アトムの子のスピリチュアリズム日記/東京スピリチュアリズムサークル(旧 埼玉シルバーバーチ読書会)感想

     
      この地上人生を生きる目的は、『霊界』という本来の世界へ帰るための準備期間です。

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2013年/2月の読書会に参加して…Vоl.2

2013年03月09日 00時46分54秒 | 日記



良きスピリチュアリストになるためには、まず何から始めたらよいのか

霊的人生の第一歩を、どのように出発すべきか

スピリチュアリスト人生に、たどり着くことができた幸運

地上においてスピリチュアリズムと出会える人は、きわめて限られています。その中でスピリチュアリズムの霊的真理、特にシルバーバーチの霊訓を最高のものと実感できる人は、ごく一握りにすぎません。

スピリチュアリズムやシルバーバーチの霊訓と出会いながら、その価値を実感できない人達も大勢います。シルバーバーチよりもっと優れたものがある、シルバーバーチの霊訓は間違いではないが、最高の真理ではないと言う人々もいます。霊的真理の価値の実感は霊的直観によるものである以上、そのように思う人がいても仕方ありません。霊性の問題があるからです

シルバーバーチの霊訓が最高だと思える人の中で、「霊的真理普及」を自分のライフワークにしようと決心できる人は、最も幸せな人間です。なぜなら限られた地上人生を、最高に価値あるものにすることができるからです。

スピリチュアリズムのために人生を捧げようとの決心に至るまでには――「霊界からの導き→スピリチュアリズムの霊的真理との出会い→霊的真理の価値の実感→スピリチュアリズムのために人生を捧げる決心」というプロセスを踏むことになります。今、シルバーバーチを深く理解し、スピリチュアリズムの霊的真理普及のために人生を捧げる決心をした人は、地球人として最も崇高な生き方を始めようとしていることになります。


霊的人生の第一歩を、どのようにしたらよいのか?

霊界の導きによってシルバーバーチの霊訓と出会った方々から、私達のところに、たびたび次のような質問が寄せられます――「シルバーバーチの霊訓や霊的真理を、一人でも多くの人々に伝えたいと思います。そのために人生を捧げようと決心しましたが、具体的に今、何を始めたらよいのでしょうか?」


火がついたように燃え上がる人達

一方、シルバーバーチの霊訓と出会って感激した人達の中には、突如、火がついたように燃え上がり、ホームページを開設したり、読書会を始める人もいます。あちらこちらの知人にと、手当たりしだいにシルバーバーチの霊訓を配り始める人もいます。なかには「イギリスに行ってスピリチュアリズム・チャーチを見てきたいのですが、紹介していただけませんか」といった手紙を送ってくる人もいます。

そうした方々に対して私達は、その純粋さと熱意は理解できるものの、「ちょっと待ってください」と言わなければなりません。そして、次のようなシルバーバーチの言葉をお伝えすることにしています。

「地上には、自分を変えようとせずに世の中を変えようとする人が多すぎます。他人を変えようと欲するのですが、すべての発展、すべての改革はまず自分から始めなくてはなりません。(中略)地上人類の霊的新生という大変な事業に携わっていることは事実ですが、それにはまず自分を霊的に新生させなければなりません。真の自我を発見しなければなりません。心を入れ替え、考えを改め、人生観を変えて、魂の内奥(ないおう)の神性を存分に発揮しなければなりません。」

『シルバーバーチの霊訓(1)』(潮文社)  p.164


まずは、自分自身を「霊的新生」させることから

ここでシルバーバーチは、きわめて重要なことを述べています――「情熱に駆られてすぐに行動しないように」ということです。人々に働きかける前に、社会を変革しようとする前に、まず自分の心や考えを根本から徹底的に入れ替えなさいと言っているのです。スピリチュアリズムの霊的真理を一刻も早く人々に伝えたいという思いは素晴らしい利他愛ですが、伝道に走る前に、まず自分自身を確立しなさいと言っているのです。

