ドラムブログ

吉澤響のライブ情報、リリース情報を載せていきます。

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便利な言葉が好きじゃない。

2010-07-27 02:49:06 | ライブ
僕は便利な言葉が好きではない。
例えば、
「ありがとう」を言うべき場面での「すみません」。
「ありがとう」って言葉は発するのにパワーを使う。
それに対して、
「すみません」って言葉はなぜかスラッと出てくる。
そんなことないですか?
僕はそう思う。
だから「便利」だと思うのだな。
実際、落としたものを拾い上げたとき、
相手から出てくる言葉は
「ありがとう」ではなくて、
「すみません」のことが多い。
いや、
「すみません」って言いたくなるのも分かるんだけどね。
でも、「すみません」は、
「ごめんなさい」のときにも使うでしょ?
拾い上げたこちらからしたら、
謝られるより、お礼を言われた方がうれしいです。
だから「ありがとう」って言うべきときは
「すみません」ではなく、
「ありがとう」と僕は言いたい。
便利な言葉って、ときに、
伝えたいことの意味合いが薄まると思うのだな。
便利な言葉が好きじゃないってのは、そういう意味。

僕はドラムを叩いているけれど、
そこにも、とても便利な言葉があるのです。
それはね、「個性的」って言葉。
極端に言うと、ぜーんぶ「個性的」で済ますことができる。

興奮して曲中でテンポが早くなっていっちゃうけど、それが個性的。
バスドラムの音が少し小さいけど、それも個性的。
ハイハットが均等に刻めないけど、それも味があって個性的。
2拍目と4拍目に叩くスネアが少し遅いも、何だか個性的。

ねー、便利でしょ?
果たして「個性的」って、
「個性」って、そういうものなんですかね?
と、僕は思う。視点を変えれば、
「それはただ練習してないだけだよ」
とも思うし。
だから、僕は滅多に「個性的」という言葉を
使わないのです。
「個性的」って言葉の盾に隠れたくないから。
そんな盾に隠れるんじゃなくて、
もっと自分のドラムと向き合いたいから。
そしてそれとともに、
人それぞれに、確実に存在するであろう「個性」は、
どこに在るのだ?
ってことも考える。

曲中にハシらなくなったとき、
バスドラを大きな音量で踏めるようになったとき、
ハイハットを均等に刻めるようになったとき、
2拍目と4拍目のスネアがモタらなくなったとき、
そのドラマーは「個性的なドラマー」ではなくなって、
「ただのドラマー」になるのかな。
僕はきっとそんなことないと思うのだよ。
むしろそこから始まることがたくさんあるのではないかな。
きっと、リズムの癖なんてとっぱらって、
「普通」になって、型にはまって、
何なら、
「自分はメトロノーム並みに癖のないリズムを刻めるぜ」
ってくらい練習して、初めて、
その人の「個性」が浮き彫りになるんじゃないかなぁ。
「個性」というものは、きっと、
出すものではなくて、出ちゃうものだと思うから。
例えば、
むちゃくちゃ練習して、
「自分は常にメトロノームとドンピシャに合ってまっせ」
と思って叩いてるのに、
なぜか2拍目のスネアがほんの少しだけ速い、とかね。
そういうとこに「個性」が見え隠れするに違いない。きっと。

明日からレコーディングですからね。
そんなことも考える今夜でした。
「個性的」で済ますことのできない、
もしくは、
「個性的」としか言いようのない、
そんなドラムが叩けるように、がんばってきます。
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9 コメント

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おはようございます。 (くみ)
2010-07-27 08:16:25
続けてのコメントになっちゃった。

「ありがとう」ってホントパワーのある言葉ですよね。この言葉大切にしなきゃいけない言葉だなって、最近特に思います。なのに吉澤さんに直接言えなかった…。
吉澤さんは、自分を追い込み自分を見つめて凄いな強いんだなって、でも人には凄い優しいですよね。だから、惹かれる人が多いんだなって思います。たまには気を抜いてあげないと心が疲れちゃいますよ。

