「あの時から歪んでしまったんだ。俺と、亮との関係は」
高校三年生の時の回想を終えた淳は、そう言って話を締め括った。
初めて淳の気持ちを聞いた雪は、思わず言葉に詰まる。
「先輩‥」
淳は雪とは目を合わさず、幾分俯きながら更に過去を辿った。
押し込めていた記憶や感情が、負った傷口からじわじわと漏れて行く。
「祖父から孫まで‥俺のテリトリーを徐々に侵害して、結局家にまで立ち入って来た。
俺はいつもそれはおかしいと思ってたのに‥」
思い出すのは、だだっ広く暗い部屋。父はいつでも息子を見ていた。
「けど父はいつも」
「俺の肩を掴んで、こう要求するんだ」
‥いや、父はいつも息子を監視していたのだ。
おかしな子供を見るような目つきで。
「”おとなしくしてろ” ”欲張るな” ”常に譲歩しろ”」
「まるでどこかから俺のことを見ていたかのように、それが間違っていると言うかのように」
肩を掴んだ、両手が微かに震えていた。
目の前の雪を通り越した何か‥いや誰かに、怯えたように淳の瞳が揺れる。
「そんなに‥」
「そんなに俺はおかしく見えたのかな‥」
そう彼に問われても、雪は何も言えなかった。
いつか目にした彼の中の少年が、今自分の肩を強く掴んでいる。
「それでそれを正そうと‥」
淳はそう言うと、ぐっと手に力を入れた。
そして雪の瞳を真っ直ぐに見つめながら、彼女に向かって問い掛ける。
「雪ちゃん、君もそうだったろ。初めから俺のことおかしいと思ってたろ」
瞬きもしないまま、淳は雪のことを凝視し続けた。
彼女の揺れる瞳の中に、その答えを探す。
敢えて今まで言及しなかった彼の核心について、雪はなんと答えて良いか分からなかった。
言葉に詰まっていると、淳は俯いてこう続ける。
「おかしいと思ってるのが父さんだけじゃないんだとしたら‥」
「そうだとしたら‥本当に俺は‥」
淳はそう言いながら、雪の肩に頭を凭れ、力を抜いた。
ノックダウンしたかのような彼を支えながら、雪は言葉を掛ける。
「先輩‥あの‥」
すると彼は、小さい声でこう言った。
「俺って本当にそんなにおかしい?」
呟くようなその問いを聞いて、雪は目を丸くして彼を見た。
傷だらけの顔で俯きながら、淳はぐっと歯を食い縛っている。
今まで頭を抱えてうずくまっていた少年は、今彼女に身を預けて震えていた。
一番受け入れて欲しかった人に、奇異な目で見られ続けた少年‥。
雪は自然と彼に手を伸ばした。
彼女を求めて震える彼を、雪は優しく受け入れる。
「先輩‥」
沈黙を分かち合いながら、二人は暫く抱き合っていた。
雪は彼を抱き締めながら、ゆっくりと口を開く。
「私達って、最初すごく仲が悪かったでしょう?」
「お互い、変で嫌な奴だって思って」
優しくそう問い掛ける雪の言葉に、淳は顔を上げぬまま小さく頷く。
「うん」
「あの時はそうだったけど、去年は私が悪かった面もあったし‥。
未だに先輩の言動が理解出来ない時もあるけど‥」
雪は丁寧に一つ一つ、頭の中で考えをまとめて言葉にして行った。
そして出した結論を、あやふやながらも彼に伝える。
「改めて考えると‥おかしいっていうより”違う”って感じ?です」
その雪の答えを聞いて、淳の目が開いた。
彼を肯定する、”違う”というその答え‥。
淳は雪の肩から頭を上げ、彼女の顔をじっと見た。
雪は微笑みを浮かべながら、もう一度その結論を口に出す。
「そう、”違う”んですよ。私達は」
我々は他者であるということ。雪はもうそれに気がついていた。
その核心が理解出来なくて苦しむこともあるけれど、それでも互いが別の人間であるということを忘れなければ、
きっと前に進むことが出来る‥。
淳の瞳に、光が灯った。
雪はなんだか恥ずかしくなって、ウハハと笑いながら弁解する。
「ちょ、ちょっとキザだったかな?こじつけっぽいかもだけどー‥」
ギュッ
淳は何も言わず、もう一度雪に抱きついた。
子供のようなそんな彼の背中を、雪はポンポンと優しく叩いてやる。
甘えるように自分を抱き締める淳。
雪はその広い背中を撫でながら、柔らかな声で語りかけた。
「先輩の全部を理解するのは難しいかもしれないけど‥」 「うん」
「先輩の気持ちが楽になったら嬉しいです。落ち込んじゃうより」 「うん」
「怪我も早く治るといいな‥」
「うん‥」
その優しい声と温かな言葉に、淳は甘えるように頷いた。
それでも無数についた傷はチクチクと痛み、脳裏には先程の亮の言葉が甦っていた。
「オレがダメージに迷惑掛けてるだって?そういうお前は‥?」
頭の中で、声がする。
声は、自身に問い掛ける。
お前は自信あるのか?
