Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

既視感の尻尾

2014-04-25 01:00:00 | 雪3年3部(太一への陰謀~甘い記憶)
先ほどまでの和やかな雰囲気から一変、店内は妙な緊張感で張り詰めていた。

雪の父親は淳を向かいの席に座らせ、あたかも面接官のように彼に質問する。

「‥それで‥君は雪の大学の先輩だって?」



雪の父は固い表情で彼の向かいに座っていた。まるで圧迫面接のようである。

しかしそんな雪の父を前にしても、淳は怯むこと無く安定の受け答えを見せる。

「はい。四年ですが、今はインターンに通っております」



尚も圧迫面接は続く。得も言われぬプレッシャーオーラが、父の背後から立ち込めるようだ。

「それじゃあ就活生なんだね?」 「はい」

「しかしこの時間にここまで来て‥どこに住んでいるんだ?」 「家は◯◯区にあります」



雪の父は遅い時間に約束も無しに現れた点をチクチクと突いたが、淳は平然と笑顔を浮かべていた。

そんな二人の様子を見て、蓮はクスクス笑い、雪の母は夫の態度に閉口、雪は顔中冷や汗垂れ流しだ。

「この時間に家族が皆揃っていることを知った上で、ここに来たのか?」

「はい。お店にいらっしゃることは存じ上げておりました」



堂々とした受け答えに、完璧とも言える笑顔。

雪の父親は、改めて彼のことを眺めてみた。



器量良し、敬語と振る舞い良し、加えて一流大学生だ。およそ欠点が見当たらない。

そして雪の父は、その身なりがとても良いことに気がついた。



どう見ても彼が着ているスーツは、高級ブランドで仕立てたものに見えた。袖口から覗く時計も高級そうだ。

加えて先ほどの会話を思い出し、雪の父は少し踏み込んだ質問をする。

「ところで家が◯◯区だって‥?ほぉ‥。

高級住宅街じゃないか。ご両親は経済的余裕がおありのようだね」




父のその言葉を聞いて、雪はギクッとし二人の間に入る。

「お、お父さんてば何聞いてんの~!先輩が緊張するじゃない!」



しかし父はまるで動じず、「ご両親が何をされてるか聞くくらい良いじゃないか」と雪に言い返した。

淳もまた平然と、「会社運営をしています」と何でも無いことのように答える。

「何の会社だ?」続けてそう質問する父に、淳は再び平然と自分の家が運営する企業名を答えた。

「Z企業です」



その瞬間、雪の父の時間が止まった。他三人の時間もだ。

白目を剥く母、まだ把握出来ない蓮、笑顔が固まる雪、そして目を見開く父‥。



誰もが耳にしたことのある超大企業。両親がそこを運営しているということがどういうことか、聞くだけ野暮である。

赤山家はそのまま暫く固まって、淳はそんな四人をニコニコと眺めていたのだった‥。





「あ~!ちっくしょう!」



一方河村亮は、未だ苛立ちを抑えきれずその場にうずくまっていた。

グルグルと色々なことを考える中で、浮かんで来たのは先ほど雪が口にした言葉だった。

それで‥その子が何で私の真似をしたかを考えてみると‥



続いて浮かんで来たのは、雪とは全く関係のない場所の記憶だった。

長い廊下を全速力で駆けて行く映像。足がもつれそうになりながら、必死に先を目指したあの記憶。



吹き出す汗もそのままに、亮はゼェゼェと息を切らしそこに到着した。

身体は熱いはずなのに、背中の方からゾクゾクと寒気がした。



そしてそこで目にしたのは、それまで見たことのない幼馴染みの姿だった。

人目のある場所だというのに彼は項垂れ、その場で沈黙していた。



そしてその時目にしたあの眼差しを、亮は生涯忘れることは出来ないだろう。

あの形容しがたい恐ろしさを秘めた、あの瞳‥。長年一緒に居て、初めて目にしたあの怒り‥。



暗く烈しい炎のような目つきに射竦められ、亮は言葉に詰まった。

「い、いや‥オレはただ‥どうして‥」



そこで記憶は切れた。

そして再び、先ほど雪の口にした言葉が鼓膜の奥から聞こえてくる。

理由は分からないけど、私のことがうらやましくて、それで真似し出して‥



その言葉が記憶の海から掬い出したのは、自分をじっと見つめるあの視線だった。

心に引っかかっていた既視感の尻尾が、沈んでいた暗い過去をズルズルと引き摺り出す。

 