※自分の中の「物質中心」「利己的」「欲」などの内面を変えていくことが大切なのです。

自分を「霊的真理」でしっかりつくり替えないうちに伝道や読書会などの働きかけに奔走(ほんそう)すると、いつの間にか単なる“活動家”になってしまいます。この世のボランティアと同じようになってしまいます。それどころか「人のため」という純粋な思いは、やがて自分自身の実績を真っ先に追い求める“利己心”になってしまいます。

これでは、スピリチュアリズムを自己満足のために利用するのと同じことです。人々の救いのためと言いながら、結局は自分のためだけの利己的行為になってしまいます。当然、霊的成長とは無関係な歩みをすることになります。


2.伝道を始める前の大切な準備――スピリチュアリズムの伝道は、単なる活動ではありません

「霊的新生」のためにすべき3つのこと


自分を霊的新生させるためにすべきことは3つあります――「祈り」「徹底した真理の学習」「スピリチュアリストとしての基本的な心がまえの確立」です。3つ目の基本的な心がまえとは、スピリチュアリズムに導かれたことへの感謝・守護霊への信頼、そしてスピリチュアリズム人生への決意です。

これらは「霊的新生」のための重要な実践項目であると同時に、自らを神の道具・霊界の道具とするための「霊的訓練」の内容ともなっています。外部に向けて働きかけ(伝道)を始める前に、一定の準備期間が必要です。この3つの内容は、霊界の道具として伝道に携わるための準備の条件なのです。1~3年は、一人でじっくりとこのために時間をかけなければなりません。自らをしっかりと確立しなければなりません。

次に、その一つ一つの内容について見ていきます。


『祈り』

まず初めに「祈り」を覚えましょう。神に語りかける祈りは、最も神聖な霊的実践です。どのように語るのかは、ニューズレターや続スピリチュアリズム入門、シルバーバーチの祈りを参考にしてください。祈りは皆さんの心を深め、霊的世界との交わりを確立するために不可欠な行為なのです。

瞑想だけでなく声に出して、神に語りかけましょう。瞑想だけでは意識を集中できないまま終わってしまいがちです。あらかじめ祈りの言葉を準備してもかまいません。部屋を薄暗くして目を閉じ、神と守護霊と3人だけの静寂な時間を持ちましょう。毎日わずか10分でも続けることが大切です。

神の前に一人で出るとき、人間は自分のありのままの姿をさらけ出すことになります。それによって自分の心を浄化することができるのです。本当の祈りをする者は、決して人を騙したりするようなことはできません。祈りは人間を徹底して謙虚にし、物質欲を超越した純粋な霊的心を養います。私達は祈りを通じて“魂”を裸にし、最も深い安らぎとリラックスの時間を持てるようになります。日常生活での思い煩い、人間関係のストレスを一瞬にして取り除き、心の底からほっとする一時(ひととき)を持てるようになるのです。


『徹底した真理の学習』

スピリチュアリストであることの第一条件は「スピリチュアリズムの霊的真理を正しく理解している」ということです。これは当たり前のことなのですが、実際には多くの人々が中途半端な理解しかできないうちに、他人にそれを伝えようとします。

もちろん真理の細部に至るまで、すべてを理解しなければならないということではありません。霊的真理の核心部分、ポイントと全体像(アウトライン)を正しく理解しておくということです。この基本的で重要な内容を理解していないと、人々にスピリチュアリズムの素晴らしさを伝えることはできません。人々に語り教える前に、自分自身がまず正しく理解しておくということは最低限の義務なのです。それができないうちに伝道に走るなら、単なる“軽率な人間”ということになってしまいます。

「教えを説く者には深刻な責任があることは、ここにおいでの皆さんがご存知ないはずはありません。知識には責任が伴うことを何度申し上げたことでしょう。自分を他の人たちより高め、人を教え導きたいと思うのであれば、まずは自分自身が拠って立つ足場をしっかりと固めないといけません。

徹底的に探求し試してみることを怠り、批判に身をさらすこともせずに自己満足し、本当かどうかの確信もないまま人に教えを説くようなことをしていると、その怠慢と軽率さに大きな代償を払わされる時が必ず来ます。」

