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読んできたもの ―「異郷のモダニズム」からの追想 ―

2017-06-04 23:53:39 | 展覧会
名古屋市美術館に「異郷のモダニズム 満州写真全史」展を見に行った。
わかっていたことだが、本当に自分の好みにそぐう内容で、それだけに却って何も書けそうにない。
リストがなかったのも痛かったが、時間配分がまずくてメモを取れなくなり、見ることにのみ神経を遣うことにした。
なのでタイトルとカメラマンの名が合致しない。だが、深い満足感がある。
見たいものを存分に見たという満足感である。
それだけでも尊い。

今回は展覧会の感想ではなく、それを見ての自分の連想・追想について記す。
「読んできたもの」シリーズの一だという位置になるか。



展覧会の構成は以下の通り。
Ⅰ.大陸の風貌 ― 櫻井一郎と〈亞東印画協会〉
Ⅱ.移植された絵画主義 ― 淵上白陽と〈満洲写真作家協会〉
Ⅲ. 「宣伝」と「統制」― 満洲國國務院弘報處と『登録写真制度』
Ⅳ.〝偉大なる建設” ― プロパガンダとグラフィズムの諸相
Ⅴ.廃墟への「査察」― 『ポーレー・ミッション・レポート』



櫻井一郎は知らないが、魅力的な写真が大変多かった。
今調べるとこんなサイトがあった。
京大と東洋文庫の共働によるもので、画像が全て閲覧できるようだった。

『亜東印画輯』は、大連に拠点を置いた亜東印画協会が1924年から1944年頃ま
で月刊で発行していた、生写真を貼り付けた写真帳です。写真には1枚ごとに短い
解説文がつけられ、10枚を一セットとして、一ヶ月に一回、会員向けに配布されたと
されています。
 写真は中国・朝鮮半島・モンゴル地域などにおいて日本人撮影者が当地の風俗
や民情、自然風景、歴史的建造物などを撮影したものであり、当時の様子を伝える
貴重な資料であるといえます。


その写真帳と元の写真を大きめに引き延ばしたものとが展示されていた。
特に1920年代の満蒙の人々の暮らし、風景が素晴らしい。

わたしが満州という地を知ったのは横山光輝「狼の星座」が先か、山口百恵主演「赤い運命」が先か、今となってはわからない。
時代を調べると「狼の星座」は75年から77年、「赤い運命」は76年なので、「狼の星座」の方が少し早かったかもしれないが、前者は「満州」と記していたかどうか。「中国東北部」で通していたような気もする。
わたしの手元の単行本には「満州」の文字がないからだ。
一方後者は三國連太郎が満蒙開拓青少年義勇軍の一員として渡満したが、そこで裏切られシベリア抑留に遭ったことを恨み続けていて、全ての犯罪がそこに根を発する、という設定があった。
このドラマでわたしは三國連太郎に怯えつつも異常に惹かれるようになる。
まだ小学女児であっても、三國連太郎というヒトに魅せられてしまったのだ。

さて、そうしたわけで「満州」という言葉はドラマから、その地を描いた作品を見たのはマンガからだということが確定できた。
わたしは実人生で大きな変転をみなかったので生活があまり変わらない。
そのために記憶と資料が大体は保たれ続けている。なのでその記憶で記してゆく。
この後数年間は満州が遠のいていた。

年の展示作品は主に満蒙だが、日本が進出したことで重工業が発達した地域や、哈爾濱の繁栄、特急あじあ号の写真が出てきた。
中にはロシア構成主義の影響を受けたカメラマンもいたようで、そんな写真もぞろりと並んでいる。

Ⅱ.移植された絵画主義 ― 淵上白陽と〈満洲写真作家協会〉
ピクチャレスクな写真の美を愉しんだ。
1930年の「列車驀進」などはその典型だろう。
カッサンドルにも似ているし、現代のマンガ家・鳩山郁子さんの「寝台鳩舎」を思い出しもする。
(ただ、カッサンドルと鳩山さんの絵とは似ていない)
この頃の綺麗な構図の写真をみると、1920年代の都市散策者でもある福原、太田黒らの作品を思い出す。

話が少し飛ぶ。
長いことわたしは中国が怖かった。
この理由は非常に簡単で、中国での残酷な話を描いたものを読んだからだった。
1977年、毎日新聞社から「一億人の昭和史 不許可写真集」が刊行された。
小学生でなまじ字が読めるのはよくない、と思うのはこんな時だ。
わたしはオジが買ったこの本をよみ、ナマナマしい処刑の写真をみたことから、調べなくてもいいのにわざわざ大虐殺の本を探したりしたのだ。
それで震え上がってるのだから始末に負えない。
またそれだけでなく手塚「きりひと讃歌」、南條範夫「燈台鬼」などに震え上がり、長らくトラウマとなっていた。