でも完全に同じになるなんて有り得なくて‥だから結局焦り出して‥



あの手の人間は、一見地味な見かけをしている。しかし一度火がつくと、狂ったように燃える恐ろしい性質を持つ。

亮はあの時感じた痛みと絶望が、再びフラッシュバックするような感覚に襲われた。

心の中で警鐘が鳴っている。雪は今危険な状態にある‥。



そして昼間目にした、姉の暴行が脳裏に浮かんだ。

好き勝手暴れながら、静香は笑っていた。そのサングラスの奥でどんな目をしているか、亮には分かる気がした。

その指全部へし折ってやるから



高校の時亮に向かってキレた静香は、彼を殴った後馬乗りになってそう言った。

あの時至近距離で見つめられた、狂ったようなあの目つき‥。



あの狂気がいつか雪に向けられるかもしれないと、亮は今リアルに想像出来てしまっていた。

飛び散る血痕のイメージが、雪の横顔を赤く染め変える‥。








ハッ、と亮はそこでようやく正気に返った。

自身の左手を、改めて眺めてみる。



思うように力の入らない左手。へし折られたこの指‥。雪にもこんな災難が降りかかるとでも言うのか?

亮の脳裏に、気安く接する雪の姿が思い浮かぶ‥。



亮はバッと顔を上げ、遠くに灯る店の明かりに視線を送った。

そこには赤山家の四人と、一際背の高いアイツのシルエットが見える。



そのスペックと明晰さで、いつもアイツはあの位置だ。

本心は霧の中であっても、常に人の輪の中心に君臨する。



見慣れたその疎ましい背中を、亮は改めて眺めてまた苛立った。

自分の彼女への忠告だというのに耳も貸さなかった、その無情さに腹が立つ‥。



ちくしょう、と言い捨てて、亮はその辺に転がったゴミを蹴飛ばした。

苛立ちはおさまることなく亮を支配する。



胸騒ぎと危険を察知するシグナルが鳴っているのに、どうにも出来ない現実に亮は苛立っていた。

俯く彼を半月は照らし、秋の夜風はひんやりと亮の頬を撫でていく‥。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<既視感の尻尾>でした。

先輩のスーツ、高いんでしょうね‥。さすが仮にも社長だった雪父、スーツを見てその経済的余裕の尻尾を掴みました。

そして尻尾といえば、雪が香織のことを話した言葉から、亮の過去へと続いていく構成を「既視感の尻尾」と名づけてみました。

<単純と複雑>の記事にも「既視感の尻尾」という言葉を使ってみてます。また見てみて下さいね^^


次回は<抜け出した二人>です。

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伝わらない訴え

2014-04-24 01:00:00 | 雪3年3部(太一への陰謀~甘い記憶)


ネオンの光がぼんやりと映る秋の夜空のその先に、半月が浮かんでいた。

しかし彼らは空など見上げることもなく駆け足で外に出ると、店の裏にて立ち止まった。

「何だ、突然」



淳はそう言って掴まれていた腕を振り払った。亮はその場でハァハァと息を切らす。

「おいっ!」



そしていきなり顔を上げたかと思うと、大音量で声を上げた。思わず淳はビクッとなる。

「マジでヤベーんだよ!テメーの女がヤベーことになるかもしんねーんだ!」



亮はキョロキョロと辺りを見回しながら、静香に見られてはしないだろうかと警戒した。

しかしそうとは知らない淳は、呑気なものである。

「何の話だ?」



そんな淳の様子に亮は焦れ、もどかしそうに身振り手振りで忠告を続けた。

「お前が静香を追い出したからこの街に引っ越してきたんじゃねーか!

