ぼんやりと目を開けた雪は、目の前に立っている人の方へとゆっくりと焦点を合わせた。
瞬間、彼女の目が大きく見開かれる。
雪はモゾ、と身体を動かした。
朦朧とした意識の中で。
完全に覚醒する前に、その瞼は大きな手の平で覆われた。
淳は横たわる彼女に向かって、呪文のようにこう囁く。
「まだ寝てな‥」
彼のその声を聞いても、雪はその手を振り払ったりしなかった。
代わりに、小さな声でこう呟く。
「まだ行ってなかったの‥」
雪は、淳を聡美と混同していた。
瞼を覆っているその手に、雪はゆっくりと自身の手を伸ばす。
先ほど見た、聡美の泣き顔が雪の脳裏に浮かんでいた。
雪は消え入りそうな声で、聡美に向かって言葉を紡ぐ。
瞼を覆うその手を、優しく撫でながら。
「優し‥いね‥早く行って‥」
「ありがとう‥」
彼女の瞼を覆っている手が、燃えるように熱かった。
しかし自身の手に伸ばされた彼女の手は、氷のように冷たい。
淳は自身の手で半分以上隠れた彼女の顔を、ただじっと見つめていた。
先ほど彼女が口にした「ありがとう」が、鼓膜の裏に反響する。
弱々しく動いていた彼女の手は、やがて動かなくなった。
再び眠りに就いたのか、ゆっくりと雪の手の力は抜けて行く。
彼女の手が滑り落ちても、淳は暫くその体勢のまま動かなかった。
その動きが完全に止まるまで、淳は瞼を覆い続ける。
そしていつしか、その手を外した。
雪が再び深い眠りへと落ちて行ったのを確認してから。
暫し淳は彼女の寝顔をじっと見ていた。
が、やがてゆっくりと前を向いた。
胸の中では、説明のつかない感情がざわざわと騒いでいる。
彼女の瞼を覆っていた左手が、まだほのかに温かい。
淳は手を腰に当てながら、布団から半身を出した雪にもう一度視線を落とした。
すると彼女のジーンズのポケットから、紙切れがはみ出しているのが見える。
淳はそれをそっと取り出し、何が書いてあるかを眺めてみた。
表面には家庭教師のバイト先の連絡先、裏面には「英語塾のアシスタント」という文字や、
彼女が書き込んだ「勉強時間確保」という文字が読める。
今彼女が抱えている様々な問題が、その紙切れの上に溢れていた。
淳はそれを半分に折ると、彼女のポケットにそっと仕舞い直す。
そしてめくれていた布団を引っ張って、身体全体が隠れるように掛けてやった。
風が入り込まないように、布団の端をぎゅっと押さえる。
再び仰向けで眠っている彼女の口からは、すぅすぅと健やかな寝息が聞こえて来ていた。
顔色は相変わらず悪いが、もううなされてはいないみたいだった。
何をするでもなく、淳はただその場に佇み続けた。
外ではまだ風が鳴っているのか、隙間から入って来たそれでカーテンが揺れている。
淳は腕を組んだ体勢のまま、揺れるカーテンをじっと見つめていた。
風で揺れるこのカーテンのように、自身の胸の中に揺蕩う靄を、
可視化出来る何かがあればいいのに。
自身の感情を波立たせ、胸をざわめかせるその感情の正体について、淳は改めて考え始める‥。
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<雪と淳>覆われた瞼 でした。
まさかの「まだ寝てな」アゲイン!
212話にも出てきましたね。
こういった過去があるから、
「君も俺も変わってないだろう」というのが淳の結論なのか、となんとなくシックリ‥。
全てつながっているのですね‥。
次回は<雪と淳>その正体 です。
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