背筋に冷たい汗が伝う。
ガリガリ、と彼女が揚げ物を咀嚼する音が、鼓膜の裏まで響いてこびりつくようだ。
「どうしたの?」
静香はそう言って、食べ物が付着した指を舐めた。脂が唇を妖しく光らせ、どこか不気味な印象を与えた。
雪は顔を青くしながら、依然として俯いている。
「さっきから黙っちゃって。本当に食べないの?」
形勢は静香の圧倒的有利。雪は沈黙を守りながら、どうにか自分が優位に立つ術は無いかと考えていた。
膝の上で握る拳に力が入る。
弱点‥。先輩に関することの他に、何か弱点があるはずだ‥。
雪は必死に考えた。何から手を付ければ良いのだろうと。
すると脳裏に、自分と静香の共通点が一つ浮かび上がる。
思い浮かんだのは、それぞれの弟の姿だった。つまり雪と静香は両者とも、姉であるという点が共通している。
そして雪は唐突に会話を切り出した。
「そ‥そういえば弟さんとすごく仲が良さそうですよね‥!」
いきなり亮の話題を持ち出した雪に対し、静香は冷めた表情で「は?」と言った。
笑顔の余韻を引きずった雪と、そのまま相対する。
静香は溜息を吐くと、気怠げにこう口を開いた。
「そう見える?アイツが宴麺屋で私に食って掛かってたの見てなかったの?」と。
すると雪は笑いながら首を横に振り、その発言をフォローした。
「いやいや、ケンカする程仲が良いって言うじゃないですか。
よく河村氏からお姉さんの話を聞きますし、相当お姉さんのことを気に掛けてるってことですって!」
雪はペラペラと喋り続けたが、静香の表情は芳しくなかった。
さぁ、と言いながら、話を続ける雪を訝しげな顔で見つめている。
雪はそんな静香の態度に幾分焦りながらも、必死に口を動かし続けた。
「わ、私も弟が居るんですよ!可愛いですけど憎らしい時もあるっていうか‥、
時々ぶん殴りたくなりますよ‥!」
そうでしょ‥?と雪は静香に向かって問いかけると、静香はしぶしぶといった表情で頷いた。
「まぁ‥珍しいことじゃないわね」「そっ‥そうですよね~!!」
ようやく静香が少し話題に乗っかってきたので、雪は更に会話を続けた。自分と弟のことについての話だ。
「祖母も両親も弟だけ可愛がるから、憎らしいですよ。
それに留学だって、あの子だけが行ったんですよ?ヒドイでしょう?私だってすごく留学したかったのに‥弟だけ‥」
雪の話を、静香は黙ったままただ聞いていた。雪はまだ話を続ける。
横に置いてあった、大きな鞄を持ち上げて見せた。
「見て下さいよ!それで大げんかして家出までしちゃったんですから。今家を出て二日目で‥」
しかし目の前の静香は、依然として沈黙したままだった。
頬杖をつき、退屈そうな、なぜそんな話をするのかと不満を抱いているような、そんな表情を見せながら。
二人の間にはしんとした静寂が広がり、雪は場を誤魔化すように頭を掻いた。
「あ‥私ったら何の話を‥」
弟話に乗ってこない静香に対して雪はそう口にしたが、
次の瞬間静香は、またあのぶりっ子キャラになって甘い声を出した。
「社長令嬢~!超苦労したんだねぇ~~?」
その静香の振る舞いに、雪の顔が引き攣った。静香はぶりっ子キャラのまま話を続ける。
「うちのジイさんも青田会長も、実際亮の方ばっか気にかけちゃってさ」 「そ、そうですか!」
「小さい頃は叔母さんも毎日亮のこと褒め称えながらあたしのこと殴ったのよ。それであたしも‥」 「ええ、ええ!」
元気良く静香の話に相槌を打っていた雪だったが、続けて口にした静香の言葉に息を飲んだ。
「凄い勢いで噛み千切ってやったわ」
強烈すぎるエピソード‥。雪の顔面が瞬時に青ざめ、背筋が寒くなった。しかし静香は上機嫌で笑っている。
「それで緊急治療室運ばれたことがあるのよね~叔母さん。スカッとしたわ~」
青ざめる雪に対し、静香は元のキャラに戻ってこう言った。
「先に噛み千切ることが出来なきゃただの間抜けなカモよ。それは家族の間柄だとしても変わらないわ」
静香は雪の方へと身を乗り出すと、鋭い目つきをしながら口元に指を運び、舐めた。まるで舌なめずりをする獣のように。