アイツ、お前に女居ること知ってたぞ?!」




「それで?」と淳は両手をスーツのポケットに突っ込んだまま、続きを促した。

冷静な淳の態度に、亮は少し気持ちを落ち着けて言葉を続ける。

「お前がここを行き来するのをアイツが見でもすりゃ‥マ、マジで危険だ!」



最悪のシナリオを想定し、一人頭を抱える亮。しかし淳はそんな亮につられず、やはり冷静だ。

「一体何が?」



亮の言う”危険”が何に対するものなのか図りかね、淳は段々と顔を顰めていく。

伝わらない訴えに焦れた亮は、ついに大声で彼女のアダ名を叫んだ。

「ダメージヘアーのことだってばよ!」



亮は必死になって、その危険性を訴えた。昼間見た静香の暴力性を、あの常軌を逸した視線を思い出して。

「アイツがダメージをこのまま黙って見てると思うか?!分かんねーのかよ!

つかオレの言うことは聞けねーってのか?!」




しかし亮がいくら言っても、淳は顔色一つ変えない。

「静香がまともな精神状態ならば、そんなことあるわけがない」と平然としている。亮は焦れ、言い返した。

「だからアイツはまともじゃねーんだって!!お前が高校の時だって、

お前の彼女のことアイツが黙って見てたか?!それとなく嫌がらせしてたじゃねーかよ!」




亮の怒号がしんとした路地裏に響く。しかし淳は、尚も冷静且つ平然と返すだけだ。

「さぁな。けどそこまではしないだろ」



亮は、自分の忠告をまるで聞き入れない淳に対して苛立った。

「このヤロ‥人が良かれと思って忠告してやってんのに‥!」



しかし淳は、その亮の物言いが気に障った。痛む頭を抱えるような仕草で、苛立ちを露わにする。

「それじゃお前がここから離れろよ。お前がこの近所に住んでることが問題なんだろ?

お前の元に静香が来たんだから。そんなことまで俺のせいにしないでくれ」




そう言ったきり、淳は亮と目も合わせようとしなかった。

そして亮はそんな淳を前にしてどこかピントのズレを感じ、言葉を紡げない‥。



するとそんな二人の元に、ひょっこりと雪が現れた。

「まーたケンカ?!」



後ろから急に彼女の声を聞いた亮は驚いた後、むっつりと黙り込んだ。

淳がニッコリと微笑んで彼女の名を呼ぶ。

「雪ちゃん」



二人の醸し出すただならぬ雰囲気を感じて、雪はジッと二人を睨み見つめつづけた。

”ケンカカッコワルイ”、無言のプレッシャーである。



そして二人は”ケンカシテナイヨ”のメッセージをそれぞれジェスチャーで送った。

ホールドアップしておちゃらける亮と、目をクリクリさせて首を横に振る淳‥。



そのコミカルな動きに、雪からのプレッシャーも少し削がれた。

そして若干気まずそうな様子で、ここに来た理由を淳に向かって口にする。

「‥あの、家族に紹介しますので‥ちょっと‥」



そう言って雪は店の方を指差した。

「分かった、行こう」と言って、淳は亮に背を向ける。



そしてそのまま二人は肩を並べて、店の方へと歩いて行った。



親しげに会話する二人の後ろ姿を見ながら、亮は怒りが込み上げてくるのを感じる。

は?!んだよアレ!全部オレのせいにしやがって、

ダメージが無事かどうかなんて気にも留めねぇってのか?!




焼けるような視線の先には、あの疎ましい後ろ姿。

無慈悲な振る舞いをしておきながら平然と彼女の隣を歩く、あの厚かましい男。

呆れた奴だぜ‥!自分の彼女が危ないって聞いても驚きもしねーのかよ‥!



