住んでいるんだ?」 「家は◯◯区にあります」
雪の父は遅い時間に約束も無しに現れた点をチクチクと突いたが、淳は平然と笑顔を浮かべていた。
そんな二人の様子を見て、蓮はクスクス笑い、雪の母は夫の態度に閉口、雪は顔中冷や汗垂れ流しだ。
「この時間に家族が皆揃っていることを知った上で、ここに来たのか?」
「はい。お店にいらっしゃることは存じ上げておりました」
堂々とした受け答えに、完璧とも言える笑顔。
雪の父親は、改めて彼のことを眺めてみた。
器量良し、敬語と振る舞い良し、加えて一流大学生だ。およそ欠点が見当たらない。
そして雪の父は、その身なりがとても良いことに気がついた。
どう見ても彼が着ているスーツは、高級ブランドで仕立てたものに見えた。袖口から覗く時計も高級そうだ。
加えて先ほどの会話を思い出し、雪の父は少し踏み込んだ質問をする。
「ところで家が◯◯区だって‥?ほぉ‥。
高級住宅街じゃないか。ご両親は経済的余裕がおありのようだね」
父のその言葉を聞いて、雪はギクッとし二人の間に入る。
「お、お父さんてば何聞いてんの~!先輩が緊張するじゃない!」
しかし父はまるで動じず、「ご両親が何をされてるか聞くくらい良いじゃないか」と雪に言い返した。
淳もまた平然と、「会社運営をしています」と何でも無いことのように答える。
「何の会社だ?」続けてそう質問する父に、淳は再び平然と自分の家が運営する企業名を答えた。
「Z企業です」
その瞬間、雪の父の時間が止まった。他三人の時間もだ。
白目を剥く母、まだ把握出来ない蓮、笑顔が固まる雪、そして目を見開く父‥。
誰もが耳にしたことのある超大企業。両親がそこを運営しているということがどういうことか、聞くだけ野暮である。
赤山家はそのまま暫く固まって、淳はそんな四人をニコニコと眺めていたのだった‥。
「あ~!ちっくしょう!」
一方河村亮は、未だ苛立ちを抑えきれずその場にうずくまっていた。
グルグルと色々なことを考える中で、浮かんで来たのは先ほど雪が口にした言葉だった。
それで‥その子が何で私の真似をしたかを考えてみると‥
続いて浮かんで来たのは、雪とは全く関係のない場所の記憶だった。
長い廊下を全速力で駆けて行く映像。足がもつれそうになりながら、必死に先を目指したあの記憶。
吹き出す汗もそのままに、亮はゼェゼェと息を切らしそこに到着した。
身体は熱いはずなのに、背中の方からゾクゾクと寒気がした。
そしてそこで目にしたのは、それまで見たことのない幼馴染みの姿だった。
人目のある場所だというのに彼は項垂れ、その場で沈黙していた。
そしてその時目にしたあの眼差しを、亮は生涯忘れることは出来ないだろう。
あの形容しがたい恐ろしさを秘めた、あの瞳‥。長年一緒に居て、初めて目にしたあの怒り‥。
暗く烈しい炎のような目つきに射竦められ、亮は言葉に詰まった。
「い、いや‥オレはただ‥どうして‥」
そこで記憶は切れた。
そして再び、先ほど雪の口にした言葉が鼓膜の奥から聞こえてくる。
理由は分からないけど、私のことがうらやましくて、それで真似し出して‥
その言葉が記憶の海から掬い出したのは、自分をじっと見つめるあの視線だった。
心に引っかかっていた既視感の尻尾が、沈んでいた暗い過去をズルズルと引き摺り出す。
でも完全に同じになるなんて有り得なくて‥だから結局焦り出して‥
あの手の人間は、一見地味な見かけをしている。しかし一度火がつくと、狂ったように燃える恐ろしい性質を持つ。
亮はあの時感じた痛みと絶望が、再びフラッシュバックするような感覚に襲われた。
心の中で警鐘が鳴っている。雪は今危険な状態にある‥。
そして昼間目にした、姉の暴行が脳裏に浮かんだ。
好き勝手暴れながら、静香は笑っていた。そのサングラスの奥でどんな目をしているか、亮には分かる気がした。
その指全部へし折ってやるから
高校の時亮に向かってキレた静香は、彼を殴った後馬乗りになってそう言った。
あの時至近距離で見つめられた、狂ったようなあの目つき‥。
あの狂気がいつか雪に向けられるかもしれないと、亮は今リアルに想像出来てしまっていた。
飛び散る血痕のイメージが、雪の横顔を赤く染め変える‥。
ハッ、と亮はそこでようやく正気に返った。
自身の左手を、改めて眺めてみる。
思うように力の入らない左手。へし折られたこの指‥。雪にもこんな災難が降りかかるとでも言うのか?
