大学を出た二人は地下鉄に乗った。
座席に座った雪の前に亮が立つ。
「店、休業中だって?」
「はい。お父さんの腰が良くないので、療養の為にも‥」
雪はずっと気になっていたことを聞いてみた。
「河村氏、高卒認定検定の方は‥」
「心配すんな。勉強は続けてるからよ」
亮がそう答え、雪は安心する。
そうして二人は、雪の叔父が経営するカフェへと向かった。
カフェの横にあるその倉庫には、電子ピアノが置いてある。
それを弾くきっかけをくれたのは、雪だった。
ゆっくりと音を出す。
雪は出入り口の辺りで立ち止まりながら、その調べに耳を澄ませた。
繊細ながらも音は色づき、いつしか亮の顔に笑顔が浮かんでいた。
弾むようなメロディが、彼の心まで躍らせる。
雪はずっと、亮の横顔を見ながらピアノを聴いていた。
普段の彼とは少し違う、シリアスな顔をした彼の横顔を。
やがて曲は終わり、音の余韻が去ると亮は真っ直ぐに両手を上に上げた。
パッと雪の方を見る。
「拍手は?」
その言葉にハッとした雪は、少しぎこちないながらも大きな拍手を彼に送った。
「わぁっ!本当に凄かったです。カンペキ!すばらしい!」
「それなりに完奏出来ただろ?」
「コンクールには出れずじまいだったけど、悲しむことなんて何もねぇっつーことだ」
力強くそう言う亮を見て、雪は穏やかに微笑んだ。
何かに焦れて苛立ちを抱えていたかつての亮は、もういない。
「実はよ、今日はこれを見せたかったんだ」
「はい、本当にすごかったです。何ていう曲なんですか?」
そう質問する雪に向かって、亮はニカッと笑ってこう言った。
「教えてやんねぇ」
「もう!何なんですか!からかって!」
亮に向かって怒る雪。
もう何度、この顔を見ただろう。もう何度、こんなやり取りを交わしただろう。
「今日お前に会ったら、伝えたい言葉が沢山あると思ってた」
「けど、違ったな。これで十分だ」
想いは全て、音に乗せた。
そして最後はこの言葉で、彼女へ伝える全てが終わる。
「ありがとな」
亮が口にする「ありがとう」を受け取りながら、雪は自分の胸がさわさわと騒ぐのを感じていた。
けれどその正体を確認する前に、亮は雪に背を向ける。
「今日のところはこの辺で」
「じゃーな」
亮はそう言って倉庫から出ると、
店の出入り口に居た雪の叔父と挨拶を交わした。
二言三言。
そしてここから去って行く。
雪はそんな亮のことを、その場に立ち尽くしたまま見送った。
胸のざわめきは、だんだんと強くなって行く‥。
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<音に乗せて>でした。
亮さんは何を弾いたんだろうなぁ‥。シューベルトか、それともショパンか‥。
個人的にはもう一度「Maybe」弾いてほしかったなぁ‥
Yiruma, (이루마) - May Be
次回は<虫の知らせ>です。
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