アトムの子のスピリチュアリズム日記/東京スピリチュアリズムサークル(旧 埼玉シルバーバーチ読書会)感想

     
      この地上人生を生きる目的は、『霊界』という本来の世界へ帰るための準備期間です。

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霊的無知からくる地球人類の悲劇・不幸

2013年01月29日 12時56分01秒 | 日記



シルバーバーチは言いました。「死ぬことが悲劇ではなく、利己主義に覆(おお)われた地上世界に生きなければならないことこそ悲劇である」と。


「死」が恐い私にとって、この言葉を理解するには時間がかかりました。今も、「死は全く恐くありません」とは言い切れません。正確には、シルバーコードが切れるまでの苦しみや恐怖に不安があるのかもしれません。シルバーコードが切れた先の幽界や霊界の素晴らしさは分かっていますから、行ってしまったら逆に、「地上にはもう戻りたくない」と思うでしょう。地上の言葉では表現できないほど素敵な場所なのですから。しかし、そこにいたという記憶が消されている今、どこよりもこの地上が好きなのです。ですから、「死」=シルバーコードが切れるときの状況を「恐い」と考えてしまうのかもしれません。ただ、それ以上にシルバーバーチの「利己主義の地上に生きることの方が悲劇」という言葉に関してはとても理解できます。日常的に職場などで、そういう言動を目(ま)の当たりにしますから、シルバーバーチの言う場面に出くわすと確かに心が苦しくなります。

そんな日々を送りながらも、年末年始がないまま相変わらず忙しい時間が職場では過ぎていっています。さらに1月の「読書会」が、初の試みで『休み』になりました。この機会に読書会で学んだまま(ここに)載せられなかった、「霊的無知から発生した2つのガンと6つの悲劇」について復習していきたいと思います。

そして、2013年も学び多き年にしていきたいと思っています。歯を食いしばることも出てくると思いますが、守護霊に守られてるという思いを感じながら、乗り越えていきたいと思います。また将来、「霊界の道具」の一員になれるよう、常に現状に満足することなく、少しでも高い目標を目指していきたいと強く思っています。早速、2月上旬には「12歳のハローワーク」という総合学習で、120人近い小学6年生の前で講演(講師)をします。霊界が用意してくれたものとして、未来を生きる子どもたちに少しでも「夢」を伝えていける『道具』になれればと思っています。


2.地球上の悲劇の根本原因――霊的無知・物質至上主義・利己主義

霊的無知と死の問題

地球上のあらゆる問題を突き詰めて考えると、地上人類が「霊的に無知である」という一点にたどり着きます。地球上の悲劇・不幸の根源が、霊的事実に対する地上人の無知にあることが明らかになります。このように言うと、あまりにも簡潔な答えに唖然とする方や反発を覚える方もいらっしゃることでしょう。地球上の人間社会はとても複雑で、さまざまな要因・原因が絡み合って問題が発生していると考えるからです。事はそんなに簡単なものではないと考えるのです。

しかし霊的に見ると、地球上のすべての問題の原因は、霊的事実に対する無知、霊的真理に対する無知に集約されます。

※政治的・経済的な援助があっても、それは一時的なものであり、地球上の歴史の中で戦争や貧困が無くなったことは1度もありません。その根本的な原因が「霊的に無知」だからです。「真理」や「摂理」が分からなければ、本当の解決にはならないのです。

霊的事実に対する無知とは、簡単に言えば「唯物主義的な考え方をすること」です。誰にも必ず訪れる“死”に対する事実が、全く分からないことです。多くの人々は死によって、すべてが無に帰してしまうと考えます。死後の世界があることを認めず、人間が永遠の存在であることを信じられない人は、死はすべての終わりであると考えます。宗教を信じている人でさえも、死は最大の不幸であり悲劇であると恐れています。

人類にとっての最大のテーマは“死”であり、宗教は死の問題を解決するために存在していると言っても過言ではありません。しかし、この最も重要な問題に対する明確な答えを、今日まで宗教は地上人類に示すことができませんでした。宗教を通じて部分的な霊的知識がもたらされることはあっても、そのほとんどが間違っていたり、単なる人間の作り話であったりしました。

※日本の仏教のように、先祖供養や葬式のための宗教になっている特殊な場合を除き、親鸞の教えの元にもなったキリスト教など、日本の多くの宗教は「死」について向き合い考えてきました。

科学の発達によって多くの知識を得た現代人は、もはや従来の宗教が説くような幼稚な死生観には納得できなくなっています。先進諸国では大勢の若者達が、既成の伝統宗教から離れつつあります。死の問題に対する解答を見出せない現代人は、不安と孤独の中に放り出され、それが自殺者の増加という悲劇を生み出しています。死の事実を知らない人々が人間社会の中で苦しみや困難に遭遇すると、「どうせ人間はいつかは死ぬのだから、今死んでも10年先に死んでも同じだ」と思うようになり、自殺の道を選択するようになるのです。


