ピーナッツの唄

毎日の出来事、特にスポーツ観戦、読書や映画等の感想を中心に、好奇心旺盛に書いています。

豆菓子

2008-01-23 16:28:06 | 郷里山形の事
小生はおやつによく豆菓子を食べる。主に郷里山形の「㈱でん六」の豆菓子である。
あの「でん・でん・でん六豆、美味い豆」のTVCMでおなじみのあれである。
大正13年に鈴木伝六氏が創業して「でん六豆」を売り出したのが初めてだそうだ。
創業者の名前から「でん六豆」と名づけられたのは有名な話のようである。
小生が若い時に亡き父親が、これは美味いぞと荷物の中に何時も入れて送ってくれた。
「でん六豆」の他に甘納豆も好きだったが、随分長い間、食べ続けていることになる。
ピーナッツを緑色の衣でくるみ、甘くコーティングした「でん六豆」は今や全国版だ。
そして豆菓子の総合メーカーとして、今は3代目の当主が「㈱でん六」を守っている。
もう直ぐ節分だ。節分豆に赤塚不二夫氏デザインの鬼の面をオマケに付けたのでも有名だ。

「孫」が2~3歳の頃遊びに来ては「じいじのお豆ちょうだい」と良くねだられたものである。
ママが中身のピーナツが固いので豆だけ取り出してあげてと言ったことを思い出す。

現在は「でん六豆」の他に4種類の豆菓子の入った、「特選豆菓」がご贔屓だ。
ピーナッツをスパイス、イカ、黒砂糖、えび味でコーティングしてある。実に美味しい。

「マメ」を「マメマメ」しく食べて「健康(マメ)」に生きていきたいものだ。

山形居住のしらほさんが「しらほぶろぐ」の山形探訪10/30で紹介している。

           

           
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「朝令暮改」?プロ野球界

2008-01-22 14:11:09 | 野球
昨日にプロ野球実行委員会が開催されたニュースがあった。それを読み「朝令暮改」の四字熟語を思い出した。

そのなかで実行委員会理事の巨人Gが、今季のCSからリーグ優勝のチームには、一勝のアドバンテージを与えることを提案したそうである。セ・リーグの総意として検討されることになったようだ。まったく性懲りもない球界に驚いてしまった。昨年パ・リーグのプレイオフ制度での終盤での盛り上がりを受けて、セ・リーグもCS制度の導入を決めた。
その時にパ・リーグ式のCS優勝チームをリーグ優勝とはしない。その替わりにCSではリーグ優勝チームには一勝のアドバンテージを与えないと強引に決めてしまった。さらに折角のCSの試合数を一試合減じるのは営業面からも好ましくないとの判断もあったようだ。ところが昨季は折角リーグ優勝した巨人GはCSで敗れて日本シリーズに進めなかった。その反省からやはりアドバンテージを与えることを推進しようとしているようだ。

球界の改革のひとつとして、小生も大きく評価した制度に交流試合の導入があった。しかし昨季からセ・リーグ側の提案で2連戦の変則日程として、試合数を減じてしまった。3連戦から2連戦にしたこと交流戦の興味を半減する結果を招いたと思う。どうもセ・リーグ側が苦手な短期決戦を出来るだけ回避したいのと、自リーグでの試合数を減じることに抵抗があったようだ。

そして今回の提案。プロ野球界の盟主を自認する巨人Gが、何が何でも日本一たらんとする野望が見え隠れするようだ。ナベツネ率いる読売グループは、巨人Gが日本一に成ることこそが、今後もプロ野球界を牛耳る道だと思い込んでいるようだ。

今季も大型補給を、それもセ・リーグの弱小チームから実施した巨人G、阪神Tには「弱肉強食」の四字熟語が似合いそうだ。ただこの大型補給をしていながら「羊頭狗肉」の結果にならなければと老婆心ながら心配してしまった。


