麦畑

太陽と大地と海は調和するミックスナッツの袋のなかで

やさしいまなざし

2017-12-03 14:00:46 | 短歌記事


未来誌12月号に歌集の書評を
書かせていただきましたので
ブログにも載せておきます。


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歌集歌書評----未来会員近刊

阪野優歌集『いとし子』書評

やさしいまなざし    鈴木麦太朗

  天空へ富士は静かにそばだちて
   運動会のかんせいあがる
 巻頭の歌。上の句で勇壮な富士の姿を描
写し、下の句で運動会の様子を端的に表し
てしている。「かんせい」は「歓声」と思
われるが、あえて平仮名表記することで作
者のやさしいまなざしが伝わってくる。
 引用のように、本歌集の歌はすべて一行
目に上の句、二行目に一字をあけて下の句
というスタイルで記されている。さらに一
ページに一首のみを配し、厳選の百首にて
編まれている。歌集を通して一貫して感じ
られる定型意識、分かりやすく伝えようと
する配慮、さらには先にも述べた「やさし
いまなざし」は、表記上の工夫と相まって
読む者に鮮やかな、それでいて柔らかな印
象を与えている。
  父さんと私は同じ旅好きと
   さらりと言ひし子どもいとしき
 書名『いとし子』の元となった歌。上の
句はお子様の語りであろう。それを受けて
「子どもいとしき」と自身の思いをストレ
ートに表現している。仮にそう思っていた
としても気恥ずかしくて普通は文字に起こ
そうとは思わないのではないだろうか。作
者の実直な姿勢がここに現れている。
  縁側で娘の髪をときし妻
   ただなんとなくわれはながめつ
 説明の必要は無いだろう。あたたかな春
の日差しの中、母と娘のおだやかな所作が
見えてくる。それをただ見ている作者。何
ということのない歌ではあるが深く印象に
残る。このような歌を私は好む。
  天国の父のもとへと母は逝く
   私は一人猫抱き寄せる
  父恋し母なお恋し山の中
   鳥の鳴く声胸を突き刺す
 あとがきには「平成二十八年(二〇一六
年)母が亡くなりました。母は父と農業を
営み、私を大学まで進学させてくれた。両
親への感謝の気持ちをこめて、歌集を出版
することとしました。」とある。おおむね
時系列で並べられた歌の中に、作者の人生
の節目は際やかに刻まれている。猫や鳥と
いった生き物に自らの思いを寄せるという
手法は巧みである。
  謹慎の処分をうけし子どもらが
   卒業式に握手もとめる
  先生と声かけられし電車内
   幼児を抱きし教へ子に会ふ
  退職をわれはゴールと思はねど
   教へ子達のあの顔あの声
 著者プロフィールには「元高校教諭」と
ある。教え子とのほのぼのとした関係は作
者の歩んできた道のりをおだやかなうねり
として感じさせてくれる。
  蓮根を掘らんと沼田にはひりしに
   足がぬけずに破蓮ゆれる
  自販機に話しかけられ買ふコーヒー
   凍えし体あたたかくなる
  秋晴れの雲ひとつない大空を
   飛びし飛行機パリへ行きたし
 巻末の数首を引いた。ユーモアの感じら
れる一群である。一首目、視点の工夫。二
首目、意味の重層性。三首目、唐突な展開。
近作であろうか。何気ない歌に寄り添うさ
り気ない技巧に惹かれる。

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