Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

捕らえられたイタチ

2014-08-17 01:00:00 | 雪3年3部(淳の登校~彼の裏)


突然目の前に躍り出たその男の顔を見ても、横山翔はそれが誰なのか咄嗟には思い出せなかった。

目を剥いている横山に向かって、亮はニッコリと微笑みかける。



その顔を見て、横山はようやくその男が誰かということに思い至った。

夏休み、路地裏で赤山雪と揉めた際、現れた外国人講師だ。横山は頬を思い切り殴られた‥。



横山は顔を青くしながら、心のままに叫んだ。

「ヤ、ヤンキー男!!」「おっ!覚えてっか?久しぶりだな?」



愛想良くそう返す亮に向かって、横山は歯噛みした。

またしてもこの男が、絶妙なタイミングで割り込んで来た‥。



そんな横山に向かって、亮はニヤリと笑いながら話し掛ける。ペチペチとその頬を軽く叩きながら。

「ど~こ行こうとしてんだぁ?笑って走ってる姿が変態みてーだったけど‥。

どこへ何しに行くつもりだ?」




横山は亮から目を逸らしながら言葉を濁そうとしたが、亮が「図書館か?」と聞くと口を噤んだ。

亮は目を見開いたまま、横山の肩に手を置きプレッシャーを掛ける。

「ひょっとしてオレの知り合い、追っかけに行くんじゃねーだろーな?」



亮の凄みに、横山は何も言えず俯いた。

亮はそれが横山の無言の肯定と受け取り、狂気の孕んだ目で彼を見据える。

「そうなんか?」



それきり俯く横山を、亮は少し強めに手で彼を押しながら言葉を続けた。

「おい、暇人かお前は。お前の親、お前が生まれた時には赤飯炊いてお祝いだっただろーに。

んなことするために生まれてきたワケじゃねーだろ?あぁ?」




人生を諭すような言葉を掛けられ、横山は逆上して亮の手を振り払った。

「くっそ‥何の関係があんだよ!お前俺に手ぇ上げんなよ?

また俺に指一本でも触れたら、すぐに留置場行きにしてやるからな!」




横山からのその脅しに、亮は両手をホールドアップして無罪の訴えだ。

そんな亮の横を、横山は文句を言いながら通り過ぎようとする。

「前に赤山がした脅迫がまだ通用すると思ってんじゃないだろうな?!どけっ!」



しかし亮は手を出さない代わりに、横山の前に踏み出し彼の行く先を塞いだ。

身長差はおよそ15センチ。亮はその場に佇んだまま、横山をじっと見下ろした。



亮はあくまで横山の前進を阻止する姿勢だ。

しかし横山は怯まず、亮の横をすり抜けようと斜め前に足を踏み出す。



が、亮はしつこく付いて来た。

横山が逆方向に踏み出そうとしても、すぐさまその先を塞ぐ。

 

亮は無表情のまま横山を見下ろしていた。

彼のその態度に横山は苛つき、声を荒げながら彼を押し退けようとした。

「どけったらこのヤロ‥」



すると次の瞬間、河村亮は大きな声を上げながら吹っ飛んだのだった。

「うわあぁぁっ!!」



その突然の出来事に、横山は目玉が飛び出す程驚いた。しかし亮は尚も大袈裟なアクションを起こし続ける。

「うわ~!うわ~っ!死にそうだぁぁ!」



その亮の叫びに、徐々に通行人が集まってきた。

横山はその場でただオロオロしながら、亮に声を掛け続ける。

「や、止めろよ‥!くだらねーことしやがってこのバカ‥!」



丸まりながら呻きを上げていた亮だったが、不意にその腕が横山の足を掴んだ。

強い力で、それを自分の身体へと引き付ける。



すると亮は、更なる叫びを上げた。今や横山達の周りには人だかりが出来ている。

「うわぁあ死んじまう~~!足蹴にされて死んじまう~~!」



横山は周りの人々に「違うんです!俺は何も‥!」と弁解するも、

皆横山に疑いの目を向けてヒソヒソと話し始めた。横山は堪らず、亮に向かって声を荒げる。

「おい起きろ!演技止めろ!てかしっかりしてんじゃねーか!」



すると下を向いた横山の首に亮の腕が伸び、次の瞬間横山は亮に頭突きを食らわされた。

ゴッという額と額がぶつかり合う音が響く。

 