今日のホロリ
スーパカートリオの一人として活躍したが加藤博一さん(阪神、大洋)が肺がんで亡くなった。享年56歳だった。・・・・・合掌

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音痴を忘れて

2008-01-21 17:34:01 | 勉学
関東地方は昨夜から雪の予報。雪が積もったら生涯大学への送り迎えはイヤダとカミさん。下の娘も電話で雪なら何も無理して行く事ないじゃん、と無責任な発言。しかし小生は今日の午前中の講義はやはり受けたい。題して「音楽に親しむ」。そして今朝、何とか雪は薄っすらと屋根に見える程度で、無事に通学できました。

講義は声楽家で長く県内の高校教諭だったK先生。ピアノ演奏もピアニストのK先生が付く。小生にとっては幼少の頃より全くの不得手の分野が音楽だ。自慢じゃないが音痴の家系である。最近の飲み会は、全てカラオケ付きが常識の如く蔓延している。何時もだんまりを決め込む。

15分間の発声練習から始まり、姿勢のありかたや心構えを教わり全員で楽譜を見ながら歌う事に。特に高齢者向きに選曲されたのか、子どもの頃から良く知っている歌が主である。
選曲されたのは「スキー」「故郷」「遠くへ行きたい」「出船」「どじょっこだのふなっこだの」そして「雪の降る街を」の6曲だった。概して楽譜を読むのは全く苦手な小生だが、先生が平易に解説してポイントを指摘してくれる。
そうして200人程が大声で歌うのである。実に爽快であった。自分が音痴であることも忘れる。
特に「故郷」は何時もジーンとくる曲だし、「出船」は中学を卒業する時に卒業生を前に先生達が歌って送り出してくれた曲だ。それを思い出しながら歌っているとつい涙ぐんでしまう。
先生が選曲した曲にはそれぞれに特徴があり、歌い方を具体的に指導して頂けたのが有り難かった。

ピアノの先生がソロ演奏で「星に願いを」、声楽家の先生は素晴らしい独唱で「オーソレミオ」を続けて聞かせて頂き、講義は終了した。楽しい2時間であった。

これなら苦手のカラオケで練習して、是非次の飲み会では何か歌ってみたいと思ってしまった。
世のカラオケフアン、ポップスフアン、若い諸君には笑われてしまうような内容になったが、我等の世代は楽譜を読めない世代である。小生もその内のひとりだ。



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「ボケません音頭」

2008-01-20 15:23:07 | 独り言
お陰様で何とか健康が回復していると自負している。
しかし頭脳の方はどうかなと?思うこの頃です。認知症の始まりかなとも懸念している。良く忘れ物をしている。固有名詞がなかなかでて来ない。漢字が思い浮かばない。
これではいけないとと思いながら、少しづつ始めたのが脳トレだ。毎日少しづつ続けている。

一つは「音読」である。新聞のコラムや社説を声を出して読むのだ。音読用の本も出ているそうだが安上がりに毎日の新聞を利用する。
二つ目は「数独」への挑戦だ。毎日数例づつに挑戦している。レベル3~4位の問題を解く。結構な時間を掛けているが、これはなかなか面白い。レベル5クラスはさすがに難しい。
三つ目は折紙だ。随分前に雑誌に出ていてものだが、簡単な箱を折り込むものだ。材料は新聞の折込チラシを使う。手先の細かい作業も脳に刺激を与えるので良いらしい。
今日も短時間ながら脳トレに励んでいるが、認知症の進行に歯止めが掛けられるか疑問だ。

こんな風に折紙の箱が出来る。カミさんにはこんなに折ってと叱れるが時々処分する。

           

企業OB達のメーリングサークルのひとりが、高齢者の会で歌う「ボケません音頭」を紹介してくれた。どうも「松ノ木音頭」の替え歌らしい。
どうも「ボケない」生活を送るのも難しい。特に二番は小生には縁が遠いようだ。

         1. 風邪をひかずに 転ばずに
            笑いを忘れず よくしゃべり
           頭と足腰 つかう人
            元気のある人 ボケません

         2. スポ-ツ・カラオケ・囲碁・俳句
            趣味のある人 味もある
           異性に関心 持ちながら
            色気ある人 ボケません

         3. 年をとっても 白髪でも
            頭は、禿げても まだ若い
           童謡歌って アンコ-ル
            生きがいある人 ボケません

