畑に吹く風

 春の雪消えから、初雪が降るまで夫婦二人で自然豊かな山の畑へと通います。

黒部下の廊下の思い出(その2終わり)

2019-01-12 05:45:13 | 登山

 スベルべが撮った友の写真です。

若かったとは言え、よくぞこんなコースを二日間も歩いたものです。

 

 昨日紹介した本の1ページでは歩道の谷側はコンクリートモルタルで補強されていました。

私たちが歩いた昭和40年代は、このように丸太で補強されていて時代の違いを感じます。

 

 本に掲載されていた地図では欅平から仙人ダムまでが「水平歩道」。

そして、仙人ダムから黒部ダムまでが「日電歩道(旧日電歩道)」とされています。


 この場所には残雪が残っていました。

そして、珍しく細いロープが張り巡らせて有るのが見えます。

 

 黒四ダムから歩き始めてすぐだか、もっと歩いてからか。

手を上げている友は、3年前に突然亡くなってしまった。今は思い出を語るにも語れない。

          (終わり)

『山登り・ハイキング』 ジャンルのランキング
コメント (2)   この記事についてブログを書く
« 黒部下の廊下の思い出(その1) | トップ | 「蔵」のマグロ丼! »
最近の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (ミケ)
2019-01-13 10:22:20
山を語り合うお友達を亡くされたのはほんとうに残念ですね。写真を見てお二人の楽しそうな様子がわかります。良い写真ですね。
写真はカラーですか。私の時はモノクロでしたから見る時に自分で色を付けて見ています(笑)
日電歩道は足元もですが上から落石があるのではないかとそれが怖かったです。それでも姉弟でワラビ採りやキノコ採りで鍛えていたのでどこに行っても楽しく元気に歩いていました。お盆休みは毎年二人で山に行くのが行事になっていましたね。たまにはカップルと間違えて冷やかしてもらったりー。仙人池は剣岳を見るのが目的だったので1時間半も眺めていました。山は登るのと眺めるのと思い出すといういろいろな楽しみがあるんですよね。
温泉の野天風呂は入らなかったのですが仙人ダムのトンネルの中がかなり高温だったのを覚えています。
いやもうとんでもなく元気な時代でした。
ミケ様 (スベルべ)
2019-01-14 05:15:52
 共通の思い出を語る友を失ってしまった事は本当に寂しい事です。
写真はこの時代はカラーが普通になっていました。
モノクロって、スベルべたちよりも前の事だったことも分かることですよね。
ここでも書いたように、最近の歩道は谷側がモルタルで補強されていて時代の流れを感じさせられます。
お盆休みの行事が登山と言うのも良かったですね。
友達が越後三山縦走中に転落死してしまったのもお盆休みでした。
その頃しかまとめた休みが取れない人たちもいたのでした。
阿曽原小屋の急斜面、崖の途中に作られた露天風呂も傑作でしたね。
黒部川の水音を聞きながら、二人で裸のまま夕食をそこで作り食べました。

コメントを投稿

登山」カテゴリの最新記事