横山の目の前に星がくるくると回る。しかし亮は尚も「うわ~!この人殺そうとしてくるぅ~!」と大袈裟に声を上げ続けた。

そして横山がクラクラしているのを良いことに、亮は横山の手を掴み自分の頬を叩く素振りをし始めた。

「うわっ!うわーっ!」 「おい何やってる!止めろ!」 「きゃーっ!」



するとさすがにこれを見かねた通行人達が声を上げ始めた。

そしてその人だかりの中に横山の知り合いも居たらしく、彼等は白い目をして声を掛けて来たのだった。

「横山ぁ?」

 

その内の一人は携帯を向けて横山と亮のことを撮っている。

横山は血相を変え、違うんだと言ってその場から逃げ出した。亮が頬を押さえながら叫ぶ。

「アイツ逃げんぞ‥!」



横山は舌打ちをしながら、全速力で構内を駆けた。何もかもが想定外である。

「くそっ‥!いきなりどうしてこんな‥」

 

すると突然身体の自由が奪われた。強い力でぐんと引っ張られる。

「ひいっ‥?!」



首の後ろを掴まれた横山が振り返ると、そこには狂気を孕んだ目をした男が居た。再び河村亮である。

「逃げんなって。留置場見物させてくれんじゃなかったのかぁ?」



亮はそう言うと、首を掴んだ手に一層力を込め始めた。

青筋が浮くほど強いその力に、徐々に横山の身体が前に倒れて行く。



亮はもう一方の手で横山の手首を掴み、背中につけて反撃不能にした。

亮の瞳が狂気に歪む。

「おいイタチ野郎、もう一度ダメージに手出ししたなら、

オレがお前を完全に人として暮らして行けなくさせてやんよ」




亮は横山を組み敷いた姿勢で、バカにしたようにポンポンと頭を叩いてこう続けた。

「歯ぐきでメシ噛んで、学校へは四足で這って行き来するように

させるって言ってんだよ。分かったか?あぁ?!」




そして亮は更に手に力を込めた。横山の顔が苦悶に歪み、遂に彼は降参した。

「わ、分かった分かった分かった!止めろ!止めてくれっ‥!」



そして横山は解放され、亮は彼が逃げ出すのを見届けてから、

一人意気揚々と図書館に向かったのだった‥。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<捕らえられたイタチ>でした。

今回の亮のこの台詞。直訳だと

「ご両親はお前を産んでワカメのスープ召し上がったはずなのに、

君は生まれてすべきことも本当に汚くないですなぁ。だろ?」




???‥。わかめスープ‥。何かの慣用句なんでしょうか‥?

記事ではなんとなくの意訳にしましたが、またお詳しい方教えて頂けると幸いです。

*追記*

コメ欄にて、このわかめスープ(ミヨックク)について情報をいただきました~^^!

「お祝いごと」の象徴と言える料理なのですね。日本で言うと赤飯に意味合いが近いでしょうか。

皆様、ありがとうございました^^

次回は<突然のメール>です。


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虎と狐の密会

2014-08-16 01:00:00 | 雪3年3部(淳の登校~彼の裏)
ひぃっ!青田?!



横山翔は”ニセ青田”の隣に本物の青田淳の姿を認め、思わず大きな石の影に隠れた。

彼女から呼び出されてここに来たのに、”ニセ青田”は自分の方に視線もくれず、青田淳と親しげに会話を続ける。



横山は二人をじっと窺いながら、不信感が心の中に募るのを感じた。

な‥何だぁ?俺に出てこいっつっといて、これは一体‥。二股野郎が呑気に大学で‥

 

見ていると、彼女は青田と腕を組んだり笑いかけたり‥。

まるでカップルのイチャつきを見せつけられているような‥。

まさか‥!



そこでふと、横山は彼女の狙いにピンと来た。すると”ニセ青田”は、チラリと横山の方を見る。

横山は石の影から、自分の存在を必死にアピールした。



すると彼女は微かに微笑み、再び青田淳の方を向いた。

やはり彼女自身も横山の推測と同じ意図で、この場面を横山に”見せて”いるのだ。

 

抱いていた疑惑が確信に変わった。思わず笑みが漏れる。

ビンゴだ‥!