自分の忠告を聞き入れない淳の態度にも苛立った亮だが、何よりも憤りを感じたのは、

淳が彼女に迫る危険を無視したという、その事実だった。

ダメージのこと、一体何だと思ってんだ‥!



亮の心の中で、怒りの炎がメラメラと燃えていた。

伝わらなかった彼の訴えは燻り続け、心の中が熱い灰で覆われていくようだ。

そしてその中心には彼女が居た。真面目で誠実で、でもどこか放っておけない存在の、赤山雪がー‥。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


<伝わらない訴え>でした。

この回で一番好きなコマ↓笑



かわいい二人‥^^


そして内容についてですが、今回も淳の子供っぽい一面が出ちゃいましたねぇ。

あの先輩の態度は、亮から雪の話が出たことや、忠告されたことに拗ねちゃった、という印象です。

最終的には「あっち行って」とつっぱねる子供のようでしたね。でもこれが彼の本性なのでしょう‥。


亮も静香が大学まで行った事実を話せばよかったですが、抽象的な話だった分その危険性が伝わりませんでした。

うーん‥もどかしいですね。


次回は<既視感の尻尾>です。

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温かな風景

2014-04-23 01:00:00 | 雪3年3部(太一への陰謀~甘い記憶)
「ぅあ~~~~!」



蓮は身体を大きく伸ばし、腹の底から声を出した。ようやく業務が終わったのだ。

「ちょい休憩~!」「ちょっと!もうちょい頑張んな!」



しかし店の営業時間は終わったが、後片付けや掃除などはまだ残っていた。早くも座り込む蓮に雪の喝が飛ぶ。

すると突然、亮が雪に話しかけて来た。

「あ、ところでよぉ。お前って好きな曲とかって何かある?」



好きな曲?と雪がオウム返しをすると、亮は「クラシックとかで」と追って質問を続けた。

クラシック‥?



その唐突な質問に、雪は暫し手を止めて考え込んだ。

その後方では休んでいた蓮の頭を亮がつかみ、何やらジャレついている。

「うーん‥くるみ割り人形とか?タリラリラリラリラ~♪ってやつ‥」

「そういうんじゃなくて!ピアノの曲!」 「ピアノ?」



亮からの質問に、雪は暫し考え込んだ。いつもはミュージックプレイヤーでポップスを聽くことが趣味な雪だが、

クラシック‥しかもピアノ曲となれば多くは知らなかった。それでも、知っている中で好きな曲を上げてみる。

「あ、イルマの"Maybe"とか!」



ようやく出た雪の好きなピアノ曲だが、亮はそれを知らなかった。

クラシック一本でやってきた亮は、ポップス寄りジャンルのピアノ曲には疎かったのだ。

「そうじゃなくてベートーベンとかショパンとかよぉ、馴染みのあるやつがあんだろーが!知らねーのか?!」



だんだんと口調が荒くなっていく亮に、雪は困り顔だ。そしてそんな二人の会話を聞きながら、蓮は一人呟く。

「俺‥ハウスミュージック‥」



蓮が好きなのは、クラブでかかっているようなハウス音楽だ。

そしてそんな曲を聞きながらならば、大変な仕事も楽しくなるかもしれない、と蓮は思う。

「母さ~ん!うちの店もラジオかけよーよ!」 「はぁ?やっかましいじゃないの」

「社長~!クラシックはどうっすか~?」 「いやお前‥麺食べながらクラシック聴きたいか?」

 