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着メロでなく「駅メロ」

2008-01-19 16:22:06 | 独り言
ケイタイではほとんどの方が着メロを使っている。
電車の中や飲食店などでも派手なメロディーを聞いていると実に腹が立つ。
生涯大学でも一年生200人全員が受ける講義がある。すると必ず何人かのケイタイで派手な着メロが響く。マナーモードにしておけよと思う。高齢者ばかりなので結構大きな着メロの音なので余計に響きわたる。

ケイタイの着メロだけだと思っていたが、意外にもJR駅にも「駅メロ」というのがあるのを知った。
通常は忙しく乗り降りしているのであまりに気を留めなかった。電車の発車を知らせるあれである。JR東日本の首都圏管内でも、10年ほど前からけたたましいベルから、ブザーへそしてメロディーへ変わってきた。1989年には新宿、渋谷両駅から始ま った。民営化後の「ソフト路線」の演出に新入社員の提案から生まれた。

主なJRの「駅メロ」を紹介してみよう。(首都圏だけ。但し神奈川支社管内は採用していないらしい)
● 定番の唱歌や童謡を使っているのが結構多いようだ。
 品川駅ーー「鉄道唱歌」(新橋駅でない、品川ー横浜間の営業が日本最初の鉄道の始まり)
 駒込、武蔵小金井駅ーー「さくらさくら」(染井吉野の発祥地と小金井公園の桜の名所から)
 木更津駅ーー「証城寺の狸囃子」(ゆかりの証城寺がある所以だろう)
 館山駅ーー「浜千鳥」(美しい太平洋の姿がうかぶようだ)

● 映画音楽を使用している駅もある。
 蒲田駅ーー「蒲田行進曲」(あまりにも有名な名画からの採用だ)
 恵比寿駅ーー「第三の男」(ビールメーカーのCMで使われた、そのメーカーの工場があった)

● 野球チームやJリーグチームの応援歌、球団歌。
 水道橋駅ーー「巨人Gの球団歌」(東京ドームの最寄駅である)
 海浜幕張駅ーー「千葉ロッテMの応援歌」(言わずと知れた千葉M球場の降車駅だ)
 浦和駅ーー「浦和Rの公式サポーターズソング」(熱狂的なサポーターが実に多い)
 蘇我駅ーー「J千葉のサポーターソング」(専用競技場の最寄駅になっている)

● その他の主な「駅メロ」
 高円寺駅ーー「阿波踊り」(ただし8月頃。本場ゆずりの阿波踊りが見られる)
 高田馬場駅、新座駅ーー「鉄腕アトム」(手塚治虫氏の所縁の場所がある)
 舞浜駅ーー「ディズニー関連曲2曲」(ご存知のTDLリゾートの最寄駅だ)
 西立川駅ーー「雨のステーション」(松任谷由美さんが歌の舞台に選んだことによる)

他にも新幹線の発車メロディーや地方の駅にも、その地にゆかりの「駅メロ」があるそうだ。
新幹線や電車を利用される際は、これらの「駅メロ」にも耳を澄まして頂いたらどうだろうか。


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岡田ジャパン始動

2008-01-18 15:47:31 | サッカー
997年11月17日、マレーシア・ジョホールバル。
フランスW杯のアジア第3代表決定戦。相手はイラン、2-2で迎えた延長後半の13分。
呂比須ワグナーが奪ったボールを、中田英寿が強引に持込みシュート。GKがこぼした。
そのボールを猛然と走り込んだ、岡野雅行がスライディングしながら右足で押し込んだ。
W杯に挑戦してから43年目にしてW杯本選に初の出場を決めた瞬間だった。
この予選の中途で日本チームは加茂監督を解任して、岡田コーチを後任監督に据えた。
背水の陣で臨んだ決定だったが、その結果で一躍「岡ちゃん」は国民的ヒーローとなった。

今回オシム監督のアクシデントの後を受け、サッカー協会は再び、岡田監督を選定した。
初出場のフランスW杯は、無残な3連杯を喫して岡田監督は辞任していた。
岡田監督はJリーグの「札幌K」と「横浜M」の指揮をとって素晴らしい結果を残した。
あのフランス大会時と根本的に違うのは指揮者としての力を充分に蓄えてきたことだ。
オシム監督により日本チームは底力が徐々についてきている。
オシム流の継承を元に、さらに飛躍するチームつくりに、強力な助っ人が帰って来た。
帰国して「浦和R」に復帰し常時代表選手入りを目指す高原選手の存在だ。