横山は二人に向かって携帯を向けた。カメラモードに切り替える。

証拠‥!証拠を掴めよってことだ‥



横山は彼女の意図を汲み取り、何度もシャッターを切った。

クックックと笑う口元が歪む‥。




河村静香は素知らぬ顔をしながら、青田淳と会話を続けていた。

淳の表情は浮かないままだ。

「こんな風に大学で会うとまた新鮮よね~?」



静香は肘で淳の事を小突きながら、絶えずスキンシップを取って彼に話し掛ける。

「あたしに会いに来たの~?どうしてるかと思って~?

んもぅ、電話一本くれればいいのに~。ま、あたしは構わないけど」




淳は静香の方を窺いながら、彼女の行動の意図に探りを入れる。

「お前、この頃大学内を引っ掻き回してるだろ」



そんな淳の発言に、静香は「なーんだ、知ってたの」と言いながら言葉を続ける。

「ま、せっかくの機会なんだから、キャンパスライフを楽しまないと~

ほらあたしって今まで大学に縁が無かった人だしー。それに最近超~楽しいことがあって!」




そう楽しげに話す静香に、淳は「楽しもうがそうじゃなかろうが、別にどっちでもいい」と冷たく言い放った。

大学に通うなんて無駄なことを、どうしてわざわざするのか分からない、と。



そして淳は、静香に向かってこう続けた。

「揉め事を起こすなよ。これが最後のチャンスだ。肝に銘じて行動するんだな」



先ほど目にした、佐藤広隆と親しげに歩く静香の姿。

その横顔に隠された意図を、淳は嗅ぎとって静香に釘を刺したのだ。まだ虎は自分の管理下にある。



しかし静香はまるで動じず、サングラスを外しながら甘えるような口調で淳に言い返した。

「えぇ~?あたしはそんなことしないわよぉ。淳ちゃんが一つずつ返してくれるって言ったんじゃない」



虎と狐の取引の一片が、密会の場で密かに口にされる。イタチには声までは聞こえないという計算の内に。

静香はブツブツと呟くように続けた。

「まだデビットカードだけだけどぉ‥クレカ以上は返して貰わないと~。住んでた家だって‥」



そんな静香に、淳は「まぁ頑張れよ」と適当な激励を口にして背を向けた。

それきり、一度も振り向かずに歩いて行く。

「えぇ~?行っちゃうの~?」



静香は笑顔を浮かべて手を振りつつ、淳には聞こえない声でその後姿にこう言葉を掛けた。

「ぜ~んぶ返してもらわなきゃ~。ぜ~んぶあたしの物だったんだからね~?」



そして淳の背中が見えなくなった後、静香は横山の隠れていた場所を振り返る。

「アイツは行ったわね‥」

 

静香はサングラスを掛け直し、ニヤリと笑った。

狐からの取引を遂行しつつ、水面下でイタチを泳がせる。そんな虎の計画が密かに進行している。

「あ~!おもしろ~!」



キャラキャラと甲高い笑い声が、青空に溶けて行く。

静香は自ら回した運命の歯車の行末を思い、一人嗤い続けた‥。



「うはははは!やったぜ!最高だ!!」



そしてここにも、笑い続けている男が居た。

手にした”証拠”を握り締め、横山翔は全速力で構内を駆け抜ける。

「早くこれを見せに行かねーと!マジでこれで終わりだ、青田の奴!!」



横山は笑いが止まらなかった。

青田淳が二股しているという決定的な証拠を握り締めながら、雪の居る図書館へと向かう。

「ヒヒヒヒ!」



すると走る横山の前方から、突然大きな声と共に人が飛び出して来た。

思わず横山はヒイッと息を飲む。

「おいっ!」



ザッと突然横山の前に現れたのは、河村亮だった。

横山は突然の出来事に驚き、顔を青くして後退りする。

「なっ‥なっ‥?!」



そんな横山の姿を、河村亮は真顔でじっと見つめていた。

相対する横山は、一瞬それが誰だかまるで見当がつかなかった‥。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<虎と狐の密会>でした。


今回はこの横山がなんかツボに入って‥。足の角度も‥(笑)

ヒヒヒヒ!




