ヒマローグ

毎日の新聞記事からわが国の教育にまつわる思いを綴る。

ごく自然に近くにいて

2019-09-15 08:16:44 | 我が国の教育行政と学校の抱える問題
「イメージ」9月10日
 火曜日の連載コラム「読書日記」は、東京工業大リベラルアーツ研究教育院長上田紀行氏が担当でした。その中で上田氏は、砂川秀樹著「カミングアウト」を取り上げていらっしゃいました。本の内容に触発され、上田氏は、若い頃の後輩のカミングアウトについて述懐されています。
 『彼は自分がゲイだといい、「でもゲイのパーティーに行くと、セックス目当ての人が多くて。ぼくは本当に深い話ができて、一生お付き合いできるパートナーを求めているのに」と言った』と。そして、『ゲイやレズビアンはセックスのイメージを喚起してしまう。それはカミングアウトの障害にもなる』と指摘なさっているのです。
 ハッとさせられました。私も、ゲイやレズビアンという言葉から、「セックスのイメージを喚起」してしまう人間だからです。私は頭でっかちな人間です。何事も理屈で考え、大筋はとか、方向性はという捉え方をしてしまう傾向があります。一人一人の人間の心の中を想像してみるという働きが弱いのかもしれません。ゲイやレズビアンについても、性愛の対象が~という教科書の解説的な捉え方をしてきました。
 私は異性愛者です。若いころほどではありませんが、今でも性には関心があります。だからこそ、無邪気に(異性との)性について語ることには抵抗感があります。同じように、ゲイとレズビアン→性のイメージ→何となく語りにくい→建前論だけで深入りしない、というような対し方になっていたのです。
 子供に指導するときにも、他人を愛するのは人としての本能的な欲求であり、その他人が異性か同性かという違いはあっても~というようなニュアンスで説明してきたのです。そのとき私の頭の中には、他人を愛する→セックスをする的なイメージがあり、それを子供の前で口にするのはちょっと、というブレーキがかかり、本質的な深まりに欠けていたのです。
 老いた夫婦がいます。性的な関係は絶えて久しくありません。でも、互いに愛する気持ちはむしろ強まってくるばかりです。つれあいがいなくなり、一人で生きる時間を考えると、恐ろしさに震えが止まらなくなります。人生を共にする、ごく自然に近くにいてくれる、そんな存在が涙が出るほどありがたいのです。こうした人間の心のありようは、若い人にも想像がつくと思います。
 同じなのです。ゲイもレズビアンも、この老夫婦と同じように、人生の同伴者がを求めているのです。そのとき、セックスは無視できませんが、いくつかの重要な要素の一つに過ぎないのです。
 現役の教員の皆さんは、セックスを喚起派から、脱することができているでしょうか。
 
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