突然ですが。私、今人生最大!?の転機にしようと思っているんです。今までの自分じゃいけない、人生楽しむために全てを変えたいと思うようになり。

それも、吉澤さんのお陰というか…ライブに行ってドラム叩いている姿を見るたびに、好きな事を仕事にしている分辛い事苦しい事がたくさんあるだろうけど、その分より楽しさが伝わってきて、私にとって凄い刺激になっていました。

人見知りだから…ってもう後悔したくないって思うようになったから、吉澤さんに声をかけることができたのかな。中途半端になっちゃったけど。

いつもは自分に自信がなく下を向いて歩いていたけど、いろんな意味で前だけを向いて歩こう!

内面をもっと磨いて、自分に自信を持てるようになろう!そしたらきっと外見も変われるかな?

人生、子育てだけで終わらせたらいけないなって、もちろん子供たちは大切な宝物です。でも、私が人生楽しまなきゃ子供たちにも良い影響は与えられないなと思いました。

なので、吉澤さんには声を大にして「ありがとう」です。
いつかまたお話しが出来る機会があったら直接言いたいです。いや、絶対に言います。もう、後悔したくないから。

今日のレコーディング頑張ってくださいね。
わわ。二度目のコメントです。。 (ゆりあ)
2010-07-27 10:51:28
こんにちは!

「ありがとう」は大切な言葉ですよね。うん。。どんな異国の言葉でも必ずといっていいほど、はじめにみんなで学ぶ言葉ですし。

わたしは日常の中で言葉が軽くなってしまったら嫌だなぁと時々考えております。例えば、ツイッターもそういう危険性を持ってんじゃないかな、とか。(ま、ツイッターは「遊び」の一部でもあるんですが。。)
だから、わたしは言葉を大切にしていきたいから、相手に言葉をわたすとき、いろんな意味を含んでいるのだ、ということを考えるようにしています。なかなか難しいですけど(笑)

響ちゃんにライブの後、直接会えて(!)「ありがとう」が言えた日は、とても心があたたかいのです。きっと、これは本当の「ありがとう」だからですな。そして素直に出た嘘のない言葉だからだと思います。「ありがとう」って言えた日が次の日のパワーになりますし!
「あぁ、良い出会いに感謝だな」と思うわけです。




最後に、急に話変わりますが(ホントに急に)昨日夢で「吉澤響 叩き語りライブ決定」というメールがなぜか?きた夢を見ました。これは、正夢…うーん。ひと夏の夢ですね(笑)失礼しました!
ではでは。レコーディング頑張って下さいね!
ありがとう (ゆき)
2010-07-27 23:25:14
こんばんは。
響ちゃんのその気持ち良く分かります。そして、その「すみません」をついつい言ってしまっているような気がして、自己を振り返っていろいろと考えてみました。

私にも便利で好きじゃない言葉があります。それは「忙しい」。忙しいって、言い訳に聞こえてしまうのです。忙しいからこれができないとか。その一言で片付けたくない。それに、自分より忙しい人はいるだろうし、その人に対して失礼に当たるって。私はそう考えます。だから、その言葉を自ら口にはしません。ただの負けず嫌いかな(笑)

響ちゃんは「ありがとう」を真っ直ぐに伝えるから、そこが素敵なんだと思います。「ありがとう」にもいろいろあると思いますが、響ちゃんの「ありがとう」は少し人と違います。不思議な魅力。

また、こうしてブログなどで考えや思いを発してくださることによって、共感したり、自分自身を見つめ直すきっかけになったり。だから、いつも感謝しています。どうもありがとう。

ではでは、これからも直向きにドラムと向き合う響ちゃんを応援しています。ずっとそうあってほしいな。がんばってくださーい。
言葉について (kaori)
2010-07-27 23:59:18
こんばんは!
「すみません」という言葉は本当に便利ですよね。何の場面でも使えますし。
かくいう私もその一人です。。。
とっさに「すみません」より「ありがとう」という言葉が出てくる人になりたいものです。

