昼間、青田邸を尋ねた亮が自宅のアパートに帰り着いたのは、すっかり日も暮れた頃だった。
外灯が薄ぼんやりと細い路地を照らす中、亮は玄関の鍵を開ける。
しんとした室内。
亮はむっつりと黙り込みながら、ただ静かに廊下を進む。
未だ、胸の中が熱い。澱のように溜まった怒りが、中で淀んでいるかのようだった。
自室へ向かう途中で目についた。静香の部屋のドアが、僅かに開いている。
そしてその隙間から、低い呻きのような声が漏れ出ている。
亮はゆっくりと部屋へと近付いた。
そして目に入って来たのだ。その惨憺たる部屋の中身が。
床にばらまかれた化粧品。液晶の割れた携帯電話。
そして放置された鋏の傍らに、切り刻まれた服の生地らしきものが見える。
亮は静かにドアを開けた。
そして薄暗い部屋の中で彼は見たのだ。うずくまり、震えている姉の姿を。
静香はゆっくりと亮の方へ振り向いた。
「何見てんだよ」
彼女は瞳孔の絞られた、まるで獰猛な獣のような瞳をしていた。
しかし亮は怯まない。胸の中に溜まった怒りのせいで、彼もまた獣のような眼差しをしている。
「‥今度は何事だ」
静香は迸る怒りに耐えるあまり、呼吸が荒い。
先ほどの忌々しい出来事が、再び脳裏に蘇って来る‥。
「青田の紹介で来られたお友達ですよね?」「こんばんは」
淳から紹介されたパーティーへと潜入した静香は、早速目ぼしい男性陣に声を掛け始めた。
華やかなパーティー。自分に集まる男達の眼差し。始めは全て静香の思い描いていた通りだった。
しかし‥。
「なぁ‥あれマジで青田の友達?」「電話したらそうだって言ってたけど‥」
「着てる服は高い物みたいだけど‥」「喋れば喋るほど違う気がするよな」
次第に彼らは、懐疑的な眼差しを静香に向け始めた。
そしてだんだんと内情に踏み込んだ質問が、静香に向かって矢継ぎ早に繰り出される。
「おいくつですか?どこの大学?留学は?お仕事は何を?」
そして答えれば答える程、潮が引くように人がいなくなった。
皆静香を遠巻きに眺めながら、嘲笑に似た表情を浮かべている。女の子達がヒソヒソとこちらを見て囁いている。
「いくら美人でも頭空っぽじゃね‥。俺らももういい年だし」
「本当に青田君の友達なの?」「まさかあの高校の時の‥」
中には同じB高に通った同級生も居た。
そして皆一様に静香から背を向けて行く。
ブランド物の服も、綺麗にセットした髪も、何も役に立たなかった。
花を挿したカクテルが、小刻みに揺れ始める。あたしは、誰の目にも留まらないー‥。
バシャッ!
怒りが沸点に達した時、気がついたらそれを投げつけていた。
思い出せば思い出すほど、憤怒の炎で胸が燃える。
「うあああああああああああああっ!!!」
虎は牙を向きながら、傍に居た弟に掴みかかった。
「淳のヤツ‥!前もって皆に話しておいたのよ!間違いないわ!
予めこう言えって皆に言ったのよ!」
瞳の中に、同意を求める光が揺れる。
静香は己に言い聞かせるように言葉を続けた。
「男共があたしに対してあんな態度取るわけないじゃない!
あたしの顔を見てあんな態度取れる男がどこにいるっていうのよ?!」
静香は亮を仰ぎ見ると、必死の形相で肯定を迫る。
「そうでしょ?そうよね? あんただって淳がそうしたって思ー‥」
しかし姉は気づかなかった。
弟の瞳が、自分よりも遥かに鋭く、怒りの炎を灯しているということに。
「いい加減にしろ」
弟の虎は姉虎の首を掴むと、恐ろしい程静かな口調でこう言った。
「オレもマジでウンザリなんだわ」
首に掛けられた力は強く、静香が身を捩ってもそれはびくともしなかった。
「‥ッ!」
パッ
亮は首に掛けた手を外すと、そのまま姉に背を向け部屋を出た。
静香は激しく咳き込みながら、思わず両膝を地面に着く。
バンッ、とドアの閉まる音を聞きながら、静香は怒りに震えた。
「‥アイツ今‥あたしに‥」
すると、床の上に落ちていた携帯電話が震えるのを静香は聞いた。
バッ!