『古代霊シルバーバーチ 不滅の真理』(ハート出版)  p.69~70


「真理をしっかり学ぶ」ということは、人に伝えるためばかりでなく、何よりも自分自身のためになることなのです。真理は困難や誘惑から皆さんの魂を守り、心を支えてくれます。心を高め、清らかにし、パワーアップしてくれます。心を強くし、忍耐力をつけ、広い霊的視野を与えてくれます。そして心を明るく楽天的にしてくれます。まさに「霊的真理」は、魂にとっての最強の原動力であり武具なのです。

もちろん初めから真理のすべてを理解するということはできません。何度も何度も繰り返し読み、まとめたり書き出したりすることを通じて理解は深まっていきます。率直なところ「シルバーバーチを読んだ」と言っても、せいぜい1~2回というのが大半の人達の実情ではないでしょうか。

スピリチュアリズム関連の本はあまりにも多く、一通り読むだけでも5年、10年とかかってしまうかも知れません。したがって霊的人生を歩み始めた初期には、良い本を選び、効率よく、集中的に学ぶことが必要となります。(スピリチュアリズム普及会ではそのための指針を提示していますので、参考にしてください。→初めて霊訓を読まれる方へ)

今述べたように霊的真理を学ぶのは、単に知識を増やすためではありません。また伝道という活動の手段として身につけるのでもありません。何よりも真理を知った本人が、それを実践して霊的成長をなすことが重要です。そのために霊界の人々は、苦労して私達に真理を伝えてくれたのです。

したがって真理を学ぶについては、常に実践の観点を忘れてはなりません。実生活の中での実践を通じて、真理の深い世界をさらに知ることができるようになります。「何を行うべきか」ということを意識した読み方が必要です。そして自分の置かれた環境の中で、それを実行に移していくことです。実践こそ真理の学びの現場であり、真理を深く体得する効果的な道なのです当サークルではその助けとなるように、スピリチュアリズム入門続スピリチュアリズム入門ニューズレターを発行しています。)


<続く…>



参考資料;スピリチュアリズム普及会より『ニューズレター30号…良きスピリチュアリストになるためには、まず何から始めたらよいのか』


 


2013年/2月の読書会に参加して…Vоl.1

2013年03月08日 17時23分56秒 | 日記


2月の読書会に参加してきました。今年初の読書会をどれほど楽しみにしていたか分かりません。前日から眠れないほど気持ちは舞い上がっていましたが、なんとか冷静さを保って参加することができました。さらに驚くことに、いつもの人数の2倍ちかくの参加者が集(つど)ったものですから、霊界で何が起こったか尋ねたいほどでした。実際、12月に霊界でクリスマス会が行われたことを考えると、何かしら準備が進められていたのかもしれません。

また、私事で言えば、2月上旬に行われた「12歳のハローワーク」という小学6年生120人に向けての総合学習(講演)を無事終えることができました。私の言葉に耳を傾ける子どもたちの目が、あれほどまでにキラキラ輝いているのはとても印象的でした。また、私の話に歓声をあげたり、笑ったり、必死にメモを取る姿にも感動しました。最後は、子どもたちや先生方からの質疑に答えていきました。私自身、言葉にできないくらい素晴らしい時間を過ごせたことに胸がいっぱいになりました。こういう機会を与えてくださり、私の将来の意志(道具意識)をしっかりと固めてくださった霊界や守護霊に改めて感謝したいと思います。

話は戻りますが、今回の読書会は、『地上人類への最高の福音』の「3章、知識はすべて、ためになるのです」というところから始まりました。ここに登場するルースとポールという子どもたちの質問に対する、シルバーバーチの答えの明確さはいつもながら素晴らしいものですが、主催者の解説や補足の内容の深さに、一段と『死』への理解が深まるという時間でした。また、シルバーバーチの交霊会に参加した唯一の生き証人である「トニー・オーツセン」が言うには、ポール・ハリス(ルースとポールの父親の名前)一家は40~50年ほど前に渡米し移住。もし健在なら、2人の子どもたちは80歳近くになっているということです。