「個性的」という言葉。これもやはり便利ですね。個性的という言葉を使う場面は、相手の作品に触れそれに対してコメントをする時などに使われると思うのですが、ちゃんと作品に対してコメントしたくて、でも何を言って良いかわからない時とか、なにかコメントしなきゃと思った時に、よく「個性的」が使われるような気がします。
そしてこの「個性的」という言葉も「すみません」と同じように、いろいろな意味で使うことができますね。良い意味でも、悪い意味でも。

こういう時って本当は何て言うのが良いんでしょう・・・
でもきっと自分だったら、良い作品なら「かっこいいね」とか、悪いと思うなら「下手だね」とか、作品を見てもよく分からないなら「分らない」と言ってほしいかも、と思います。
その人に自分の作品を評価してもらう時でしたら、「個性的」と使うのは良いと思うのですが、どう感じたかを言って欲しい時に「個性的」と言われると、なんだか流された様な気分になる・・・かも?

蛇足ですが、この前、近所のブックオフに行ったら店内で「あかり」が流れました。
思わず「おぉっ!」と思い、本を選ぶ手が止まってしまいましたよ。なんだか嬉しかったです(笑
言葉を大切にしよう (urizun)
2010-07-29 20:05:59
私が苦手というか使うとき慎重になってしまう言葉が「頑張って」です。

もう限界、これ以上頑張れない程頑張りすぎて疲れ切ってしまっている人や重い病気などで精神的に参っている人、悩みを抱え追いつめられた心境の人。そんな人達に安易に「頑張れ」なんて言えない。
阪神淡路大震災の被災者の方達が言われて辛かった言葉上位が「頑張れ」だったそうです。

だからこの言葉を使える時は響ちゃんのように『○○を頑張ります』と自分から頑張りたいと思っている人やもう少し頑張れば何とか問題解決や目標達成が出来そうな人、頑張れる余地のある人にしか私は言えないなあ。

何気ない言葉も暴力に成りうる可能性もあるし、逆に「ありがとう」のように相手も言った自分も嬉しくなる言葉もある。

確かに日本人は「すみません」が多いかもしれませんね。
嬉しい気持ちや感謝の気持ちは本当にあるのだけれど、自分の為に何かして貰い申し訳ないという気持ち、人に迷惑をかけたり、気遣いさせたくないからの「すみません」なのかな。

お中元とかの「つまらない物ですが」みたいな昔からの日本人の特性も多少「すみません」多用には原因があるような気も致します。

「ありがとう」素敵な言葉です。響ちゃんのおっしゃる通り発する時、確かにパワーいります。でも照れずに「ありがとう」使っていこうと思いました。
何気ない事を気づかせてくれたドラムブログ。
「ありがとう!!!」

そして真の意味での個性の確立に到達すべく初めのドカッがレコーディングで響き渡りますように。
こんばんは☆ (Ane)
2010-07-30 02:25:25
便利な言葉か…。

響ちゃんの言いたいことも、分かります。
でも、関西と関東でも違う気がするよ。

語感にもよるのだろうなー。

関西は〝ありがとぉ〟と語尾が上がる。
関東で〝ありがとう〟の語尾下がる。

私の印象的には〝ありがとぉ〟のイントネーションは、ほっこりした優しい感じがする。

見ず知らずの人や目上の人に感謝の言葉を伝える時に、気軽に使える〝ありがとぉ〟とは違って、
〝ありがとう〟は〝ありがとうございます〟になる。
それだと長いから、ついつい〝すみません〟と言ってしまのでは?
関東の人の方が使っている気が・・・?(あくまでも私の周りです。)

これ以外にも、自分を前面に出すことが苦手な日本人にとって、〝すみません〟は心情的に使いやすいし、
相手の好意や、かけてくれた手間への感謝の意を表明して使っているからかな?

あと、自信のない人とかも〝すみません〟とよく言っているかな?