亮の脳裏に、気安く接する雪の姿が思い浮かぶ‥。
亮はバッと顔を上げ、遠くに灯る店の明かりに視線を送った。
そこには赤山家の四人と、一際背の高いアイツのシルエットが見える。
そのスペックと明晰さで、いつもアイツはあの位置だ。
本心は霧の中であっても、常に人の輪の中心に君臨する。
見慣れたその疎ましい背中を、亮は改めて眺めてまた苛立った。
自分の彼女への忠告だというのに耳も貸さなかった、その無情さに腹が立つ‥。
ちくしょう、と言い捨てて、亮はその辺に転がったゴミを蹴飛ばした。
苛立ちはおさまることなく亮を支配する。
胸騒ぎと危険を察知するシグナルが鳴っているのに、どうにも出来ない現実に亮は苛立っていた。
俯く彼を半月は照らし、秋の夜風はひんやりと亮の頬を撫でていく‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<既視感の尻尾>でした。
先輩のスーツ、高いんでしょうね‥。さすが仮にも社長だった雪父、スーツを見てその経済的余裕の尻尾を掴みました。
そして尻尾といえば、雪が香織のことを話した言葉から、亮の過去へと続いていく構成を「既視感の尻尾」と名づけてみました。
<単純と複雑>の記事にも「既視感の尻尾」という言葉を使ってみてます。また見てみて下さいね^^
次回は<抜け出した二人>です。
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雪の父親は淳を向かいの席に座らせ、あたかも面接官のように彼に質問する。
「‥それで‥君は雪の大学の先輩だって?」
雪の父は固い表情で彼の向かいに座っていた。まるで圧迫面接のようである。
しかしそんな雪の父を前にしても、淳は怯むこと無く安定の受け答えを見せる。
「はい。四年ですが、今はインターンに通っております」
尚も圧迫面接は続く。得も言われぬプレッシャーオーラが、父の背後から立ち込めるようだ。
「それじゃあ就活生なんだね?」 「はい」
「しかしこの時間にここまで来て‥どこに住んでいるんだ?」 「家は◯◯区にあります」
雪の父は遅い時間に約束も無しに現れた点をチクチクと突いたが、淳は平然と笑顔を浮かべていた。
そんな二人の様子を見て、蓮はクスクス笑い、雪の母は夫の態度に閉口、雪は顔中冷や汗垂れ流しだ。
「この時間に家族が皆揃っていることを知った上で、ここに来たのか?」
「はい。お店にいらっしゃることは存じ上げておりました」
堂々とした受け答えに、完璧とも言える笑顔。
雪の父親は、改めて彼のことを眺めてみた。
器量良し、敬語と振る舞い良し、加えて一流大学生だ。およそ欠点が見当たらない。
そして雪の父は、その身なりがとても良いことに気がついた。
どう見ても彼が着ているスーツは、高級ブランドで仕立てたものに見えた。袖口から覗く時計も高級そうだ。
加えて先ほどの会話を思い出し、雪の父は少し踏み込んだ質問をする。
「ところで家が◯◯区だって‥?ほぉ‥。
高級住宅街じゃないか。ご両親は経済的余裕がおありのようだね」
父のその言葉を聞いて、雪はギクッとし二人の間に入る。
「お、お父さんてば何聞いてんの~!先輩が緊張するじゃない!」
しかし父はまるで動じず、「ご両親が何をされてるか聞くくらい良いじゃないか」と雪に言い返した。
淳もまた平然と、「会社運営をしています」と何でも無いことのように答える。
「何の会社だ?」続けてそう質問する父に、淳は再び平然と自分の家が運営する企業名を答えた。
「Z企業です」
その瞬間、雪の父の時間が止まった。他三人の時間もだ。
白目を剥く母、まだ把握出来ない蓮、笑顔が固まる雪、そして目を見開く父‥。
誰もが耳にしたことのある超大企業。両親がそこを運営しているということがどういうことか、聞くだけ野暮である。
赤山家はそのまま暫く固まって、淳はそんな四人をニコニコと眺めていたのだった‥。
「あ~!ちっくしょう!」