気がつけば各々が好きなことをしゃべり、何も気を遣わず会話していた。

そして雪は気づいたのだ。ここ最近感じていた、家族間のギスギスが無くなっていることに。



雪はそんな雰囲気の中に居る皆を、一人ぼんやりと眺めてみた。

もうお客さんは居ないのに、何だかかえって騒がしく感じるほどだ。

こんな風に皆が集まってワイワイするのなんて、一体いつぶりだろう‥。




両親に挟まれ、いつも気詰まりだった自分。父の期待に応え母を安心させるべきだと、いつも気を張っていた自分‥。

そんなだった自分が、今何も気にせずそんな温かな風景を見ていることが、雪はなんだか嬉しかった。

とにかく‥あの二人が来てくれて‥



それはやはり、蓮と亮のお陰に他ならないと雪は感じていた。なんだか心が温かく、雪は自然と笑顔になった。

人の性質として陰と陽があるならば、二人は間違いなく陽だ。理解出来ないこともあるけれど、

自分が持ち得ないものを自然と差し出す二人の前に居ると、雪は気が楽になるように感じる‥。





すると閉店したはずの時間にもかかわらず、店のドアが開いた。



皆がそこに視線を送る中、入って来たのは彼だった。

青田淳である。



雪は、突然の彼の登場に目を剥いた。

「えっ?」



雪の姿を認めた彼は、ニコリと嬉しそうに微笑む。

「雪ちゃん!やっぱりここだった」



そう言って淳はニコニコしながら店に入って来た。雪は驚き、亮は見るからに顔を顰める。

「せ、先輩!」 「!!」 「電話繋がらないから、仕事してるんじゃないかなと思って」



そう言って淳は微笑んだ。

彼の登場により、赤山家+亮に激震が走る。蓮と母は歓迎ムード、父は初めて見る淳に懐疑的な表情だ。

「おまっ‥お、お、お前‥!」



そして亮は不意に現れた淳に目を剥いて驚いていた。雪が父親に淳を紹介しようと着席を促そうとした瞬間、

亮は淳の腕を取って猛ダッシュで外へ出た。

「テメーちょっとこっち来い!」



取り残された赤山家は、そのままその場で固まった。

家族四人は沈黙したまま、嵐のように去って行った二人の残像を追う。



ふと、困惑中の父親が蓮に尋ねた。

「‥で、アレ誰だ?」 「だーから姉ちゃんの彼氏!」



明るくそう言った蓮の言葉に、父親は眉を寄せて絶句した。

なにっ



そして入り口の方へともう一度視線を流したが、亮と娘の彼氏はどこかへ行ってしまったままだ。

どこか不機嫌な父はそのまま店の中にて、その対面の時まで暫し待つことになった‥。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<温かな風景>でした。

雪ちゃんが適当に(?)好きだと言った、チャイコフスキーの「くるみ割り人形」



そしてその後、本心で(?)好きだと言った、イルマの「Maybe」



すごく良い曲ですね~^^他の曲もすごくステキ!脳内プロモが出来上がりそうです。


そして当然のように家族の一員になっている亮さんが素敵な回でしたね。

何の不自然もなくその場に溶け込めるのは、彼の気がついてない彼の長所でしょう。同じく”陽”の蓮も然り。

そしてそんな中で現れましたね、”陰”の彼が‥笑


次回は<伝わらない訴え>です。


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単純と複雑

2014-04-22 01:00:00 | 雪3年3部(太一への陰謀~甘い記憶)