妥協を許さない姿勢で、フランスでの屈辱を南アフリカで晴らす。そんな決意が見えてくる。
岡田ジャパンの始動に、力強い日本代表の姿を見た思いだ。

練習での岡田監督

              
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「鬼平犯科帳の魅力」

2008-01-17 16:54:28 | 勉学
驚きました。寒くなるとは聞いていたが、朝は一面の雪でした。
道路や陽のあたる場所は夕方までには消えてしまったが、1月の雪は珍しい。

住まいの近くに駐車していた車も雪で重そう。

            

市民文化大学の1月は、3回の集中講座がある。今日はその第一回受講日。
小生の受講する「日本文化学科」は、何と「鬼平犯科帳の魅力」西舘忠久氏が担当。
江戸の古地図を見る為に拡大鏡の持参を指示される。
寛政の頃の江戸時代を描いた池波正太郎のこの小説、小生は大好きなものだ。
「剣客商売」や「真田太平記」の著書もあり、「鬼平犯科帳」と共に全て読んでいる。
鬼平研究家として名高い先生の話は、随分にも脱線の連続だが、博識振りには驚く。
池波正太郎氏は長谷川伸氏の「新鷹会」に繋がる作家であり、「鬼平」の出典探しの
顛末の話が面白い。
噂の高い田沼時代の悪政のなかで、親田沼派として後任の松平定信に疎外された
「鬼平」長谷川平蔵は実在の人物だが、その事跡が殆ど後世に伝わることがなかった
らしい。
近年は中村吉右衛門演ずるTVドラマが楽しみでもある。
あと2回、江戸の街、庶民の暮らしぶりなども講義が続く。楽しみに受講したい。

さらに「御宿かわせみ」の著者である平岩弓枝氏とも親交があるそうだ。「御宿かわせ
み」の作品の舞台探し談義等も聞かせて貰った。これも面白い。


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「大人の見識」

2008-01-16 20:07:09 | 勉学
昨年11月に発売さた阿川弘之さんの「大人の見識」を読みました。
もう既に読まれた方も多いと思いますが、小生なりの感想を述べてみたい。

知識人のおひとりとして、長い間にお付き合いされた方の言葉や見聞きした事例で具体的に日本人のあるべき姿を示している。従っての大戦時に日本を指導された軍人達や、果ては昭和天皇の事跡にまで言及されている。
その中で最後まで大戦を回避されようとされた、昭和天皇の苦悩の日々を具体的な証言から語っているのが目新しい。かって武田信玄の遺訓のなかに「軽躁なるものを勇蒙とみるなかれ」と戒めのことばがある。大戦時の軍の一部の強硬派に引きづられて否応なしに突入した大戦で、日本国が得た代償は大きかったことが分かる。
終戦処理を命じられた鈴木貫太郎総理は就任5日後に、敵国のルーズベルト大統領の死去のニュースに、その功績を認めたうえで「深い哀悼の意をアメリカ国民に送る」と表明した。このことが世界各国で意外な反響を呼んだ。総理の言葉が、まだあの国には騎士道精神が存在する、として国家の品位と受けとられたのでした。

終戦後に外務大臣を引き受けた吉田茂外相は、先の鈴木貫太郎総理からは、負けっぷりをよくして欲しいと指示された。そしてGHQにマッカサーを訪ねた外相は、GHQとはどんな意味かと訊ねた。「ゼェネラル・ヘッド・クオターズの略さ」と説明されが「私はGo Home Quickly!の略かと思った」と言い放ったそうだ。マッカーサの渋い顔が見えるようだ。そんな吉田外相が、その後に総理を引き継ぎ、日本国の再興に尽力したことは良く知られている事だ。

