「な‥」
亮は、言葉を続けることが出来なかった。
先程、厳しい眼差しでこちらを見据えながら、会長に言われた言葉が蘇る。
「自分のすべきことを頑張っている淳と、殴り合わなきゃいけなかったのか?」
いくら見つめても、その瞳の中に自分への温情を探すことは出来なかった。
心の奥底から漏れ出した気持ちが、行き場を失って胸を濡らす。
亮はぐっと拳を握り締めて、無意識に己を立て直した。
「な‥何のことっすか?あのヤロ‥いや、アイツが全部話したんすか?
ハッ!アイツ‥言わねえって言っといて何‥」
「敢えて聞かなくても分かるさ。お前達二人を見れば分かる」
微かに震える亮。けれど会長の説教は止まらなかった。
「一体何が問題なのかがな。私はお前達が自分の道を歩むことが出来るように、
最善のサポートを全て行って来たはずだ。違うか?」
「なのに静香もお前も、事あるごとに拒否して反発して、
いつも淳の周りをつきまとい、あの子を恨むばかりだ。私はー‥」
会長は一呼吸置いた後、亮を見据えてこう言った。
「お前達が残念でならない。失望している」
会長の瞳の中に浮かぶ侮蔑の色。亮には顔を上げなくても見える気がした。
昨日散々殴り合ったあの男と、おそらく同じ眼差しをしているからー‥。
ぐっと歯を食い縛る亮。怒りに震えながら口を開く。
「会長‥オレがどうして淳の野郎を嫌いなのか‥本当に分からなくて聞いてるんすか?」
亮からのその問いに、会長は「無論分かっているさ」と答えると、逆に亮に問い返した。
「けど本当に嫌いなだけか?
お前達は本当に一度も、」
「淳に対して感謝の気持ちを抱いたことはないのか?」
「‥‥‥」
そう問われても、亮には何も言えなかった。
会長は言葉を続ける。
「兄弟でもないのにお前達を受け入れて、終始気を使っていたのは淳だ。
今回の件でも、殴られたことを訴えもせず我慢したのも」
「はぁ?!オレも同じくらい殴られましたけど?!」
「お前達は私にも、そして淳にも、少しも感謝の気持ちを示さない」
亮の抗議は、会長に届かなかった。
彼は彼の息子と同じように、どこか疲れた顔で最後にこう言った。
「もう疲れたよ。私も」
心の奥が、再び凍っていく。
それきり自分の方を見ようともしない会長を前に、亮は茫然自失し、ただその場に立ち尽くした。
いつか”本当の家族”になれるかもしれないと、そんな甘い夢を見ていた高校時代の自分。
あの頃の自分はもうとっくに、この家の通用門を通って外に飛び出してしまった。
残っているのは、正門から入って来た招かねざる客の自分。
自分を見据える今の会長には、あの頃の温かな面影など、もう微塵も感じることは出来なかった‥。
やがて亮は、閉ざしていた重い口を開けた。その声は掠れている。
「‥分かってましたよ。結局アンタは、オレたちのこと哀れんで見下してただけってこと‥」
人と人との関係は、与える者と与えられる者に分かれた時点で、対等ではなくなる。
言うまでもなく本当の家族ならば、そんな区別など存在しないのに。
「自分の子供のように思っているって?自分のことは親のように思ってくれって?」
「違うだろ‥アンタがオレらに対してしてたことは、全部淳の為だったじゃねぇか。
いくら理性的なフリしてたって、結局は自分のガキだけ庇うー‥」
「そんな親だよ、アンタは」
そんな区別など気づきもしなかった、無邪気だった自分が脳裏に浮かぶ。
「今となっちゃ恥ずかしいけど、あん時はバカ正直にそれをそのまま受け入れてた」
「救いようの無いバカみてぇに喜んで‥」
言葉にすればするほど、心はささくれ、哀れな自分が浮き彫りになる。
思い出せば思い出す程、あの頃の無邪気な笑顔が滑稽に感じる。
亮は溜息とも諦めともつかぬ息を吐き出した。
「は‥」
俯くと、長い前髪が目のあたりを隠す影を作った。
亮は顔を上げぬまま、消え入りそうな声でポツリと呟く。
「初めから同じ立場の人間として扱われもしてなかったのに‥
オレ一人で‥」
感情が胸を塞ぎ、やりきれない気持ちで充満した。
亮は両手を上げると、自虐的な口調でこう口にする。