1981年、森川久美「南京路に花吹雪」を読んで世界が一変した。
作品に熱狂したわたしは例によって、資料を調べだした。また同時期に「オルフェウスの窓」からロシア革命にも強い関心が湧いたので、この時期のわたしはほんとうに急がしかった。他に「リングにかけろ」もあったし、学校の勉強はおいても資料探し・読書はやめるわけにはいかず、本当に良く読んだし調べ倒した。

こうしたわけで今度は反動的に中国の歴史に関心が向き始めた。
あるとき読み直した手塚「シュマリ」に「満州」の文字をみつけた。
この物語は明治初期の北海道開拓が背景となった話であり、わたしも物語終盤からリアルタイムに読んでいた。
やはり1976年である。その時はスルーしていたが、再読して気づいたのがこれ。
物語ラストで日清戦争に徴兵されたシュマリの養子・ポンションがその地で親父のシュマリに再会する。
シュマリは老齢になっていたが、蝦夷を捨てたあと、満州でもう一旗揚げるつもりだったのだ。
再読したときにようやくわたしもそのことを認識したのだった。

やがて「南京路…」からわたしは「蘇州夜曲」にゆき、そこから戦前の渡邊はま子の歌を聴くようになった。
「蘇州夜曲」「夜来香」「いとしあの星」などである。
またその頃にようやくわたしは「狼の星座」を購入し、再読してそこで「夕日と拳銃」を知り、そうなると今度は檀一雄に奔った。
「夕日と拳銃」を始め檀一雄については「日々是遊行」の方でしばしば書いているのでここには記さない。

今回、あの当時みていた資料に近いものが展示されているのだ。
歓喜したのは当然だと言っていい。

1982年、わたしの本棚には高垣眸「豹の眼」ジャガーの眼 が並ぶようになった。
これは講談社が1975年頃に刊行した、戦前の本の復刻シリーズの一つである。
そして戦前の「少年倶楽部」で連載されていた挿絵も入った素晴らしい本だった。
近所の古書店で偶然みつけた。
これは1978年に藤子不二雄「少年時代」で知った作品だった。

あの作中で東京から疎開した主人公は「少年倶楽部」の連載作品の話を同級生たちに語る役目を負わされていた。
わたしは「少年探偵団」は知っていたが、他は知らず、それで興味を持って、忘れずにいたのだ。
高校生になったわたしは「豹の眼」を手に入れただけでなく、丁度刊行され始めていた三一書房の「少年小説大系」を読み始めていた。
この全集の内訳についてはこちらの記事が詳しい。
だが惜しいことにこの全集には挿絵がなかった。
それで非常に無念に思った。
また、山中峯太郎「敵中横断三百里」「亜細亜の曙」は未読が続いた。だが、常に意識に生きていた。

わたしはまた上海にも夢中だった。
「南京路」のモデルの一つに生島次郎「黄土の奔流」「夢なきものの掟」がある。
先に「夢なきものの掟」を読んで熱狂したわたしは、もう本当に苦しいくらい憧れが募った。
やがて2001年か、ようやく上海に行ったが、幻滅が大きすぎてダメになったが、それはここでは関係ない。
今でもこのシリーズの二人の主人公・紅真吾と葉宗明を想うとそれだけで胸が苦しくなる。
間をおいて出た「総統奪取」そして最後の「上海カサブランカ」は印象が薄く、やはり「夢なきものの掟」に尽きるのだが。

1983年、TV大阪で「なつかしの少年ドラマ」シリーズが放映された。
それは団塊の世代が子どもの頃に熱中していたドラマだった。
わたしはオジの影響もあり、それを見始めたが、そこで放映されたのは「悪魔くん」「河童の三平」「隠密剣士」「月光仮面」そして「ハリマオ」「豹の眼」だった。
ドラマの「豹の眼」は原作の「アメリカン・コンチネンツ」が舞台ではなく、満州が舞台だった。
「ハリマオ」はマレー半島。
またのめりこむ要素がいっぱいではないか。

「ハリマオ」はその後に伴野朗の小説、石森章太郎のマンガを入手したが、やはりドラマが印象深かった。
三橋美智也ののびやかな歌声がいつも耳に活きている。

その頃、PHP文庫から「きみは『ハリマオ』を覚えているか」が刊行された。
わたしは当然手に入れ、読み耽っていた。
そこへドラマ。もういよいよ深みにはまる。
更にそこで知ったというか見たことがあるものが紹介されていた「ビリー・パック」である。
これは前述の「一億人の昭和史」の別冊の「日本のマンガ」で出ていたのを見て覚えたものだった。
わたしは気になったものを忘れることは少ないので、嬉しかった。
いつか手に入れたいと思っていたが、こうした一部だけの紹介でもありがたいと思う反面、やはり全編を手に入れたいという気持ちは大きくなる。

ところで年月日がちょっと思い出せないのだが、わたしが初めて中野のまんだらけの本店に行った日、まさかのもしかで「ビリー・パック」四巻本をみつけた。8500円。高いが買った。アタマも胃もふところもが痛くなったが、買うべきだと思った。
資料として大切に置いていたいという気持ちの方が強かった。

