真実を知りたい-NO2                  林 俊嶺

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ペリー提督とアメリカ大統領国書他

2018年06月15日 | 国際・政治

 下記は、ペリー提督が来航したとき持参した大統領の国書と信任状、およびペリー提督自身による皇帝への手紙です。この国書やペリー提督の手紙を読めば、これを受け入れ、アメリカとの通商を開始し、鎖国政策を変更することは当然のことだったと思います。

 ペリーが「…必要とあらばより強力な艦隊を率いて来春、エドに戻ってくる用意がある」といっている上に、日本との貿易を許されていたオランダの国王ウィレム二世が、日本に長文の親書を送り開国を勧告していたことも見逃せません。オランダ国王の勧告は、清国における阿片戦争やアロー戦争で露わになっていたように、イギリスが自国工業生産品の販路拡大を中心とする利益追求のため、他国との衝突も辞さない動きをしていることを踏まえた勧告であって、もはや鎖国を維持すべき時代ではないということだったと思います。したがって、幕府はそうした情勢に対応するため、開国政策を進める一方で、苦しい財政状況のなかで西洋式軍備を整え、オランダから艦船を輸入するなど対応にあたっていたのだと思います。 

 にもかかわらず、いわゆる「ペリーの黒船来航」依頼、日本各地で尊王攘夷運動が活発化し、尊王攘夷急進派による幕府側関係者の暗殺が日常的に起きるようになっていきます。また、薩摩藩は生麦事件をきっかけとして、攘夷実行を名目とする薩英戦争を単独で戦って敗北し、長州藩も攘夷実行のためとして、馬関海峡を封鎖し、航行中のアメリカ・フランス・オランダ艦船に対して無通告で砲撃を加えるという無謀な下関戦争を単独で戦って敗北しています。薩摩も長州も、情勢を的確に把握していなかったことは否定しようがないのではないかと思います。そして、いずれも多額の賠償金を幕府に押しつけ、以後、海外から知識や技術を積極的に導入し、軍備軍制を西洋式に近代化して、攘夷を放棄したかのような方向に歩みを変えています。だから誠実な指導者であれば、こうしたときに自らの攘夷の誤りを認め、幕府と一体となって、日本の近代化に取り組む方向に歩みを変えるのではないかと思います。
 でも、倒幕運動は続いたのです。だから、幕末の倒幕運動は、いったい何のための倒幕運動なのか、単なる権力奪取が目的の野蛮な倒幕運動ではないか、と考えざるを得ないのです。

 下記は、「ペリー提督日本遠征記」井口孝監修・三方洋子訳(NTT出版)から抜粋しました。
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                   第十三章 浦賀の役人との交渉・大統領国書を呈上