※何のために生きているのか・何を信じて生きていけばいいのか分からないという状況になってしまうこと、これも「霊的無知」からくるものなのです。


本能的快楽主義と物質主義

また死後の世界に対する明確なビジョンがないところでは、「人間は死ねば、どうせすべてが無になってしまう以上、今を楽しく愉快に生きなければ損だ」と考えるようになります。「できるだけ肉体的快楽を楽しまなければ損だ」といった思いが心の中心を占めるようになります。そして本能的快楽を最優先して求め、美味しいものを食べ、娯楽に興じることが人生の目的となります。豪華な邸宅・高級車・華やかなファッション・グルメ……といったものに人間を向かわせることになるのです。

そうした欲望追求は、際限なくエスカレートしていきます。「あれもこれも欲しい。もっともっと欲しい」とふくれ上がっていきます。やがてそれが人間を物質と快楽を求める奪い合いへと駆り立てることになります。

※地上の道徳レベルでは、「欲望」というものに関して歯止めが効かないものです。しっかりとした死後の世界観をもっていないと、今の人生がよければそれで良しと人は楽な方に向かっていくものなのです。

心の底から納得して受け入れられる明確な死のビジョンがないところでは、地球人類の心は“本能的快楽主義”に傾いてしまいます。従来の宗教の権威が失われるとともに、現代の先進諸国では本能的快楽主義が人々の心を強く支配するようになっています。

※自分さえ良ければとか、よりよい物をひたすら求めてという事だけを追求していく人は、当然利己主義になっていくのです。


地上人の心を支配する”物質至上主義”と”利己主義”

死によってすべてが失われてしまうと思うところでは、必然的に心は肉体本能に支配されるようになります。そして「物質的な富こそが幸福を決定する」という考え方(物質至上主義)を生み出し、人間はより多くのモノと金を追い求めるようになります。肉体的快楽を手に入れるための手段としてお金が最も重要視され、お金こそが何といっても一番頼りがいのあるもの、価値あるものと見なされるようになります。他人より少しでも多くお金を稼ぐことが幸せに至る一番の近道であると、人々は考えるようになるのです。

こうして地上人類は、本能的快楽と富を求めて奪い合いの歴史を延々と続けてきました。

“物質至上主義”は、自分自身の利益と快楽を最優先して求める生き方へと人間を引きずっていきます。そこでは自分だけが大切であって、他人は大切ではありません。何よりも自分自身の利益が大切なのです。これが“利己主義”です。

利己主義は、さらなる物質や肉体的快楽を求めての奪い合いという醜い争いを引き起こします。利己的な者同士の間において衝突を生じさせ、そして最終的には力のある一部の者が、より多くの物質・お金を独占するようになっていきます。


利己主義の拡大と地球上への蔓延(まんえん)

こうして地球人類は、これまで“物質中心主義”と“利己主義”の中で歴史を刻んできました。いつの時代にも人間社会の底辺には、物質至上主義がしっかりと根を下ろし、人間の心を支配していました。そして人々を利己主義的な方向に引きずっていったのです。

一人一人の人間の心を支配するそうした力は、人間の集まりである家族・血族・民族・国家では、さらに強い支配力を持つようになっていきます。個人レベルではいくぶん遠慮のあったエゴ性も、家族・血族・民族となるに従い、共通の利益意識が前面に出るようになります。家族は何よりも自分達の家族の物質的幸福を真っ先に追求し、国家は自分達の国家の物質的利益(国益)を優先して求めます。時には自国の利益のために、他国を侵略することもあります。

現在の地球上の国家を支配している共通の理念は“国益”という物質的価値観であり、物質的豊かさこそが国民を幸せにするというものです。地球上の国々は、そうした物質的豊かさを求めてしのぎを削っているのです。国際社会は、モノと金と力(政治力・経済力・軍事力)をめぐる争いの中で展開しています。これが“利己主義”に支配されている地上世界の実態なのです。

※たんなる平和主義を唱えていくことや・平和な解決を望むのは、スピリチュアリストでなくても誰でも分かっていることです。それを唱えているだけでは何の解決にもなりません。このような場合、国益を考えていかなければなりません。


独裁者と独裁国家

物質主義と利己主義は地球上の人間の心を支配していますが、その強さの程度は一人一人の人間によって、あるいは一つ一つの国家によって違っています。すなわち地球上には、とりわけ利己性の強い人間と国が存在するということです。言うまでもなくその人間とは“独裁者”であり、その国とは“独裁国家”のことです。

物質主義と利己主義の争いがエスカレートするプロセスの中で、富と力の独占化が進み、その決着点として“独裁者”や“独裁国家”というきわめてエゴ性の強い存在が生まれることになります。物質主義と利己主義(エゴ)のエスカレートは、最終的に独裁者と独裁国家を生み出していきます。地上人の誰もが、物質主義的傾向と利己的傾向を持っていますが、独裁者や独裁国家においては、それが極端な形で現れることになります。そこでは権力を握った一人の人間や一つの組織が、それ以外の人間を強力に支配・束縛し、自分達の利益のために非道の限りを尽くすことになります。