考えると色々出てくる。頭クルクル。


感謝の気持ちは一緒でも、言葉によって伝わる気持ちが薄まってしまうのは悲しいね。
でも、どれだけ気持ちが入っているか、言葉だけではなくて、心の目で見るのも大切だと。
でもでも、感謝の言葉は〝ありがとう〟だよね。

〝ありがとう〟は素敵な言葉。

こっちを使う方が絶対にいいはず!私もちゃんと使い分けます。

響ちゃんは色んなことをじっくり考えるのが好きだね。
私は普段そんなに頭を使うことはないけれど、響ちゃんのブログを見て脳トレ!!
脳の活性化にご協力ありがとうございます。


暑い日が続いているけど、体調に気をつけてね。
同感 (stvjr)
2010-07-31 22:13:29
いたく同感します。

便利な言葉というのは、場合によって
「気持ちを込めなくてもいい」
「あまり考えなくてもいい」
という意味になってしまう場合がありますね。

その意味で、「すいません」はまさしく便利な言葉。似た言葉に「どうも」ってのもありますね。お堅い話をすれば、「どうも」っていうのはそもそも「副詞」で、「ありがとう」「ごめんなさい」のように感情をしっかり乗せてはいない。

「すいません」もそうだけど、言葉って実際には色んな意味が省略されてしまっている。で、この省略の穴の埋め方が人によって違うのでトラブルの元になったりする。

今の場面や気持ちにもっともふさわしい言葉をちゃんと選んで、気持ちを乗せて口にする。これができれば、そういう行き違いとか気持ちの伝わらなさももっと減らせると思うんです。

こちらの記事は、そういう姿勢が伝わって来て、とても好感を持ちました。

同時に、同じような考えの人がいることを知ることができて嬉しいです。
にじみ出る個性 (よう)
2010-08-04 01:27:57
今回の記事を読んで思い出したことがありました。
またパン職人さんのお話です……


私が働いていたデパ地下のお店では、2人の職人さんが交代でパンを作っていました。

年に数回、2人一緒に厨房に入って焼くことがあったのですが、
同じ発酵生地を同じ分量に分割して、中に入れる具の分量も同じ、しかも2人同時に作っていたのに、焼き上がったパンの膨らみ具合は見事に違っていたのでした。

お店の看板や定番商品目当てのお客さんは、『いつもと同じ』あのパンを買いたくてお店にいらっしゃる。
職人さん達もそのことは承知されていたので、お二人とも規格どおりの大きさ、焼き色のものを作ろうとしていたはずです。

それでも、体格や手のひらの温度、力の入れ具合などの微妙な違いが焼き上がってくるパンに現れていたのです。
当たり前っていえば当たり前なんですが。。


個性って、響ちゃんの言うとおり、出すものではなくて出てしまうものなんですよね。
そして、個性が前面に押し出されたものより、
ほのかに感じられるくらいの方が、愛着が湧いて大切なものになるような気がします。

今だに「あの職人さんのパン、食べたいなぁ」
って思いますからね~


長々と私事、失礼しました。。
私の中ではやっぱりドラマーとパン職人は相通じるものがあるので。。

まだまだ暑い日が続きそうですが、めげずにチャリンコこいで、ドカドカドラム叩いてくださいね!
音源楽しみに待ってまーすo(^-^)o
すみません。 (サキ)
2010-08-06 22:59:28
「すみません」は、社会人になってから一番使っているかも知れません。「ありがとう。」の前に「すみません。」って言ってから「ありがとうございます。」って言ってしまうことが多いですね。特に目上の人たちには自然に言ってしまってるなぁと思います。「ありがとう」の言葉がさりげなく言える、そんな人になりたいものです。

私の中での便利な言葉は「適当」って言う言葉ですかね。例えばお料理の本で「適当な大きさに野菜を切る」と書かれているとちょっと悩んでしまうんです。会話の中でも普通にこの言葉は使ってるなって。本当に言葉は難しいですね。

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