一方河村亮は、未だ苛立ちを抑えきれずその場にうずくまっていた。
グルグルと色々なことを考える中で、浮かんで来たのは先ほど雪が口にした言葉だった。
それで‥その子が何で私の真似をしたかを考えてみると‥
続いて浮かんで来たのは、雪とは全く関係のない場所の記憶だった。
長い廊下を全速力で駆けて行く映像。足がもつれそうになりながら、必死に先を目指したあの記憶。
吹き出す汗もそのままに、亮はゼェゼェと息を切らしそこに到着した。
身体は熱いはずなのに、背中の方からゾクゾクと寒気がした。
そしてそこで目にしたのは、それまで見たことのない幼馴染みの姿だった。
人目のある場所だというのに彼は項垂れ、その場で沈黙していた。
そしてその時目にしたあの眼差しを、亮は生涯忘れることは出来ないだろう。
あの形容しがたい恐ろしさを秘めた、あの瞳‥。長年一緒に居て、初めて目にしたあの怒り‥。
暗く烈しい炎のような目つきに射竦められ、亮は言葉に詰まった。
「い、いや‥オレはただ‥どうして‥」
そこで記憶は切れた。
そして再び、先ほど雪の口にした言葉が鼓膜の奥から聞こえてくる。
理由は分からないけど、私のことがうらやましくて、それで真似し出して‥
その言葉が記憶の海から掬い出したのは、自分をじっと見つめるあの視線だった。
心に引っかかっていた既視感の尻尾が、沈んでいた暗い過去をズルズルと引き摺り出す。
でも完全に同じになるなんて有り得なくて‥だから結局焦り出して‥
あの手の人間は、一見地味な見かけをしている。しかし一度火がつくと、狂ったように燃える恐ろしい性質を持つ。
亮はあの時感じた痛みと絶望が、再びフラッシュバックするような感覚に襲われた。
心の中で警鐘が鳴っている。雪は今危険な状態にある‥。
そして昼間目にした、姉の暴行が脳裏に浮かんだ。
好き勝手暴れながら、静香は笑っていた。そのサングラスの奥でどんな目をしているか、亮には分かる気がした。
その指全部へし折ってやるから
高校の時亮に向かってキレた静香は、彼を殴った後馬乗りになってそう言った。
あの時至近距離で見つめられた、狂ったようなあの目つき‥。
あの狂気がいつか雪に向けられるかもしれないと、亮は今リアルに想像出来てしまっていた。
飛び散る血痕のイメージが、雪の横顔を赤く染め変える‥。
ハッ、と亮はそこでようやく正気に返った。
自身の左手を、改めて眺めてみる。
思うように力の入らない左手。へし折られたこの指‥。雪にもこんな災難が降りかかるとでも言うのか?
亮の脳裏に、気安く接する雪の姿が思い浮かぶ‥。
亮はバッと顔を上げ、遠くに灯る店の明かりに視線を送った。
そこには赤山家の四人と、一際背の高いアイツのシルエットが見える。
そのスペックと明晰さで、いつもアイツはあの位置だ。
本心は霧の中であっても、常に人の輪の中心に君臨する。
見慣れたその疎ましい背中を、亮は改めて眺めてまた苛立った。
自分の彼女への忠告だというのに耳も貸さなかった、その無情さに腹が立つ‥。
ちくしょう、と言い捨てて、亮はその辺に転がったゴミを蹴飛ばした。
苛立ちはおさまることなく亮を支配する。
胸騒ぎと危険を察知するシグナルが鳴っているのに、どうにも出来ない現実に亮は苛立っていた。
俯く彼を半月は照らし、秋の夜風はひんやりと亮の頬を撫でていく‥。
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<既視感の尻尾>でした。
先輩のスーツ、高いんでしょうね‥。さすが仮にも社長だった雪父、スーツを見てその経済的余裕の尻尾を掴みました。
そして尻尾といえば、雪が香織のことを話した言葉から、亮の過去へと続いていく構成を「既視感の尻尾」と名づけてみました。
<単純と複雑>の記事にも「既視感の尻尾」という言葉を使ってみてます。また見てみて下さいね^^
次回は<抜け出した二人>です。
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