その言葉が、チクリと心を刺した。
どちらが正常でどちらが異常なのか‥。
淳の中の指針が、微かに揺れていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<他者であるということ>でした。
優しく淳を抱き締める雪を見て、二人の仲もここまで深くなったか‥とジーンとした私です。
しかし淳の性格を”違う”という考えで受け入れることが出来る雪ちゃん、改めてスゴイですよね‥。
いや~本当おもしろいですね‥チートラ‥(今更)
次回は亮さんのターン! <乖離>です。
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高校三年生の時の回想を終えた淳は、そう言って話を締め括った。
初めて淳の気持ちを聞いた雪は、思わず言葉に詰まる。
「先輩‥」
淳は雪とは目を合わさず、幾分俯きながら更に過去を辿った。
押し込めていた記憶や感情が、負った傷口からじわじわと漏れて行く。
「祖父から孫まで‥俺のテリトリーを徐々に侵害して、結局家にまで立ち入って来た。
俺はいつもそれはおかしいと思ってたのに‥」
思い出すのは、だだっ広く暗い部屋。父はいつでも息子を見ていた。
「けど父はいつも」
「俺の肩を掴んで、こう要求するんだ」
‥いや、父はいつも息子を監視していたのだ。
おかしな子供を見るような目つきで。
「”おとなしくしてろ” ”欲張るな” ”常に譲歩しろ”」
「まるでどこかから俺のことを見ていたかのように、それが間違っていると言うかのように」
肩を掴んだ、両手が微かに震えていた。
目の前の雪を通り越した何か‥いや誰かに、怯えたように淳の瞳が揺れる。
「そんなに‥」
「そんなに俺はおかしく見えたのかな‥」
そう彼に問われても、雪は何も言えなかった。
いつか目にした彼の中の少年が、今自分の肩を強く掴んでいる。
「それでそれを正そうと‥」
淳はそう言うと、ぐっと手に力を入れた。
そして雪の瞳を真っ直ぐに見つめながら、彼女に向かって問い掛ける。
「雪ちゃん、君もそうだったろ。初めから俺のことおかしいと思ってたろ」
瞬きもしないまま、淳は雪のことを凝視し続けた。
彼女の揺れる瞳の中に、その答えを探す。
敢えて今まで言及しなかった彼の核心について、雪はなんと答えて良いか分からなかった。
言葉に詰まっていると、淳は俯いてこう続ける。
「おかしいと思ってるのが父さんだけじゃないんだとしたら‥」
「そうだとしたら‥本当に俺は‥」
淳はそう言いながら、雪の肩に頭を凭れ、力を抜いた。
ノックダウンしたかのような彼を支えながら、雪は言葉を掛ける。
「先輩‥あの‥」
すると彼は、小さい声でこう言った。
「俺って本当にそんなにおかしい?」
呟くようなその問いを聞いて、雪は目を丸くして彼を見た。
傷だらけの顔で俯きながら、淳はぐっと歯を食い縛っている。
今まで頭を抱えてうずくまっていた少年は、今彼女に身を預けて震えていた。
一番受け入れて欲しかった人に、奇異な目で見られ続けた少年‥。
雪は自然と彼に手を伸ばした。
彼女を求めて震える彼を、雪は優しく受け入れる。
「先輩‥」
沈黙を分かち合いながら、二人は暫く抱き合っていた。
雪は彼を抱き締めながら、ゆっくりと口を開く。
「私達って、最初すごく仲が悪かったでしょう?」
「お互い、変で嫌な奴だって思って」
優しくそう問い掛ける雪の言葉に、淳は顔を上げぬまま小さく頷く。
「うん」
「あの時はそうだったけど、去年は私が悪かった面もあったし‥。
未だに先輩の言動が理解出来ない時もあるけど‥」
雪は丁寧に一つ一つ、頭の中で考えをまとめて言葉にして行った。
そして出した結論を、あやふやながらも彼に伝える。
「改めて考えると‥おかしいっていうより”違う”って感じ?です」
その雪の答えを聞いて、淳の目が開いた。
彼を肯定する、”違う”というその答え‥。
淳は雪の肩から頭を上げ、彼女の顔をじっと見た。
雪は微笑みを浮かべながら、もう一度その結論を口に出す。
「そう、”違う”んですよ。私達は」
我々は他者であるということ。雪はもうそれに気がついていた。
その核心が理解出来なくて苦しむこともあるけれど、それでも互いが別の人間であるということを忘れなければ、
きっと前に進むことが出来る‥。
淳の瞳に、光が灯った。
雪はなんだか恥ずかしくなって、ウハハと笑いながら弁解する。
「ちょ、ちょっとキザだったかな?こじつけっぽいかもだけどー‥」
ギュッ
淳は何も言わず、もう一度雪に抱きついた。
子供のようなそんな彼の背中を、雪はポンポンと優しく叩いてやる。
甘えるように自分を抱き締める淳。
雪はその広い背中を撫でながら、柔らかな声で語りかけた。
「先輩の全部を理解するのは難しいかもしれないけど‥」 「うん」
「先輩の気持ちが楽になったら嬉しいです。落ち込んじゃうより」 「うん」
「怪我も早く治るといいな‥」
「うん‥」
その優しい声と温かな言葉に、淳は甘えるように頷いた。
それでも無数についた傷はチクチクと痛み、脳裏には先程の亮の言葉が甦っていた。
「オレがダメージに迷惑掛けてるだって?そういうお前は‥?」
頭の中で、声がする。
声は、自身に問い掛ける。
お前は自信あるのか?