そして静香と淳の2ショット。

やっぱり絵になるな‥と惚れ惚れしました。静香に対しては常にSな淳も良い‥。

↓多分これ静香が淳と腕組んだけど、淳が速攻「止めろ」って振り払ってる‥萌





次回は<捕らえられたイタチ>です。



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天秤

2014-08-15 01:00:00 | 雪3年3部(淳の登校~彼の裏)
「うわ~!これ超カワイイ~!」



A大のカフェスペースにて、味趣連の三人はお茶をしながらお喋りに興じていた。

聡美は携帯で今狙っているピアスを見ながら、買うか買わないかで悩んでいるらしい。

「この新商品、値段が微妙でさぁ。いっそ超高ければ諦めもつくんだけどー」

「俺ならその金で美味しいもの食べますけどネ」



聡美と太一がそんな会話を重ねる横で、雪の携帯が震えた。届いたメールを見ると、こんな文章が書いてある。

休暇もらった~あとで遊びに行くわ!大学の近所がいいよね?



雪は思わず声を上げる。

「萌菜だ!」  「萌菜?友達?」



雪は二人に、後で萌菜が大学に来るらしいという事を伝え、来たら紹介するよと言ってメールを見せた。

萌菜とは高校時代からの親友だが、未だ味趣連の二人とは面識が無かったのだ。

そして暫し会話を重ねる雪達の近くの席に、一人の男が腰を下ろす。



ちょうど聡美から真正面に見える席に、その男は座った。

聡美がコソコソと囁くように、雪にそのことを伝える。

あれ横山じゃん?



聡美が指差す方向をチラリと見ると、そこに横山翔が座っていた。

コーヒー片手に英字新聞を読んでいる。‥が、明らかにわざとらしい。



聡美はブツブツと文句を言いつつ、「うちら証拠どれくらい集めた?」と太一に確認する。

太一は携帯を見ながら、写真や動画の量フォルダ三つ分くらいだとその”証拠”を聡美に見せる。



聡美は歯噛みしながら、横山がもう少し思い切った手段に出てくれれば確固たる証拠が取れるのにと、

わざとそうしない彼のずる賢さに苛立った。雪は横山を睨みながら、一人悶々と考える。

長期休暇に入るまでは、何とか堪えるべきだよな‥。一応単位の方が大事だし‥。

頑として警察に通報したところで、現時点では失敗するリスクの方が高い‥。




雪の頭の中で、天秤が揺れていた。このまま徹底的に横山排除へと動くのか、我慢して成績維持を重視するのか‥。

すると思案する雪の横顔に、不意に太一が口を開きかけた。

「あ‥その‥」

 

けれどすぐ、噤んでしまった。自分はまだ雪と聡美に、言っていないことがある‥。

しかし結局、太一は何も言わずに二人から目を逸らした。

「何でもありませン」と言う太一に、雪と聡美は首を傾げる‥。





てかアイツ、卒業までああするつもりなんじゃない? ゲーッやだー!!



そんな会話を繰り広げる三人を、横山は新聞で顔を隠しながらチラチラと盗み見ていた。

視線の先には勿論、赤山雪の姿がある。

 

横山はそのスッとした鼻筋や細い脚など、雪のパーツをジロジロと凝視していた。

よく見りゃイケてんだよな~。

ま、青田の彼女のがもっと美人で胸もデカイけど‥




横山は先日”ニセ青田”から送られた写メを見て、彼女の美貌とそのプロポーションに驚いた。

まるで獲物を狙う猛獣のような危険で妖艶な雰囲気、そしてその豊かな胸‥。



しかし横山は不敵な笑みを浮かべると、一人心の中でこう思う。

でも俺は外見よりも本物の輝きを見ることが出来る男だからな‥ふふ‥



横山はナルシスティックに一人笑いをこぼし続けた。

まさに今動こうとしている三人には気づかずに。

「いち~、にの~



「さんっ!!」



横山が顔を上げた時には、雪達三人は猛ダッシュの末入り口のドアを抜けるところだった。

横山は大慌てで、鞄を肩に掛け立ち上がる。

「な‥なんだぁ?!クソッ‥!」



しかしそのタイミングで、横山の携帯が鳴った。見てみると、”ニセ青田”からメールが届いている。

あたし大学来てるの。プルム館の芝生に出てきて。今すぐ



早くしないと帰っちゃうわよ、と続けてメッセージが入って来た。

横山の心の天秤が揺れる。雪を追いかけて走るべきか、”ニセ青田”の元へ向かうべきか‥。






横山は暫し考えたが、結局”ニセ青田”の方へ向かうことにした。

指定された場所へと、一人駆けて行く。



すると木々の間で佇む彼女の姿を、やがて横山の目は捉えた。

ロングトレンチに、色素の薄い長髪‥。”ニセ青田”に違いない。






不意に彼女の横顔が見えた。サングラスをしているが、口元は笑っている。

横山は彼女が自分に気がついたのだと思い、声を上げて駆け寄ろうとした。



すると木の影に、もう一人の人物が立っているのが目に入った。

”ニセ青田”はどうやらその人物と話をしている。



そしてそのもう一人の人物の姿をじっくり見た時、横山の心臓は跳ね上がった。

その後姿はまさしく、青田淳その人だったー‥。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<天秤>でした。