わたしはこの頃から戦前の小説や挿絵や昭和半ば頃のマンガに深い関心を持つようになっていたのだ。
結局そのことが90年代からの弥生美術館の会員活動につながっている。


Ⅲ. 「宣伝」と「統制」― 満洲國國務院弘報處と『登録写真制度』

このコーナーだったか、まさかの建築家・土浦亀城の写真も見た。
しかし思えば彼が撮影したとしてもおかしくはないのだ。

この時代の写真家は内地の芸術家と同様に軍に脅かされていた。
軍がのさばると文化が廃れるのはどの国でもどの時代も同じで、現代も変わらない。

芥子の花の栽培の写真はどのコーナーでみたか。
アヘンの効能というかアヘン中毒で苦しむのを初めて見たのは、横山光輝「伊賀の影丸」だったが、あれは時代劇だ。
やはり生島「夢なきものの掟」がいちばん記憶に残る。
そしてチェン・カイコー監督「花の影」もアヘンが重要なモチーフとして描かれていた。
彼の「さらば、わが愛 覇王別姫」もこの同時代だった。


Ⅳ.〝偉大なる建設” ― プロパガンダとグラフィズムの諸相
名取洋之助を知ったのは森田信吾「栄光なき天才たち」からだった。
彼の仕事がここで展示されていた。
雑誌「NIPPON」などである。
名取は途中で軍の傀儡に成り下がっていることから出て、中国本土で繰り返される日本兵の酷い行いを止めさせようとしたが、もう手遅れの時期を迎えた。

宣伝工作はやはりイメージ操作が大事。
作品を見ながらつくづくそのことを思った。

村上もとか「龍 RON」の中で、まだ日本にいた押小路龍が226事件の直前に、来日している京劇の宣伝と資生堂をモデルにした化粧品会社とのタイアップポスターを企画する話がある。
あの辺りを思いながら写真を見ると、色々と記憶が戻ってくる。

展示された写真で白系ロシア人を写したものが増えてくる。
哈爾濱には白系ロシア人が多く住んでいた。
この辺りのことは夢野久作か村上もとかあたりから教わった。
特に哈爾濱の写真を見ていると「フイチン再見」を思い出す。
(村上もとかの資料は毎日新聞の提供によるものが多かったように思う)

白系ロシア人が日本へ来ると神戸でお菓子屋さんになったりもする。
中国では彼らは何の仕事をしていたのだろう。
写真ではほっぺたのふっくらした幼女の写真が特に記憶に残る。


しばらくすると建国大学の学生たちのスナップショットのような一枚が現れた。
びっくりした。
建国大学の学生の写真を見たのはこれが初めてだ。
わたしの中での建国大学の学生と言えば安彦良和「虹色のトロッキー」に尽きるのだ。
あの作品で建国大学を知り、大学の歌も知った。
近年、建国大学の生存者の人々が同窓会をしたのをニュースで見た。
安彦さん描く小島・高橋・セレンズキン・越智・趙嘉木・星野、そしてウムボルトらは無論いないのだが、ニュースの向こうで、彼らが辻政信に殴られそうになるウムボルトをかばいながら建国大学の歌を歌うシーンが蘇っていた。


Ⅴ.廃墟への「査察」― 『ポーレー・ミッション・レポート』
この展示は地下にあった。
その一室の壁面に20点ばかり大型写真で、日本企業の工場や建物が完全に壊された様子を捉えていた。
ソ連軍にやられたのか毛沢東の共産党にやられたのかはしらないが、勿体なくてため息が出た。
壊さずとも占拠して、権利を奪えばよかったのに…

倉庫のような空間で見ただけに、ナマナマしい実感が胸に迫ってきた。
ソ連軍が突然満州に侵攻してきて、という話はよくきいていたが、絵で見たのはやはり「龍 RON」からだったか。
里見弴「美事な醜聞」では元憲兵の男がごく普通の常識人であり続けたことで、敗戦後も中国人にかばわれ、ソ連兵からも虐げられもせず、なんとか上官の妻で男装させてバディになったのと共に苦労し倒しながら、ようよう帰国する。
ソ連兵と遭遇して殺されなかったり拉致もされなかったと言えばこの話くらいしか思い浮かばない。
「ブリキの太鼓」は主人公オスカル坊やは可愛いのでソ連兵に抱っこされていたが、親父は射殺されてしまった。

写真を見ながらこのほかにも数多くの作品を思い起こしていた。
これは展覧会の感想とは言えないが、展示された作品からさまざまな追想が湧き起こるもので、その意味ではとてもよかった。

図録は美術館で購入ならば3500円。国書刊行会の本なので外で買えばそこに税金がつく。
色々悩んだが、今回はあきらめた。
今後も時代を写した写真展があれば、ぜひ見に行きたいと思った。

そして本もまた読み耽りたい。

なお、明日から関西学院大博物館では愛新覚羅家の展覧会が開催される。



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