 アメリカ合衆国大統領 ミラード・フィルモアから日本国皇帝へ

 偉大なる良き友よ
 私はこの手紙を合衆国海軍の最高位士官にして、陛下の領地をいま訪問中のマシュー・C・ペリー提督に託す。
 私はペリー提督に、あなたの臣民および役人に対して、私が親愛の念を抱いていることと、合衆国と日本が友好のうちに暮らし、通商条約を結ぶという提案を示すよう、託した。
 議会および合衆国国法は、他国に宗教的・政治的な干渉を行うことを禁じており、私はペリー提督に、貴皇帝の領土の平穏を乱しかねないいっさいの行動を控えるように命令してある。アメリカ合衆国は大西洋から太平洋まで広がり、そしてオレゴン州とカリフォルニア州は、貴帝国と向かいあっている。我が蒸気船は十八日間で、カリフォルニアから日本まで到達できる。
 わがカリフォルニアは毎年、金を六千万ドル産出し、そのほかに銀や水銀、貴石など貴重なものを産出する。日本もまた豊かで肥沃な国であり、多くの貴重品を産する。そして皇帝の民もまたいろいろな技術に優れた職人でもある。日本とアメリカ双方の利益のために二つの国が交易することを私は希望する。
 皇帝家の祖法が、中国とオランダ以外の外国との貿易を禁じていることを私たちも知っている。だが世界の情勢がこのように変化し、新しい国家もできている以上、時機に合わせて新しい法を編み出していくのが賢明だと私たちは考える。あなたがたの祖法が作られたときも、それはそのときの時機に合わせて作られたのである。
 新世界と呼ばれるアメリカは、貴国の祖法が作られたのとほぼ同じころ、ヨーロッパ人が発見し入植した。長いこと、人口は少なく、みんな貧しかった。それが大人口になり、通商は盛んになっている。もし皇帝が、自由な交易をできるように祖法を変えるなら、両国にとって、大変利益のあることになろう。
 外国との交易を禁じる祖法を廃止することが安全でないと皇帝がお考えになるなら、五年か十年、実験期間をおいてもいい。期待されたほどの利益があがらなかったなら、祖法にもどせばいいのだ。アメリカはこれまでも他国との条約を数年に限って、期限になったら更新するか廃棄するかを任せてきた。
 皇帝に伝えるよう、私がペリー提督に命令したことはもう一つある。わが国の漁船はカリフォルニアと中国の間で越年し、日本の近海で捕鯨を行っている。そこで嵐のときなど、貴国の海岸に難破船が打ち上げられたりするかもしれない。そのようなときには、我々が救助船を派遣するまで、哀れな乗組員を親切に扱い、彼らの財産を保護していただきたい。このことを切にお願いする次第である。

 ペリー提督は、貴国に石炭や食糧が豊富にあることを我々が知っていることも伝えるであろう。太洋を渡る我が国の蒸気船は大量の石炭を燃やすが、そのすべてを母国から積み込んでいくことは不都合である。そこで蒸気船およびその他の船が貴国に寄って、石炭や食糧、水を補給できるよう我々は願っている。もちろんそれに対して、現金もしくは貴政府が定めるところの対価を支払う。そこでこの目的のために貴国の南部に、都合の良い港を指定していただきたいのである。このことを非常に熱望している。