掛け声と共に出て行く雪達が面白かったですね^^

「はな~とぅる~せっ!」思わず言いたくなりますね!




(そしてこの萌菜のくだりは一体‥。彼女はいつ出て来るというのか‥)


次回は<虎と狐の密会>です。



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懐柔(2)

2014-08-14 01:00:00 | 雪3年3部(淳の登校~彼の裏)
この野郎‥と呟きながら、佐藤広隆は青田淳の前に立っていた。

肩で息する佐藤の姿を、淳は目を丸くして見上げている。



すると淳は、先ほどまでの穏やかな雰囲気とはまた違う、少し鋭い空気を纏ってこう言った。

「佐藤、お前はなぜいつも俺に対して喧嘩腰なんだ?

健太先輩も俺も、お前にとっては同じ様な存在なのか? 理解が出来ないよ」

 

真っ直ぐに佐藤を見据える淳の視線に、少し佐藤はたじろいでいた。

淳は再び穏やかな空気を纏うと、彼に向かって諭すように話し掛ける。

「よく考えてみてくれ。俺にまで憤る必要はないだろう?」



俺がいつ‥と佐藤は小さく反論しかけたが、やがて口を噤んで俯いた。

その様子を見て淳は微かに微笑み、こう続けた。

「佐藤、俺はお前のことが心配だからこんなことを言うんだ。

誰でも彼でもただ闇雲に追い払おうとするのは止めてくれよ。

学科の子達皆、お前が悔しい思いをしていることは分かってる。それを恥ずかしく思う必要もない」


 

淳の紡ぐその言葉を、佐藤は苦々しい思いを抱きながら聞いていた。

けれどもう佐藤には分かっていた。

そんな気持ちになる原因が、自分の中にあるということを。



佐藤は俯いたまま、苦々しさが胸中に広がって行くのを感じていた。

力なく拳を握りながら、掠れた声で呟く。

「‥分かってるんだ‥俺も‥。皆だって‥」



そして佐藤は、哀みを纏って口に出した。

認めたくないけれど、目の前に突きつけられている真実を。

「俺は弱虫なんだってこと‥」



鼓膜の裏に、静香の声が反響した。

ガッカリだわ



彼女に言われるまでもなく、佐藤はもう気がついていた。

誰よりも自分自身が一番、自分に失望しているということに。



黙って話を聞いている淳の前で、佐藤は項垂れた。

苦い気持ちと悲しい気持ちが、再び涙腺を弱くさせる。

「佐藤、」



涙を拭う佐藤に、淳が優しく声を掛けた。

ベンチを軽く叩きながら、「座れよ」と言って佐藤を促す。



それでも動かない佐藤に、淳は再び優しく声を掛ける。

するとゆっくりと、佐藤は淳の方へと歩き出した。



そして佐藤は淳の隣に座ると、暫し口を噤んで俯いた。

その横顔は、四年間辛抱を重ねて来た彼の苦労が滲んでいる。

 

それきり俯いている佐藤の頭上から、淳は彼のことをじっと観察していた。

長い前髪のせいでその表情は窺えない。

 

やがて佐藤は肩を震わせ、小さく嗚咽を漏らし始めた。

眼鏡を外して涙を拭う佐藤の背を、ポンポンと優しく叩きながら淳が言う。

「大丈夫さ。一人で持ち堪えたことだけでもすごいことだよ」



淳は佐藤が自分を見ていないことを知った上で、狡猾な表情を浮かべてこう言った。

「俺もこれ以上同期が被害を受けるのを、見ているだけは嫌なんだ」



淳は口角を歪めながら、柳瀬健太を攻撃する名目を口にした。

”虐められている同期の為”と言う、絶対的な正義を身に纏う。

涙を拭っていた佐藤には、淳のその表情は見えなかった。

佐藤はしゃくり上げながら、優しい言葉を口にした淳に対して言葉を紡ぐ。

「どうしてお前が‥も、もういいよ‥。ガ、ガキみたいだろ‥?」



佐藤はこの後も自身を貶める言葉をブツブツと続けたが、

淳はそんな佐藤の言葉にハッキリとかぶりを振り、こう言った。

「違うだろ。本当に子供っぽいのは健太先輩の方だ」

 