「本当~にありがとうございましたぁ。こんな底辺にお情けを掛けて頂きましてぇ。
しかもそんなヤツが大事なご子息の顔に傷つけちゃって、ほんっと~に申し訳ありませんでしたぁ」
心の奥底から漏れ出した感情が、見る間に乾いて行く。
それは傷口の周りにこびりつき、固くなってそこを塞いで行く。
両手を膝に付きながら、亮は己の非を口に出した。
自分が褒められた存在じゃないことくらい、とっくに承知している。
「二度と上京しないって、静香まで押し付けて飛び出したクセに‥
こんな‥物乞いみてぇに‥金せびりに来たオレもオレだけど‥」
昔持っていたプライドなんて、とっくに折れていた。
けれどそのプライドに泥を塗るような真似だけは、今も出来なかった。
亮は目の前の会長を睨むと、最後にこう口にする。
「少なくともオレは、んなこと口に出すそちらさんに、金の無心をするつもりはねえよ」
「今日来たのは間違いでしたよ!どうぞお達者で!」
そう言い捨て、亮は部屋を出て行った。
会長は溜息を吐き、その背中を見送る‥。
青田邸の外壁の横を、亮は全速力で駆けた。
乾いた傷跡にこびりついた感情が、ジクジクと化膿する。
青田邸では会長が、靄のかかる心の内を一人呟いていた。
「何であんな男になってしまったんだ‥」
自分に向けられた冷たい言葉、厳しい眼差しー‥。
取り付く島も無いその態度に、亮の心はいつしか凍っていた。
心のどこかで、期待していた。
思い出の中で微笑んでいたあの人が、また自分に手を差し伸べてくれるんじゃないかって。
けれど違った。
離れた年月は彼を完全な他人に変え、亮は再び、孤独の影に追われている。
「うわあああああああああ!!!!」
走っても走っても、影は後をついてくる。
振りきれないその重荷が、亮の背中に押し付けられる‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<正門の先(2)>でした。
なんというか‥哀しい話ですね。
父親のように慕っていた人に裏切られた悲しみが、乾いた笑いを吐き出す亮の表情から、伝わってきますね。
しかし青田会長‥。淳の前では亮と静香の心配をして、亮の前では淳を庇って‥。
そんなんだからMr.裏目の称号を与えられるんだよ!と言いたくなります。
次回はようやく登場!
<萌菜の誘い>です。
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亮は、言葉を続けることが出来なかった。
先程、厳しい眼差しでこちらを見据えながら、会長に言われた言葉が蘇る。
「自分のすべきことを頑張っている淳と、殴り合わなきゃいけなかったのか?」
いくら見つめても、その瞳の中に自分への温情を探すことは出来なかった。
心の奥底から漏れ出した気持ちが、行き場を失って胸を濡らす。
亮はぐっと拳を握り締めて、無意識に己を立て直した。
「な‥何のことっすか?あのヤロ‥いや、アイツが全部話したんすか?
ハッ!アイツ‥言わねえって言っといて何‥」
「敢えて聞かなくても分かるさ。お前達二人を見れば分かる」
微かに震える亮。けれど会長の説教は止まらなかった。
「一体何が問題なのかがな。私はお前達が自分の道を歩むことが出来るように、
最善のサポートを全て行って来たはずだ。違うか?」
「なのに静香もお前も、事あるごとに拒否して反発して、
いつも淳の周りをつきまとい、あの子を恨むばかりだ。私はー‥」
会長は一呼吸置いた後、亮を見据えてこう言った。
「お前達が残念でならない。失望している」
会長の瞳の中に浮かぶ侮蔑の色。亮には顔を上げなくても見える気がした。
昨日散々殴り合ったあの男と、おそらく同じ眼差しをしているからー‥。
ぐっと歯を食い縛る亮。怒りに震えながら口を開く。
「会長‥オレがどうして淳の野郎を嫌いなのか‥本当に分からなくて聞いてるんすか?」
亮からのその問いに、会長は「無論分かっているさ」と答えると、逆に亮に問い返した。
「けど本当に嫌いなだけか?
