アトムの子のスピリチュアリズム日記/東京スピリチュアリズムサークル(旧 埼玉シルバーバーチ読書会)感想

     
      この地上人生を生きる目的は、『霊界』という本来の世界へ帰るための準備期間です。

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4月の読書会に参加して…

2012年05月05日 18時39分07秒 | 日記


この日は、眠気すら誘うとても暖かな陽気でした。もちろん私も例に漏れず、揺れる電車の中でまどろんでいました。危うく降り損ねそうになり、慌てて開催場所の駅で電車をとび降りました…。多くの人たちが行きかう駅でふと空を見上げれば、建物に半分だけ隠された空が嘘のように青く染まっていて、「あ~、今月も無事に読書会に来れて良かったなぁ」と守護霊や霊界にお礼を言いながら読書会の会場へと向かいました。

それとこの日は「イースター」とのこと。霊界と地上が全く同じ日かどうかは分かりませんが、イースターとクリスマスの年2回、「霊界」では高級霊たちによる大審議会が行われます。スピリチュアリストの末端にいる私のことも、しっかり霊界サイドの今年の計画に組み込まれてるのかもしれない…と思うだけで何だかわくわくしてきます。幼い頃からの長く厳しかったカルマを含めた、自分の人生をみるかぎり、ここから先もまた決して平坦な道のりではないでしょう。ましてや『霊的真理』に出会っているのですから…。また私自身、残りの人生なにもなく穏やかに過ごしたまま(寿命がきて)霊界入りしたくありません。少しづつでも霊的成長をしていきたいと強く思う私です。

とはいえ慌ただしい1ヶ月、「祈り」や「霊訓」を読むこともままならない状態を何とか変えたいと思っているのも事実です。ただそんな状況ではありますが、1ヶ月に1度の読書会は「霊界」との繋がりを再確認し、1日の大半を占める肉主霊従の自分の心を軌道修正するのにとても大切な時間です。また主催者の方々が毎月部屋を借り・資料を準備してくださり、シルバーバーチの霊訓のより深い部分を伝えてくださるその思いには本当に心から感謝しております。


今回の読書会では、1章「このわたしが誰であるかは、どうでもよいことです」を学びました。本文で、ある若いアメリカ軍人がシルバーバーチにいろいろと初歩的な質問をしているのですが、彼はまだ余りスピリチュアリズムを理解していません。それに対してシルバーバーチは質問に答えることよりもまず『霊界』という場所の説明に話を絞(しぼ)っていきました。

『さて霊界には幾層にもつらなる生命の世界が存在します。そこに生活する者の霊的成長度によって格付けされている世界です。段階的な上下の差があり―――互いに融合し合っておりますが―――それぞれの階層には、そこに住まうだけの霊的成長を達成した者がいっしょに生活しています』

※キリスト教では天国と地獄の2つの階層のみに分かれてると言われ、神智学では7つの階層に、またインドでは9つの階層に分かれてると言われています。いくつに分かれてるいう正確な答えがなかった中で、シルバーバーチが霊界人として現地報告をしてくれました。境界線がないという事実を含めこの現地報告はとても衝撃的でした。

『死後、こちらでの生活を続けていくうちに次第にこの地上世界から遠ざかり、大なり小なり地上との縁が薄れてまいります。わたしもこの3千年間でそこそこの霊的成長を遂げたのですが、ある時わたしを含む相当数の者にお呼びがかかり、地上へ戻って、虚偽と迷信と無知と誤解と偏見の下敷きとなって忘れ去られている永遠の霊的真理、単純素朴な生命の原理のいくつかを説いて、地上世界を救う手だてを講じてほしいとの依頼を受けたのです』

※この文から、シルバーバーチが生まれ変わる必要のない高いところの霊だということが分かります。またこれは、シルバーバーチがイエスから依頼を受けたいきさつを説明していますが、スピリチュアリズム運動の当初からシルバーバーチが関わっていたことを意味しています。

『地上世界へ教えを説くためには、わたしの本来のバイブレーションを下げなければなりません―――下げるという言い方は正しくないのですが、皆さんにはこれが1ばん分かりやすいでしょう―――それは同時に、わたしの個性の何割かを犠牲にすることになるのです。物的波動の世界へ近づくほど、真の自我、霊的な自我は発揮しにくくなるからです。しかも、地上世界とコンタクトするには、わたしの波長と地上の波長とを中継してくれる役(霊媒)が必要となります』

※高い波動の場所から低い波動の場所へ移動するということは、苦痛やなじめない思いがあるだけじゃなく、本来受けられるはずのエネルギーが受けられないのです。

※自分の心地よさを後回しにするという自己犠牲の気持ちや、純粋な利他愛の気持ちをもつ高級霊。自分のことや自分の状況を優先させるとき、利他愛は成立しないものです。周りを同じ神の子として・家族として見ることができないときは、なかなか実践できないというのも分かります。そういう点で、自我をコントロールし相手を思い人々のために尽くす高級霊たちの姿には本当に頭が下がります。