佐藤は俯いた姿勢から目線を上げて淳を見た。思わず涙が止まる。

淳はそんな佐藤と視線を合わせながら、すこし狡猾な表情で言葉を続けた。

「あの先輩の、大学生にもなって他人の物を羨み、欲しがる姿勢は度を越してる。

基本的なモラルさえ無いさ。だから、もう誰も付いて行っていないだろ?」




淳の鋭い視点の意見に、佐藤はまだ目を腫らしたまま頭を巡らせた。

頑なな彼の口元は、ぎゅっと噤まれたまま沈黙している。



淳は再び柔らかな笑みを浮かべると、そんな彼の気持ちを楽にするような言葉を掛けた。

「だからそんなに一人で抱え込むなよ。

佐藤が良い奴だってことは、もう皆分かってるからさ」




佐藤は目の淵にまだ乾かない涙を浮かべながらも、そのまま顔を上げて淳を見ていた。

この四年間で初めて、青田淳という人間と向き合っている気持ちがした。



一人でずっと耐えてきた四年間を、淳も、そして学科の皆も、実は見守ってくれていたのだと微かに思えた。

向かい合う淳の顔は穏やかで、彼は今までの自分の忍耐を認めてくれているのだと、佐藤にはそう思えた。



佐藤は鼻を啜りながら、やがて素直に頷いた。


そして淳は、四年間敵意を向けられて来た彼を懐柔出来たことを確信する。

今彼がどんな表情をしているか、皆さんなら想像出来るのではないだろうか。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<懐柔(2)>でした。

ここの佐藤と淳のやり取りは、淳が佐藤を懐柔し健太を追い込む方向に持っていくための布石だと私は考えています。

泣いている佐藤が淳の方を見ていない時の、あの狡猾な表情や観察するような姿は、

やはり彼の共感能力の乏しさを表しているのでは、と思いました。

(私は佐藤先輩の涙にグッと来た‥!)


次回は<天秤>です。


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懐柔(1)

2014-08-13 01:00:00 | 雪3年3部(淳の登校~彼の裏)
「うっうっ‥うっ‥」



佐藤広隆は、構内のベンチに腰掛けながら涙を拭っていた。

頭の中に、先程の健太の言葉が蘇って来る。

やっぱり佐藤だな!



見下したような表情の柳瀬健太。まるで佐藤が屈服する結末を見越しているかのように。

彼は四年間ずっとそうだった。

すると頭の中に、もう一つ声が響いて来た。

アンタも大概ね



河村静香は、そう言ってバカにしたように嗤った。

自分の不甲斐なさを見事に見破って。

悔しかった。

情けなかった。

佐藤の瞳からは、次から次へと涙が溢れて行く。







するとそんな佐藤の元に、一人の人物が近付いて来た。

彼は手で目元を覆っている佐藤の横顔に、静かに問いかける。

「一人で何してるんだ?」



音もなく現れた彼に、佐藤は目玉が飛び出るほど驚き、飛び上がった。

佐藤は外していた眼鏡を掛けると、予想もしなかった人物が自分に話し掛けて来ていることを知る。

「なっ‥何だ?!」

 

そこに居たのは、彼が四年間ずっと嫌悪し続けたその男だった。佐藤は小さい声でその名を呟く。

「‥青田‥?」



驚愕の表情で自分を見上げる佐藤を見て、淳は目を丸くしていた。

佐藤の声は鼻声で、鼻の頭と目の淵が赤かったからだ。



淳は幾分驚きながら、佐藤の背中に手の平で触れる。

「佐藤どうした?泣いてるのか?!何があった?」「なっ何だよ!関係ないだろ!」



佐藤は手で顔を覆い、決まり悪そうに俯いた。

お前に何が分かる、と言って淳を追いやろうとするが、淳は佐藤の頭上からその原因を言い当てた。

「健太先輩のせいだろう?」



ビクッ、と佐藤の身体が強張った。叩き返すようなリアクションをする。

「ななななんで‥全部知ってるのか?!」



佐藤の問いに、淳は頷いた。先ほど健太と佐藤が言い争っているのを見ていたのだと言って。

全てを知った上で、こうして自分に声を掛けて来た淳‥。淳の腹の中を想像すると、佐藤の心中が苛立ちに燃える。

佐藤は勢い良く息を吐き捨て、淳に対して突っかかった。

「あ~そうかい。俺を嘲笑いに来たってわけかい。早く消えろよ!からかってんのか?!」

 

