雲随の歴史話

歴史人物の生き方、考え方、行動など一緒に学びましょう。
現在は諸葛亮孔明について記載しています。

諸葛亮孔明とは臣・民愛し、その時に応じ賞罰を与える。

2008年10月11日 | 孔明の人物像
臣・民愛し、その時に応じ賞罰を与える。

5.ときに応じて賞罰を与える。(きびしさとやさしさ)
2.民衆を愛する。
の説明です。


諸葛亮は、ときに応じて 賞罰を与えるのに優れていた。
関羽編*********************************************
赤壁の戦いにて、
諸葛亮は曹操が敗走すると予想される路に武将達を順次待機させている。
関羽はその一番最後に待機させた。
火攻めにされた曹操は敗走した。
呉による追撃をかわしたら、いたるところで、劉備軍の攻撃にあう。
逃走する曹操の兵の疲れはピークに達して、既に戦える状況はなく、
歩くだけで精一杯だった。
そこに出くわしたのが、関羽。
曹操の部下は提言する。
「今、戦えば全員死にます。
それよりも義に厚い関羽の心に命乞いを訴えましょう。」
曹操は、決心して関羽の心に訴えようとした。
曹操「その後、どうだ?上手くやっているのか?」
関羽「今の私と、曹操どのは、敵同士である。」
曹操「見逃してはくれんか?昔、同じ敵と
   一緒に戦ってではないか?」
関羽「そのご恩は、先鋒にて将を討ち取ることで返しました。」
曹操「お前が劉備の所へ帰ったとき、
   わしの関所役人を次々に殺した。臣は追撃を訴えたが、
   わしは追撃させなかったぞ。」
関羽「・・・。」
曹操 涙を流しながら
   「わしは死んでもかまわん。しかし、わしについて忠義を
    つくした家臣だけは助けてもらえんか。
    貴公も乱世に男として生まれたからには、
    男子の義に厚くてはならない といけないのではないか?」
曹操の臣「兄じゃ、ご慈悲をください。」
    兵も皆 ひざまついて、涙を出しながら、
    「ご慈悲を。」と訴える。
関羽は部下に路を開けるように指示した。
上を向き目を閉じたままである。
曹操軍は関羽の前を走りさるとき、
全員が涙ながらに「かたじけない。」と言ってゆく。

関羽に待っているのは軍律に背いた処罰だった。
間違いなく斬首である。

劉備と諸葛亮含めた軍全ては、曹操軍が捨てた城を取って、
祝賀ムードであった。
そこに帰ってきた関羽まず、諸葛亮に報告しなければならない。
諸葛亮「難しい話は後にして、まずはお祝いしましょう。」
目を合わすことができない関羽。
関羽 「死ぬために帰って来ました。」
諸葛亮「戦利品は?何人討ちました?曹操に会えなかったですか?」
関羽 「曹操に会いましたが、逃がしました。」
諸葛亮「この罪は重い。斬人、関羽を連れていけ。」
劉備軍全員が凍りつく。
既に諸葛亮の采配に頼れば負けない戦を続ける劉備軍にとって、
誰も諸葛亮に文句は言えないのである。
次々に武将、兵全員が関羽の命乞いをお願いする。
劉備は諸葛亮にひざまつきながら
「関羽は私の義弟であり、天に対して、
同年同月同日一緒に死ぬことを誓いあったのです。
これでは天に約束が守れません。
どうか関羽を許してやってください。」と訴えた。
諸葛亮「斬人。もう良い。」関羽の手はほどかれた。
命を許された関羽は、
心から諸葛亮の前にひざまついて、
「このご恩は一生忘れません。死ぬまで忠義を尽くします。」
礼を言う。
諸葛亮は関羽に手を差し伸べて立たせてやった。
「今後も劉備軍のために力をお貸しください。」

このとき諸葛亮が関羽を斬首しなかった理由************
関羽を許したほうが、劉備軍は一致団結して、
諸葛亮の命令を厳守し、
その指揮に服従させ戦っていける。
つまり
関羽の心を攻めたのである

もし斬首すれば、諸葛亮への怖さが
疑心暗鬼を生み、劉備軍はバラバラになって
国を興す夢は散っただろう。
諸葛亮は組織の統率を第一としたのである。












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