さらに、スピリチュアリズムを余り理解してないその若い軍人の「霊界入りしたばかりの人と、大昔に他界した人の間では言葉は簡単に通じ合えるのでしょうか?」という質問に対して、シルバーバーチは即答せずに、次のように話しだしました。

『まず、人間は霊をたずさえた肉体ではなく、肉体をたずさえた霊であるという考え方から出発しなくてはなりません。物質の世界に生きている以上、どうしても生命を物質的なものとして捉(とら)えがちですが、本質的には生命は物質的なものではなく、その根本は非物質的なものです。あなたという存在は本来は物質ではないのです。肉体は物質です。が、本当のあなたは、今の条件下では触れてみることも、見ることも、聞くこともできません。”霊”なのですから…。

さて、その本当のあなたの、その時その時の”質”の程度は、それまでどういう生き方をしてきたかによって決まります。その摂理は、身分上下の隔(へだ)てなく、すべての人間に当てはまることであり、なんぴとといえども、それに干渉することはできません。

わたしのいう摂理とは、自然界の法則という意味です。原因と結果の法則、因果律です。自分第一の生活を送れば、その人の霊性に”いじけた”生活の結果が色濃く出てきます。利己的生活は”いじけた”霊性を作り出すように摂理が働くからです。反対に、自分を忘れ、人を思いやる生活を送れば、霊性が発達します。そういうように摂理ができ上がっているのであり、そこに例外はありません』

※霊的成長度が高いか未熟かは、今まで利他的(他人のことを第一に考える行為)な生き方をしてきたかどうかで決まるのです。

※物質的な『質』での生き方のことを言っているのではありません。例えば、「終末ケア」(病気などで、死期を迎えるまでの苦痛や不安を少なくする質のいい穏やかな生活)も大事なことですが、それ以上に大切なことは「自分を見つめ直し、霊的真理を少しでも求めながら死を迎えていく」ことなのです。真理に沿わせた自己努力の生活…死を迎えるその時まで、自分のことは自分自身で『質』を向上させることが何より大切なのです。

そして、シルバーバーチは今までの結論として、以下の言葉を述べています。

『つまり現在のあなたは、これまでのあなたの行為―――その身体で行ったこと、心で行ったこと、つまりは生活全体の総合結果であるということです。その本来の姿は地上にいる間は見えませんが、死の敷居をまたいで肉体から切り離された瞬間から、その有りのままの姿がさらけ出されます。

高すぎもせず低すぎもしません。地上生活中に自分でこしらえた個性をそっくりそのままたずさえて、こちらへ来られます。あなたにとっての本当の財産とは、地上での日常生活で発揮した霊的資質だったのです。だからこそ摂理は公平なのであり、分け隔てがないのです。いやしくも合理的思考能力をもつ者なら、文句のつけようのない判断基準が用意されているのです』

※真理に出会えたことも総合結果であり、例外がないことです。そしてすべての人類が分け隔てなく同じなのです。

※「奉仕は霊のコイン」と言われるように、利他愛を行った結果は、損することなくそれ以上の結果(財産)が返ってきます。それは自分の成長であったり霊的気づきであったりします。

『以上のことから死後のことを想像してください。あなたはそうした霊的本性に合った世界へ赴(おもむ)くのです。特別の使命がないかぎり、それより低い世界へは行きたいとは思いません。が、それより高い世界へは、行きたくても行けません(光が強すぎて苦痛が伴うため)。その時に発揮しているバイブレーションより高いものは発揮できないからです。そういう次第ですから、結局は霊的成長度と霊的能力において同等の人たちと交わることになるわけです』

『年代には関係ありません。地上の年齢には関係ありません。すべては霊的成長度によって決まるのです。その点が地上世界とこちらの世界との大きな違いです。今あなたが生活しておられる世界では、精神的にそれぞれに程度が異なる人々が同一平面上で暮らしております。が、こちらへ来ると、同じ程度の人たちといっしょに暮らすことになります。といって、たとえば大音楽家の音楽が聴けなくなるという意味ではありません。生活上で交わる相手が同格の霊性を身につけた者に限られるということです。絶対に誤ることのない霊的親和力の法則によって自然にそう収(おさ)まるのです』

※還る世界が霊的成長度によって決まることは、霊界では大前提なのです。

※地上は、魂の訓練場としていろいろな霊性の人がいます。また未熟な人間はカルマもあります。人間関係のトラブルや、職場の中での考え方の違いなど勉強材料がたくさんあります。私たちはその苦難を通して、自己を磨き霊的成長のために地上に生まれてきたのです。

※霊界に行けば、口を開かなくても・目に見えなくても、すべての行動が分かってしまいます。すべてがあからさまになり、嘘・偽(いつわ)りのない本来の世界が「霊界」というところなのです。しかし、未熟なところからスタートしていくのが人間であり、いかなる時であっても向上心を持って歩んでいかなければならないのです。