淳の表情は真剣だったが、佐藤は取り合わなかった。

淳はポケットからティッシュを数枚取り出すと、佐藤に向かってそれを差し出す。

「とりあえず泣くのは止めて、ちょっと話をしよう」



その淳の行動に、佐藤はカッと来た。

差し出されたティッシュが、同情による施しのように感じられたのだ。

佐藤の顔がみるみる歪んで行く。



そして佐藤は、勢い良くそれを撥ね退けた。白いティッシュが何枚も宙に舞う。

「面白いかっ?!」



淳は佐藤の行動に目を丸くしたが、落ち着いたまま彼の名を呼んだ。

「佐藤‥」



目の前の佐藤の表情は、怒りと屈辱に歪んでいた。

ギッと歯を食い縛り、善人ぶった淳の姿勢に腹を立てる。



そして佐藤は、心のままに声を上げた。四年間ずっと青田淳に対して抱いていた、その思いを口に出す。

「気分はどうだ?!今まで俺が毎日毎日健太先輩から虐められるのを見て、どんな気持ちだったんだよ?!

お前が善人ぶってあいつに何か渡すことと、俺が奪われるのは意味が全然違うんだ!!

お前は一生見下されることなんて無いんだから、腹の底から笑ったらどうだっ!?」




怒りのあまり声が震えた。激しい佐藤の心の叫びだったが、淳は冷静にこう言い返す。

「違う。一度も笑ってないさ」



淳は真剣な表情でそう言った。

まるで動じないその淳の態度に、佐藤は幾分たじろぎ言葉に詰まる。



淳は表情を変えぬまま、佐藤と健太に対しての自分の意見を淡々と述べ始めた。

「お前がなぜ俺のことをそんな風に思うのかは分からないけど、

年上で力が強くて、それを武器にお前の物を盗って行く先輩と、そんな先輩にラップトップを奪われたお前と。

俺がどちらをより問題視すると思う?」




佐藤は言葉を紡げぬまま、淳の話をじっと聞いていた。

「俺も先輩が物を返してくれなければ気分が悪いさ。

それに間違ってないのに被害を受けるお前を見て、俺がそれを面白く感じると思うか?」




真剣にそう口にする淳に対し、佐藤は噛み付くことが出来ずに俯いた。

まるで自分がずっと感じていたやるせなさを代弁しているような淳の言葉に、複雑な気持ちになる。



淳は大人しく聞いている佐藤の前で、健太に対する皆の評価を口にする。

「同期達は皆、健太先輩の振る舞いを良くは思っていないよ。今学期は特にそうだった。

佐藤に対してが一番酷いのに、お前が何も言わないから皆耐えているだけなんだ」




その淳に発言に対し、佐藤は心外のあまり声を荒げた。

「なっ何だと?!俺がいつ黙ってたっていうんだ!

俺は‥俺はいつも嫌だって言って来たんだ‥!」




佐藤は悔しさを噛みしめるようにしてそう言ったが、淳は淡々とそれに反論した。

「その程度の意思表示では、通じないじゃないか」



佐藤の能力を俯瞰して語るようなその淳の態度に、佐藤は再び腹の中が煮えくり返った。

佐藤は大きく足を踏み鳴らしながらその場で立ち上がると、淳に向かって大声で叫ぶ。

「いい加減にしろ!バカにするのは止めろっ‥!」



そして立ち上がった佐藤は、淳のことを見下ろして見せた。

肩で息しながら悔しさに顔を歪める佐藤のことを、淳は目を丸くしたまま見上げている‥。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<懐柔(1)>でした。

淳と佐藤の2ショット、珍しいですね~。

そしてなぜ先輩はずっとリュックを背負っているのか‥。


先輩の「泣いてる?泣いてる?」攻撃が佐藤にまで及ぶとは‥想定外でしたね^^;


次回は<懐柔(2)>です。


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