ひっきりなしだった客足も、夜が更けるにつきだんだんとまばらになっていった。

激務の果てにようやく休憩をもらえた雪は、店の裏にて一息つく。



壁に凭れ掛かりながら、雪は自身の疲れを感じて息を吐いた。

疲れた‥今日は一日中‥



昼間耳にした清水香織の号泣が、今も鼓膜の奥にこびりついている。

それだけでも気が滅入るのに、図書館バイトに店の手伝いに‥。

振り返ってみると、今日は一日中何かに振り回されっぱなしだった‥。

「おい、ダメージ!」



すると不意に声を掛けられ、振り向くと亮が居た。

何度か咳払いをしながら、何かを窺うような仕草でこちらに近づいてくる。



亮のその様子はどこか不自然で、

雪は「何ですか?」と不思議に思いながら彼に問う。



亮は相変わらずの咳払いと共に、目を逸らしながら雪に尋ねた。

「いや‥何か変わったことはねぇか?」



突然の亮の質問に、雪は首を傾げながら「いきなり何ですか?」と再び聞く。

亮はやはり言葉を濁しながら、

「いや‥ホラ大学とかでよ‥」とチビチビ切り出した。



亮は昼間目にした、静香が困らせていた相手が本当に雪だったのか、未だ確証が持てずにいた。

まどろっこしい表現でそう口にする亮の言葉に、雪はそのままの意味で返答する。

「そりゃあ大学に通ってる以上色々ありますって。それに復学してからは変なことばっかり‥」



雪の言葉に、亮はいよいよ静香とのことが出てくるかと思って少し身を固くした。

しかし続けて雪が口にしたのは、予想外な言葉だった。

「今日も同じ科の同期とつまんないことで喧嘩になって‥」



「同期?喧嘩?」と亮が意外そうに口にする。そして”喧嘩”に反応しては、面白そうに反応する。

「いや~ダメージ~!お前が喧嘩するなんてな~!あ、でも前もパンチしてんの見たっけな!

これからは喧嘩ん時はまず鼻っ柱を一発‥」
「もう!変なこと言わないで下さいよ!」



思わず拳を固める血の気の多い亮を、雪がたしなめる。

とにかく、と言って雪は話を続けた。

「その子が突然私の真似をし始めたので‥いやそれはさておき‥

私の持っていた物をその子が持って行ったのが一番大きな問題で‥」


 

天を仰いでは俯き、口を開けては歯噛みして‥。

雪はくさくさする自分の心と向き合いながら、清水香織とのことを口にした。

「それを問い詰めると突然泣き出して‥私が事を急いじゃったってのもあるんですが‥」

「はぁ?何で?わけわかんね」「ですよね?!」



事情を深く追及してこない亮だが、かいつまんだ雪の説明に素直な感想を口にした。

それに同意した雪は息を吐き、ネオンの光で遠くかすんだ空を見上げる。



盲目的な怒りが引っ込んだら、冷えた頭は冷静に今の状況を分析出来るようになってきた。

雪は俯き静かな口調で、自分の気持ちを口にする。

「‥だけど冷静になって考えてみると、ただ単純に腹を立てるのも‥何だか複雑な気持ちで‥」



丁寧に自分の気持ちをなぞる雪だが、亮はそんな彼女の言葉に首を傾げた。

「あ?どゆこと?何で複雑なんだ?」



単純か複雑か、静か動か、勝ちか負けか。

そんなパッキリした価値観を持つ亮は、雪に向かって拳を固めて笑みを浮かべた。

「んで、負けたのか?負けたからだろ?おいソイツ連れて来い。オレがぶっ飛ばしてやんよ!」



呆れるくらい単純な亮の考え方に、雪は少し引き気味だ。

「はぁ?!何で喧嘩したか分かってます?!」



そんな雪の問いにも「喧嘩に理由なんて無い」と言って、亮は両手を腰に当てふん反り返る。

「一発食らったら二発返す!強い方が勝つんだからよ!」



亮は拳を握ったまま、昔の武勇伝を語り出した。

「オレが高校生ん時も変な奴が絡んで来てよぉ。理由?知るかってんだ!

ムカついたから喧嘩したんだっつーの。とりあえずお前はそのムカつく奴連れて来いっ!」




ニヤリと笑いながらそう語る亮に、「変なこと言わないで下さいよ」と言って雪は息を吐く。

しかし亮は全く変なこととは思っていないようだ。



「塾でだってお前のこと助けてやったの覚えてんだろ?正直マジイケてただろーがよ!」



雪は微笑みながら、ブツブツ言い返してくる亮の話を聞いていた。

口にすることは乱暴な亮だが、その心根は温かいことをもう雪は知っていた。

出会ってからこれまで、数え切れないほど彼に助けてもらった‥。

  

