40代までの私の夏服はとてもシンプルでした。暑さが苦手なので外出はほとんどせず、従ってどうしても出かけねばならない時のために2組の外出着を持っていただけでした。あとはすべて自作の5枚のキュロットスカートに強撚糸で出来たTシャツという組み合わせが普段着で、家から一歩も出ない日は自作の5枚のショートパンツという組み合わせで満足していました。
とは言っても私の知る限り一番涼しい強撚糸のTシャツは当時はデパートにしかなく、お値段も1万円以上で、私はいつもバーゲンを待って3割引きぐらいになった物を買っていました。バーゲン品ですから着にくい色しか残っていませんが、私は買ったTシャツに合わせてキュロットスカートを縫っていたので予算内で買えるのなら何でも買っていました。
買った物はヘビーローテーションで着ていたので夏の終わりに色褪せたり型崩れした物を処分してそれと同じ数だけ新しい物を買い足していました。だから箪笥の中はいつも5~8枚ぐらいのTシャツと5枚のショートパンツがパラ~ッと入っているだけで引き出しの底が見えていました。考えてみると当時の私は今でいうミニマリストだったのですね。強撚糸のTシャツは高価でしたが、しっかりと着倒してから処分していたのでお財布は少々傷みはしましたが、キュロットは自作なんだし、強撚糸のTシャツは私にとって必需品だからと割り切って心はハレバレ、といった風でした。
この折角のシンプルライフが狂ってきたのが夫が町内会の役員を引き受けてからでした。活動はとても活発で年中行事がたくさんあってそれにはほとんど夫婦で参加しました。それまでは夏の外出着なんて必要なかったのに仕方なく何組かの外出着を買わざるを得ませんでした。それも夫と一緒に参加するというのでそれらしい恰好が求められ、好きでもない服を何枚も買いました。
当時はデフレ真っ最中という時代で物の値段は下がっていて、インフレを知っている年代の私にはお買い物が楽しくて仕方ありませんでした。強撚糸のTシャツも最初のころとは違って1枚1000円などという物も出てきて、私は生まれて初めて色違いでずらっと並んでいたた強撚糸のTシャツを「ここからここまで全部ください」という夢のようなお買い物をしたこともありました。もちろん安い分縫製や生地そのものの粗雑さは否めませんでしたが、どうせ夏物、と割り切ってどんどん着てどんどん洗ってどんどん着潰していきました。
そして役員になって何年目かの夏の終わりにTシャツを数えてみたらなんと50枚もあってショックでした。デフレで調子に乗っていたのと、いつも何かに備えて服を買っておかなくては、というのが習慣になってしまっていたのですね。
それからだいぶん減らしたと思うのですが、今度は今の家に引っ越してから知った人もいない暮らしの寂しさから毎月1度街に出るようになりました。そこでまた全商品が1000円というお店を見つけて通うのが楽しみになり、行くと手ぶらで帰ってきたことがないという状態になってしまいました。
折角減ってきたTシャツはこれでまた増えはじめ今は40枚にリバウンド。さすがにこれ以上増やしてはいけないと反省して、コロナ騒動で街に出かけられなくなった事もあってこの夏は手持ちの服を一枚ずつ見直して、あまり着ていない物は着やすいようにリフォームするとか、組み合わせを考えたりしてるとかして出来るだけ早く着潰したいと思っています。
それと同時にどう考えてももう似合わない服とかサイズが合わない服などは思い切って処分しようと思いました。
明日はサイズが合わないけれどまだ十分に着れる服を近くの公共施設で回収しているので持っていこうと思います。もう一枚はよく見ると部分的に色褪せがひどいことに気が付いたのでこちらはウェスにしようと思います。
こんな調子でTシャツはジワジワと整理し始め、最終的には引き出しには30枚、を目指して処分していこうと思っています。