ヒマローグ

毎日の新聞記事からわが国の教育にまつわる思いを綴る。

年齢タブー

2017-02-12 09:43:04 | 我が国の教育行政と学校の抱える問題

「なぜ話題にならない?」2月1日
 『「高齢者は75歳から」の是非』という見出しの記事が掲載されました。日本老年学会が、『医療や介護などで「65歳以上」とされてきた高齢者の定義を「75歳以上」に見直すべきだと提言した』ことに関する記事です。私が気になったのは、何歳から高齢者という議論の中身ではなく、『そもそも、年齢を基準に物事を決めることは必要なのだろうか』という記者の問題提起についてです。
 今、国のレベルでも、自治体レベルでも学校教育改革が巡る議論が盛んに行われています。その中で触れられない問題があります。男女別学の問題もその一つで、これについては過去にこのブログでも言及しています。もう一つ、6歳になった後の4月に小学校に入学し義務教育を開始するという、「年齢基準」の問題です。
 私はボーッとした子供でした。小学校に入った4月の下旬、紙製の鯉幟を作るとき、学級で私一人だけできなかったほど「遅れた」子供でした。私自身のことを持ち出すまでもなく、6歳くらいの時点では、子供一人一人の個人差が大きいことは、小学校の教員であれば、体感していることです。大人顔負けのおませさんもいれば、昔の私のように幼稚園の年中さんレベルという子供もいます。
 小学校の集団生活に適応できない子供の存在が、小1プロブレムなどと騒がれていますが、その対策として、一律に6歳の4月という「年齢基準」で入学させるのではなく、5歳から7歳というような幅をもたせ、その子供の発達段階に応じて義務教育を開始するという制度改革を唱える人や自治体がいません。どうしてなのか、というのが私の疑問です。
 学校理事会制度、学校選択制、小中一貫校・中高一貫校、落第・飛び級制度など、実現されたもの、実現はされていないものの議論の対象になっているものを含めれば、数次にわたる戦後の教育改革では行われなかった大胆な制度改革が議論される中で、年齢基準の問題だけは、誰も触れないのです。
 特に「落第・飛び級」制度は、ある意味「年齢基準」を見直す側面もあり、同じ発想で義務教育の開始時期についても議論されることは不自然ではありません。私は、5~7歳の幅をもたせろと主張しているのではありません。議論の結果、導入が見送られるのであればその方がよいと思っています。ただ、とにかく目新しい改革を、と自治体間で競い合っているような状況の中で、この問題にだけ目が向けられないことに不思議な思いがしているだけです。
 長い人生、1年くらいの後先は大した問題ではないはずなのですが。浪人や留年に関する人生相談では、多くの「識者」がそう言っていますよね。

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