そして亮にとっても雪は、どこか放っておけない存在だ。真面目で誠実、けれど不器用でいつも損を見る彼女に、

気がついたら手を差し伸べている‥。




亮は雪に目を落としながら、呆れたような口調で話を続けた。

「お前があんまりにもマヌケだから、大学でもそうやってヤられんだよ!ったく!」



雪は少し自嘲するような、諦めたような微笑みを浮かべた。

そしてやはり丁寧に、客観視した事実を口にする。

「それで‥その子が何で私の真似をしたかを考えてみると‥」



雪の脳裏に、両親と蓮が共に居る場面が思い浮かんだ。

「まるで私みたいに‥愛嬌も積極性も無い私が、蓮みたいになりたいって思ってるように‥」



「あの子もそうなんじゃないかって‥」



自分には持ち得ないものを持っている人への羨望。灼けつくような劣等感。望む者になれない自分へのもどかしさ。

雪の脳裏に、去年までの清水香織の姿が浮かぶ。自信の無さそうな、俯いたその表情が。

「理由は分からないけど、私のことがうらやましくて、それで真似し出して‥、

でも完全に同じになるなんて有り得なくて‥だから結局焦り出して‥」




いつも下を向いて、リュックの持ち手を握り締めていた。その存在を忘れるくらい、地味で目立たなかった。

そこから今の彼女になるまで、どのくらいの葛藤や劣等感と向き合って来たのだろう‥。

雪はそれを考えると、彼女にどこか同情せずにはいられないのだった。

「まぁ‥別の見方をすれば‥向上心があるだけ私よりマシですね‥ハハ‥」



そう力なく笑う雪を前にして、亮は心に小さな刺が刺さるような感覚になった。

雪の言っているようなことを、どこかで見知ったような既視感‥。



亮はそのままじっと雪のことを見つめていたが、それがどういった類のものでいつ味わったものなのか、

正確な答えは導き出せなかった。思い出そうとすればするほど、既視感の尻尾はスルスルと逃げていく。

二人は、その場で暫く黙り込んだ。



そしていつしか亮の拳は緩み、その手は力なくブランと垂れ下がっていた。

喧嘩の必勝法なら伝授出来るが、こういった問題にはお手上げだ。

「そういうことなら‥」



「オレも分かんねーよ。何が勝ちなのか」



亮はそう言うと、雪に背を向けて去って行った。

道端に転がった空き缶を蹴って、俯きながら店へ戻って行く。



雪はそんな亮の背中を見ながら、彼の言葉の意味を考えていた。

きっと亮が言うように、香織のことに関しては勝ちや負けなどという結論では、おそらく解決しないのだ‥。



そして雪も暫くして、亮の後を追って店へ戻って行った。

営業時間もあと少し、雪はエプロンの紐を締め直して残りの仕事に励む‥。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<単純と複雑>でした。