 私が強力な艦隊とペリー提督を派遣したのは、貴国の帝都エドを訪問する目的のためである。友好と通商、石炭と食糧の補給、難破船の乗組員の保護を求めて。
 ペリー提督にささやかなる贈り物を持たせてある。大した価値のあるものではないが、中にはアメリカの工業製品の見本となるものもあろう。我々の誠実にして尊敬の念を失わない友好のしるしとして、ご嘉納されたい。
 主のご加護が、皇帝の上にあらんことを!
 その証左として、アメリカの大印を押し、我サインを付す。
 アメリカ、ワシントン、大統領執務室にて
 1852年11月13日
    親しき友   ミラード・フィルモア  
       大統領の命により
    国務長官   エドワード・エベレット
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ペリー提督より皇帝へ
    日本沖合、アメリカ海軍サスケハナ号にて    1853年7月7日 
 本状の署名者である、東インドおよび中国、日本海域駐留のアメリカ海軍艦隊の提督は、自国政府によって友好目的のために日本に派遣された。アメリカ大統領の国書に示されたようなーーその写しは署名者の信任状とともに英語、オランダ語、中国語に訳されているーー事柄を交渉するために十分な兵力を伴って。
 大統領国書の原本および信任状は、日本の皇帝の高い地位にふさわしく整えられおり、署名者自らが、会見に定められた時日にお渡しするであろう。
 署名者は日本に対して大統領がとても友好的な気持ちをもっていること、しかしながら、海を越えて貴国領にはいったアメリカ国民が仇敵のように取り扱われていることに驚き、悲しみの念をもっていることを伝えるように命令されている。
 署名者はアメリカ船モリソン号、ラゴタ号、ローレンス号のことに言及しているのである。
 ほかのすべてのキリスト教国同様、アメリカ人にとっては、国籍はどうあれ難破した者を優しく扱い、援助し守るのが、神聖な義務と考えられている。難破した日本人に対して、アメリカ人はそのように接しているはずである。
 アメリカ政府は、今後、船の難破により日本海岸に漂着した者、あるいは天候の具合で日本の港に逃げ込んだ者に対し、日本政府が人道に基づく積極的な態度をとることを要求する。
 アメリカがヨーロッパのいかなる国とも提携しておらず、またその国法は自国民の宗教に干渉するものでなく、いわんや他国民の宗教に干渉するものでないことを伝えるよう、署名者は命令を受けている。
 アメリカは日本とヨーロッパの間に位置する大国であり、日本に初めてヨーロッパ人が訪れたのとほぼ同じ頃、ヨーロッパのさる国がアメリカを発見した。ヨーロッパに近いアメリカ大陸の一部にヨーロッパの移民が植民し、それ以後人口は分散して太平洋岸にまで達した。いまでは大都市も増え、蒸気船で日本まで十八日から二十日で到達するようになった。この地域の通商は急速に増えており、日本近海は間もなくわが国の船で埋まるであろう。
 このように日本とアメリカは日々距離を縮めている。アメリカ大統領は、貴国と、平和と友好裡に過ごすことを希望しているが、日本が敵対行動をとり続ける限りはその友好も長続きしないであろう。
 貴国の政策は、そもそも賢明なものであったかもしれないが、両国間の往来がこのようにたやすく迅速なるものとなった以上、もはや賢明とも実際的とも言えない。
 署名者は、日本政府が非友好的な衝突を回避する必要を理解して、この好意ある申し出を受け入れられんことを希望して、一連の提言を行うものである。
 日本を訪問すべく予定された軍艦の大多数はまだ到着していないが、近々に到着するであろう。
 いま署名者は友好的意思の表れとして小艦四隻しか率いていないが、必要とあらばより強力な艦隊を率いて来春、エドに戻ってくる用意がある。
 だが貴国政府が、大統領国書に示された、非常に合理的にして平和的な提言をただちに受け入れて、そのような再度の訪問を不必要なものとされんことを期待する。なお大統領の提言については、適当な機会が設けられ次第、署名者が説明する。
   皇帝陛下に深い敬意を表し、永のご健康と多幸を祈念しつつ
   M・C・ペリー  東インドおよび中国、日本海海域におけるアメリカ海軍総提督
日本国皇帝陛下
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ペリー提督より皇帝陛下に
   アメリカ蒸気艦サスケハナ号にて
   エド湾、ウラガにて、  1853年7月14日
 私を通じて日本政府に渡された提言は、非常に重要にしてかつ緊要な問題を含むため、これを討議し諸問題を決定するには、かなりの時間がかかるであろうということが署名者に言い渡された。そのことを勘案したうえで署名者は、来春のエド再訪まで返事を待つことを宣言する。そのときには必ずや問題が友好裡に決着し、両国が満足がいくであろうことを確信するものである。
   心からの敬意をもってM・C・ペリー  
    東インドおよび中国、日本海海域におけるアメリカ海軍総提督
日本国皇帝陛下
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ペリー提督への信任状
 アメリア合衆国大統領ミラード・フィルモアより日本国皇帝陛下に
 合衆国海軍大佐マシュー・C・ペリーの高潔さ、慎重さ、有能さに全幅の信頼をおいて、私は以下の全権を委任した。合衆国の名において、貴国側の同等の権威を委任された一人もしくは複数の人物と会見協議し、その人物(たち)との交渉によって、両国の友好と通商および航行に関する、あるいはそれに関連して両国の利益となる事柄に関して単数または複数の協定、条約を結んでそれに署名すること。ただしそれには合衆国大統領の最終的認可と上院の賛同および批准を要する。
 これを証するため、アメリカ大統領の印を押印する。
 ワシントン市にて、1852年11月13日、独立第七十七回記念日に
   ミラード・フィルモア  
   国務大臣 エドワード・エベレット

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