年金受給者の日々へ 悪戦苦闘の記録から

自分のXデーに向かってまっすぐに走る日々
   年金受給前の悪戦苦闘の日々より

今年初めの“なんでや”

2019-01-05 00:00:00 | Weblog
 ラジオをつけっぱなしてPC作業をしてる。火曜日の90分お喋り会の資料作成中である。それに少し飽きたのでこのブログを書いてる。

 ちょっと待てよ・・と思うことに、ラジオのアナウンサーが、しきりにポジティブシンキンキングのことをしゃべっており、ポジがよいこと、ネガティブは良くないこと・・のような話で盛り上げている・・そりゃないだろう。そのことがあったので自分の意見も言っておこうかと・・。

 ポジの時間が多い人には疲れる、半々くらいがちょうどエエのではないか、半分ポジで半分ネガくらいで。高齢者で毎日張り切って生活をしている人を見てると、そんなに張り切らなくともボチボチやりゃエエのにと思う、さらにそのような人が自分のようなノロノロ動きをする人を見つけると、がぜん張り切って叱咤激励をしてくれる・・と脅威的にもなる。よって・・ボチボチやりゃええがなぁ。。と。思ったり。

 近頃自分らの業界では、Anger managementなどの学習会があったりして怒りのコントロール対策などと、怒りを悪の巣のように見たりする姿勢がうかがえるけれど・・・自分はもっと怒れよ!!と思うことがたくさんある。人間関係のことや自分の性格からくる特異的な認知の仕方などの面倒くさいことより、こんなニッポンでエエのかよ、沖縄・辺野古をどうする、オマエさんの原発の意見はどうなんだ、中国大陸の人々や国家、朝鮮半島の人々や二つの国家とどう向き合うのかをはっきりしてくれ、これから自分らの孫の時代にも原発が必要な道具なんか、などと何か間違ってるんじゃないかと思うことが年々増えてる。良い子にならなくて、もっと怒れよと思う。
この時代、良い子とか優しさとか豊かな物にあふれた環境とか、例えばマズローの欲求5段階説から、生理的欲求⇒安全欲求⇒所属と愛の欲求⇒承認欲求⇒自己実現の欲求が物質的、地位的、権力的の欲求を下地にして繰り上げてるようで、こんなんでエエのかよ・・と嘆いたりしても、自分の部屋だけのできごと。

 Grief careなどと優しさの極みに立って寄り添う自分に酔いしれる姿から後ずさりして、やっぱり立ち直るのは自分自身であり本人だけだと。もういちど初めての地点に立たねば・・人と人の間には渡り切れない海溝が走っているのだということを知らねば・・。などと思ったり。

《ある日の牧師の説教》から
私たちは、知識・経験・富・財産・学歴・保険・・・これらを支えにして生きているのではないでしょうか。
24年前阪神淡路大震災で、奥さんが生きたまま火の壁に遮られて死んでいくのを助けられず見殺しにした山本欽照(よしてる)さんは、「私は1995年1月17日から時が止まったままです」と絶叫されています。これまで支えにして来たものが、何の支えにもならないことを痛烈に知る時、私たちの「時は止まり」「何のために生きるのか」生きる意味は木っ端微塵に砕かれてしまいます。


 ますます陰にいてじっとしている人を見つけると、強引なまで日向に連れ出そうとする人がこの数年でナント増えたことか。
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