ルース「人間が死ぬときの死に方が、霊界へ行ってから影響するのかどうかを知りたいのです。つまり自然な死に方のほうが霊界へ行きやすいのかということです」

「もちろんです。大きな違いがあります。もしも地上の人間のすべてが正しい知識をもち、自然な生き方をすれば――もしもですよ――そうすれば、死に方があっさりとして、少しも苦痛を伴わなくなります。そして、死後の霊的身体を調節する必要もないでしょう。ところが残念なことに、実際はそんなにうまく行っておりません。

地上を去って霊界へ来る人のほとんどが、自分がこれからどうなるのか、自分というのは一体どのように出来あがっているのか、霊的な実在とはどんなものかについて、恐ろしいほど無知なのです。その上、地上で十分な成長をしないうちにこちらへ来る人が、それはそれは多いのです。

そういう人は、わたしがたびたび言っておりますように、熟さないうちにモギ取られた果物のようなものです。ルースちゃんも知っているとおり、そんな果物はおいしくありませんね? 果物は熟せばひとりでに落ちるものなのです。霊が十分に成熟すると、自然に肉体から離れるのです。今わたしのいる世界へ、渋い果物や酸っぱい果物がぞくぞくと送り込まれております。

そのため、そういう人たちをこちらで面倒をみたり、監視したり、手当てをしたり、看護をしたりして、霊界に適応させてあげないといけないのです。みんなが、ちゃんとした知識をもって来てくれれば、わたしのように地上の人間の面倒をみている者は、とても手間がはぶけて助かるのですけどね。ルースちゃんの言う通り、死に方によって大変な違いが生じます。以上のような答えでよろしいですか」

※『死』は、私たちにとって地上人生最大のイベントと言っても言い過ぎではありません。『死』=シルバーコードが切れることを意味しますが、この網目状になっているシルバーコードが、すぐ切れてくれる場合と、なかなか切れてくれない場合があります。シルバーコードの切れ方は、その人の魂の成長レベルによって異なります。

※誰もが苦しみながら死にたくない、穏やかに死にたいという希望があります。しかし、そのような死に方ができる・できないという以前に、亡くなっていくほとんどの地上人は、「霊界人」の手当てが必要なくらい「霊的に無知」なのです。ただ、霊界はてんてこ舞いになりながらも、霊的に無知である地上人を(霊界人は)可哀想に思っているのも事実なのです。

※霊体と肉体の結びつきが強い人ほど、つまり肉体に重きを置いた生き方をした人(肉主霊従)や、肉体に執着がある人ほど、シルバーコードは切れにくいものなのです。シルバーコードは、プチンプチンと切れるような単純なものではなく、そこには意識が伴うため、時間がかかればかかるほど苦しむのです。反対に、霊的に生きた人はシルバーコードの切断に苦痛が伴いません。

さまざまな『死』のプロセス

①自然死(老衰)の場合…完熟した果実が木から離れていくように、スムーズに死のプロセスが進む(ただし、肉主霊従で生きてきた人の自然死は、穏やかな死は迎えるものの、その後は「こんなはずじゃなかった」と死後の世界が分からず苦労する)

②正しい知識を持ち、摂理にそった生き方をした人の場合(霊主肉従の生活をしていた場合)…死に際して苦痛をともなわない。死後の世界への移行もスムーズに進む(スピリチュアリスト)

③物質的、本能的な人の場合(肉主霊従の生活をしていた場合)…霊体と肉体の結びつきが強く、シルバーコードの切断に時間がかかる。苦痛がともなう。

④急な事故や非業(ひごう)の死を遂げた人の場合…霊体と肉体の切り離される準備が全くなされていない(準備がないため、コードが引きちぎられた状態。死の自覚がないため、しばらく地上をウロウロしてしまうこともあり、そのまま呪縛霊になってしまう場合もある)。始めは死んだのかどうか分からない。ただし、霊的真理を知っている人は、すぐに死を自覚することができる。

