come what may joyous life!

床床日記。じぶんと、そしてだれかに、響きますように。

注ぐ。

2013-09-27 22:05:59 | 日記
まもなく一歳2ヶ月になろうとしている。


お風呂上りに身体を拭いてあげる。
その後、わたしが着替える間「お茶飲んできて。」と言うと、
みちは一人裸で、テケテケテケとリビングまで歩いて行って、
お茶を入れたストローボトルを持って、飲みながら浴室前に戻ってくる。


「これお父さんに渡してちょうだい。」と言えば、渡してくれるし
「お風呂入るよ。」と言えば、服を脱ごうとする。

しゃべらないというだけで、いろんなことを理解しているらしい。



もうすぐ授乳をやめようと思っているので今は一日に1回~2回程。

昔はみんな一歳くらいでやめるのが普通だったようだけれど、
今はいつまででも飲ませていい、自然に離れるのを待つ、というのが
主流のようである。産後の退院指導の時も、何歳までだって飲ませてあげてくださいと言われた。
なんと6歳まで飲む子もいるのだそうだ!
母乳に関しては、本当に様々な立場、考え方があるし、身体のこと等も含め、
人によって全然違う。最初から母乳とミルク混合も、ミルクのみも、母乳のみもあるし、
2人目3人目でも違うし、どれが正解というのはない。

ただわたしは、年齢的に2人目を考えたいし、
その為には、夜の気分を盛り上げなくてはならない(笑)

ビールも飲みたいし、みちにもっとがっつりご飯を食べて欲しいし、
周りから「まだ飲ませてるの?」と言われることもあるし
そろそろ授乳度外視の好きな服も着たいし、
1年以上完全母乳で来れたからもういいかな、というのもあるけれど
授乳している間は、そんな「わ~ぉ」(←TVでちょっといやらしい話題の時に使われる効果音)な気分に一切ならない。
これが一番の理由かもしれない。



朝、みちが一人でタタタタタと歩いて起きて来た時に抱き上げて、2人でカレンダーを見る。
「この日に、おっぱいばいばいしようね。」と言えば、カレンダーに手を振る。

おっぱいを飲みたい時、これまで彼女がそうしてきたように
わたしの襟元をガッとつかんで開けるか、シャツの裾をめくりあげるかしていた動作に
躊躇が見られるようになった。


外に出かけて遊んでいる時には忘れているようだけれど、夕方帰宅して2人っきりでいたりすると
思い出すようで、寄ってきておっぱいに触れようとする。

でも…
この前は襟元をつかんで、一瞬わたしの顔を見上げて変な笑い顔を作って、その手を離した。
この前はお風呂で飲みたくなった様子、くわえようとして、すぐに止めて、おっぱいに手を振った。
この前はわたしが親と電話で話している隙に、ちょっとだけ勝手に服を開けて飲んだけれど、すぐにやめた。

しかし、昨日の夕方は珍しく「えーんえーん」と泣いたので飲ませた。


健気でいじらしいことに、1歳になりたての子供がガマンしている。


授乳最後の日、わたしは泣くんじゃないかと思う。
決意が揺らがないように記録しておこう。
へその緒→おっぱい→そういう身体のつながりから本当の心のつながりへとステップアップするんだ。

ゆう3のメールには、「床とみちちゃんの愛があれば、授乳は関係ないさ!」とあった。
本当にそうだと思う。これからの方が先が長いんだもんな。
意思の疎通が出来てくる前に、仕事の関係などで授乳をやめた友達は「そんなにおおげさなことかな?」と
不思議そうだったが、「人は人、床は床で」とアドバイスをくれた。


おっぱいは、回数が減っているのでまだ張って痛くなることもある。
でも、身体は賢いもので、以前よりはその張りが弱くなった。


助産師さんがおっぱいは赤ちゃんの安心基地なんですよ、と言っていたのを思い出す。
スキンシップをたっぷりとって、心の栄養をしっかり注げるようにしたい。
そして、エビスかプレモルをたっぷりグラスに注ぎたい(笑)
そして、ほったらかしている?夫にも愛情を注ぎたい(笑)

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でーだらぼっち。

2013-09-12 16:42:51 | 日記






手をブンブン後ろに振って
歩くその表情は見えないけれど
彼女が夕日に向かっていく背中は
とっても眩しくて、じーんとするのでした。


そして、わたしがでーだらぼっち並にデカイ(笑)写メもおもしろいので載せてみます。


一年前に生まれたみちが
こうして元気に
こうして普通に
歩いてくれるそのしあわせを
神様に感謝しなくちゃなぁと思いました。
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ねばねば。

2013-09-06 22:42:23 | 日記
「この世は生きるに値するんだと子どもたちに伝えるのが根幹。それは今も変わっていない」

昨日こころに響いた宮崎駿監督の言葉。こんな風に何かひとつでも心に響く毎日にしたいものだ。


わたしも、世界は広くてすばらしい、そういうことを伝えられる親にならねば。




産院の親子体操教室に通っていると、よく話すようになる人が出てくる。

不思議なものだ。
惹かれ合うのか、つながっているのか。

毎週顔を合わせている20人前後のお母さんたち、挨拶程度で他には全然話さない人もいる。

最近仲良くなったお母さん2人とこどもたちとランチをした。

一人は20年近く、ヒップホップダンスのインストラクターをしていたという。かっけー!(あまちゃん風)

40歳で昨年出産。

腰を痛めてダンスは引退した。

彼女が言った。

「もうね、完全にやりきったから全然悔いはないの。やれるとこまでとことんやった。」

そしたら赤ちゃんが出来たんだって。

こんな風にサラリと言える人生。なんて素晴らしいんだろう。




もう一人は幼稚園教諭をしていたそうだ。

「子供を見ていると親が見える。」

中学校や高校だって、親の姿がその生徒の後ろに立っているわけで
幼ければなおのこと鮮明なのかもしれない。

おお、こわい。今度は見られる番だぜ、ゆかぁさん。




妹とも電話で話していてたまたまそんな話題になり、
こどものしつけをすると同時に、子育ては自分を自分でしつけ直す機会でもあるんだと感じた。

しっかり響く心と目を、みちと一緒にわたし自身も育てていかねば。

みちがごはんをマジメに食べてくれなくても、みちがどんどん重くなって足腰が痛くても、生きねば(笑)









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