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生きることと似ている

2008-11-22 06:22:59 | 建築
前回のブログに、建築心の師匠しみずさんがコメントくださいました。
私の行きたい方向に背中を押してくれたり
人生と建築の話を教えてくださった方です。
それに対してお返事。長くなったので日記にしてみた。


常にいつも自分は間違っているのではないか、とか
独りよがりの恣意的な方向に行ってないだろうか、と
立ち止まり、そして人に頼って生きてます。
判断する事は多々あれど、どんなことも誰かがいたり
出あったものやことから導きだされています。
だからその人が、そんなつもりがなくても勝手に感謝したりしてます。

また、岡本太郎の本を読んでやっと言葉になったけれど
毒をもって生きることも大事だと思っています。
安藤忠雄が、怒りのパワーについて語っていました。怒りも必要。

今回悩んでいる(まだ!笑)一枚の壁は、建主にとっては不要なのですが
どうしても必要だという建築的毒素です。
光を通さない、視界が外に向かない。
空間をまだ体感出来ていない人には、毒でしかない。
だからそれがあることでどれだけ空間が生き生きするかと説明するのは
とても勇気が要ります。
そして、簡単な方に、楽(しい)方に流れないように考えなくてはなりません。
人は楽な方に行くのです、それが喜怒哀楽の怒哀がなければ本当に楽にはならないけれど楽というのは恐ろしいもので、実は怒る事が生きることなら、楽しい事は死かもしれません。惰性や慣性は良くない。

んで、立ち止まる。
でもこれって恣意的かな?

シュミレーションしたし、後はちゃんと言葉にしよう!っと。
と、自分と戦うのであります。

建築の思考って、デザインや構造とかやることは沢山あるけれど
その前提、根本的な考え方は自分の生き様に似ている、
というかそのものなんだと思います。
まだまだ浅い自分だけど、色んな人や物に出会って、自分と建築が一緒に成長できれば良いと思っています。


うおー朝日が。
最近の空は空気が凛としていて朝日が綺麗。
高度も低くなって影が伸びてきたし、冬の到来ですな。

コメント

なんと言われようとも

2008-11-19 02:53:31 | 建築
ただ今プランニング中の住宅。
お客さんに桜がもっともっと見たいからなにも無かった壁に窓をあけてほしい。と要望がありました。

桜が見えるのはまあいいか、と一度承ったものの
大きな一枚の壁がどうしても欲しくて作った空間。
本当に必要か、だとしたらどのくらいの開口か、
20分の1の模型を作ってシュミレートしました。

やっぱり、真っ白な壁であるべき。
とても感覚的なものだから、どうやって説明しようか
悩んでいます。もっと、もっと突き詰めなくてはいけません。

構造的に壁が欲しいというのはあるんだけど
それ以上に。


一枚の壁、されど一枚の壁。

悩み続けており、どうにも眠れない・・・
長い夜~朝になりそうだ。

コメント (2)