⑤自殺した人の場合(大きな摂理違反を犯した場合)…シルバーコードがなかなか切れない。激しい苦痛、痛み⇒自ら成長のチャンスを捨てたことへの罪でさまよう時間が長い。肉体の痛みだけじゃなく、霊体への痛み(心にも影響を及ぼす)も伴う。


ポール「昔のインディアンは、儀式のようなことをして雨を降らせることができましたが、それには霊界の人はどのように関係しているのですか。何か関係があるのですか」

「関係ありません。心霊的法則(サイキック・ロー)と霊的法則(スピリチュアル・ロー)とは少し違うのです。まったく同じではないのです。どちらにでも言いかえることができると思っている人がいますが、同じものではありません。

かつてのインディアンは、地上の物的現象に関係した心霊的法則について、よく知っておりました。純粋に物的な現象です。そして、腕のいい熟練したまじない師は、儀式によってその心霊的要素を引き寄せる能力をそなえていたのです。

実は、これは簡単に説明するのが難しい質問なのです。とにかく霊界とは何のつながりもないのです。地上の物的な現象と関係した心霊的な法則とのつながりの方が大きいのです。こんな説明では、ポール君にはよくわからないでしょうね?」

※子どもたちは、シルバーバーチがインディアンだと思っているのです(実際は、霊界の霊媒がレッドインディアンです)

霊能力」には、サイキック能力スピリチュアル能力あります。

サイキック能力五感の延長で、肉体に五感があるように、霊体にも目や耳などの五感があります。ただし、それが表に出やすい人と出にくい人がいるというだけで、決して特別なことではありません。ここでの主役は、地上の霊能者になります。

スピリチュアル能力地上の霊能者のサイキック能力が、霊界人が利用できるまでに高められたもの。霊界の応援を得ているため、個人の能力を超えた霊力が発揮できるのです。地上人の背後から霊界人が働きかけているということから、主役は霊界の霊たちになります。

※私たちスピリチュアリストは、霊界人の応援を得られるような霊界の道具(スピリチュアルレベルの霊能者)を目指さなければなりません。


(中略)霊視がきくといわれる人でも、霊界のものは何も見えない人がたくさんいます。この場合は、心霊的能力の一部にすぎません。ですから、心霊的法則の支配をうけ、心霊的な能力で見るだけで、その背後に霊界の存在とのつながりはありません。他界した人の姿も見えません。肉眼に見えない遠くの情景は見えます。予知もできます。未来をのぞいたり過去の出来事を当てることもできます。ですが、そうしたことが霊界と全然つながっていないのです。生まれながらに備わっている、純粋に心霊的な能力なのです。これでわかりますか」

(中略)「その可能性は大へんなものです。インドにはヨガの修行者(断食・空中浮遊など)で、すごいのがいます。それでも霊界とは何のつながりもありません。彼らが霊の姿を見たら、たまげることでしょう」

(中略)ポール「すみません。ぼくは頭が悪いものですから、サイキックとスピリチュアルとはどこが違うのか、まだよくわかりません。今まではいっしょだと思っていました」

「似てはいますが、まったくいっしょではないのです。心霊的能力のすべてが開発されても、それが高級霊の指導を受けて、スピリチュアルな目的のために使用されるようになるまでは、それは霊的能力とは言えないのです。ポール君は物的身体のほかに、霊的身体もそなえています。その身体には、生まれつきさまざまな心霊能力が潜在していますが、それが開発され、しかも霊界の力と融合した時、はじめてスピリチュアルと言えるものになるのです」


※ポールの頭が悪いのではなく、サイキックとスピリチュアルの違いは、皆わからないものです。霊界が認め霊界の道具になったとき、本人の持っているサイキック能力が開発されスピリチュアル能力になっていくのです。

 

 参考資料;スピリチュアリズム普及会より『地上人類への最高の福音…3章 知識はすべて、ためになるのです(P75~P81)』