この本で著者は日本人に一番欠けているのは、ユーモア精神だということを再三述べられている。
時代を経て福田赳夫総理がサミット会議の席上、緊張したのか仁丹を口に含んだ。隣のイギリスのキャラハン首相が何の薬か聞いたそうだ。福田総理は「気分が爽やかになる薬だ」と答えた。それに対してキャラハン首相「日本国はこれ以上まだ爽やかになりたいのか」とユーモアを込めて皮肉ったらしい。それに福田総理の答えがなかった。ユーモアでのきりかえしが出来なかったようだ。イギリス人の持つユーモア精神が日本人にも必要だという意味が分かった。

そんな逸話を読んでいて、昨年の自民党総裁選挙のことを思い浮かべた。
吉田総理の孫の麻生太郎氏、対して福田総理のご子息の福田康夫氏。ユーモア精神の素因を受継ぐのは麻生太郎氏だったのではないのか?今時の政局の混乱振りを見ている時、麻生太郎氏の総理選出も日本国のためであったのかな。そんなことを考えてしまった。
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現代学生百人一首

2008-01-15 18:18:20 | 勉学
今朝の天声人語で「この国もまだいけそうだと少し安心した」と東洋大学が全国から募った第21回「現代学生百人一首」を読んだ感想を述べられていた。
さっそくに同大学のHPで入選の百首を見せて頂いた。全国の中高生から約6万首もの応募があったなかからの入選作だ。

その百首の中から小生は、特に祖父母を歌いあげたものを拾って見ました。

「 おじいちゃんみんなの話題と違うけど私はちゃんと聞いているよ 」   岸友佳里 さん
 (いささかKYになっている祖父への思いやり)

「 俺は何故生き残ったんだ」と涙する祖父の背中に言い返せぬ夏 」  三田村優紀 君
 (80歳を超えた方なのだろうか、何もいってあげられないもどかしさ)

「 帰るねと言ったら急に話し出す祖母の顔見てまだ「いようかな 」   内田菜月 さん
 (ひとり残る寂しさを見ているやさしさ)

「 初任給で何か送ると電話した頑固な祖母が静かに泣いた 」      辻畑真太郎 君
 (やさしい言葉に声にならない電話の先の雰囲気が伝わってくる)

「 おばあちゃんさっきも言ったよその話忍び寄る影そっと肩抱く 」    関口亜沙美 さん
 (何度も同じ話を繰返すようになっている祖母を暖かく見守る)

「 ようきたね」迎えてくれた祖母の手の皺の数だけやさしさを見る 」  小川修平 君
 (手の皺の数を見て、これまで優しくしてくれたことへの感謝) 

どうでしょうか?両親や兄弟の他に祖父母に対する愛情をも精一杯に表現している。若い中高生の方の多くは心底は優しさを持ち続けていることが分かるでしょう。
天声人語子も親や兄弟、祖父母、友人を歌い上げた入選作の百首を読まれて、若い人達の家族への思いと暖かい観察眼を驚くと共に、次の時代を担う世代を見直した様である。小生も全く同じ思いを持ちました。

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朝青龍の完敗

2008-01-14 19:39:09 | スポーツ一般
昨年の不祥事で2場所の出場停止処分を課されていた「朝青龍」が初場所の土俵に上った。
そして昨日は彼らしい速い相撲で完勝して、相変わらずの勝負強さを見せ付けた。同時に長期間のブランクのある横綱に稽古場で後れをとる他の多数の力士の不甲斐なさも表面化していた。
そして今場所の初日、心配された観客の出足も、「朝青龍」の人気を思わせる満員御礼の出足だった。
とかく色んな不祥事の対応の鈍さを指摘されていた協会の首脳陣もホットしたに違いがない。

しかし2日目の今日の土俵では、若手力士の一角「稀勢の里」に出足を止められ、苦し紛れの首投げが決らず後ろに回れて豪快に押し倒された。これまでの朝青龍の強さを見せ付けた相撲を格下力士に逆に取られたのだ。
かっての名横綱の大鵬も休場明けは相手のスピードについていけるようになるまでは何日かかかると危惧していた。結果はその通りに速い相手に付いていけなかったようだ。

残念ながら横綱「朝青龍」には熱烈なフアンがいる反面、反感を持つ相撲フアンも随分多いことを、土俵に飛び交ったザブトンの多さで見せ付けられた。

明日からの横綱の巻き返しが見物であろう。

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