お前達は本当に一度も、」
「淳に対して感謝の気持ちを抱いたことはないのか?」
「‥‥‥」
そう問われても、亮には何も言えなかった。
会長は言葉を続ける。
「兄弟でもないのにお前達を受け入れて、終始気を使っていたのは淳だ。
今回の件でも、殴られたことを訴えもせず我慢したのも」
「はぁ?!オレも同じくらい殴られましたけど?!」
「お前達は私にも、そして淳にも、少しも感謝の気持ちを示さない」
亮の抗議は、会長に届かなかった。
彼は彼の息子と同じように、どこか疲れた顔で最後にこう言った。
「もう疲れたよ。私も」
心の奥が、再び凍っていく。
それきり自分の方を見ようともしない会長を前に、亮は茫然自失し、ただその場に立ち尽くした。
いつか”本当の家族”になれるかもしれないと、そんな甘い夢を見ていた高校時代の自分。
あの頃の自分はもうとっくに、この家の通用門を通って外に飛び出してしまった。
残っているのは、正門から入って来た招かねざる客の自分。
自分を見据える今の会長には、あの頃の温かな面影など、もう微塵も感じることは出来なかった‥。
やがて亮は、閉ざしていた重い口を開けた。その声は掠れている。
「‥分かってましたよ。結局アンタは、オレたちのこと哀れんで見下してただけってこと‥」
人と人との関係は、与える者と与えられる者に分かれた時点で、対等ではなくなる。
言うまでもなく本当の家族ならば、そんな区別など存在しないのに。
「自分の子供のように思っているって?自分のことは親のように思ってくれって?」
「違うだろ‥アンタがオレらに対してしてたことは、全部淳の為だったじゃねぇか。
いくら理性的なフリしてたって、結局は自分のガキだけ庇うー‥」
「そんな親だよ、アンタは」
そんな区別など気づきもしなかった、無邪気だった自分が脳裏に浮かぶ。
「今となっちゃ恥ずかしいけど、あん時はバカ正直にそれをそのまま受け入れてた」
「救いようの無いバカみてぇに喜んで‥」
言葉にすればするほど、心はささくれ、哀れな自分が浮き彫りになる。
思い出せば思い出す程、あの頃の無邪気な笑顔が滑稽に感じる。
亮は溜息とも諦めともつかぬ息を吐き出した。
「は‥」
俯くと、長い前髪が目のあたりを隠す影を作った。
亮は顔を上げぬまま、消え入りそうな声でポツリと呟く。
「初めから同じ立場の人間として扱われもしてなかったのに‥
オレ一人で‥」
感情が胸を塞ぎ、やりきれない気持ちで充満した。
亮は両手を上げると、自虐的な口調でこう口にする。
「本当~にありがとうございましたぁ。こんな底辺にお情けを掛けて頂きましてぇ。
しかもそんなヤツが大事なご子息の顔に傷つけちゃって、ほんっと~に申し訳ありませんでしたぁ」
心の奥底から漏れ出した感情が、見る間に乾いて行く。
それは傷口の周りにこびりつき、固くなってそこを塞いで行く。
両手を膝に付きながら、亮は己の非を口に出した。
自分が褒められた存在じゃないことくらい、とっくに承知している。
「二度と上京しないって、静香まで押し付けて飛び出したクセに‥
こんな‥物乞いみてぇに‥金せびりに来たオレもオレだけど‥」
昔持っていたプライドなんて、とっくに折れていた。
けれどそのプライドに泥を塗るような真似だけは、今も出来なかった。
亮は目の前の会長を睨むと、最後にこう口にする。
「少なくともオレは、んなこと口に出すそちらさんに、金の無心をするつもりはねえよ」
「今日来たのは間違いでしたよ!どうぞお達者で!」
そう言い捨て、亮は部屋を出て行った。
会長は溜息を吐き、その背中を見送る‥。
青田邸の外壁の横を、亮は全速力で駆けた。
乾いた傷跡にこびりついた感情が、ジクジクと化膿する。
青田邸では会長が、靄のかかる心の内を一人呟いていた。
「何であんな男になってしまったんだ‥」
自分に向けられた冷たい言葉、厳しい眼差しー‥。
取り付く島も無いその態度に、亮の心はいつしか凍っていた。
心のどこかで、期待していた。
思い出の中で微笑んでいたあの人が、また自分に手を差し伸べてくれるんじゃないかって。
けれど違った。
離れた年月は彼を完全な他人に変え、亮は再び、孤独の影に追われている。
「うわあああああああああ!!!!」
走っても走っても、影は後をついてくる。
振りきれないその重荷が、亮の背中に押し付けられる‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<正門の先(2)>でした。
なんというか‥哀しい話ですね。
父親のように慕っていた人に裏切られた悲しみが、乾いた笑いを吐き出す亮の表情から、伝わってきますね。
しかし青田会長‥。淳の前では亮と静香の心配をして、亮の前では淳を庇って‥。
そんなんだからMr.裏目の称号を与えられるんだよ!と言いたくなります。
次回はようやく登場!
<萌菜の誘い>です。
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青田会長が悪者みたいけど、
(偽りの愛情を使った詐欺師?って感じ)
間違った言葉はないっていうか・・・
とにかく亮の気持ちになって
切なくて情けないです。
誰でもそんなところはあるんですけどね…。
自分の子供のように考えてたから、言い方も乱暴で、厳しい言葉をかけるということも分かってほしい。
いつまでも学生気分で親の保護下にいるように思うことが正しいことかどうかは誰にでも分かるはず。
見下されているのは過去の状態(亮いわく、乞食のとき)ではなく、今の自分だということを気付いてほしい。
何だか亮の思考が残念です。
会長かなり怒ってますね‥。
亮の気持ちになると、一時は父親のように慕っていた人に冷たくされて、切ないですよねぇ‥。
ragoさん
確かに‥高校時代に天狗になっていたことへの反省というか、そこへの言及は今のところないですもんね‥。
どうなるんでしょう‥。
きんぎんさん
>自分の子供のように考えてたから、言い方も乱暴で、厳しい言葉をかけるということも分かってほしい。
そうですよね。そうあるべきだと思います。
けれどどう見ても今回の裏目氏の亮への態度は、前日に淳から反抗されたことを受けての言葉や態度ですよね‥。
八つ当たりの側面も無きにしもあらず、というか‥。
とりあえず裏目にお金を借りようとしたのは、亮さんの間違いだったと思います。。