相対する雪はそんな彼女の雰囲気に押されながら、「はい‥」と言って小さく頷く。
静香はニヒルな笑みを浮かべると、更に話を続けた。
「まぁ今は立場逆転してるけどね。皆があたしのカモよ、亮だってそう」
そして静香は嘲りに似た笑みを浮かべながら、最後にこう口にした。
「アイツがあたしのことを心配してるとでも?」
そう言って彼女はケラケラと笑った。
弟と、弟が自分を気にかけているなどと言った雪に対して嘲笑する。
雪は、自分とはあまりにも違う”姉”を前に愕然としていた。
胸の中いっぱいに、重々しい不安が広がって行く‥。
店から出た二人は、最後に別れの挨拶を交わした。静香が機嫌良く雪にこう声を掛ける。
「また今度会いましょ?思ったより面白かったわ~」
そして静香は後ろから雪の頬を突付き、冗談を口にした。
「もし淳ちゃんと別れたら、あたしの弟に手を出しても良いわよ?」
なんとも気まずいジョーク‥。雪は乾いた笑いを立てながら、小さく「さようなら‥」と口にした。
去って行く静香の後ろで、どっと疲労が押し寄せて息を吐く。
小さくなって行く静香の背中を眺めながら、雪は心の中で思った。
‥どうにか合わせられた‥。けど今上手く欺けたとしても今後は果たして‥
胸の中に充満した漠然とした不安は広がり続けていた。
あの虎は、今はまだ爪を隠して状況を俯瞰しているに過ぎない‥。
雪は重苦しい気持ちを抱えながら、深く息を吐いてその場から去って行った。
家路へと続く道のりが、より雪の心を憂鬱にさせる‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<二人の姉>でした。
静香と雪の食事風景、緊張感漂ってましたね~。
お腹が空いていたとしてもこの状況では、雪ちゃんは食べれなかったかもしれませんね^^;
さ、次回は二日ぶりに家に帰った雪ちゃんのお話です。
<家族再構築計画(1)ー娘の帰宅ー>です。
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静香にも根本的には亮さんを想う愛情があるんだと思っていたんですが、この記事見て少しわからなくなりました…´`
静香の闇もまた深いのですね。。
だいいち、雪ちゃんたら、亮と静香が仲良し姉弟だなんて思っていないでしょうに・・・。
静香の弱点を探したつもりが、かえって墓穴を掘っていませんか・・・? (-“-)
静香のほうが2枚も3枚も上手ですね。というか、人に警戒される雰囲気に静香は慣れているのかな?・・・。
「もし淳ちゃんと別れたら、あたしの弟に手を出しても良いわよ?」
って、しっかりバレてますし。
(そしてさりげなく弟の恋を応援する静香姉さん・・・(^^;)! )
支払いは‥多分雪なんでしょうね‥^^;
ゆっけ丼さん
本当‥どこを噛み千切ったんだろう‥。
幼い静香、よく見ると牙ありますからね‥。
あれで噛み付かれたらきっとひとたまりもない‥。
ガチで恐ろしい子‥^^;
どんぐりさん
>雪ちゃんの人あしらい(?)の下手さ
ですねぇ‥。もう不器用すぎる‥^^;
もうちょっと駆け引きというか、ズルさを覚えないと雪ちゃんはこの先苦労しそうですね‥。
そこが彼女の良い所でもあるのですが‥。
うーんもどかしい‥。
このお方を虎に例えた師匠もすごい。
イタチと虎の表現に驚き。
虎の咀嚼…なんとピッタリな…!
しかし、お腹すきますね~。
そして、この食事のシーンを天ぷらにしたのもさすがのスンキ氏ですね。
油ぎった指を舐める…。ゾクゾクしますもの。
ホント静香のほうが何枚も上手
めりさんは妹ポジですかね~^^?
姉弟というのも難しいもんですね‥。
りんごさん
この回は静香が揚げ物をガリガリと食べる姿がすごく印象的で‥。3535さんからこれが豚の唐揚げ的なものだと教えていただいた時、すごーくこのシーンがシックリ来たんですね。(3535さんありがとう!)
「肉を咀嚼する」という行為を描くことで、静香の不気味かつ攻撃的な人物を象徴したのだろうな~と。
いや~本当暗喩というか、台詞無しで色々な象徴を描くスンキさん、恐ろしい子‥!(久々出た)