外国語学習において、
意識的学習と無意識的習得を対立的にとらえる向きがあります。
語学学習はすべてが大事!何かと何かを対立的に捉えているときは
理論に根本的な不備があると思います。
外国語学習においては
意識的学習→過剰学習→無意識的習得
が原則だと思われます。
習得すべきスキルへの意識的集中なしに無意識的習得もあり得ないと思います。
最近話題の『ドラゴン桜』では
「車のナンバープレートの数字を見ると四則演算で答えが10になるように無意識に計算してしまう東大生」のエピソードが紹介されていました。
今春から片道1時間の長距離ドライブ通勤になってヒマなので
やってみることにしたのです。
最初は何がなんだかわからず、答えも10には、なかなかなりません。
それでもヒマですから、断続的に続けていくうちにできようになったのです!
最初のうちは、ある程度の集中力が必要でしたが…
過剰学習の成果でいくつかの解法パターンも開発し
ふと見た瞬間に結果が10!ということもよくあります。
ナンバープレートを見ると、ついつい「無意識に」計算してしまうので「意識的に」止める努力をすることも。
言語習得も、こうだと思います。
日本語ですが、「まるっこい」という言葉を覚えた子供が
「四角っこい」という新語を意識的に作って
周りの大人の反応を見ていた、という話を聞きました。
母語習得でも意識的学習が行われている場面もあるのですね。
外国語習得において意識的学習が「悪」であるかのような
風潮が一部に見られるようですが、
意識の集中と過剰学習こそが言語習得の王道であると、
あらためて強調したいですね!
どこに意識を集中すべきなのか?
そこが指導者の腕の見せ所なのですねぇ。
意識的学習と無意識的習得を対立的にとらえる向きがあります。
語学学習はすべてが大事!何かと何かを対立的に捉えているときは
理論に根本的な不備があると思います。
外国語学習においては
意識的学習→過剰学習→無意識的習得
が原則だと思われます。
習得すべきスキルへの意識的集中なしに無意識的習得もあり得ないと思います。
最近話題の『ドラゴン桜』では
「車のナンバープレートの数字を見ると四則演算で答えが10になるように無意識に計算してしまう東大生」のエピソードが紹介されていました。
今春から片道1時間の長距離ドライブ通勤になってヒマなので
やってみることにしたのです。
最初は何がなんだかわからず、答えも10には、なかなかなりません。
それでもヒマですから、断続的に続けていくうちにできようになったのです!
最初のうちは、ある程度の集中力が必要でしたが…
過剰学習の成果でいくつかの解法パターンも開発し
ふと見た瞬間に結果が10!ということもよくあります。
ナンバープレートを見ると、ついつい「無意識に」計算してしまうので「意識的に」止める努力をすることも。
言語習得も、こうだと思います。
日本語ですが、「まるっこい」という言葉を覚えた子供が
「四角っこい」という新語を意識的に作って
周りの大人の反応を見ていた、という話を聞きました。
母語習得でも意識的学習が行われている場面もあるのですね。
外国語習得において意識的学習が「悪」であるかのような
風潮が一部に見られるようですが、
意識の集中と過剰学習こそが言語習得の王道であると、
あらためて強調したいですね!
どこに意識を集中すべきなのか?
そこが指導者の腕の見せ所なのですねぇ。