雪ちゃんが亮に心を開いているのが、すごく現れた回でしたね~^^

先輩との電話では忙しい彼を気にして語れない雪も、亮に対しては自分の気持ちを素直に口に出来るんだなぁ。。

こういう関係っていいですね~^^

次回は<温かな風景>です。

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それぞれの心配事

2014-04-21 01:00:00 | 雪3年3部(太一への陰謀~甘い記憶)
「雪!5番テーブル注文行って!」 「はい~!」



その日の夜。雪の実家の宴麺屋はその客足の多さにてんてこ舞いであった。

雪は昼間図書館でアルバイトをしてきたというのに、夜もそんな状態の店を手伝わなければならず、

一日中仕事に追われている気分だった。

蓮は「店が繁盛して嬉しいだろ」と雪に向かってお気楽調子だ。



そしてコマネズミのように忙しく立ち働く雪の姿を、

河村亮は一人じっと眺めていた。



昼間目にした静香と彼女の姿が、亮の意識を囚えて離さない。

あれは本当に雪だったのか?それとも‥。




「何ですか?」



そんな亮の視線を捕らえて、雪が不思議そうな顔をした。

亮は突然振り返った雪に面食らいながら、決まり悪そうに言い返す。

「い‥いや、さっさと行けさっさと!分かったかっ!」



何なんですか、と言って雪は顔を顰めて行ってしまった。

亮は自分でもどうしたら良いのか分からず、そんな自分がもどかしくて堪らない‥。









テーブルを拭きながら、雪は深く息を吐いた。

さすがに疲れた、そう感じた時だった。



ふと顔を上げて母親に目をやると、母は自分以上に疲れているように見えた。

雪は首の後ろに手をやりながら(気まずさを感じた時の彼女の癖だ)母に聞いた。

「お‥お父さんは?」



知らないわ、と母が答えた時だった。入り口から父が入って来た。

「お?早かったんだな」 「はい‥」



父は珍しく早い時間に店を手伝っている娘に目を留め、声を掛けた。母は父の方を見ようともしない。

雪は母の方に向き直り、依然として溜息混じりに仕事をする母に話しかける。

「お母さん、どこか調子悪いの?」



そう聞いてくる娘に、「更年期でね」と母は力なく言った。疲れた声で話を続ける。

「体がしんどいから、せめて心の方は気楽に構えていたいんだけど‥。

アレはアメリカに戻る気はあるのか、何か他に考えがあるのか‥」




そう言ってギッと蓮を睨む母だったが、蓮はヘラヘラと笑いながらいつものおちゃらけを発揮した。

「このこの~!唯一の一人息子が出てっちゃってもいいのぉ~?」



ウリウリと母を肘で小突く蓮の姿を、父親はじっと遠目に眺めていた。

妻、長女、長男‥。家族の長として、父は家族を前にして思うところがあった。



父は暫し家族の姿を眺めた後、まず初めに雪に向かって声を掛けた。

「雪、お母さん最近疲れてるようだから、お前が気にかけてやんなさい」



雪は突然父から言葉を掛けられたじろいだが、そのまま素直に頷いた。

父は一つ深く息を吐くと、雪の肩に手を置く。

 

ズシッと、雪は自分の肩が沈むのを感じた。

長女としての務め、信頼、その優秀さへの期待‥。肩に宿るのは、父が自分に望むもの達だ。



雪が父の背中を見つめていると、続けて父は蓮に向かって小言を口にし始めた。

「蓮、お前このまま誤魔化しつつ大学辞めるつもりじゃないだろうな?

お前に一体いくら使ったか分かってるのか?」




ゴツン、と父の拳が蓮の頭に炸裂する。蓮は頭を押さえながらも、人懐っこい笑みで父と腕を組んだ。

「分かってますって赤山社長!俺も社長のようになるために、ビッグドリームを追ってますので!

心配ご無用~でございマスッ!」




蓮はいつもの調子の良さで、父からの小言を切り返した。

両手を広げながらニコニコと、明るい笑顔を浮かべている。



父は一つ息を吐くと、軽く小さな舌打ちをした。

蓮は心配の絶えない長男だが、どこか憎み切れない可愛さがあった。



父は蓮の頭に手を置きながら、長男の心得を口にする。

「しっかりするんだぞ。お前がこの先雪と母さんの面倒を見ていくんだからな」



蓮は父親からの説教にも、イエッサー!とおどけて口にし笑顔を浮かべた。

蓮の頭に置かれた父の手が、ふわりと軽く離れていく。

「あ~!髪セットしたのに台無しぃ~!」



相変わらずの蓮の調子に、父も母も苦笑いだ。明るい笑い声が店に響く。

そして雪は、未だに肩に残る重さを感じながら、その様子をじっと見つめていた。



いつだって蓮は自分には持ち得ないもの達を天性の性質で持ち、それを両親に与え、自分が貰えないものを貰う。

父の柔らかな手つきが、残像となって雪の瞼の裏に残った。



しかし彼女は気づいていない。自分には持ち得ないものを持っている蓮が、雪が持っているものは持っていないということを。

けれどそんなことに思い至る前に、またすぐに雪は客に呼ばれ、テーブルへと走って行った‥。


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<それぞれの心配事>でした。

雪ちゃん‥おつかれさまです。一日が長すぎる‥(読者にとっても)


次回は<単純と複雑>です。


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