イズミル便り

IZMIR'DEN MERHABA

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

BELKAHVE(ベルカフヴェ)

2010-06-25 12:52:29 | イズミル暮らし・イズミル案内


アンカラ方面からイズミルに戻ってくる時、イズミルまであと少しというところで峠を越えると右手に大きなアタトュルクの銅像の後姿が見えます。そこから広がるイズミルの夜景を眺めると「ああ、イズミルに戻ってきた」と感じるのですが、イズミルまであと30キロあまりと言うこともあっていつも通り過ぎるばかりでした。





一度ここからイズミルを眺めながらKAHVALTI(カフヴァルトゥ=朝食)をしようかと出かけてみました。アタトュルク像の横にレストランがあります。この日は朝起きた時から既に30度以上、前夜の暑さがそのまま残っているような朝でした。日除けの下に座っても暑いのですが、イズミルに向かって場所を変えてみると下からの風が気持ちよくふいてきてようやく人心地がつきました。



第一次世界大戦時、国土分割の危機にあったトルコ、アタトュルク率いる国民軍がギリシャの手からイズミルを解放したのは1922年の9月9日のことでした。その一日前アタトュルクは軍とともににNIF(ニフ=現KEMALPASAケマルパシャ)に到達、ある家で休憩した後、ここからイズミルはどのくらいかと尋ねます。30~35キロと言うことを知ると「どこかからイズミルを望むことは可能か」と聞きました。「10~15キロ程先にBELKAHVEと言う場所がありそこからなら見ることができます」と言う返事を聞くやいなやすぐに車で向かったのだそうです。BELKAHVEにいた一人の司令官がイズミル湾のイギリス、フランス、ギリシャ軍の船やイズミルの街についてアタトュルクに説明をしました。それまでアタトュルクはダマスカスからの帰りに船を乗り換えるために一度イズミルに寄ったことがあるだけだったとか。BELKAHVEからイズミルを眺めたアタトュルクは何を思っていたのでしょう。



それから90年近くの年月はイズミル湾の眺めをすっかり変えてしまい、BELKAHVEを越えてからの一帯は造成の為か山が無残に削り取られて赤い山肌をさらしています。この景色を昼間見ても「ああイズミルへ帰ってきた」と言う気持ちになるのでしょうか。







今年の結婚記念日のサプライズのバラ一輪。
ホントのサプライズは実はピンクの輪の中に(^^)v。

             人気ブログランキングへ

☆現在のイズミル☆


コメント (18)