ヒマローグ

毎日の新聞記事からわが国の教育にまつわる思いを綴る。

ここでも「スクラップ&ビルド」

2021-01-01 09:13:40 | 我が国の教育行政と学校の抱える問題

「取捨選択」12月27日
 教育面の連載記事『今月の大学』では、群馬大学を取り上げていました。『群馬大 増やせ手話教員』という見出しがつけられた記事の中に次のような記述がありました。『教員養成課程で、手話通訳の資格取得を目指すコースを取り入れている』。
 同大の金澤貴之教授は『「手話ができる教員」が増えれば、ろうの子供の可能性は広がる。一方で、手話通訳レベルの習得は時間がかかっているのが現状で、養成と共に効果的、効率的な手話の取得方法についても研究を進めたい』と話されているそうです。
 大変良い取り組みだと思いました。私はこのブログで再三述べてきたように、特別支援教育については、何が何でもインクルーシブ教育を推進すべきという考えではありません。しかし、ろう教育においては、インクルーシブ教育が望ましいケースが非常に多いと考えています。そしてその際には、教員が手話を使うことができるか否かということが、その成否に大きな影響を及ぼすとも考えています。
 ですから、教員養成において、手話を学ばせることには大賛成です。しかし、金澤氏が指摘なさっているように、手話の習得には多くの時間と労力が必要だと思われます。金澤氏は、効果的な修得方法を開発することでその壁を乗り越えようとなさっています。ぜひ期待したいものですが、私はもう一つの方法を検討すべきだと考えています。
 それは、教員養成課程のスクラップ&ビルドです。各大学における教員養成課程の中には、よく言えば伝統的な、悪く言えば旧態依然な内容が残っているように思われてなりません。あるいは、きちんとした検証がないまま、何となく惰性で継続しているようなものが。私が学んだ数十年前でさえ、大学で学んだことのほとんどは現場では役に立ちませんでした。
 私は学校教育について、外部から新たな教育課題が持ち込まれるばかりで、このままでは学校はパンクしてしまうと訴えてきました。今教育改革に必要なのは、何を導入するかではなく、何を捨てるかだという主張をしてきました。教員養成も同じです。手話を全ての教員養成課程で導入し、その分何を削るのかという発想での改善を進めるべきだと思います。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする