日々是好日

懐かしき過去、期待の未来を希んで!

断じて行えば鬼神もこれを避く

2011年06月30日 | Weblog
 昔からこの言葉をいつか聞いたことがある。「断じてて行えば鬼神もこれを避く」、或いは、「天地を動かし鬼神を感じしめ」、とか。何故か分からないが、この言葉が、仏暁夢の中に朧げながら浮かび上がった! こんなことは未だ嘗て無い。真心を持ってこれに当たれば恐いものは無い、とのご託宣、即ちそんな意味とも取れようというものである。旧制中学、ないし陸士において習った言葉かも知れない。昨日は在京幹部会で思いきって物事を述べた。一部通ったが一部は反対を受けた。帰宅して夕食後午後8時同僚から、慰めの電話が入った。別に気に留めていなかったが、以て瞑すべしと互いを気遣い、いざという時には協力一致事に当たろうと覚悟を新たにした。そんなことで、夕食後早めの床に就いた。安眠すること9時間、今朝目覚めたというわけである。天網恢々疎にして漏らさずとか、世に先哲は貴言を遺している。天地清明以て恥じること無しとも思う。
 メイとの散歩は早めに実施した。ボール投げで斜面の囲いの下にボールが入り、メイも抜け出せないで奇妙な声を張り上げていた。抜け口をメイに教えて辛うじて事無きを得た。他の犬がやっていた初めての公園の水道蛇口からの水飲み、それをメイは真似して、初めて、私の両手掌に湛えた水を飲むこともできた。驚きだった。そして暑い散歩や運動を終えたというわけである。夏場での今日は、新しい学習かも知れない。
 今日は6月の末日、1年の半分、夏越の祓いの日である。「風そよぐならの小川の夕暮れは禊ぞ夏のしるしなりける」とは、藤原家隆の新勅撰和歌集の35首の中の一つである。季節柄、憶い出深いものがある。
 郷里の加須市では、さぞ今頃、“浮き島の里”の水路に、船を浮かべて神官が白装束に身を固め、形代(人の形に切った紙)短冊のちぎり紙を撒き、半年の災厄を負わせて水に流す祓いの行事が、行われている筈である。半越年(一年の折り返し点)の縁としたい。
 正午2分過ぎに、責任者から電話を戴き、昨日の件を深くお詫びをする旨の言葉を戴いた。矢張りこれですっきりした。また、明日から頑張るぞと言う気概が、満ち満ちてきた!思いは上記の通りであった。
 メイを月末の検診に連れて行った。爪切りと尻絞り、フィラリアの内服など実施してきた。夕頃から雷鳴で怯えて震え可愛想だったが、これも年老いて臆病になった様な気がしてならない!
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明日は夏越の大祓

2011年06月29日 | Weblog
 今日程暑い登学日は、今月では、今まで無かったようである。家々の日影を選んで、ネクタイ無しで夏シャツ姿で定刻に学校に到着した。途中バス停では額の汗を拭い、時間待ちをしていた。珍しいことに、渋谷からいつも乗るバス車内は空席なく立った侭であった。佐用に途中まで一杯だったが、区役所やNHK前で沢山の人が降りて、車内は平素のようになって、やっとゆったり目指す停留所に着くことができた。約600メートルを徒歩で学校前に到着、その途上で毎年ながら、珍しい盆栽を民家の庭先で見つけ撮影したのがこの花である。白い緑色の花弁、葉は竹煮草紛いであったが、おそらく柏葉紫葉花だと思われる。
 夏越での祓いの行事が、故郷の加須市多門寺にある「浮き島の里」と言う水辺の池沼で行われるそうだが、今年も残念ながら行けそうも無い。一人離れた東京で遥かに、祈りを捧げる他は無く出掛けられないと思う。季節毎のまた地方地方で様々な季節の行事、風物詩であり叙情詩が、心や体を取り巻き果ては素通りして行く憶いが深い!
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2度目の診察で、喜びが!

2011年06月28日 | Weblog
 今日は2度目の診察で、朝早めに自宅を出た。幸い電車も座れたし、病院には8時40分に着いた。早速血液一般と尿検査を済ませ外来で待つこと暫し。ところが何と、予約時間より45分程も早く、診察室に呼ばれて、受診できた次第である。検査も迅速で、主治医の応対の時、既に数字のデータが出揃っており、説明も懇切分かり易い。事実を衝き核心に触れた話に、自信を強めたところである。今後は、いま少し現在の投薬を続け、その影響と、経過の観察を経て、慎重に細動の静止薬を使用するか否かを決定したい由である。何とも科学的で経験に立脚した治療姿勢に、有り難く感謝したい。今の薬、新薬のため外部薬局で受け取ったが、午前11時過ぎには帰宅できた。と、言うたわけである。何だか幸運が、いろいろ付きまとっているようで、心強い。
 メイとの散歩も午前7時過ぎに、早めに済ませての受信だったが、時間的には、万事巧く運んで十分余裕の取れた今日の午前中であった。
 さて、学校のこと、学生のことどもも、各々問題無しとしないが、誠心これに当たれば大したことは無い! 健康で大いに頑張って行こうと思う。今日も息子や娘のお蔭で気分爽快である。
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決断、責任、進退は宿命、この国に於いて

2011年06月27日 | Weblog
 畏敬する立命館大教授の加治伸行先生、昨朝の新聞臨調に表題のことが記されていた。正に左様であり、何時もながらの時代を先読みした清徹な論調に、胸躍る憶いがする。時代は正に容易ならざる事態が、わが国に於いて、いま数々逢着している。何時もながらの間空菅こと、矢鱈、自己にのみ囚われた結果、国を誤る事態がそこここに数多必発している。反省は固より脚下照顧なども、微塵も無い。これ以上も無い、此れ以下も無いと言うべきで、邦家のため残念至極なことである。そこには、決断は愚か!責任を感じず、その果て進退は、闇雲の彼方へと言うことらしい!いい加減極まるご仁である。ああ空しいかな!ああ!無念であるかな! 加治先生の今までの一連の論調を、篤と足の先から頭の天辺まで念じて、拳拳服膺すべきではないかと、思案される。
 登学の途次、民家の軒先に山桃が美しく実を付けていた。美味しそうだが、それ以前に慎ましやかで、穏やかで綺麗である。人も斯くありたいと願うこと頻りである。
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笑いと、目的に向けての工夫一筋は、幸いを齎す

2011年06月26日 | Weblog
 昨夜からの寝覚の床で考えた金言である。一日一善一歩一歩前進することが大事であろう。マンネリにならず、わずかながら工夫を重ねて、日々是努めることができるならば、本当に幸せそのものである。
 今朝は伊豆の家の補修終了後の点検と、植木職人が皐月を剪定したり、移植した後の様子を調べて、見聞きする目的で、私が7月2日伊豆へ行くことを、今朝両職人に電話で告げたわけである。そろそろお中元が来始めている。我が家でも昨夜で全部のお中元の発送を終了した。
 娘に8月の予定を聞きながら、庭や座敷の修理・変容状況を知らせようと Skype を操作しているが、中々忙しく留守のようで、出てもらえない。今日は日曜日なので、あちらから Skype が掛かってくるであろうと思う。メイとの散歩は型通り過ぎて丁度今、夏の飲み物を戴きながら、曇り空の日中を過ごしつつ、パソコンを操作している。
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菅原道真の誕生日、霸れて快晴

2011年06月25日 | Weblog
 今日25日は菅原道真のお誕生日である。家紋が菅原家と一緒なので、ついぞ道真に傾倒してしまう。娘の京都天満宮、ここには名入り石塀を寄付している。亡き友朱雀君と一緒に、嘗って太宰府天満宮をお参りしたことを思い出す。今日の天気予報では、曇りで10℃も低い温度の日だそうだったが、霸れてもう暑い。良い方向に、天気が回復すると本当に嬉しい。お蔭で、昨夜のメイのシャンプーのタオル数枚も、ちゃんと洗濯して屋上に干せた次第、有り難い。
 今朝早く弟子からのお中元、第1、2号が届いた。有り難く嬉しく感じている。こちらからも普段お世話になっている人に、お中元などお贈りせねばならないだろう。今日明日中に、デパートに依頼することとしよう。事実今日夜分には、お中元依頼をポストから出して置いた。
 今朝のメイとの散歩、3匹ばかりが顔を併せて、一少時間を公園の日陰で過ごした。暑いせいかボール投げも数少なくなって、その分は家の廊下での鞠投げで代替した。さきごろ朝食を終えたところである。メイはいま、気持ち良さそうに、ソファーに寝そべって、クーラーと扇風機の風を受けて寝ている。
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梅雨の晴れ間の貴重な一日

2011年06月24日 | Weblog
 天気予報では、今日は梅雨の晴れ間の貴重な一日だと言う。そのため早晨に起きて、早々とメイのベットのスーツを全て洗濯し、屋上に干してから、通例の朝の散歩を楽しんだ。時間帯が早い為かまだ他のワン子達は居らず、思う存分にボール投げが実施できた。マロンちゃんが帰り際に訪れたので、暫く交歓して帰宅した。メイは今朝は食事をしないでソファーに寝そべっている。さぁーそれではと、支度してそろそろ学校へ出掛けるとしよう!
 さて、黙ってそっと家を出ようとしたが、今日もメイは遅れながらに、後追いして玄関迄出て来たようだ。私は、玄関を離れて家から15メートルくらいの、隣家の前まで来ていたが、折角なので、また舞い戻って、車庫のシャッタの横棒越しに、メイの鼻を撫でて朝の別れを告げたという訳である。寝ていても何かしら気づくようだ!  動物の感覚は素晴らしい!  今夜はシャンプーをして、抜け毛を綺麗にする予定である。今頃の季節は、動物おしなべて丁度毛が抜ける時期らしい!
 小笠原諸島が国内4番目の世界自然遺産に決定した。大変嬉しい次第である。
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夏至の昨日、一日だけの夏日

2011年06月23日 | Weblog
 息子一家からの父の日に因んでの贈り物をこのブログで記述したが、娘からも手作りで入念仕上げの本漆のお箸が届いた。予て本場に依頼しておいた逸品だが、早速下ろして夫婦で使い始めたところである。
 夏至の昨日は32℃紛いの暑い夏日であったが、今日はどうだ? 室内では29℃程度で雨がバラバラ降ったり止んだりの天候である。屋上に干した洗濯物も乾くか濡れるかのどっちかである。台風紛いの低気圧の成せる技で、特に東北地方は大雨の被害が甚大で、災害がまたもや出始めているとテレビでは報じている。お気の毒だ! それにしても缶から菅はなかなかにしつこい。自分のことばかり考えている似非政治家を、どうして退治できないのか? 日本は本当に駄目になったのか ? 改めて世間に問い質したい。今日の曇り雨の空も、日本の政治を象徴しているようで情けないこと、夥しい。早く暑い夏の日が、また市民の為の、真心の政治が訪れることを冀って止まない。
 今朝は歩を延ばして、久し振りに駒繋ぎ神社公園まで往復した。近くの公園も駒繋公園も新参者のワンこが居て、中々帰らないので、ボール投げが叶わなかった。業を煮やして、長距離の往復の散歩で、運動量を増やしたということである。
 家中のあちらこちらで、メイは、今も寝転んでいる。扇風機を2-3日前に地下室から出して、居間を涼しくしている。そのせいで、過ごし易いのかも知れない。
 2日前に友人から、法人役員の会議に出席の案内を貰った。その返事として、欠席と言うより、昨年既に辞任申し出でを済ませていることを記しながら、体よくお断りの封書をしたため、今朝、早めにメイの散歩の途上、ポストに投函しておいた。これで全てが一段落だ。
 キャノンのコピー機のカートリッジを21日購入し、古いものを玄関先に出しておいたら、早速取りに来てくれた。流石、大所は違う早いものだ! 昨夜ホームページから無料引き取りを申し込んで置いたものである。
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四面楚歌、どなたかは怨磋の的にも平気?!今日は夏至

2011年06月22日 | Weblog
 時局は風雲急を告げているものの、肝心の御大が無風と感じ思慮を欠いている事態、誠に邦家の為に残念至極である。逸早くこの異常事態を好転させ、収集する為の、誰か偉人は日本に居ないのか?甚だ理解に苦しむ!
 ところで我が校も役員の任期が後一ヶ月余に迫り、そろそろ軌道修正して常軌に復帰させる為の手当を講じておきたいと考える。幸い在京の有志が集まり、学生の為の、又教職員の士気向上を目指して、その為の施策を議論した。これらを更に緻密に立案して、成案を今後の実際に移さねばならないと思う。それらの、などなどを考究思索してみた。有り難い嬉しい話である。後一ヶ月の間に、これが実施に踏切り、効果を発揮できるように、是非したいと思うや、切なりと言うべし!?
 学校も学期開始の諸行事が終わり、いよいよ本番である。学生は本格的に学業に専念する為の体制に入った。落ち着いて勉学に専念できる環境を、完備せねばならぬ義務と勇気などを、背負っているのは、現実、他ならぬこの自分である。だが、事柄は、目的達成の為には一足飛びは無理で、これが遂行と実施を、周辺に摩擦を及ぼすこと無く、徐々に実施せねばならぬ。この辺りに若干の苦心が必要であろう。昨日の有志の会は、これらの秘策を十分話し合ったところである。何時の世の中でも、志と誠が有れば、物事は前進することを学んだ! が、 さぁーいざ頑張って、平常心で参ろうかと思う。どこかの国のどなたかみたいに、最後の粘り腰も、時には必要かなと思うことがあるが、私にはできない相談だ。
 文字通り夏至に相応しい夏日の到来である。気温は31.9℃を示している。暑い夏いよいよだ! 今日から昼の長さが段々縮小して、その分夜が長くなるようである。でも夏は好きだ!清々しい! いま玄関の南天、花盛りである。ただ花弁があちこちに散らばって、風で運ばれ見栄えが悪い。そこでで余計な花と枝を剪定し、玄関周りを整えたところの今日の夏至である。  
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公園の枇杷の実が

2011年06月21日 | Weblog
 定かではないが5-6年前、公園に3本の枇杷の苗木が無造作に植えられていた。気が付くと3本共に根元から抉り掘られて、枯れる寸前だった、ことを覚えている。可愛想なので生き返りそうな1本だけを、根元の土を脚で蹴り起こし根元を土で固めておいた。それがかれこれ5-6年前だったような気がする。
 一昨日メイの散歩の時に覗いてみると、可憐で小さな黄色い枇杷の実が10数個生っているではないか! 今朝また覗いてみると、たった2個だけになって、小さな黄色い実が残されていた。懐かしさのあまり、2個をいただいて帰宅した。メイの廊下のボール投げの後で、二人?して、その皮を剥いて食べてみた。小さいが美味しかった。あぁーこれであの時の養生が完全に実り生き延びたのだなぁ!と実感し頷いた。良いことをした思い出が、沸々と湧き起こり、何とも嬉しかった。こうして、来年も、また翌年の再来年も、この1.5メートル程の高さの枇杷の木は、将来ずーっと、又もや実を付けて行くことであろう。とても爽やかな今朝の一時であった。
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