Re-Set by yoshioka ko

■「拉北者たちの沈黙」 第六回

 馬脚を露したのか、韓国政府の要人がこんな発言をしている。

《以下引用》
 「統一部の申彦詳(シン・ウォンサン)次官が、「北朝鮮の人権団体が果たして何らかの結果を出したことがあるか」と述べたことに対して、韓国国内の北朝鮮人権関連の各団体が、「盗人猛々しいにもほどがある」と反発している。申次官は14日、民族統一中央協議会での講演会で、「世界各国の人権団体が、北朝鮮の人権問題について騒いでいるが、実質的にやっていることは何もない」とし、「プラカードを持ったり、デモを行ったり、声明書を朗読したりすることで人権問題が解決されるなら、こちらも声明書を100万枚は発表できる」と述べた」(4月18日 韓国『朝鮮日報』)《引用ここまで》

 次官が述べた「北朝鮮の人権団体」というのは、北朝鮮にある人権団体、ではなく、北朝鮮の人権問題を憂慮する韓国始め世界の団体のことである。また「盗人猛々しい」という反発は、北朝鮮の人権問題に目をつぶってきたのは政府ではないか、という思いがあるからだ。

 どっちの言い分が正しいのか、当欄で連載している拉北者に対する取り組みを見ただけでも勝負がつくのではないか。

 『拉北者たちの沈黙』。第6回目の今日からは、実際に拉致され、そして自力で脱北してきた漁船員の証言に移る。  

□脱出した拉致漁民たち
 いまにも降り出しそうな雨をついて、忠清南道長項港を出た漁船は西の海に向かった。船縁には、拉致被害者を無条件送還させることだけが和解の始まりだ、と書かれた黄色の横断幕が垂れ、船上では同じ黄色のたすきを掛けた5人の男女が口々にスローガンを叫んでいた。

 「政府は拉北帰還者特別支援法を制定せよ!」「制定せよ!制定せよ!」
 「金正日は韓国民に謝罪し、拉北漁民を返せ!」「返せ!返せ!」
 「全国民が力を合わせ、拉北漁民を救出しよう!」「救出しよう!救出しよう!」

 拉北帰還者というのは拉北者、主に漁民だったが、彼らが北朝鮮に拉致されたあと、自力で韓国に戻ってきた人たちを指す。2003年10月のこの時期、帰還者は3人いた。それぞれ2000年から2003年にかけて、いずれも自力で北朝鮮を脱出し、中国経由で祖国に戻ってきた漁民たちだった。

 海で拉致されたからにはその海で、という思いもあって、3人の帰還者を迎えて行った抗議活動だったが、運動に不慣れのせいもあってか調子はいまひとつだった。

 司会を担当した人権団体の活動家が、いまだ戻らぬ多くの漁民の安全を祈って黙祷を呼びかける。短い黙祷の時間が過ぎたあと、李さん、金さん、そしてもうひとりの金さんの名前を呼ぶ。いずれも脱北した元漁民たちに挨拶を促したのだ。

 金正日国防委員長というヤツは海であれ陸であれ、飛行機であれ、韓国人ばかりか日本人まで拉致するという蛮行を行ってきた。金正日にはいますぐわれわれの仲間500人の送還を要求し、同時に韓国政府に対しては、われわれ拉北漁民が苦痛なく暮らせることができるよう拉致被害者支援法の施行を要求する、と李さんが怒鳴れば、次は金さんがマイクを取った。

 「2002年9月10日、私は韓国に戻りました。今日ここで私は北朝鮮にいる拉北漁民たちを1日でも早く送還させ、そして不便なく韓国で生活できるための支援法の制定を求めます」

 最後にもうひとりの金さんが立った。
 「多くの仲間が北朝鮮にいるというのに、今日のこの行事を自分が韓国で行えることを光栄に思うと同時に、1日も早く仲間が自由の韓国に戻れることを願っています」

 漁船は錨を降ろしていたが、折からの風にあおられて方向が定まらない。鈍色の空が海面に溶け込んで暗鬱とした情景を醸し出している。寒さも加わって意気も滞りがちな雰囲気を盛り立てようと人権団体の活動家が叫ぶ。

 「拉北漁民のなかには北朝鮮で亡くなった方もいるでしょうから、追悼の意を込めて花束を海に投げたいと思います」
 真っ赤なバラの花束を手にした3人の元漁民らが身を乗り出す。
 「おーい、仲間たちよ、この花を持って早く祖国に帰って来てくれ!」
 「北朝鮮に残っている仲間たちよ、1日も早く大韓民国の胸に戻って来てくれ!」

 投げ込まれた真っ赤なバラが、生死も定かではない拉北漁民さながらに鈍色の海を漂う。

 「拉致被害者家族会を作って3年になります。この間、3人を脱出させましたが政府は全く無関心です。北朝鮮で死んでいくだけの漁民たちを早く救出し、帰還した被害者には安心して暮らせる手助けをしなければならないという思いで、今日のこの行事を考えたんです。この海こそ事件の発端となった場所ですからね」

 「拉致被害者家族会」会長の崔成龍さん自身、身内や親戚に拉北者がいるわけではない。ただこの海の近くに生まれ育ったことが運動体を作るきっかけになった。そしていまではもうひとつの団体である「拉北者家族協議会」と並んで、北に拉致された被害者の問題を考える人権団体として、韓国でも広く認知されるようになった。

 「朝鮮半島の和解と協力、真の平和とは、金正日政権によって強制的に抑留された漁民など拉致被害者の帰国が実現して初めて始まります。と同時に(韓国)政府は連座制、拷問、監視といったなかで生きなければならなかった彼ら家族に対する補償もすべきです」

 「拉致被害者家族会」が主張するスローガンは次の3つである。韓国政府は帰国した拉致被害者とその家族への生活援助を目的とした支援法を制定すること。金正日政権は直ちに拉致被害者全員を帰国させること。そして3つ目が、政府は拉致被害者の帰国を前提としない対北朝鮮支援は即刻中止すること。
 
 北朝鮮といえば、赤い鬼が住んでいる国、といわれた時代があった。北も南も中傷に明け中傷に暮れていた時代だ。だが、南北首脳会談以後、北朝鮮が行った〈悪行〉を取り上げても、それが韓国では世論にならないという風潮がいまでは支配的だ。いまどきの若い者は、といって共産主義の恐さをいい立てる韓国老人には私も与しないが、若者たちが抱く親北朝鮮感情の裏には、たぶんに対北朝鮮強硬政策を打ち出したブッシュ政権の傲慢さに対する嫌悪感が大きく影響している。だから、というべきか、拉致被害者その人の話にせよ、その家族の話にせよ、反ブッシュのかけ声の前では、北朝鮮による〈悪行〉をどんなにあげつらっても巨大な塊に成り得ないという現状がある。

 だからといって、生身の人間に対して行なわれた北朝鮮の〈悪行〉に目をつむるわけにはいかないのは、当然である。(第7回に続く)

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