コトナな理学療法士ツネさんのブログ

理学療法士であるツネさんの出来事・考えていること等々を徒然なるままに書いています。

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「患者・家族の立場で考えないと」と言われますが…

2016年08月03日 23時00分00秒 | 現勤務先あれこれ


職場内・研修会等にて繰り返して「患者・家族の立場で考えること」の必要性を説かれます…現勤務先において事ある毎に「他人から自分自身が不快感・嫌悪感を抱く行為をされると嫌でしょ?」「患者の愁訴に耳を傾けて相手側の立場で物事を考えるべき」と言う作業療法士…相手側の視点・立場にて物事を思考・共感する行為自体に関しては 普段の日常生活にてコミュニケーションを図る上でも必要不可欠のことであるため異論は無い一方で 医療・福祉関係者が発する「患者・家族の立場で物事を考えるべき」という言葉の裏には私的な感情を抱えていると感じてしまう臍曲がりなワタクシです(汗)。

 

自転車トレーニングにて通ることが多い中山間地域の水汲み場において写真のような掲示物が貼られていますた…「自分の家の周りにゴミを捨てられたら どんな気持ちになるか 考えたことがありますか?…」という文面を一読する限りでは水汲み場の管理者が主張する内容は同意する一方、主観的かつ感情的に訴えることにより自らの主張を正当化する行為に対して違和感を覚えますた(汗)。

 

関心相関性の原理を踏まえると 上記のケースに関しては「個人の感情・価値観を他人へ押し付ける行為」であるように思いますし、故中川米造氏(医療人類学者・医師)が ある文献にて「患者のためと称して自分の発言・行為を正当化している」と述べていたことからも「自分自身の主張内容を相対的あるいは間主観的に論拠することが難しいため 主観的あるいは感情的な事柄を引き出すことにより 自分自身の正当性を示している」ように思います。



約10数年前にワタクシの母親が脳梗塞/右片麻痺+右大腿骨頸部骨折/大腿骨頭置換術後となって患者家族の立場になって数多くの感情を抱きますたし、(理学療法士としては)患者の感情・思考を理解するように努めたものの 導き出された結論は「患者となる日までは家族・知人の立場でも患者の気持ちは絶対に分からない」ということを勉強させて戴きますたwww…2人称の視点からは1人称の視点を妄想することは出来る(爆)一方、1人称の視点に立つことは不可能であることに加えて 2人称の視点では医療従事者としての間主観性を見失って理学療法士としての業務遂行すら難しい状態に陥るのではないかと愚考する次第です(汗)。



「患者の立場で考えないと…」「患者のため…」といふ言葉が発せられる背景には(無意識のうちに)医療従事者が自分自身の主張を正当化させたい意図が見え隠れしており、それらを裏付ける根拠も欠落している状態にあると思います…少なくともワタクシの周囲には「自分自身は患者・家族のことを考えている…」と傲慢・横柄な態度をとる医療従事者が多い印象ですし、「患者・家族のため…」と叫ぶ医療従事者ほど 患者・家族の立場を考えていない場合が多いのは何故なのでしょうか??…ダレカオシエテクダサイ。
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