亮は一言呟いた。
「静香」と。
あの輝かしい未来へと続いていた道を歪ませたのは、
あの忌々しい事件への糸を手繰り寄せた先に居たのは、
紛れも無く自身の姉だった。
「静香‥」
心の奥底から、炎のように激情が溢れ出す。
亮は無意識の内に、大声で姉の名を叫んでいた。
「静香ぁぁぁぁぁっ!!!!」
「静香!静香!静香っ‥!」
今にも掴みかからんといった勢いで、鬼のような形相をした亮は走り出した。
けれどその激情の中に流れる、一筋の水流が亮の足を止める。
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
突然立ち止まった亮のことを、通行人達は怪訝な表情をして見つめていた。
まるで燃え盛った炎が一瞬で消えたような、不可思議な光景を目にしながら。
亮は空を仰ぎながら、掠れた声でポツリと呟く。
「姉ちゃん‥」
その一筋の水流は、亮の瞳から流れ落ちた。
「あ‥そりゃねぇよ‥姉ちゃん‥」
たった一人の肉親。
たった一人の家族。
けれど亮の未来を閉ざしたのは、紛れも無く彼女だった。
「そりゃねぇよ‥」
次から次へと溢れ出す感情が、亮の頬を濡らし、流れて行く。
気がつけば空に、満月が浮かんでいた。
とっぷりと暮れた街を、雪は疲れた身体を引き摺りながら歩いていた。
今日もこんな時間になっちゃった、と一人呟きながら。
すると視線の先に、見覚えのある姿を見つけた。
「宴麺屋赤山」の近くの路地に、佇んでいる彼の姿を。
河村亮は店の明かりを見上げながら、瞳からボロボロと涙を流していた。
長い時間泣いていたのだろうか、目は赤々と充血している。
やがて亮は自身を見つめる雪の姿に気が付いた。
しかし彼は何も言わずに、ただ彼女に背を向ける。
立ち尽くす雪を残して、亮は涙を拭いながら、ただその場から去って行く。
だんだんと遠ざかるその背中を、雪は追いかけること無くただ見送った。
河村氏の涙を目にするのは二度目であった。
初めて目にした時の記憶が、雪の脳裏を掠めて行く。
たった数カ月前のことなのに、もう随分前のことのような気がしていた。
雪は俯いたまま、自身が進むはずの方向へと踏み出す。
多くのことが変わった。
私は彼を慰めはしなかったし、河村氏も当然のように私を避けた。
店のドアを開けると、「おかえり」と母の声がした。
帰るべき場所へ帰って行く私達。
河村氏は、一体どこへ帰るのだろう?
時に身の丈以上のさざ波が日常を揺らしたとしても、
いつもそうであるように、
河村氏もきっと乗り越えて行けると、私は信じている。
キィ、と暗闇の中でドアが開いた。
自室から出て来た姉は、リビングに居る弟へ声を掛ける。
「何よ‥」
「いつ帰って来たの?」
亮は電気も付けずに、無言でテーブルに突っ伏していた。
姉からの言葉に何も言わぬまま、ゆっくりと顔を上げる。
泣き腫らしたような疲れた顔を、静香は暗闇の中で微かに目にした。
静香の心の中に一筋の水流が、つぅと流れ落ちる‥。
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<一筋の水流>でした。
皆さま、二週間ぶりです。
予定日までもうすぐですが、まだ産まれてないのでなんとかアップ出来ました
ただ正産期の身体+育児が思いの他しんどくて、なかなかコメントのお返しなど出来ず‥申し訳ない気持ちでいっぱいです。
特別編のリンクを貼って下さったCitTさん、なかなかお礼も言えずすいませんでした。
楽しく拝見いたしました!ありがとうございました
出来る限り、残りの今週分も頑張りますー!
そしてそして!今日8月5日は‥
我らが河村氏のお誕生日ーーおめでとう
本編では辛い展開になっちゃってますが‥。彼が心から笑える日が来ますように‥!
次回は<逆転(1)>です。
☆ご注意☆
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