※いずれにしても、摂理によって必ず変化はおこります。

利他性という「霊的摂理」に照らしたとき、摂理から最も大きく外れているのが独裁者・独裁国家であることは言うまでもありません。“独裁国家”は、常に他国を侵略して自らの国益と力(政治力・経済力・軍事力)を拡大しようと、そのチャンスを狙っています。弱小国家を餌食にしようとしているのです。独裁者や独裁国家は、まさに人類にとっての最大の敵なのです。しかし“独裁者”は考えようによっては、地上人の誰もが持っている醜い心の凝縮した存在であり、地上人の心の醜さの象徴とも言えます。


物質主義と利己性の全くない霊界

霊界と地上世界の一番の違いは、霊界には地上世界を支配している「物質主義も利己主義も一切存在しない」ということです。霊界人には地上人のような物質的肉体がないため、心が本能に引きずられ、物欲にとらわれるといったことがありません。肉体を持つということは、霊にとっては重い鎧を身にまとうような大きな制約を受けることなのです。

地上人の心は、肉体という物質に閉じ込められているため、自由に霊的意識を発揮できません。そして自己中心の本能的思い・利己的思いに簡単に支配されるようになってしまいます。死んで肉体を捨て去り霊界に行けば、誰もが肉体という物質から解放されます。すると自動的に霊的意識を持って生きるようになります。霊界に行くと、地上世界での物質中心性と利己性は消え失せ、霊中心性と利他性が心を占めるようになります。

霊界と地上世界は、こうした点において根本的に違っています。地上世界は物質だけに覆われ、「物質的価値観」と「物質的幸福観」が人間の心を支配しています。そして、それが地球上のあらゆる“悲劇”を生み出すことになっています。

しかし肉体を持ちながらも努力如何では、本能的思いを克服することができるようになります。それができて初めて、現在見られるような地球人類の悲劇・不幸が根本から克服されるようになるのです。


使命を果たさなかった地上の宗教

物質至上主義と利己主義は、人類を悲劇・不幸へと追い込む2つの元凶・2つのガンです。その2つのガンを生み出すさらなる大元の原因は、「霊的無知」です。したがって地球上のあらゆる問題は、「霊的無知」から発生しているということになります。本来、宗教は霊的無知を克服することを使命としていました。すなわち霊的事実と霊的真理を地上人に教え、「霊主肉従の地上人生を歩ませる」ことがその役目だったのです。霊中心的な価値観を示し、「利他愛の生き方を促す」ことが宗教の本来の務めだったのです。

※本当の宗教とは、この文にあるように「霊的事実と霊的真理を地上人に教え、霊主肉従の地上人生を歩ませること」であり、それらの教えは『霊界』からちゃんと促(うなが)されてきていたはずなのです。

しかし、これまでの地上の宗教は、地上人を正しく導くどころではありませんでした。自らの「霊的無知」のために、自分自身を“利己主義”に陥れ、この世的な幸福・偽りの幸福を人々に示し、間違った方向に導いてきました。霊的成長を促す方向ではなく、霊的成長に逆行する方向に人々を導いてきました。挙句の果ては、宗教同士がその利害をめぐって衝突し、戦争まで引き起こしてきたのです。

※発展途上国では、神の名のもとに自爆テロで天国に行けるなどという間違った宗教の教えから、常に宗教間での争いが無くならず、今だに多くの犠牲者を出しています。


まとめ

霊的無知 → 物質至上主義 → 利己主義 → モノ・金・力をめぐる争いのエスカレート → 独裁者・独裁国家


3.地球人類を支配する6つの悲劇・不幸

霊的無知とそこから派生した物質至上主義と利己主義という2つのガンは、地球上に「戦争」「貧困・飢餓」「精神の堕落・心の危機」「間違った宗教による霊的弊害」「動物虐待・環境破壊」「霊界における悲惨さ」という“6つの悲劇”を生み出しています。現在の地球は、幸福とは程遠い地上地獄の状態にあります。シルバーバーチは――「死ぬことが悲劇ではなく、利己主義に覆われた地上世界に生きなければならないことこそ悲劇である」と述べています。

※動物虐待や環境破壊については、自分たち人間が1番えらいと思いこみ、人間の都合のいいように動物を苦しめたり、環境を作り替えるというエゴ性を出してきました。さらに、魂まで染み込んだ「間違った宗教」を信じたまま霊界に帰る(寿命を迎える)ということは、霊界の高級霊がその考え方を一(いち)から訂正したり修正しなければなりません。その労力と時間を考えると、それがイコール霊界の悲劇に結びつくということになるのです。



参考資料;スピリチュアリズム普及会発行『ニューズレター35号』より、「地球人類の悲劇・不幸を、自分の問題として考えましょう」