ヒマローグ

毎日の新聞記事からわが国の教育にまつわる思いを綴る。

自分たちだけが知っていても

2020-10-23 08:20:46 | 我が国の教育行政と学校の抱える問題

「教員だけでは」10月19日
 『コロナ機に過剰業務再考を』という見出しの記事が掲載されました。横浜市立日枝小学校校長住田昌治氏へのインタビュー記事です。その中で住田氏は、教員の過剰業務の見直しについて触れ、『まずは一人一人の先生が、その地域における学校の存在意義や教育方針について今一度考えることです。そうすれば、絶対に外せない業務とそうではないものがおのずと見えてくるのではないでしょうか』と話されていました。
 私はこのブログで、教員の多忙化について指摘し、今までの学校教育改革が、学校や教員に新たな課題を増やす方向でしか行われておらず、スクラップ&ビルドの発想に欠けていることを問題視してきました。ですから、住田氏の問題意識には共感します。
 あれもやります、これもお任せくださいという改革は、学校教育という「教育サービス」の消費者である国民には喜ばれますが、それでは学校は疲弊し崩壊してしまうということです。
 こうした改革は、いわば「バラマキ」です。減税や、○○給付金、△△補助金、◇◇支援金などを配るといえば、そのときは誰もが喜びますが、そんなことを続けていればやがて財政が破綻しハイパーインフレが起きて国民生活が滅茶苦茶になる、それと同じです。しかし、減税は歓迎されますが、増税は支持されにくいように、何かを削る改革は難しいのが常です。
 それだけに、教員の業務削減も、よほどの覚悟で始めないと成功は難しいのです。住田氏は、その方法として、一人一人の教員の意識改革を掲げています。もちろん、必要なことです。しかし、教員だけがいくら「~は学校にとって絶対に必要だが、…はそうではないので業務から外し教員の負担軽減を図るべきだ」と主張したところで、そんな主張は教員のわがまま、ただ単に楽がしたいだけ、子供のために我が身を削るべき教育者にあるまじき身勝手、と言われてしまうのがオチです。
 必要なのは、現実に基づいた冷静な分析と評価です。教員の現実の勤務時間と建前上の勤務時間の比較、ある業務に費やす時間と労力とそのことで損なわれる業務とその損失、そうしたものを時間軸で過去と比較し、空間軸で諸外国と比べる、などです。そしてそうした客観的な事実を冷たい数値による比較で終わらせることなく、現場にいる人間にしかできない「生々しい物語」として語ることが大切だと考えます。
 数日前、このブログで、コロナ禍の現場医師の声がもっとも市民を動かしたという話を取り上げました。同じなのです。冷静な分析と熱い言葉、この相乗効果こそが世論を動かすのです。それができるのは、今教室で子どもと向かい合っている教員だけだということを自覚してほしいものです。

 

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