手に取り、画面を点けると、忌々しい男からメールが届いている。
<狐野郎>
これで横山翔の件の借りは返したから。
せっかく招待してやったのに、まさか俺の友達の前であんなことしでかすなんてな。
俺が話付けたお陰で問題にならずに済んだんだぞ。
淳からの説教メール。
バカバカしくてやってられない。
「ハッ!」
静香は発信ボタンを押し、淳へ電話を掛けた。
しかし耳に入ってくるのは、電子音ばかり。
電話に出ることが出来ません‥
「クソッ!!」
静香はありったけの携帯電話を床にばら撒いた。
そしてその全てで淳への通話を試みるが、尽くブロックされている。
電話に出ることが出来ません‥お掛けになった番号は‥
虎はうずくまりながら、狐に対して怒りに震えた。
「あの野郎!どの携帯も着拒しやがって‥!」
こんなに電話があるのに、一つも繋がらない。
あれだけ人が居たのに、一人も自分の方を振り向かない。
「あたしに恥かかせやがって‥」
「このあたしに‥!」
鼓膜の裏に反響する電子音に混じって、嘲笑が聞こえる。
それは耳障りなノイズとなって、そのプライドをズタズタに切り裂いていく‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<張子の虎>でした。
静香さん‥現実から逃げるのも程々にしないと‥
女性が美しさを売りに出来るのは若い頃だけなのね‥と切なくもなりますが。
そしていつもならすぐ怒鳴る亮さんの、内に秘めた怒りが怖かった。
この姉弟、どうなるんでしょ‥。
次回は<同士>です。
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よろしくお願いします
最近こちらのブログを知り、昨日追いつきました。マンガでは掴みづらいところが細やかに美しい文面で綴られており、どっぷりハマる事が出来ました!
ありがとうございます!
これからもよろしくお願いします!
今回、哀しい回ですね。根本はMr.裏目(淳パパ)な気がします。
スリッパで後頭部を叩いてやりたい!
二倍(だっけ?)位に美しいと思うらしいです。
鏡を見る時は無意識的にいいアングルを取るとか
そんな理由もあると思いますが・・・
精神的に元気な大半の人はなんだかんだ言っても
結局はやはり自分が好きだと思います。
好きな人は美しく見えるんじゃないですか。
静香は自分の事が恥ずかしいみたいですよ。
自信できるのが顔しかないっていうか・・・
でもそれさえ崩れましたね、今。
せめて好きな美術の話でもできればよかったのに。
せっかく大学に潜り込んで講義を聞いて、学生気分に浸ったりしていたのに、何も成長しなかったのね。ザンネン。 (+o+)
「あたしに恥かかせやがって・・・、このあたしに!」
と言っているけれど、頭空っぽで、着飾る以外何にも努力していないような女性を紹介した淳のほうが、友人たちに恥をかいているようなもの・・・。
静香を紹介したということは、このパーティーは淳にとってどうでもいい友達の集まるパーティーだったのかもしれないな、などとも思いましたよ・・・。
というか、最近の裏目・亮・静香の場面を読んで、淳は自分の家や取り巻く環境を壊しはじめたのかなと感じましたよ。
淳・亮・静香の、積りに積もったお互いへの悪感情と自分自身に対するもどかしさみたいなものが、腹の底からフツフツと湧いてくるような緊迫感というか何というか・・・(ううう、私には表現できませんっ!)
とにかく!!! Yukkanen師匠の、時に息苦しくなるような臨場感のあるこのブログが大好きです!!!
久しぶりの書き込みで緊張してます。支離滅裂でスミマセンでした・・・( ;∀;)
はじめまして!コメントありがとうございます。
昨日追いつかれたとか‥!お疲れ様です‥記事が膨大なので話を追うのも大変でしたでしょう‥(TT)コメントまで頂けて嬉しいです。
そして裏目への後頭部スリッパ!
私はついでにタライも落としたいです!
CitTさん
確かに鏡を見るときって無意識に目を大きく開けてる気がします‥
そうやって自分に自信つけて、日々を過ごしていってるのかもしれませんね‥。
静香には自分を支えるものが何もない、というのが最大の弱点な気がします。美しさも次第に陰っていくだろうし、どうすればいいんでしょうね‥。
どんぐりさん
お久しぶりです!そして濃ゆいコメント!ありがとうございます。これぞどんぐり節!
>最近の裏目・亮・静香の場面を読んで、淳は自分の家や取り巻く環境を壊しはじめたのかなと感じましたよ。
これは淳が雪という理解者を得た故でしょうね。静香にもそういう人ができればいいのに‥ともどかしく思いながら彼女の登場シーンを読んでます。
これからもたくさん書き込みまってますーーー!!
いつも楽しく拝見しています。
基本的に、カテゴリの並びは時系列順になっていると思うのですが、この「張子の虎」から始まるカテゴリと、「握った手」から始まるカテゴリの並び順が逆な気がします。
同じように混乱する方がいらっしゃるかもなので、もしお気づきになられたら修正ご検討くださいますと幸いです!!
はじめまして!
カテゴリの並び順、今確認したら確かに反対になってました‥!これは混乱しますね
早急に直させて頂きます!
ご指摘ありがとうございました