ヒマローグ

毎日の新聞記事からわが国の教育にまつわる思いを綴る。

ありがとう、でも

2018-07-13 07:45:59 | 我が国の教育行政と学校の抱える問題

「ありがとう、そして」7月3日
 竹島一登記者が、『管理より支援を』という表題でコラムを書かれていました。その中で竹島氏は、娘さんが起立性調節障害で苦しんでいらっしゃったときの学校対応を評価しています。一方で、最近の「ネオ文教族」が主導する教育改革を批判し、『政治が教育を語ると、即効性を求めて管理や競争強化に傾きがちで、実際には文部行政も翻弄されてきた。ただ、子どもの発達には先生たちの豊かな経験や専門性を発揮できる環境が必要ではないか。それを支援する政治であってほしい』と書かれていました。
 ありがとうございます、よくぞ書いてくださいました、という気持ちです。私がこのブログを長年続けて訴えたかったことを、竹島氏が明解に書いてくださいました。大手メディアの中にもこんなお考えの方がいらっしゃるのだと、本当に嬉しくなりました。
 私だけでなく、この竹島氏の主張に賛成の方は、一定数はいらっしゃることと思います。ではそういう方々は、「先生たちの豊かな経験や専門性」ということについて、どのようなイメージをお持ちでしょうか。同じ言葉で表現されていても、一人一人が描くイメージは大きく異なっているのではないか、という気がしてなりません。そしてそのことが、「先生たちの豊かな経験や専門性」派の主張が力をもてず、「管理や競争強化」派に負ける理由になっているように思えるのです。
 例えば、「豊かな経験」です。民間企業で学校とは異なる経験をしている人、というイメージをもつ人がいるはずです。あるいは、ボランティアで弱い立場の人により添った経験をもつ人などもイメージされるかもしれません。さらに、カウンセラーやソーシャルワーカー、小児科の医師や看護師など、教員とは異なる立場で子供と接してきた人も望ましい経験者とされそうです。そうした具体的な経歴ではなく、人生に置いて挫折とそこからの立ち直りを経験した人などという考え方もあるかもしれません。
 では、「専門性」についてはどうでしょうか。大学院を出た人、つまり修士や博士の資格をもつ人、あるいは学部卒であれば、国立や早慶上智のような「一流大」卒をイメージする方が多そうです。実際、「今度の先生、早稲田卒なんだって。ラッキー」という保護者の会話を聞いたことがありますし、教員資格を院卒にという提案もありました。同じような発想で、一流の民間企業に籍を置いた人なども人気がありそうです。TOEICの高得点獲得者も一目置かれるケースが多いですし、最近で言えば、プログラマー経験者なども引く手あまたかもしれません。
 こうして並べてみると、要は教員を続けることで身に着けたり高めたりすることができる「経験や専門性」ではないことが共通していることが分かります。逆の言い方をすれば、大学を出て教員一筋というような教員は、あまりよいイメージがもたれていないということです。私は、この一筋派です。だから自己擁護だと言われそうなのですが、敢えて言わせてもらいます。教員に必要な「経験や専門性」のほとんどは、教員として職務を遂行していく中で、OJTによって身に着けるしかないと。
 ノーベル賞受賞者であれば良い理科の教員になれるか、金メダリストであれば良い体育の教員になれるか、直木賞の受賞者であれば良い国語の教員になれるか、音コン優勝者であれば良い音楽教員になれるか、いずれもNOです。
 発展途上国で難民支援をしてきた人、幼児期に虐待を受けリストカットを繰り返した人、臨床心理士として悩みをもつ子供に寄り添ってきた人ならば、子供に優しく接し子供たちと良好な人間関係をつくりつつ規律ある学級をつくることができるか、これも残念ながらNOです。
 考えても見てください。医師でも、弁護士でも、一流のシェフでも、人間国宝の落語家でも、将棋や囲碁のタイトル保持者でも、専門家はみな、その道に精進することで専門家としての地位を築いてきているのです。他の職や分野での経験が何らかの影響を及ぼすことはありえますが、基本はその道における地道な努力なのです。
 民間企業経験者を特別枠で採用する、大学院卒を待遇面で優遇する、こうした「ネオ文教族」が推進してきた政策には、専門性に対する間違った認識があったのです。彼らだって専門性不要とは考えていないはずなのですから。ですから、教員の専門性について、きちんとした共通理解なしに、竹島氏の主張に賛同しても、結果としては逆の方向性を支持する側にまわっていたということになってしまう可能性があるのです。
 スクールカウンセラー制度が始まったときから存じ上げている臨床心理士の女性は、自分のカウンセラーとしての専門性には確固たる自信をもち、学校側に対してしばしば耳に痛いことも言われましたが、その一方で、「私には、30人以上の子供に同時に目を配り、集団を管理していく学級担任の仕事は絶対に出来ない」とも言っていました。本当の専門家は、多分野の専門家の存在意義と価値を知っているのです。人間を教え導く仕事だから教員には人間性が大事というようなことを言う人は、教員の専門性を理解していない人なのです。

 

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