その言葉が、チクリと心を刺した。
どちらが正常でどちらが異常なのか‥。
淳の中の指針が、微かに揺れていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<他者であるということ>でした。
優しく淳を抱き締める雪を見て、二人の仲もここまで深くなったか‥とジーンとした私です。
しかし淳の性格を”違う”という考えで受け入れることが出来る雪ちゃん、改めてスゴイですよね‥。
いや~本当おもしろいですね‥チートラ‥(今更)
次回は亮さんのターン! <乖離>です。
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雪ちゃんの飾らなさや媚びない強さ、素敵ですよね。たまに「オイオイ」と言いたい時もありますが、やっぱり応援したくなるThe 主人公だと思います。
先輩良かったねぇ‥。。
CitTさん
「タルダ」の意味、納得です。勉強になります!
日本には「みんなちがってみんないい」というフレーズが有名ですよ‥
ていうか喧嘩の時、亮さん「自信あるのか?」なんて言ってましたっけ?!
最近記憶が‥ヤバイです‥^^;
まあむさん
先輩の過去を考えると、やはり気の毒ですよね‥。その感情の発散の仕方がマズイから忘れられがちですが‥汗
「自身を奪われゆく恐怖」というところは、雪と香織の喧嘩との共通点ですねー
ハバネロさん
「違う」ことを認めることの大切さ、そして大変さ‥。考えさせられますよね。。
本当にラストまで目が離せない!(そしてこれを言い続けて何年か過ぎた‥いつ終わるんでしょ^^;)
ハングルはもう‥本当に「好きこそものの上手なれ」ですね‥。拙い訳ですが、ラストまでどうぞよろしくお願いします!
他者も他国も違いがあるのは当たり前ですが
人の世は他者や他国よりズルをしてでも優位に
立ちたいという
困った習性がどうしてもありますね
青田先輩は凄く傷ついて生きてきたんで
雪ちゃんが癒してあげている姿は感涙ものです
もうラストまで目が離せません
独学でここまでハングル語が出来るなんて
本当に素晴らしいですし羨ましいです^_^
雪ちゃんとかおりちゃんのあのトラブルみたいなもんかな?
ただ「同じじゃない」という意味です。
だけど「違う」と言うべきの時「間違う」と言ったり、
その逆も多いです。
そんなわけで典型的な言葉ミスの例としてよく言い及びますので、
もうこのミスを知らなくてする人はいない程に有名です。
だから雪ちゃんの言いたい事はちゃんと伝えたんでしょう。
・・・知っててもミスする人は多いですが。
「違う」と「間違う」は発音が似てます。
私は幼い頃から耳にたこができる位聞いてきたプロパガンダですよ。
国語の時間外にも、社会的にもよく例として言われますから。
「違う」は「間違う」じゃない、
自分と同じじゃない人だとして虐めてはいけません~云々。
韓国人なら誰でも一度は聞く話だと思います。
それよりここで亮の言葉を思い出す先輩。
自信ないのかよwww
その場で何とか先輩を傷つけないように取り繕う言葉ではなくて、本心で気持ち伝えて、その本心さえも先輩を受け入れてるっていう…
先輩もそりゃ惚れますわ(笑)
いいなあいいなあ素敵素敵
ああ…もう我慢できん!
早くガッツリ幸せになってほしい!!
でも、そううまくいかないから、チートラ面白いんでしょうね。
更新楽しみにしてます!