「教員の資質」1月14日
『人手不足解消 担当すみ分け 人工知能と同僚に①』という特集記事が掲載されました。様々な場面で、AIが従来人間が行ってきた業務を代替するようになっている現状と今後の動きについて報じる記事です。その中に、『人間しかできないのは、抽象概念で考える創造的な仕事、コミュニケーション力が必要なもの、マニュアル外の事態に対応すること』という記述がありました。
以前、このブログで、AIで代替できない仕事の中に小学校教員が挙げられていた記事を紹介したことがあります。2つの記事を関連づけると、小学校教員に必要な資質・能力
は、「抽象概念で考える創造力、コミュニケーション力、マニュアル外の事態への対応力」ということになります。これらの資質・能力について少し考えてみたいと思います。
コミュニケーション力は、伝える力と受け取る力です。しかしこの2つは別の能力ではありません。伝えるためには、自分が伝えたつもりになっていることが本当に正しく相手に伝わっているかどうかを確認する力が必要です。例えば、質問して相手の理解度を知るというようなことです。目の前の子供が理解しているかどうかに気を配らず、講義ノートを読み上げ、板書して「写しておきなさい」というような一歩通行は、どんな名講義であっても、良い授業とは言えないということです。
さらに受け取る能力も、単に子供の発言の意味を正しく理解するということではないのです。人は何の反応もない壁に向かって話し続けることはできません。反応が必要なのです。子供の発言(非言語表現も含めて)に対し、「私はあなたの話に関心をもっています」、「とても面白い見方ですね」、「へーそうなんだ、一つ聞きたいことがあるんだけど」というように反応=評価を伝える行為があって初めて子供は話そうという意欲、考えてみようという動機をもつのです。
マニュアル外の対応とは、機転が利くというようなことではありません。お笑い芸人がタイミング良く突っ込んだりぼけたりするのとは違うのです。お笑い芸人は、観客を喜ばせればよいのであって、相方の心情を考える必要はありません。というよりも、観客が笑えば、相方も嬉しいはずです。
しかし、授業中にしろ、生活指導にしろ、子供の予想外の言動等への対応は、その子供とそれ以外の大勢の子供の双方の心情や思いに配慮する必要があります。そこで必要なのは機転ではなく、深い子供理解です。一人一人の子供に対する深く、共感的な理解があってこそ、適切な対応がとれるのです。
また、授業に限れば、教材や指導計画に対する事前研究の深さが、想定外の状況への対応を可能にします。学習指導案にどれだけ多くの、「予想される児童の反応」を書き込めるかということです。これは、きちんと額指導案を作成し、記録し分析するという繰り返しの中でしか培うことができない能力です。
最後に、創造力です。教員にこんなものが必要なのかと思われる人がいるかと思います。しかし、現在全国の小学校の教室で、様々な教科の授業で取り入れられている一般的な指導法、そのほとんどが、過去数十年に亘る、何人もの無名の教員が試行錯誤して生み出したものが、多くの教員によって磨き上げられ、微調整され、形になったものなのです。
そうした伝統があるからこそ、次々と学校に持ち込まれる、新しい教科、新しい単元、新しい教育課題が、数年後には学校に定着してきたのです。現職の教員は、ただ先人の蓄積を消費するだけでなく、自分も新しい何かを積み上げ後輩に残すことが使命なのです。それが教員の研究です。
自分はAI時代にも必要とされる教員なのか、自己点検を欠かしてはなりません。








